それは、本当に一瞬の出来事だった。
あっと言う間。
そうとしか言いようがない試合結果。
「ぶべら!!?」
『つ…強い―――!!! なんという圧倒的強さ!!!』
遂に始まったサイタマの初試合。
相手は、さっきまでずっとしつこく絡んできていたザッコス。
試合開始と同時に、ザッコスはすぐさまサイタマの懐に飛び込んでパンチをお見舞いしようと試みたが…。
『サイタマ選手!! 先制攻撃を仕掛けようとしたザッコス選手の攻撃速度を簡単に凌駕し、まさかのビンタでのカウンター攻撃!! 実に気持ちが良い快音を響かせながらザッコス選手が吹き飛んだ―――!!!』
…と言うわけだ。
当然と言えば当然なのだが、ここまで見事な負けっぷりを見せつけられれば、逆に気持ちよさすら感じてしまう。
「あー…一応、めっちゃ手加減はしたつもりなんだけど…なんかいい場所に入っちまったな。大丈夫か?」
『ザッコス選手全く立つ気配がありません!! サイタマ選手の見事なビンタ攻撃で脳を激しく揺さぶられてしまったのか、白目を剥いて泡を吹いて倒れております!! と言うか、逆に攻撃をしたサイタマ選手が申し訳なさそうにしながら心配している始末!! 大丈夫ですよサイタマ選手! これはあくまで試合ですから、すぐ近くにメディカルチームが控えていますから!』
「あ…そなの? じゃあ安心か」
幾らウザく絡んできたとはいえ、別に悪い奴には見えなかったので、本当に申し訳が無かった。
なので、きちんと怪我の治療が出来る体勢が整っていると言うのはサイタマ的には非常に有難かった。
いざとなったら、この場にパチュリーを連れて来て回復魔法を使って貰おうと本気で考えていたから。
『試合時間…僅か4秒! 4秒ジャストでした! この試合でサイタマ選手の強さは見事に証明されたわけですが…いや…これは…サイタマ選手の実力以前に…弱い―――! ザッコス選手が余りにも弱すぎる!! まさかの一撃KO! しかもパンチやキックなどではなくビンタで終わってしまいました!!』
さっきからザッコスの弱さを強調しまくっている解説。
流石にここまで行くと哀れになってくる。
『因みに今回、プロポーズ予定の恋人の女性を試合会場へと招いていたらしいザッコス選手! その人生設計に大きな狂いが生じてしまったー!!』
「え? マジで? 流石に悪いことをしちまったなぁ…」
ザッコスのまさかの事情を聞かされ、サイタマの頬に冷や汗が流れる。
割と何も考えずに普通にビンタをしただけなのだが、まさかそれで一人の人生が台無しになったとあれば彼にも罪悪感ぐらいは出てくる。
『おっと…? ここで新情報が入りました。えーっとですねー…』
横から渡された紙を読み、解説がフムフムとなってマイクに向き合う。
『なんと! ザッコス選手の恋人はこの会場には来ていないそうです! セーフ! ザッコス選手は無事に自分の情けない姿を見られての失脚をせずに済みましたー!』
「ほっ…それならよかった。安心したぜ」
「全然よくねぇよ。寧ろ、試合に負けた以上にショックだわ。普通に泣きたいぐらいだわ」
『ザッコス選手、いつの間にか息を吹き返していたー! そして、全てを知ってしまった―!』
肉体的ダメージよりも精神的ダメージの方が甚大なザッコス。
先程のイナズマックスと言い、なんだか精神的にキツイ目に遭っている選手の方が何故か多かった。
「大丈夫だって。人生まだまだ長いんだだし、女なんて星の数ほどいるって言うし。いつかまた良い出会いがあるって」
「適当な慰めは却って心を傷つけるんだよ!!」
僅か4秒と言う超短縮試合の後に繰り広げられる謎のコント。
それを見ながら、パチュリーは苦笑いを浮かべ、ジェノスは真剣な顔で見つめ、こあは目をキラキラさせながら見ていた。
「いつも通りの決着…ね。流石に相手の選手には同情しちゃうけど」
「ですね。下手したら、サイタマ先生はこのまま武術を全く体験出来ずに大会を終える可能性も出てきましたね」
「流石はサイタマさんですねぇ…。パンチじゃなくてビンタって…」
呆気なかったとはいえ、それでも試合に勝ったことには違いないので、身内として一応の応援ぐらいはすることに。
見えるかどうかは分からないが、パタパタと手を振ってアピール。
「サイタマー。その調子で頑張りなさいよー」
この歓声の中じゃ流石に聞こえないか。
そう思っていたのだが、そこはサイタマ。
「お。パチェが手を振ってる。おーい」
なんと、一発でパチュリーの事を見つけ、更には彼女の言っていることも見事に聞き取っていた。
それをすかさず見つけた、ついさっき失恋したばっかりのザッコス。
「おい…サイタマ…」
「なんだ?」
「貴様…誰に手を振っている…?」
「誰って…あそこで手を振ってる…同居人?」
「なに…?」
軋む体を無理矢理に奮い立たせて起き上がるザッコス。
そして、彼の横に並ぶようにして観客席を見つめ始めた。
「おい…どこだ。どこにいる?」
「あそこだよ。あーそーこ」
「ん?」
サイタマに指摘されて、彼の指さす方向をよーく凝視する。
すると、そこには可愛らしく手を振っている紫髪の美少女…パチュリーがいた。
「んなぁっ!?」
「な? いただろ?」
「な…なんだ…あの超弩級の美少女は…!?」
(ザッコスの目には)明らかに周囲より輝いて見える。
未だ嘗て見たことが無いような美少女。
それを見て、先程の発言を思い出す。
「おい…さっき…彼女の事をなんて言ってた?」
「え? 同居人…だけど?」
「…何年ぐらい?」
「んー…どれぐらいだったかなー…4年ぐらい?」
「あんな美少女と…4年間も一緒に…一つ屋根の下で…」
ザッコスの脳裏に浮かぶのは、サイタマとパチュリーが仲睦まじく一緒に暮らしている眩しい光景。
一緒に料理を作り、一緒に家事をして、一緒に買い物に行き、一緒にテレビを見て、一緒のベッドに入り、そして…。
「なんで…」
「ん?」
「なんで…お前はあんな美少女ど同棲じで…俺は彼女に知らない間に振られでないどいげないんだよ…!」
「なんでって言われても…」
血の涙を流しながら魂の叫びを出すザッコス。
試合にも負け、別の部分でも完全敗北した。
もう彼の精神はボコボコだった。
「ほら、もう行こうぜ。次の試合が始まっちまうよ」
「うぅ…なんで…なんで…お前ばっがり…」
さっきまでの威勢はどこへやら。
涙と鼻水を流しながら、サイタマに慰められながらザッコスは舞台から降りて行った。
そんな彼に、勝者であるサイタマ以上に惜しみない拍手が送られたという。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
サイタマとザッコスの試合を見ていた他の選手たち。
その中で一人、鋭い目線をしながら二人を見つめている男がいた。
(さっきの試合…ザッコスの動き自体は決して悪くはなかった。俺から見ても中々にいい踏み込みだ。だが…それ以上に、あのサイタマって奴の動きと威力が凄まじかった。アレに関しては単純に相手が悪かったとしか言いようがない)
その男の名は『スイリュー』。
今大会における優勝候補最有力と呼ばれている人物。
その黒い功夫服の下には、非常に引き締まった肉体が秘められている。
(あの一撃…間違いなく微塵も本気を出してないな。全力時の1%も出しているかどうかすら怪しい。あのビンタだって、本当に『適当に打った』って感じだった。もしあれが、鞭のような動きで放たれる『鞭打』だったら…ザッコスの首は跡形もなく消し飛んでただろう。怪人じゃなくて、あくまで対人戦と言うことで手加減をしてたんだろう。だとしても、あの威力は規格外すぎるけど)
現状、サイタマの実力を見て本気で驚いているのは、スイリューを含めて約数名。
同じヒーロー協会所属の『マックス』と『スネック』。
そして、何故か彼と一緒に行動を共にしている『ニガムシ』の三人。
他は全員、単なるまぐれとしか見ていない。
特に、己こそが最強であると信じて疑わない『バクザン』は。
(今のを見て冷や汗の一つも掻かない時点で、その実力が知れるってもんだ…バクザンさん。それに比べて、あのヒーロー協会所属の二人はちゃんとサイタマ君の実力を正しく認識している。それは、あのニガムシって奴も同様。伊達に、あの武術界の至宝とまで言われたバングさんの元で修行をしていただけはあるってことか…)
腕を組み、壁に背中を預けながらトーナメント表を睨みつける。
その視線が徐々に上へと向かい、一番上まで辿り着く。
(これは…あれかな。優勝候補最有力って肩書は返上しなくちゃかもな。間違いなく、彼は決勝戦まで行くだろう。下手したら、そのままの勢いで優勝まで搔っ攫っていく行く可能性すらもある。参ったな…今回も軽ーく優勝して、優勝賞金を持って帰るつもりでいたのに…どうやら、今回はそう簡単にはいかないみたいだ。それどころか…)
組んだ腕の中で拳を握る。
握られた拳の中には若干の冷や汗が掻かれていた。
(久し振りに…マジになれる相手が来たのかもしれない…!)
開会式までの飄々とした顔はどこへやら。
今のスイリューは完全に『倒すべき相手』…もしくは『超えるべき壁』を見つけた武術家の…戦士の顔になっていた。
(その前に…超えなくちゃいけない相手がいるんだけどな)
スイリューの視線が横にずれて、軽くウォームアップをしているマックスの姿を捉える。
(今回のトーナメント…シードになっている俺の最初の相手は彼か。ヒーロー『イナズマックス』…彼もまた一回戦では全く本気を出していなかった。けど、それでも動きを見れば一目で分かる。あれは相当な修行をしてきた動きだ。間違いなく、今大会では最上位勢に位置する実力者。遊び半分で勝てるような相手じゃない。まさか、この俺が最初から本気モードにさせられるとはね…。全く…どうなってんだろうね。今回だけ異様に選手のレベルが高くないか?)
ヒーロー協会から出場している三人のヒーロー。
そのいずれもが凄腕の実力者揃い。
もはや、スイリューは自分と同じように優勝候補と呼ばれていたバクザンの事など眼中にすらなかった。
(…ま、それはそれとして、この大会が終わったらザッコス君には特別に合コンをセッティングしてあげようかな? 流石に可哀そうすぎるしね)
すぐに頭を切り替えて、ついさっき彼女に振られたばかりのザッコスの事を気にかけてあげる、中々に粋なスイリューだった。