やがて、四十六人はそこに辿りついた。
眼前には禍々しい門。
この奥に、超えるべき巨大な障害が待ち受けている。
青い髪の騎士ディアベルは、門の前に立った後全員を見渡す。
“絶対に勝つ”
彼の瞳からは、そんな意思が読み取れた。
ディアベルは青い髪をなびかせて振り向き、左手を門の扉に当て―――――
「―――――行くぞ!」
短く叫んだあと、豪快に扉を押し開けた。
◆
第一層ボス《イルファング・ザ・コボルドロード》には、《ルインコボルド・センチネル》と呼ばれる取り巻きのモンスターがいる。
俺とセイバーの担当はそいつらの排除。
「は―――――!」
渾身の力で《ルインコボルド・センチネル》の斧を斬り上げる。
斧の柄が半ばからへし折れ、奴の得物が破壊された。
その瞬間、後方に控えていたセイバーが飛び出し、無防備になったところを一閃する。
体力ゲージが尽き、センチネルはデータ片と姿を変え消滅した。
そうして、取り巻きのモンスターを何体か撃破した後。
状況は大きく覆った。
「だ………だめだ、下がれ!! 全力で、後ろに跳べ―――――ッ!!」
「っ……!?」
黒い片手剣士が絶叫に近い大声をあげた。
彼の視線の先では、フロアボスである《イルファング・ザ・コボルドロード》が巨大な太刀を振り上げているのが見えた。
太刀が光を纏い、同時にソードスキル発動を示す効果音が響く。
次の瞬間―――――
「なっ―――――………!」
イルファング・ザ・コボルドロードの巨体が宙に跳んだ。
空中では体が捻られ、得物に力が篭められる。
それに呼応するように、太刀が放つ光は一段と大きくなった。
対し、今まで奴の相手をしていた剣士達は硬直していた。
あれほどの巨体が一瞬にして、自分たちの背丈を越えるほど跳んだのだ。無理もない。
だが、そのわずかな隙が彼らの生死を左右する。
「グルォオオ―――――!!!!!」
咆哮と共に、溜められた力が解放された。
着地と同時にずうん、と床が揺れ、赤く発光した太刀が竜巻の如く振るわれる。
フロアボスの相手をしていた剣士達がまとめて薙ぎ払われ、吹き飛ばされた。
「―――――。」
床に倒れこむ六人の剣士。
そして頭上には、回転する黄色い光が取り巻いていた。
一時的行動不能状態。
これで彼らは約十秒間、一切の行動ができない。
本来ならここで、他の皆が彼らのフォローに行かなければならない。
だが、動くものは誰一人としていなかった。
いや、違う。
彼らは『動けない』のだ。
事前に綿密な作戦会議をしていたこと。
余裕のムードが続いていたこと。
そして、今回のリーダーとも言えるディアベル本人が一撃で打ち倒されたこと。
それらが複雑に絡み合い、彼らの体を縛っている。
「グルルゥ―――――」
獣の王の、低い唸り声。
禍々しい視線の先には青髪の騎士―――――ディアベル。
追撃が来る。
それは、ここにいる誰もが予想できた。
だが動ける者はいない。
吹き飛ばされた六人は肉体的に、そして他の者達は精神的に行動不能状態にある。
いや、動けたとしても助けようとは思わないだろう。
なぜなら、奴の武器が変わっていたから。
事前に配られた情報では、奴が使う武器は巨大な斧と湾刀のみだったはずだ。
しかし今のコボルドロードの手には、鍛えられた鋼の太刀がある。
情報にはなかった武器。更にあの武器は、この世界ではまだ確認されていない。
あの巨大な太刀からどんな攻撃が繰り出されるのか、誰にも分からない。助けに行ったとしても、巻き添えを喰らって自分が殺されてしまう可能性だってゼロではないのだ。
そして、それは俺とて同じ。
彼を助けるために自分が死ぬのは、余りにも馬鹿げている。
それを、俺は―――――
「止めろ、テメェ―――――!!!!!」
「っ……! シロウ―――――!」
体は既に動いていた。
隣にいたセイバーの声が右から左へ通り過ぎる。
こんなことをしても意味はない。
敵は完全にディアベルを狙っている。
もしここで彼の犠牲を容認すれば、攻撃後の隙に一撃叩き込むことができるだろう。
四十人の内のたった一人。
いや……正確には、六千人の内のたった一人。
大した数ではない。
―――――それでも。
俺には認めることができなかった。
目の前に救えるかもしれない命があるのなら、俺は、全力で手を伸ばす―――――!
「ウグルオ―――――ッ!!」
コボルドロードは再び咆哮を上げ、太刀を振り回した。
太刀は地面すれすれの軌道を描く。
このままでは、ディアベルは再び奴の剣戟を喰らうことになる。
しかし彼はまだ、行動不能状態から回復できていない。
躱すことは勿論、盾で防ぐことすらできない。
―――――なら、俺自身が盾になればいい。
「シロウ、さん……!?」
ギリギリのタイミングでディアベルの正面に立つ。
間に合った。
だが、太刀はすぐそこまで迫っている。
「伏せろ!」
「■■■―――――!!」
巨大な太刀と細い片手剣が衝突する。
熱と衝撃波を撒き散らし、甲高い鉄の音が響いた。
「がっ―――ァ――…………!!」
電流が流れたかのように、腕に激痛が走った。
視界はノイズのように荒れている。
微かに見える視界の左上。
体力を示すゲージが恐るべき速度で減少していく。
全快だったはずの体力ゲージは、四割ほど激減したあたりでようやく止まり、
「ぐっ、オオォオ―――――ッ!!」
持てる力の全てを注ぎ込み、太刀を弾き上げた。
重い鉄の音と同時に、再び衝撃波がフロア全体に轟く。
―――――同時に。
硝子が割れるような、余りにも軽い効果音が耳に届いた。
「っ―――――…………」
音源は右手。
自分の目で確認するとそこには、ひび割れ、崩れゆく愛剣の姿があった。
《武器破壊》
この世界の武器にも耐久値がある。
耐久値が高ければ長い間愛用することができるし、低い物なら最悪、一回の戦闘で壊れてしまう物もある。
はっきり言って、この剣の耐久度は高くない。
加えて先程の重い剣戟。
剣は奴の一撃に耐えきることができず、破壊されたのだ。
「っ……、剣が…………!」
ディアベルが後ろで驚愕する。
だが、その表情を確認することはできない。
する時間がない。
「グルォォォ―――――!!!」
敵は既に、次の攻撃の準備に入っていた。
その瞳は確実に俺を捉えている。
巨大な太刀の刀身が赤い光を帯び、今まさに、俺の知らないソードスキルを放とうとしていた。
「―――――。」
武器は崩れ落ち消滅した。
今の俺は徒手空拳。
防御という手段は既に潰えた。
となれば、残された選択肢はわずか二つ。
一つは回避。
だが、それは厳しい。
何故ならここは、既に敵の攻撃範囲内だからだ。
ディアベルを連れて外まで逃げるのは不可能。
奴の構えから攻撃の軌道を読むことはできるが、この体は俺の反応についてこない。
つまり。
残された選択肢は、実質一つだけ。
「―――――は。」
呼吸を整え、息を吐く。
同時に、首に巻かれた赤銅のマフラーを脱ぎ捨てる。
奴の太刀を凝視し、攻撃動作を確認。
刀身はより一層血のように赤く輝き、頭上高く振り上げられていた。
逃げ場はない。
一秒後、俺はあの剣に惨殺されるだろう。
「―――――
自ら禁じ手としてきた
この瞬間、打ち倒すべき対象は変更される。
外敵などいらぬ。
打ち倒すべきは己自身。
思い描くは最強の自分。
手を広げ、まだ現れぬ架空の柄を握り締めた。
―――――光が漏れる。
星の光ではない。
それは、王の光にして権力の象徴。
即ち『
かつてとある少女が引き抜いた、王を選定する剣。
輪郭が現れ、やがて幻想は実体を持つ。
確かな重量を感じた後、俺は剣を構えた。
体力ゲージは既に半分を切っており、あと僅かでレッドゾーンに突入する。
この世界でのゲームオーバーは死を意味する。
僅かでもしくじれば、衛宮士郎の首は無残に弾け飛ぶだろう。
「――――――――――来い。」
心配など無用。
イメージは既に完成している。
それでも足りない部分は、剣が補強する。
『勝利すべき黄金の剣』
かの騎士王の剣をもって、獣の王を打倒する―――――
「■■■■―――――■■―――――ッッ!!!!」
「はッ―――――!!」
赤い太刀と黄金の剣が交差した。
攻撃と攻撃が相殺され、両者の剣が弾かれる。
「■■―――――■■■ッ―――――!!!!」
攻撃は一撃では止まらず、二撃、三撃と、息つく暇もなく放たれた。
軌道は縦横無尽。破壊力は比べ物にならない。
太刀が振るわれるたび、嵐が吹き荒れる。
最強の剣を持ってしても、イルファングの攻撃は確実にこちらの体力を奪っていく。
―――――されど、全ては想定の範囲内。
機会を待つ。
竜巻のごとく荒れ狂う太刀を防ぎ、時にはいなし、そして躱し続ける。
「………ッ!」
イルファングが赤い太刀を大きく構えた。
…………来る。
連撃の最後と思われる大振りの一撃。
大振りである分、攻撃力は今までとは段違いだろう。
―――――そして。
タイミングを見計らっていたかのように、彼女は疾風となって俺の元に駆けつけた。
両手で握られた剣。
後ろで結い上げられた金の髪。
青いドレスと銀の甲冑。
それらは全て、かつての彼女を再現している。
「■■■■―――――!」
襲い来る赤い斬撃。
床をも砕きかねない凶悪な一撃を、彼女は怯むことなく迎撃する。
「はあぁぁ―――――ッ!!」
赤く染まった太刀と、鍛えられた鋼の剣が激突した。
部屋全体が震えるほどのインパクトが生まれ、同時にイルファング・ザ・コボルドロードがノックバックする。
「うっ―――!!?」
「っ………! セイバー!」
同様に後方に弾き飛ばされるセイバーを、全身を使って受け止める。
が、よほどの衝撃だったのか、そのまま三メートルほどセイバーと重なったままバックさせられた。
足の裏をしっかり地面につけ、なんとか後ろに倒れないように踏ん張る。
「!………っと。大丈夫か、セイバー。」
「………ええ、なんとか。それよりも、シロウは無事ですか?」
「ああ。とはいっても、ギリギリだけどな。」
視界の左上を見る。
全体が赤く染まっており、少々―――――いや、かなり危ない。
もし生身の体だったら、傷のせいでまともに動けないかもしれない。
「っ…、そうだ、ディアベルは!?」
「はい、既に後ろに。」
セイバーにそう言われて、後ろを振り返った。
ウェーブのかかった青髪の青年。
ここからはかなり離れているが、確かに彼の姿はあった。
―――――生きていた。
一旦戦線から離脱し、今は回復に専念しているらしい。
きっと、俺が戦っている間に下がったのだろう。
「貴方のおかげで彼は救われました。仲間もいることですし、彼が死亡する可能性はもうないでしょう。」
「………そっか。よかった。」
胸を撫で下ろす。
たとえ異端の力だったとしても、それで誰かを救うことができたのなら、使って正解だった。
「では、今度は貴方が下がってください。私が護衛します。」
「なんでさ。俺ならまだ戦える。剣だって作った。」
「そういうことではありません。
…………貴方は、今の自分の状況が分かっているのですか?」
「……………。」
言われるまでもない。
体力ゲージは既に瀕死。
あと二……いや、一撃で俺は死ぬかもしれない。
「だけど、俺がいかないと―――――」
「ぬおおおおッ!!!」
最後まで言い切る前に、俺の言葉は野太い雄叫びによってかき消された。
褐色の肌の男性プレイヤーが巨大な斧を投擲し、イルファング・ザ・コボルドロードの太刀と激突する。
先程のセイバー並、あるいはそれ以上の衝撃がフロア全体を揺らした。
「うぁっ………!」
「っ………、見ての、通りです。指揮はあの黒い剣士がとっています。
どうやら彼は、敵の攻撃パターンを全て知っているようです。
あとは彼らに任せても問題ないでしょう。」
「…………みたい、だな。」
イルファングに肉薄しているのは六人の剣士。
六人は敵の攻撃に対し、盾や大型の武器で防御に徹している。
そして、彼らの間を軽やかに舞う女剣士。
彼女はその速さと正確なソードスキルにより、少しずつ、しかし確実にダメージを与え続けている。
指揮をとっているのは、黒のレザーコートを着た剣士。彼が攻撃を読み指示を出すことで、戦況を優位に運んでいるようだ。
「シロウ。」
「―――――分かった。大人しく下がるよ。」
俺はセイバーに従い、ディアベル同様後ろへと下がり、回復に専念することにした。
だがこの後、俺がフロアボスと剣を交えることはなかった。
回復後は本来の役割である取り巻きのモンスター、ルインコボルド・センチネルの相手に集中したからだ。
また、その後の戦闘が順調に進んだというのもある。
メンバー総勢、四十六人。
死者、ゼロ。
第一層フロアボス攻略は、スタートダッシュに相応しい結果で幕を閉じた。