遅くなって申し訳ありませんが第8話の投稿です。
だんだん山場に差し掛かってきましたね。
それでは。
「えっと、油揚げと、絹豆腐と…………」
「はい、まいどあり」
私の声に答えて、豆腐屋の清水さんが手際よく豆腐をパックにつめていくのをなんとなく眺めていると、私の視界に見慣れた影が入ってくるのが見える。
「あ」
「…………よう」
私が思わず上げた声に気づいて、大路が小さく手を上げてきた。
そのまま、なんとなく買い物が終わるのを待って二人で並んで歩き出す。
歩きながら訪れる数秒間の沈黙。
先に口を開いたのは私であった。
「あの、あれから……どうよ」
「あー…………あれから、な」
傍から聞けば不明瞭この上ない会話であろうが、今の私たちにとって「あれ」に該当する話題は一つしかない。
大路もどう答えたらいいのか、迷っているように頭をかいている。
「相変わらずだよ。たまこには避けられっぱなし。おかげで部活のほうにも身がはいらねーし、親父は口きいてくんねーし」
「吾平さんが?」
「ああ。俺が東京行くの、親父に話したんだけど……『俺は絶対認めねえ!』って。お袋は『あんたのやりたいようにしな』って言ってくれるんだけど」
「まぁ、そりゃいきなり東京行きたいなんて言ったら…………」
「や、やっぱりそうだよなぁ……どうしよ」
そういって情けない表情でため息をつく大路。
……相変わらず情けない男だ。
あの時「俺は東京に行く」と言った大路の表情はそれなりにかっこよかったというのに。
「あのさ」
「な、何だよ?」
自分では冷静なつもりであったが、かすかに声が尖ったのかも知れない。
振り返る大路の表情にかすかな怯えが見て取れる。
「それを私に言ってどうすんのよ」
「そりゃそうだけど…………こんなの聞いてくれそうなのが常盤しかいなくてさ」
「は?」
かろうじてそれだけ言うと、大路から顔をそらす。
「常盤しかいない」
大路の言った言葉は別の意味だと分かっていても、顔が赤くなってくるのが分かる。
「……私はあんたのお母さんじゃないんだけど」
「ごめん」
何とか紡ぎ出した言葉に、素直に謝ってくる大路。
…………少し困らせてやろうかな。
なぜかそんな風にふと思う。
少しためを作って、雰囲気たっぷりに言ってやる。
「仮にさ…………私があんたに……行かないで、って言ったりしたら」
「え」
驚いたような大路の表情。
あえて大路から顔を背けるようにして続ける。
「あんたは……行くのやめてくれんの?」
「え?と、常盤が?俺に?え?何で?え?」
見事なまでにテンパりまくっている大路を見ると、少し心が晴れた気がした。
私はわざとらしく大きくため息をついてみせる。
「はぁ…………何慌ててんのよ。仮に、って言ったじゃない。本気にとらないでよ……自意識過剰なんじゃないのキモい」
「やっぱお前俺のこと嫌いだろ…………」
「いまさら何を」
「ひどい!」
涙目になっている大路をおいて、私は歩くスピードをあげる。
後ろから大路の情けない声が追いかけてくるのを無視し、私は小さく舌を出す。
……やっぱり私たちにはこんな会話がお似合いなのだろう。
きっと。
そんな会話を続けているうちに、私たち二人は大路の家の近くまでやってきていた。
別に、そのことに特に意味はない。
ないに決まっている。
「……なぁ、常盤」
「お前の家、こっちじゃないだろ」
「なによ。付いてこられると不都合なの?」
「そ、そうじゃないけどさ…………ん?」
「どうしたのよ」
「何かおかしい」
大路が何かに気づいたように前へと視線を向ける。
目の前の道は、もうひとつ角を曲がれば大路とたまこの家だ。
しかし、普段は静かなこの一角が時ならぬ喧騒に包まれているのは遠くからでも分かった。
切れ切れに見える赤い光が、嫌な予想を掻き立ててくる。
「常盤」
「大路」
私たちは顔を見合わせて頷きあうと駆け出した。
数メートルも走らないうちに野次馬の中から大路に声が掛けられる。
「あ、大路んとこの坊主じゃねえか」
「どもっす。なんですかこの騒ぎは」
「ああ。どうも福さんが餅を喉に詰まらせたらしい」
「…………!」
たまこの祖父、北白川福さんの名前を聞いて大路の表情がこわばる。
私の表情もきっと同じだっただろう。
福さんのような年のいった方にとって、お餅を喉に詰まらせるというのは命にかかわる。
大路はいてもたってもいられないとばかりに騒ぎの中心へと駆け出す。
私もその後に続き、駆け出していた。
「たまこ!」
「もち蔵…………どうしよう。お父さん今、配達に出てて……」
人ごみを抜けると、ちょうど福さんを乗せたストレッチャーが救急車に乗り込んでいくところであった。
大路の姿を見かけたたまこは、大路にすがりつかんばかりに駆け寄ってくる。
いつもならデレデレするところであろうが、場合が場合である。さすがに大路も緊張した表情を崩さない。
隣にいるあんこも、泣き出しそうな表情で大路を見上げている。
「どなたか付き添いの方、ご一緒に乗り込んでください」
「え…………えっと……」
救急隊員に言われたたまこは困ったように視線をさまよわせる。
声をあげようとした私の声をさえぎったのは、大路であった。
「俺も一緒に行きます」
「もち蔵!」
その言葉に、たまこの表情が少しばかり明るくなる。
私は安心すると同時に、しかし少しの疎外感も感じていた。
大路は近くにいる両親に手に持っていた買い物袋を渡す。
「親父とお袋は後でタクシー使って来てくれ。あんこを頼む」
「ああ」
「……常盤はどうする?」
「うぇっ!?」
急に話を振られて間抜けな声で応じてしまった。
「一緒に来るか?たまこもそのほうが心強いと思うし」
そういう大路の表情は真剣で、彼が本心からそういってるのだとすぐに分かった。
たまこと二人っきりになるチャンスだとか、頼りがいのあるところを見せるチャンスだとか、そんな不謹慎なことは欠片も考えておらず、ただ純粋にたまこのためを思って言っている。
それが大路という男だ。
まぁそのあたりが大路の大路たるゆえんであり、だから私は…………
「常盤?」
「……あ、いえ、私はいいわ。あんまり大勢で押しかけても邪魔でしょうし」
「そうか?別にかまわないと思うんだけど」
「いいから!あんたはたまこをしっかり支えてやるの。いいわね」
「おう。当然だ」
最後の言葉を言ったときのドヤ顔が妙に可笑しくて、こんな時だというのに私は笑いを堪えなくてはならなかった。
大路はそれだけ言うときびすを返し、たまこの手をしっかりと握る。
途端にたまこの顔が覿面に赤くなるが、大路は気づいていない様子でたまこに話しかける。
「じゃあたまこ、行くぞ」
「う、うん」
そして、大路はそのままたまこの手を引いて救急車に乗り込んでいった。
毎回短くて申し訳ありません。
次は、一番のクライマックスと言っていい病院シーンです。
それでは。