月光は閃光のごとく   作:mika-mikan

1 / 2
第1章 Fledgling
第1話 ミカヅキ


もう限界だった。

 

高校に行けば毎日同級生や先輩から罵詈雑言、暴行は日常茶飯事。

 

殴る蹴るは当たり前。火のついた煙草を押し付けてくる事も何度もあった。

 

それも服で隠れるところを重点的に。

 

おかげで服の下は痣と火傷痕だらけだ。

 

先生も教育委員会もまともに動いちゃくれない。

 

家に帰っても、両親は数年前に事故で亡くなっている。

 

親戚もまともなのは近くにいない。

 

 

もう、いっそのこと楽になってしまおう。逃げてしまおう。

 

今までも何回も試みた事はあった。でも怖くてできなかったり、変に苦しんだだけだったり。

 

でも、今なら楽にいける。そんな気がした。

 

今から家に帰るのは馬鹿馬鹿しい。

 

もう今やってしまえ。直ぐに行きに乗る予定だった電車がホームに来る。

 

それにこれなら確実だ。

 

今は通勤ラッシュでホームには沢山の人がいるがそんなのは関係ない。

 

 

『3番線に電車が参ります。危ないですから、黄色い点字ブロックの内側にお下がりください。』

 

そう思っている内に電車が来るアナウンスが聞こえてきた。

 

段々と鼓動が激しくなる。周りにも聞こえるんじゃないかってぐらいに。

 

しかし焦りは禁物。実行のタイミングを慎重に窺う。

 

列車はもうホームに差し掛かった。

 

ー せめて来世は、良い人生を送れますように...。

 

最期にそう願い、線路へ身を投げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジリリリリリリ

 

「はっ...!?」

 

目覚まし時計の音で現実に引き戻される。

 

窓から差し込む春の明るい日差しが私を照らしていた。

 

まただ、また同じ夢だ。

 

夢にしては妙に現実味のある、男子高校生になって、いじめられて、最後に自殺する夢。

 

まるで、昔の記憶を思い出しているような不思議な感覚になる。

 

しかし私は男子でもなければ、まだ高校生でもない。

 

一体何なんなのか、私には全く分からなかった。

 

 

しかし、悪夢を見たせいか汗を掻いてしまって少々気持ちが悪いし、まだ目が冴えない。

 

取り合えずシャワーを浴びることにした。

 

 

脱衣所に入り、パジャマを洗濯かごへ脱ぎ捨て、浴室に入る。

 

春とは言え、湯の張っていない浴室は少し肌寒い。

 

私はシャワーの栓を回し、直ぐに頭から浴びた。

 

「冷たっ!?」

 

何も構えていない身体に冷水がかかり心臓が跳ね上がる。

 

よくよく考えれば当たり前だろう。栓を回した直ぐ後にシャワーを浴びたのだから。

 

しかし、おかげで目が冴えた。このまま少しだけ置いてお湯が出てくるのを待とう。

 

そう思い、シャワーヘッドを少し置いた。

 

しかし、此処である疑問が浮かんできた。

 

ー なんで今日目覚ましかけてたんだ...? 

 

私は何かある日でなければ目覚ましなんてかけない。

 

昨日間違えてかけたっていうのも恐らくないだろう。

 

ー なんか今日用事でもあったっけ......あ

 

 

 

 

 

「 今日、トレセン学園の入学式だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!! 」

 

 

 

 

 

 

 

浴室から飛び出しバスタオルで体と髪と尻尾を拭きながら自分の部屋に猛ダッシュする。

 

ドアを開いたそこには綺麗にハンガーにかけられたトレセン学園の制服が。

 

なぜ起きたときに気付かなかったのかと先ほどの自分を責めながら光の速さで着替える。

 

多分今のこの支度の速さなら世界記録取れるんじゃないかってぐらい迅速に。

 

「朝からうるさいよぉ」

 

下から母の声が聞こえてくる。

 

どうやら母も今起きたばかりのようだ。

 

「今日トレセン学園の入学式だよ!!なんで母さんも起きてないの!?」

 

「あっ..ごめん。目覚ましかけ忘れちゃって....直ぐご飯作るから待っててね。」

 

「簡単なもので良いからね!」

 

普通なら、「今日はいらない!」って言うと思うが

 

今日で母となかなか会えなくなると考えると、そうは言えない。

 

簡単なもので良いから母の手料理を食べておきたいのだ。

 

 

「...よし!」

 

鏡の前でおかしい所はないか一通り確認し終え、準備は完了。

 

そして部屋の扉を勢いよく開け、階段を駆け下り食卓へ向かった。

 

「あっ、できてるわよ。」

 

食卓ではもう母が目玉焼きとトースト、簡単なサラダを作ってくれた。

 

「ありがと!いただきます!」

 

早く、そして味わって母の手作りの朝食を喫した。

 

しかし、これがしばらく食べられなくなると思うと、少し悲しくなる。

 

「これで、しばらく会えなくなるわね...。」

 

「まぁ大丈夫だよ!夏になったら夏休みで帰ってくるからさ!」

 

「そうねぇ...ま、頑張ってね。いい結果、残せるといいわね。」

 

「ありがとう!ごちそーさま!」

 

秒で食べ終えた私は直ぐに洗面へ向かい、歯磨きも秒で済ます。

 

と言ってもちゃんと早く、正確に。

 

朝の支度RTAを更新するほどの速さで支度をすべて終えた私は、

 

昨日のうちに準備物を入れたトレセン学園の学生カバンを持ち、玄関へと向かった。

 

「待って。」

 

ドアノブに手をかけた瞬間、母に止められる。

 

「耳飾り、ほどけかけてるわよ。」

 

そう言って母は、右耳についた私の青い紐リボンを結びなおしてくれた。

 

「ちゃんと向こうでは、こういう所も気を付けるのよ。」

 

「分かった。ありがと」

 

「それじゃあ頑張ってね。辛くなったらいつでも連絡して。お母さん応援してるから。」

 

「うん、ありがと。行ってきます。」

 

「いってらっしゃい。」

 

最後に母とハグを交わし、名残惜しさを置き去りにして私は家を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

家を出てからも、時間との勝負だ。

 

ココからトレセン学園はかなり距離がある。

 

最寄りの武蔵中原からトレセン近くの府中北まで約40分。

 

トレセン学園の入学式は9時からで最低でも8:45には着いておきたい。

 

そして今は7:58。

 

今から乗れる電車は8:05。

 

次の電車は8:16。

 

つまり、8:05を逃したら終わってしまうのだ。

 

ウマ娘専用レーンを全力疾走しながら武蔵中原駅へと向かう。

 

ただ、この世の中上手くいかない事ばかりだ。

 

こういう時に限って、赤信号に引っかかる。

 

しかも、長い。長すぎる。いつもならそこまで長く感じなかったが、何分も待っている感覚になる。

 

何度も腕時計で時刻を確認しながら、青信号になるのをただひたすら待つ。

 

 

ここでやっと青に変わった。待ってましたと言わんばかりに変わった瞬間を見逃さず、直ぐに横断歩道を駆け抜ける。

 

時間はぎりぎり。間に合うか、間に合わないか微妙なラインだがやるしかない。

 

入学式遅刻と言う不名誉な称号だけは絶対に避けなければならない。

 

 

ようやく駅が見えてきた。

 

他の方に迷惑にならない様、スピードを落として駅構内に突入。

 

そしてポケットからICカードを取り出して急いで改札にタッチ。

 

 

キンコーン!

 

 

「ふぇっ!?」

 

エラー音が構内に鳴り響き、改札のバーが閉じる。

 

それもそのはず、よく見るとICカードではなく、某コンビニのポイントカードではないか。

 

恥ずかしい、すごく恥ずかしい。

 

急いでICカードに持ち替え改札にもう一度タッチする。

 

すると今度はちゃんと、改札を通る事が出来た。

 

急いで、ホームのある3階へ向かう。

 

 

『4番線、ドアが閉まります、ご注意ください。』

 

電車の発車を告げるアナウンスが聞こえてくる。

 

このままでは駆け込み乗車になってしまうが、この際はもうそんなことを考える余裕は無かった。

 

 

 

 

間に合えぇぇぇぇぇぇぇ!!

 

 

 

 

 

『次の電車をご利用ください。』

 

このアナウンスの直後、私の乗る予定だった電車のドアは無残にも私の目の前で閉められた。

 

あと5秒、5秒あれば間に合っていた。

 

そんな私を置き去りにして、8時5分発の南武線普通、立川行きは発車した。

 

「遅刻確定かぁ....。」

 

諦めて私は、ホームのベンチに腰掛けた。

 

『今度の4番線の電車は、8時8分。各駅停車。稲城長沼行きです。』

 

「せめてこの電車が、府中本町まで行ってくれたらなぁ...。」

 

北府中に行くには、途中の府中本町で乗り換えなければならない。

 

しかし、8:08の電車はその手前の稲城長沼で止まってしまうのだ。

 

「はぁ...やっちゃったなぁ...。」

 

そう思い一人ベンチで落胆していた。

 

その時だった。

 

 

階段からスーツ姿の男性が駆け上がってきた。

 

そして荒い息のままホームを見渡している。

 

「あぁくっそ。間に合わなかったか...。」

 

どうやらこの方も同じ電車に乗る予定だったらしい。

 

ー 同じ境遇の方かぁ...。

 

そう思いながらその方を見ていると、急に目が合った。

 

気まずいので一応会釈だけ返しておく。

 

すると、会釈し返してくれたがなんだがこっちに近づいて....

 

「なぁキミ!もしかしてトレセンの新入生かい?」

 

「え..あ、はい...そうですけど..」

 

「俺は、そこのトレーナーをやってる橋川だ。」

 

と言って、その方はトレーナーバッジと職員証を見せてきた。

 

「あっ、トレーナーさんでしたか!」

 

「君も列車に乗り遅れたのかい?」

 

「あ..はい...お恥ずかしながら..」

 

「俺は寝坊しちゃってね...普通に遅刻なのだが入学式にも遅れてしまいそうで...」

 

「私も、寝坊しちゃって....」

 

「だから大人しく今からタクシーで行こうと思うんだ。君もどうだい?」

 

「えっ...!?良いんですか!?」

 

「別に人数が増えてもタクシーだから金額は上がらないだろ?」

 

九死に一生を得るとはまさにこのことだろう。

 

ここからタクシーで行けば、もしかしたら間に合うかもしれない。

 

今はその希望に賭けるしかない。

 

「すいません!お願いします!」

 

「よしきた!行こう!」

 

そして私は、橋川さんと一緒に駅構内を急いで出て、タクシー乗り場に向かった。

 

駅ってだけあって、タクシーはたくさん止まっている。

 

「おっ、あのタクシーに乗ろう!」

 

すると、橋川さんは狙いを定めたようにピンポイントでタクシーを指定した。

 

「なんで、あの個人タクシーなんですか?」

 

「あのタクシーは俺の知り合いが運転してるんだ!裏道も知ってる!」

 

「なるほど!」

 

私と橋川さんの二人は吸い込まれるようにそのタクシーに乗り込んだ

 

「おっ、橋川じゃん!それと....橋川、ナンパしたのかい?」

 

「ナンパじゃない!彼女はトレセンの新入生なんだ!遅れそうなんだよ!トレセンまで最短ルートで!」

 

「あっ、お願いします!」

 

私もタクシーの運転手に挨拶だけ交わす。

 

すると、運転手の目の色が変わった。

 

おっけい!任せときな!

 

「「うわっ!?」」

 

急発進に思わず、二人とも悲鳴を上げる。

 

「相変わらず荒いね...なんでこれでタクシードライバーが務まるのやら...。」

 

「そんなこと言って、間に合いそうにないんだろ?じゃあぶっ飛ばすよ!」

 

「ほ..法令順守でお願いしますね..!!」

 

「分かってらぁ!」

 

思わず、私もお願いしてしまった。

 

まぁ、悪い人ではなさそうだ。

 

私ができるのは、せいぜい警察に見つからないよう願う事ばかりだ。

 

しかし、このタクシーは本当に運転が凄い。

 

ドリフトを繰り返し、最短コースを突き進んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

「よし!ついたぞい!」

 

そして、いつの間にかトレセン学園についていた。

 

しかも、入学式に余裕で間に合う。

 

一体、どうやったらここまで余裕が出来てしまうのか...

 

「カードで頼む!」

 

「あいよ......はいおっけい!それじゃあ行ってきな!お嬢ちゃんも気を付けて!」

 

「ありがとうございました!!」

 

「ありがとな!!」

 

こうして、2人で個性的でアウトローなタクシードライバーを見送った。

 

「それじゃあ、俺は職員室の方に向かうから、新入生はここをまっすぐ行ったところに案内板がある。それ見たら分かるから!」

 

「了解です!ありがとうございました!」

 

私は橋川さんに対し、深くお辞儀をした。

 

「あっそうだ...、君の名前は?」

 

「あっ、名乗ってませんでしたね...」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミカヅキです!宜しくお願いしますね!」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。