day0 11:10
合衆国 コロラド州 ウィラメッテ ス―パーマーケット
まるで時間が止まったかの様に静けさで満ちた店内。
誰も動かない、誰も話さない。
ある者は目の前で行われた犯行を現実と受け止めきれずに呆然とし、ある者は血に染まった自身の手を眺めて神に赦しを乞う。
一分・二分と時が過ぎ、やがて十分が過ぎようとした時、運悪く店に居合わせた女性客が呟いた。
「死んだの?」
静かな一人言の様な呟きだった…しかし、その小さな呟きは静まり返った店内でよく響いた。
「わからない」
動かなくなった襲撃者の体を遠くで眺めながら店員は返答する。
力なく横たわる体、多すぎる出血量、異様にへこんだ後頭部。
生憎ここは平和な田舎町。銃なんて気の利いたものを携帯している者はなく、店内にある包丁やビール瓶、酷いものはフライパンや鍋など武器になりそうな物を手に取った。
店員の一人が襲撃者の背後から頭部をバットで殴打したのを皮切りに、店員や客がそれぞれの武器を襲撃者に振り下ろす。
殴打されながらも立ち上がろうとする襲撃者が動かなくなるまで何度も何度も・・・・
肉に刃物を突き立てる感触、手に伝う生暖かい液体、真っ赤に染まった自身の手を照明にかざし呆然と眺めていた。
襲撃者が床にうつ伏せで倒れた時のは幸いだろう。
白い床材に飛び散る血痕と人の歯。顔面が酷く損壊した襲撃者の死に顔を拝まずにすんでいる。
「殺したの?」
「何もそこまでする必要はなかったんじゃ……」
傍観に徹したいただけの客の呟きは、やがて周りの客へと伝染し次第に戦った者達への非難に変わっていく。
(最善を選んだつもりだった・・・)
出来る限りの事をした。何度も警告し、拘束しようとしては振りほどかれた。
バットを叩きつけた際も保安官が来るまで立ち上がる素振りを見せるなと再三警告をしている。
(だが、この現場を見た警察はどう判断するだろうか?)
丸腰の襲撃者1人に対して複数人。体に何重にもわたる刺し傷と殴打の跡。飛び散った血痕は戦闘行為の激しさを物語っている。
過剰防衛で済めばいい。だが、この惨状は一方的な
「人殺し!」
そして、
「…………………」
この一言が傍観者と戦った者達の温度差が決定的になった瞬間だった。
今も尚、非難する傍観者達を横目に言葉を発する事無くアイコンタクトし頷き合う者達。
「まもなく保安官が到着します。お客様はそのままでお待ちください」
血に染まったバットを持った店員が営業スマイルとも薄ら笑いともとれる笑顔を客に振りまく。
手にしたフライパンを握りしめ、男は静かに後退りをして
共に命を奪ってしまったからこそ次に何をするか想像ができてしまう。否、
彼らは目撃者を
凶悪犯に複数人で対抗して無力化するのは過剰防衛になるのだろうか?
男は自身の力量をちゃんと把握していた。
(俺はヒーローになんかなれやしない)
他の客を助け出すために6人の凶器を持ったサイコパスに立ち向かうなんて出来やしない。そして、自身が傍観者達を
入口付近には店員達が陣取っており、其処を通らなければ外へ出ることは叶わない。ならば
今すぐにでも走り出したい気持ちを抑え足音を殺すようにゆっくりと
トイレの扉を押し開けて中へ駆け込みむと同時に勢いよく窓を開け放つ。外への窓には簡易的な鉄格子。こじ開けようと力を込めるがびくともしない。
直後店内から悲鳴。
反射的に体をびくついてしまう…奥歯が高速でガチガチと鳴る。
(店内の客が片付けば次は自分だ)
最初の襲撃者を撃退する際に手伝った事で目立ってしまった……必ず追ってくる。
それはただの根拠のない直感のようなもの。しかし、進む未来には必ず
パニックになっているにも関わらず研ぎ澄まされていく直感。
役に立つ物を探す。
トイレ掃除用ロッカーにはバケツとデッキブラシ。強度に頼りないが迷っている暇などない。
格子にブラシを差し込み左右に抉じ開けるように捩じ込み、広げる。
アルミ製の格子が変形、隙間が出来るがブラシの先端が耐えきれずに破壊。
まるで割り箸をへし折ったような音だった。それの3倍くらいの音量で鳴り響いた破壊音。
「音がしなかったか!?」
「人数が足りないぞ!カートの男は何所だ!」
男を探す声が遠くから近づいてくる。
格子の隙間は男には狭く脱出には叶わない。
・
・
・
「あいつは居たか!?」
「窓が壊されている!外を探せ!」
付近の問いかけに応えるようにドア一枚隔てて怒鳴る声が聞こえる。
追手がトイレで見たものは開け放たれた窓。へし折れたデッキブラシとこじ開けられた格子。
状況から既に外へ脱出したと思ったのだろう。遠ざかっていく足音を聞きトイレの頼りないドアの裏で安堵の息を漏らす。
便座の蓋の上に乗せた震える足を地面へと降し鍵を静かに解除した。
「いらっしゃいませ!お客様・・・探しましたよ?」
個室から出て最初に目にしたものは、最後に目にした時よりもさらに返り血を浴びて赤く染まった店員だった。
直後振りかざされる包丁。男は手にしたフライパンを盾の様に構え凶刃を受け止めた。そのままフライパンの角度を変えて包丁を受け流す。
無意識の動作、次に同じ事を行えるか?と問われれば答えは否だろう。
態勢を崩した店員にこれ幸いとフライパンの側面を顔面に叩き込む。
痛みで後ずさる店員にさらに追い打ちをかける男。この店員が店内で本当に客を殺していたのか?なんて疑問など等になかった。己に刃物を振りかざした時点で男の中で何かが吹っ切れてしまった。
鼻を押さえる店員の首を鷲掴みして、そのまま後頭部を洗面台に叩きつける。
一撃、二撃と叩きつけるたびに白い洗面台に赤い模様が増えていく・・・抵抗の弱くなっていく店員を担ぎ上げ助走をつけて窓の格子に叩きつける。
破壊音と共に外れる格子、勢いあまって外へと落下する2人。既に動かなくなった
店内からは怒声が響いている。
一気にSUVへと駆け寄り
『BI-BI-BI-BI-BI』
「おいおいおい!マジかよおい!」
けたたましく鳴り響く盗難アラームに彼の心臓が縮み上がる。
焦っていたがために起こった凡ミス。キーレスで遠隔ロックした車両をキーを使って直接解錠したのが原因だ。車両が特殊なツールで無理やり解錠されたと認識して盗難アラームが作動したのだ。
「糞!糞!」
解除するには車のエンジンを作動させればよい……たったそれだけの簡単な動作でさえパニックになった彼にはとても困難な事であった。
「鍵が刺さらない!」
必死で家の鍵を車に差し込もうとしていることに気付き、ハンドルに八つ当たりでドツく。『プッ』と短くクラクションが鳴るが知ったことではない。
「かかれ!かかれってんだよ!」
ようやく本来の鍵を差し込みエンジンを始動した。
ふと、店の様子を見ようと目を上げると其処には……
包丁を持ち、制服を真っ赤に染めた・・・
「お客様~~困ります……まだ当店のサービスは終了しておりませんよ?」
頭部からの出血、鼻は折れ、血走っている目からは血の涙を流してるように見えた。とても正気とは思えない。全力で正面から駆け寄ってくる店員。
恐怖に耐えながら車のギアを入れて
ドン!と重い衝撃。クモの巣の様に放射状に罅の入ったフロントガラス、彼がギアを
車の勢いは止まらない。極度の恐怖でアクセルから足が離れていない事に彼は気付いていない。
迫り来る店の入口。パニックになった頭が
店の入口吹き飛ばし、店員を撥ね飛ばし、客の死体の上を滑走し、商品棚をなぎ倒す。
運が良いのか悪いのか…盗難アラームに気付いた店員が入口に集まっていたのが決め手となり突撃で一網打尽となっていた。
規則正しく響くエンジンのアイドリングの音だけが木霊する再び静かになった店内。2、3分ハンドルを持ったまま放心している彼を咎める者は、店内には誰も居なかった。
・・・・
day0 11:37
合衆国 コロラド州 ウィラメッテ Middle school
変わり映えのない平凡な日常・・・そのはずだった。
(外がやけに騒がしい?)
少女が初めに感じた違和感はその程度の物だった。学校付近を緊急車両が通過する事は別段珍しい事ではない。ただ・・・この日に関してはその回数が異常だった。
近くから、遠くからも絶え間なくサイレンが鳴り響いてる様に感じる。救急車、消防車、警察車両。様々な車両の奏でる騒音を窓越しに感じながら漠然としない胸騒ぎをエマは感じていた。
「ちょっと!気が散る!!」
「悪い悪い!虫に刺された箇所が気になって」
授業時間、教室端の男子生徒が腕を掻く動作。力加減を間違ったのか幾多もの赤い線が浮かび上がった腕。先ほどの女子生徒が小さな悲鳴を上げているのを視界の端で確認した。
「騒がしい!今日は一体どうしたというのだね?」
ざわつく教室の生徒に教師が声を上げた。外からはサイレンの音が鳴り響き他の生徒達も落ち着かない雰囲気だった。集中力など等に切れている。
「隣の人が怪我をしています!」
「あ~・・・これは酷い。自分でやったのかね?」
「保健室に連れて行くので私が戻るまで自習するように!」
他の生徒を残し教室を出る教師と生徒。怪我している生徒はこの短時間で体調が悪化しているようで足元がおぼつかない。
あと20分も経たないうちに休憩となるのだが、外の騒動が気になりPCを開くエマ。シエラがそれに気づいたのか堂々と教師の居なくなった教室を歩いてくる・・・
警察の設置した町の防犯用監視カメラに
窓越しに入り口に駆けていく教師達が見える。
「なんだと思う?」
「この時間に校舎内に来る人なんて居ないはずやで!」
「どうする?乱射事件とかだったら早く逃げた方が良いいいと思うのだけど‥」
「まだや、教師たちが急いで状況を確認しに行ったのを見とったやろ?すぐに館内放送で説明があるから待つんや」
普段なら気にもない異常。財布や時計を外し忘れて探知機を鳴動させる生徒も多い。だが町から聞こえてくる騒音、そして授業中に鳴り響いた探知機が不吉な事が起こる前の予兆の様に思えて仕方なかった。
「安心せえ・・エマちゃん。銃声も聞こえんやろ?時期に誤動作だって放送があるはずや。・・・ほら、放送やで!」
館内放送のマイクをONにした時のノイズが流れる。荒い呼吸音、その背後では扉を叩いてるような打撃音をスピーカー越しに耳にする。
『現在、校内に不審者が侵入しました。生徒は教師の指示に従って避難を開始してください。これは訓練ではありません。繰り返します、これは訓練ではありません』
一気に教室のドアを開け走り出す生徒達。
「まだや!まだ行っちゃアカン!!うちを信じてここで落ち着くまで、この教室を出ちゃいかん!」
席を立ったエマを押しとどめるように服の袖を掴むシエラ、エマは一瞬迷ったように目を泳がせた後、ため息と共に元の席に座りなおす。
「あなたの言うとおりね・・・ありがとう」
「当たり前や!うちを誰だと思ってるん?うちは消防士の娘やで?」
こんな状況でも胆の座ってるシエラに思わず笑みがこぼれる。廊下では生徒達が押し合い我先にと逃げ出そうとしている。
知識では知っていた・・・パニックになった群衆に混ざると高い確率で死亡する。人の流れが止まれば後続の人々に体を圧迫され呼吸困難に陥り、一度転べば立ち上がる事など出来るはずもなく何百の群衆の足が脱落者を襲う。ショッピングモールのシャッターを容易に破壊できるほどの威力を持つ群衆の波をその身に受ければどうなるかは火を見るよりも明らかだった。
(知識ではあったんだけどね‥冷静な判断が出来るかは別の話よね・・)
廊下で繰り広げられる徒競走。悲鳴、怒声、嗚咽・・・様々な感情の混ざるBGMを聞き流しながら友人に問う。
「それで・・これからどうするの?」
「せやな・・ひとまずこの教室に身を隠して襲撃者をやり過ごそうか?」
自身の存在を示す音を
「それで‥逃走手段は?」
「勇敢な教師が一人くらいはスクールバスを確保するやろうな~」
「当然それには乗らない・・・と?」
「せやで~不確定要素に命かけるほどうちは馬鹿やない」
「心配はしてないけども…貴方運転できるの?」
「当たり前や!うちを誰やと思ってるんや!うちはレーサーの娘やで!」
「あなたも好きね~そのネタ」
合衆国の運転免許は16歳から、つまり運転したことがある、運転できること自体法を侵してるのだが今となってはその程度の事は些細な事の様に感じてしまう。
「それじゃ、私が校内の防犯カメラの映像をジャックして移動の支援をするわ」
「頼りにしてるで!相棒。」
年齢に対して似つかわしくない能力と判断力を持った少女達は脱出に向けて行動を開始する。
エマ&シエラのペアはパニックになった生徒達が自身達の話を聞くとは思っていない為、最初から別行動を取ろうとしています。
学校の防犯設備
近年乱射事件があった為、田舎町であるウィラメッテにも設備が導入されている。
ゲートには金属探知機、廊下には監視カメラ。
大都市や治安の悪い町程ではないが、ウィラメッテ町内にも警察によりカメラが多数設置されている。