「皆さんこんにちは。本日の3分クッキングは、定番かつ家庭的っぽい美味しい肉じゃがを作っていこうと思います」
「奏さん、あのー………お願いしといてなんですが、せめてこのBGMは止めませんか? 」
エプロン姿のいっちゃんが、困ったように頬を掻く。雰囲気作りにと思ったが、どうやらお気に召さなかったようだ。
大人しくスマホから流れる軽快な音楽を止め、奏もエプロンを身に付けて、2人で台所に立つ。
「それじゃあ、気を取り直してやっていこっか」
「はい、本日はよろしくお願いします! 」
やる気満々の返事を貰い、早速料理に取り掛かる。けど、その前に事の発端を説明しよう。そう、あれは先日の出来事だった。
「あっ、奏さん!今少しいいですか? 」
「おお、その声は我が後輩いっちゃんじゃないか。大丈夫だけど、どうしたの? 」
昼休み。何か面白い事でもないかなーと校内を歩いてると、勇者部唯一の1年生いっちゃんに声をかけられた。
「さりげなく虎にしないでくださいよ〜……。聞きたい事があるんですけど、奏さんは一人暮らしなんですよね? 」
「そうだよー」
「となると、料理もしてるんですよね? 」
「それは、まあ………出来るからしてるけど………」
目を逸らしながら、微妙な返事をする。家事全般は一応出来るが、スーパーやコンビニの弁当の手抜きが多い為、料理はたまにしかしていない。なんだったらパンで済ませる事もある。
「もしかして、いっちゃんも一人暮らししたいとか?大丈夫?主に風先輩が不安で泣かない? 」
「ち、違いますよ。その………料理の練習をしたいなって………それで、よければ教えて貰えないかなって……」
「料理の練習かー。それはいいけど、ボクよりも東郷さんや風先輩に教わった方がいいと思うけど? 」
「勇者部の皆には内緒で、こっそり練習したいんです。いつもお姉ちゃんに頼ってばかりなので、私も何か出来るようになって、お姉ちゃんの力になりたいって思ったんです」
「い、いっちゃん………! 」
あまりの健気さに、思わず泣きそうになる。風先輩、貴女の妹は滅茶苦茶良い子ですよ。健気ですよ。可愛いですよ。
「よし、分かったよ!この秋月 奏、いっちゃんの為に力になるよ! 」
「あ、ありがとうございます! 」
という事があったのだ。今は手本として、奏が説明しながら肉じゃがを作っている最中だ。
料理部所属のミカを呼ぶ事も考えたが、接点が無い知らない男の人は、いっちゃんが萎縮してしまうと思い除外した。代わりにレシピや初心者にオススメのやつを教えて貰いました。
「とまあ、こんな感じかな。今回は別々で煮たけど、食材によっては調理方法も変わるらしいから」
「おおー………。なんというか、普段からは想像がつかない家庭っぽさを感じますね」
「いっちゃん、それ褒め言葉じゃないよ? 」
奏が作った肉じゃがを味見し、味も問題無しとタッパーに詰めていく。作り置きも出来るし、カレーとかの他の料理にも応用出来る。
「次はいっちゃんがやってみよっか。ところで、どれくらい料理した事あるの?包丁の扱い方とか大丈夫? 」
「それは大丈夫です。私も何度か料理はした事ありますから」
「へー。それじゃあ、扱い方は大丈夫そうだね。一応レシピのメモもあるけど、ボクもサポートするから。あとは怪我しないように気をつけてね」
「はい!よろしくお願いします! 」
意気込みも充分。これならすぐに上達するじゃないかな。
そう………そう思っていた時期が、ボクにもありました。なんということでしょう。ボク達の目の前には、紫色の何かが存在しています。
「えっと…………ボクがお手洗いに行ってる間に、何の錬成をしたのかな? 」
「すいません………もう少し濃い方がお姉ちゃんも好きかな、と………あと隠し味的な事も………」
それだけでこんな事が起こるのか。恐ろしい子………。いやまあ、姉想いでの行動だから責めにくいけど。
「いや、まあ、えっと………ほら!見た目より味だよ味!意外と美味しいってパターンもあるかもしれない─────」
そう言いながら味見をすると、一瞬意識が飛んだ。次に頭の中に宇宙空間の様な光景が浮かび、思考が止まる。次に真っ白な空間に引きずり込まれ、走馬灯の様なものを見た。
「…………でさん!………かな……! 」
誰かに呼ばれてる気がして、思考がそちらに向かう。無意識に手を伸ばすと、顔の輪郭に触れ、熱を感じる。
「奏さん!しっかりしてくださいー! 」
「………………はっ!! 」
意識が戻り、上体を起こす。気絶したのか、どうやら倒れたらしい。どおりで後頭部が痛い訳だ。いや、それで済んだからよかったけど。
「良かったです………その、大丈夫ですか? 」
「…………………いっちゃん。一応、念の為、参考がてらに聞くけど、前に料理した時もこんな感じに失敗したの? 」
「………はい」
「よーしいっちゃん。分量と調理法を守っていこうかー? 」
「は、はい! 」
目を離したら駄目だ。目を離したら、それがボクの最後になる。その確信を得て、2人は再び料理へと取り掛かった。
それは、テスト勉強や、デメ○ル戦よりも厳しい戦いだった。調味料の入れ過ぎ、もしくは少な過ぎ。煮込み不足や生焼け。果てには定番のひっくり返しもあった。
「で、出来た………! 」
「や、やりました……! 」
だが、そんな苦難の末に………いっちゃんはやり遂げたのだ。何度失敗を積み重ねただろう。何度(奏が)意識を飛ばしかけただろう。
目の前には変色も何も無い、綺麗に作られた肉じゃが。何度目か分からない味見を、恐る恐るする。
「美味しい………美味しいよぅ、いっちゃん……」
ちゃんと口の中には肉じゃがの味がし、安堵のあまり泣きそうになる。
「よ、良かったです……」
「これなら問題無く食べれるよ。美味しい美味しい」
何度も味見をして美味しい事を再確認し、いっちゃんの肉じゃがをタッパーに入れる。せっかく上手に作れたのだから、風先輩と食べたらいいと話したからだ。
ちなみに失敗作もタッパーに詰めたが、どうするかは決めていない。カレーに入れればなんとかなるかな………何とかなって欲しいけど………なんとかなる……よね?
意識が飛んだ時の恐怖が蘇り、まるで初めてGTロボを見たト○コみたいに全身がゾワッとした。
「どうしたんですか奏さん? 」
「なななな、なんでもないよー? 」
身体だけでなく声までも震え、そそくさと袋に入れて渡す。後片付けも済ませ、今回の料理教室はこれにて閉幕となった。
「お疲れ様。あとは繰り返し練習だね。一応念を押すけど、分量と調理法は守ってやるように。好みの味や家庭の味を出すには、まずレシピ通りの味を身に付けてからだよ」
「は、はい!気をつけます………! 」
「うん。でもまあ、いっちゃんもよく頑張ったね。偉いよ」
頭を撫でながら労いの言葉をかけると、一瞬目を丸くされる。
「今の奏さん、なんだかお姉ちゃんと同じ雰囲気でした」
「んー………そう、かな」
「はい。でも、ありがとうございます。今日はお世話になりました」
「うん。風先輩にもよろしくねー」
いっちゃんを見送ったあと、奏は冷蔵庫を開けて大量のタッパーと改めて向き合う。本当にどうしようかな………これ。
それからしばらくの間。ミカに押し付けたり、カレーにぶち込んでは消費するを繰り返していた。そんな日々に疲弊していたところ、再びいっちゃんに声をかけられる。
「あの、奏さん。もしよければ、また何か料理を教えてくれませんか? 」
その言葉に、奏の脳裏に料理教室の時の記憶が過ぎる。味見をする度に、精神と肉体を激しく消耗する、まさに地獄みたいな瞬間を。
もう教える事は無いだろう。そう高をくくっていた。一刻も早く消費し、記憶から消してしまおうとさえ思っていた。だが、現実は無情であった。
「─────ンンンンンンンン!! 」
断るという選択肢が元より除外されている為、奏は某陰陽師みたいな声をあげたのだった。