次の休暇日。
まさかの人物からの誘いだったので、いつもより早く起きて着いてしまった。普段そんな風になることはないのだが、私はお子様か!
しかも、寮で待ち合わせすればいいのにわざわざ藤沢駅を指定してきた。
ちなみに私はB棟、ベスはC棟なので天上の間以外では会うことはまずない。
「はあ・・・」
オマケに遅刻とかどういう神経してるんだか・・・時間指定しているにもかかわらず、だ。
20分後ようやく誘い主が現れた。
「明日香さんごきげんよう」
ブロンドの髪をなびかせながら歩いてくるその姿が様になってるのが余計腹が立つ。
「ごきげんよう、じゃないでしょ・・・20分の遅刻。グランギニョルの関連会社の社長令嬢が遅刻って・・・聞いて呆れるわ」
「なっ!?朝から何を訳わからないことをおっしゃってますの?わたくしは・・・昨晩そのまま寝てしまって、今朝は目覚ましが鳴らなくて・・・髪のセットとメイクに時間が・・・って、わたくしのことはいいんですっ!」
なんだ、私よりベスのほうが楽しみにしてたんじゃない。
「ふふーん・・・」
とニヤニヤするも、
「な、なんですの?」
珍しく挙動不審な上に顔が真っ赤なベス。
「はいはい、照れるな照れるな。で、私をどこに連れてくの?」
「じ・・・実はわたくし・・・こういうのが初めてなもので・・・なにをどうしたらよいのか・・・」
言いながらもじもじしている。そこまでお嬢様だったの?という驚きもだが、結局私が引っ張り回すのか、というガッカリな気持ちのほうが大きかったりする。
私が大きくため息をした後、
「まったく・・・しょうがないわね・・・いつも私たちが行ってるところ回りますか」
ということで行きつけのクレープ屋さんへ。その後、最近見つけたアクセサリーショップ。残念ながらここはカエル関連はないが、デザインが可愛いいものが多く、良く円と2人見に来ている。ウィンドウショッピングというやつだ。
その後鎌倉に戻り、誕生日プレゼントの置いてあったあの店へ。そこには───
「あ・・・明日香・・・と、エリザベス・・・さん?」
茶髪ショートボブに右サイドテール───灯音様だ。
まあ休息日なのでいてもおかしくはないのだが。
「あれ・・・灯音様?ごきげんよう。今日はここに来てたんですね」
「ごきげんようですわ」
「なんか・・・珍しい・・・組み合わせ・・・だね。今日はどうしたの?」
珍しいと言われてしまった。確かに私は円と一緒にいることが多いが、それはそれでショックだ。
「あはは・・・今日はベスに誘われたんですよ」
「そう。今日は新作入荷日だから開店前からずーっと待機してた!」
久しぶりに聞く灯音様のマシンガントーク。
やっぱり普段と比較すると違和感を感じてしまう。
「そう・・・ですの・・・おほほほ・・・」
「あ、エリザベスさん・・・私に・・・冷たくするんだ・・・」
珍しい。普段ほとんど表情の変わらない灯音様だが、落ち込むような顔を見るのははじめてだ。
「いや・・・その・・・わたくしはそんなつもりでは・・・」
「あ、灯音様。ベスってこういうお店はじめてみたいで・・・なんか浮かれちゃってるみたいです。あはは・・・」
「そう・・・なら・・・いいけど・・・」
あまり灯音様の機嫌を損ねるのは・・・と思った。琴乃様のときのこともある。
ただ、あのあとの灯音様・・・どこか具合が悪そうな、顔色がひどく悪いようにも見えた。
「他のところ・・・案内したいので私たちはこれで・・・」
「うん・・・」
「ではごきげんよう」
さて、お昼だ。いつもなら私の希望でラーメン・・・なのだが、ベスにラーメンはなあ・・・。『わたくしの口には合いませんわー』とか言われそうだ。
「ところで、もうすぐお昼だけど、ベスはどうしたい?」
ベスは少し考えてから、
「明日香さんにお任せしますわ」
私任せ・・・うーん・・・どうする?
「え?いいの?いつもお昼ラーメンなんだけど・・・」
すると目の色を変え、
「ラー・・・メン?」
「ベス?」
「いいですわね!どこでいただくんです?この辺のおいしいお店教えてくださいまし!」
ちょ、ちょっと!?
ベスが突然マシンガントーク。あんた、ラーメン好きだったの・・・。
「ちょっと待って!」
「なんですの?早くいただきに参りましょう」
「だから落ち着けって言ってるの!」
思わず大声を出してしまった。
なにやってんだ私。
「あ。ごめん・・・つい・・・」
言われてベスはハッとするも、顔を真っ赤にして、
「あ・・・ああああ・・・」
「・・・今更隠したってしょうがないでしょ。別にお嬢様がラーメン食べちゃいけないなんて決まりなんてある?それに───」
「私の家ラーメン屋だから味にはうるさいわよ?」
「・・・明日香さん」
見ると目には涙。
「え?なんであんたが泣くの!?」
「泣いてなんていませんわ!目にゴミが入ったんですわっ!」
「はいはい・・・そういうことにしといてあげるわよ」
「明日香さんよくこんなお店知ってますわね・・・」
やってきたのは以前訓練で行った切り通しに近い立入禁止区域手前にあるお店だ。
「昔父さんに教えてもらったの。でも不思議よね。なんでこんな辺境みたいなお店知ってるのか」
そう。不思議なのだ。こんな誰も来ないようなところの店を知っているということは防衛軍かリリィでもなければ知り得ないはず。
「そういえば明日香さんのお父様ってラーメン屋っておっしゃってましたわよね?お母様は?」
「それがね、私に一切何も教えてくれなくて・・・私がリリィになる!って言った時も特に何も言わなかったわ」
ピピピ・・・
携帯端末が鳴る。
見ると灯音様からだった。
『次の休息日、小規模エリアディフェンス地域に水族館あるからみんなで行かない?後で詳細送るよ』
水族館かあ・・・。
「灯音様からね。次の休息日水族館行こう、って」
昼食を食べ終わり、この後どうしよう?と思ったときだ。
「あの、明日香さん」
表情は真剣だ。
「学園に戻りましたら・・・わたくしに付き合っていただけません?お話したいことがありますの」
「どうしたの?改まっちゃって。話ならここで・・・」
「どうしても、ですわ」
いつも以上に真剣で、真っ直ぐ私を見る。
「わかった。で、場所は?」
百合ヶ丘に戻り、山梔館(旧館)裏にある広場のようなところに来た。楠が数本あり、そこに寄りかかれるような形で木を半分に割ったベンチが数脚ある。
「よくこんなところ知ってるわね・・・」
「京夏様に教えていただきましたわ」
が、ここに来てからベスの様子がおかしい。
真剣な表情なのは変わらないのだが、両手を握りしめ、その手が震えてるようにも見える。
「・・・」
しばらく黙ったまま。
「ベス?」
「ごめんなさい明日香さん。わたくしも・・・少々勇気が・・・」
その後、またしばらく沈黙が続く。
5分ぐらい経った頃だろうか。ようやくベスの口が開いた。
「・・・わたくしが聖メルクリウス出身なのはご存知ですわよね?」
「あんたから直接聞いたからね」
「では・・・わたくしがそこでひとりだったことは?」
「ひとり?」
どういうことだろうか。
「今日明日香さんと一緒にいる間、言うべきか言うまいかでかなり悩みましたわ・・・ひょっとしたらわたくしが嫌われてしまうのではないかと・・・」
「・・・言ってる意味がわかんない。だいたいなんで嫌いにならなきゃいけないの?」
「ですわよね・・・メルクリウスではリリィとしての実力は評価はされましたわ。わたくしが百合ヶ丘に編入できたのもそのおかげ。ですが、それだけ・・・。周りからは『変な子』扱いされていましたわ」
「それは・・・なんとなくわかる。時々理解不能な言動したりすることがあるから『変わった子』とは思ってた」
「変わったって・・・ひどいですわ」
むくれながらも続ける。
「メルクリウスの中等部のわたくしはレギオン予備隊にこそ所属はしていましたが、人と接するのが苦手でしたわ。目も合わせられない、喋ろうにも必要以上の言葉が出てこない・・・。とにかくこんな自分を変えたかったのです」
え・・・そこまで・・・。
ていうか、ベスがコミュ障とか信じがたいんだけど。
「この春百合ヶ丘に来てようやく普通に喋れるようにはなりましたが・・・言うならば灯音様よりもひどい有様でしたわ」
「ゴメン、ベス。灯音様は・・・」
と、言いかけてハッとなった。
決めつけは良くない。実は灯音様は喋るのが苦手なんじゃなくて何かの病気なんじゃ・・・と言おうとしていた。
(不確定要素で喋っちゃダメよね・・・)
「あ、いや・・・なんでもない。続けて」
「そんな自分を変えようと、わたくし自ら願い出て百合ヶ丘に編入希望を出しましたわ。ただ・・・一つだけ問題が・・・」
「・・・言わなくても分かってるわよ。入学2日目のことは」
そう───入学2日目。クラス分けの掲示を円と行った時、偶然目が合ったベスが私にケンカを売ってきたのだ。
「あのときは・・・たまたま目が合った明日香さんと円さんを見て羨ましく思いましたわ」
「だからってケンカ売っていい理由にはなんないでしょ?」
すると、
「・・・の」
ベスの声が小さくて聞き取れない。
「今なんて・・・」
「だから!どう接していいか分からなかった!」
いつものお嬢様口調ではなく、私たちと同じ喋り方・・・。目には大粒の涙。
「あの後、明日香さんがCHARMを取りに行ってる間、私は何やってんだ!って自分を責めた。せっかくやり直しために・・・出直すためにわざわざ百合ヶ丘に来たのに・・・って」
「櫻子・・・」
ベスの「本来の」名前で呼ぶ。さらに震え声でベス・・・いや、櫻子は続ける。
「手合わせしてるときも心に迷いがあったわ。お願いだから私の・・・今の気持ちに気がづいて!って・・・」
・・・やっぱりそうだった。あのとき受け手に甘んじてしまったが、途中で明らかに刀ち振る舞いがやみくもなように見えた。
「ゴメン・・・ホントは・・・さ・・・私、気づいてたんだ」
「だったらどうして!?」
彼女がそういうのも無理はない。けど、
「やってて分かったでしょ?私・・・対人戦苦手なのよ・・・。あのときは売り言葉に買い言葉で、勢いで手合わせしちゃったけどさ。ホント・・・変だよね。意地張って勝負して負けて・・・なのにこんな仲良くなって・・・」
「・・・そんなこと、ない」
え・・・。
「私、嬉しかった・・・初めて天上の間で一緒になったとき・・・。私にあだ名付けてくれたじゃない?」
「ええ・・・」
「そのときお礼言ったの・・・聞こえてた?」
あのときだ。手合わせしたその日の夜。円が自信がない、と相談に乗ってたときのことだ。背後からベスがやってきてせっかくメンバーになったんだから、と私が勝手に名付けた。
実はかすかながらだが『・・・ありがとう明日香さん』と言っていたのだ。
「なんだ・・・せっかく黙っててあげるつもりだったのに」
「聞こえ・・・てたんだ・・・」
「でもさ・・・今更、でしょ?」
「・・・」
「過去は過去。今は今、でしょ?もう十分やりなおし、出来てるじゃない。これで友達いなくて喋るの苦手、とか言わせないよ?」
「明日香さん・・・」
「私もさ、実は・・・中等部時代一人だった時期があるから・・・わかるんだ。意外、とか思ったでしょ?」
「そんなこと・・・」
言葉を遮り、続ける。
「リリィってさ、みんな何かしらトラウマとか悩みとか、目標を持ってて、そのために頑張ってる・・・。ヒュージってなんなんだろうね・・・」
「そんなこと、わたくしにはわかりませんわ・・・」
そして、正面から櫻子・・・いや、ベスを抱きしめる。
「ちょ・・・明日香さん!?」
「・・・やっといつもの調子に戻った。やっぱりベスはこうじゃないと」
「なっ・・・なにをおっしゃってますの!?わたくしは・・・」
「私も・・・不器用なほうだなーと思ってたけど・・・自分よりすごい子は初めて見た。でもこれからは1人じゃない。私たちがいるから」
「明日香さんみたいな人がメルクリウスにいればよかった。そうすればこんな・・・ううっ・・・ううううっ・・・」
そのままベスは声を上げて泣き出してしまった。
「・・・気が済んだ?」
しばらく私のもとで泣いた後無言で頷く。ベスの目元は真っ赤だ。
「こんな姿、他の方には見せられませんわ・・・」
プイと膨れたような顔で言う。
「そうね。特にみどりとかね。『あー!お嬢が泣いてるー!』とか言い出しそうだもんね」
「明日香さん・・・またわたくしのことバカにしてません?」
「なんでよ・・・意味わかんない」
リリィでなかったら相応の悩みを持つ普通の女の子でしかない。友達とウィンドウショッピングして、カラオケで歌って、アイスやクレープとか食べながら他愛のない会話をして。
もちろんそれはリリィとして生きる今でもできている。唯一違う点は常にCHARMを携帯していないといけないこと。
もし違う世界線があったとして、ベスと出会っていたらもっと仲良くなれていたのかな?とか、そんなことを考えてしまった。