「松永久秀は高村様の方に行ったけど、残った兵も強いわね……」
采配を振るいながら、蒲生氏郷は苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべていた。
騎馬の機動力でもって敵陣を揺るがし、隙が生じたら蒲生隊含めた全兵で攻めかかる。
これが、高村が初めに選んだ戦術構想だった。
しかし、松永久秀は騎馬を率いる高村を鎮めに本隊から四千を引き出して分断。本隊は弟の松永長頼に任せていた。
「六角高村は厄介だが、姉上の触手に絡めとられてしまっては長くあるまい。このまま蒲生を討つ」
松永長頼は姉の松永久秀とは異なり堅実な用兵を得意とする。
いかんせん地味に思われるが、その実力は姉にも劣らない。姉が大和を攻めて領国としたように、長頼もまた丹波をほぼ平定し、国衆をまとめる立場となっていた。
「今はまだ持ち堪えられているけど、元々の兵力差は洒落にならないわ」
じりじりと押されてく蒲生隊。
氏郷の才は江州でも上位に入るが、さすがに天下の副将軍・三好の軍団長を相手するにはまだまだ開花しきっていない。
(来るなら早く来なさい。間に合わなくなっても知らないわよ……!)
戦線を必死にまとめながら、氏郷は瓜生山の方をにらみつけていた。
*
俺は松永久秀と一騎討ちを続けていた。
久秀の技量は凄まじく、馬上で戦ったとて決定的な一撃を当てることはできない。
なんというか、強いというよりは上手い。最適解を先回りされているような感じすらする。
「十河殿ほどではありませぬが、重い一太刀と途切れぬ手数。不規則な太刀筋。定頼公以来の英雄ですわね」
久秀がお世辞を言ってくるが、楽な手応えで受けられているからちっとも説得力がない。
「それに引き換え、義賢殿は暗愚の一言。無為な戦を繰り返し、女に溺れるのみ。嫡子の義治殿も特に見るところはありません」
「何が言いたい」
「私が思いますに、六角は貴方が仕えるに値しない家ではないかと。莫逆の友に刃を向けてまで尽くす価値はあるのでしょうか?」
久秀はどうやら俺と長政が友だったことまで知っているらしい。それだけに久秀の言葉は身につまされるものがある。
だが、その問いかけはすでに解を出した後だ。
「確かに、義賢様たちには仕える価値はないかもしれない。だが、家中にはまだ守りたいやつがいる。それで充分だろう?」
義賢様の乱脈ぶりを見る限り、氏郷や紀之介がその毒牙にかかる可能性がある。こと紀之介に関しては実際にかけられそうになる前に義定が助け、俺に託したようなものだ。
君を愛し、国に殉ずる。
それが家臣としては一番の理想だが、どうも俺はそうなれそうにない。
けれども、俺という名の傘で親しい者たちを守る。
その道なら俺も歩むことができる。
「ならば、致し方ありません。ここで、塵芥となっていただきましょうか」
「それは、こちらの台詞だ。……いや、もうその時は過ぎたか」
将軍山城の方角からピィーっと風切音が聞こえる。
それを合図に数多の矢が松永軍に降り注いだ。
「なっ、これは?」
思わず久秀は山の手を振り返る。
そこには、隅立て四つ目の旗がはためいていた。
「ようやく来たか。いつ来るかは分からなかったが、どうやら天命はまだ俺の方にあるらしい」
「いつの間に将軍山に兵を伏せていたとは……。これは一杯食わされましたね」
「全部計画通りなら良かったんだがな。結局はあいつのご機嫌次第って訳だ。とりあえず、一騎討ちをする意義はないから俺は帰るぞ」
そう言い捨てて、俺は刀を納めて軍の方に戻る。
ともかく、策とは到底言えない他力本願の極みだったが、最後の一手は成った。
初めは松永軍を騎馬で撹乱して足を止め、陣が乱れれば全軍で攻め立てるつもりだったが、久秀が騎馬を潰すために兵を割いたため叶わなかった。
だが、それは各個撃破の好機を得たことにもなる。
久秀を釣り出して捕捉しやすい状況にすれば、きっと彼女はやってくる。
無駄に察しのいいあいつのことだ。この好機をむざむざと逃すわけがない。
「義定の援軍が来たぞ! 全軍、松永久秀に攻めかかれっ!」
義定隊の高所からの狙撃と、俺たちの反攻で久秀隊は瞬く間に潰走した。その後、取って返して松永長頼が残った本隊にも痛撃を加えて松永姉弟を鴨川の対岸に追い返すことに成功する。
情勢の不利を悟った三好義興は退却を決断。
これにて三好軍は全軍後退し、六角軍は鴨川を渡り上洛を果たしたのだった。
*
「ありがとうな、義定。今回ばかりはお前が来てくれなかったらどうなっていたかわからなかった」
戦が終わった後、俺は義定のもとに向かう。すぐに会って感謝を告げたかった。
「いいよ、わたしだって新十郎がいなくなったら困るからさ」
気恥ずかしげに義定がはにかむ。
不思議なことに、こいつは結構自分から絡んでくる割には、いざ受けになると弱い。だから、ここぞとばかりに俺も攻めることにした。
「なに照れてんだよ、俺とお前の仲だろ」
「それでも嬉しいものは嬉しいんだって。だってさ、新十郎っていつもあまり頼ってくれないじゃん。なまじ色々できるし」
言われてみると、確かに義定の言う通りかもしれない。
前世の知識で六角が織田にやられることを知っていて話しづらいこともあるだろう。
長政の時だって、あいつが女であることを隠さなくてはならなかったから下手に他人を頼ることは出来なかった。
「だからさ、今日は力になれて少し嬉しかった」
義定はそう言ったっきり、すぐに戦後処理に戻った。
多分、照れ臭さに耐えられなかったんだろう。
俺にとっても、義定がすぐに仕事に戻ってくれてよかった。
(あれ? 義定ってここまでしおらしいやつだったっけ?)
そうでなくては、胸に残るこの違和感を抑える暇がないからだ。