転生先の学友の顔が強すぎる件   作:流水麺と豪州侍

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第16話 蠍の毒

 

 河内国、飯盛山城。

 天下の副将軍・三好長慶の居城にして、現在進行形で天下の趨勢が争われている最前線だった。

 

「ええい、何故に六角は動かぬっ! 京を抜いてから一月も経つというのに、何をしているのかっ!?」

 

 飯盛山城を囲む連合軍の総大将である畠山高政が地団駄を踏む。

 久米田の戦いで阿波衆を率いる長慶の弟の義賢を討ったところまでは良かった。しかし、飯盛山城が落ちない。一度総攻撃を仕掛けたが、敢えなく追い返された。

 

「再度、六角に督促の使者を出せ! 最早この戦は時間との勝負じゃ! 三好が体勢を整える前に攻め切らなくてはならぬ!」

 

 畠山高政は焦っていた。

 大和と紀伊の諸勢力をまとめたのはいいが、所詮は反三好で集まった烏合の衆に過ぎない。この優勢を保てなくなれば、自壊する定めだと自覚していた。

 

 *

 

「ふふっ、久米田から一月も経ち、いささか畠山殿も焦っておられるようで……。しきりに使者を飛ばしておりますけど、意味はありますまい」

 

 いつの間にか飯盛山城に帰還していた松永久秀が嘲笑する。

 

「そういえば久秀。何故に飯盛山城に帰っているのです? 京には六角は未だに健在でしょうに」

 

 その横で穏やかな顔立ちの黒髪の美女が苦笑いを浮かべる。

 この人こそが、三好長慶。

 父を奪われた阿波の少女から天下の副将軍にまで登り詰めた当代きっての女傑だった。

 

「六角軍の脅威が薄れたからですわ。私が六角義治に「六角高村が謀反を起こして、嫡子の座を奪おうとしている」と告げ口を致しましたの。そうしましたら、身の危険を感じた高村一派は瀬田の山岡景隆の元に逐電して京を離れましたわ」

 

 そう言って、久秀が茶を点てる。

 本人は何事もないように言うが、この策一つでかなり情勢は三好側の有利に好転していた。

 

「ああ、だから軍の一部を割いて飯盛山城に戻ってこられたのですね。となると、反攻の時は近いかもしれません」

 

 点てられた茶を飲みながら、長慶は思案する。

 畿内屈指の闘将として名高い六角高村がいない六角軍など、最早脅威ではない。勝龍寺城に残した松永長頼だけでも十分対処できるだろう。

 久秀の働きで、摂津の反三好の動きも収まりつつある。そうすれば、播磨や丹波からの増援を引き込めるようになる。

 

「一存が不慮の死を遂げ、義賢が討たれたと聞いた時はいよいよ三好は終わりだと覚悟しました……。しかし、まだその時ではないようですね。私の心が持ち直ったのはあなたのおかげです、久秀」

 

「有り難き御言葉。されど、今は畠山高政を追い払うのが先決にございます。彼こそが六角に並ぶ古き畿内の象徴、倒さねば真の意味で天下人足りえませんわ」

 

 優しげな声音で久秀は長慶を窘める。

 両者とも年は十ほどしか離れていない。それでも、久秀は長慶をまるで実の娘のように慈しんできた。

 その姿は到底『蠍』と渾名され、恐れられている姫武将には見えない。もし高村が見たならば、まず自分の目を疑うだろう。

 

(ひとまず流言で六角の牙にひびは入れましたわ。後は、畠山。彼こそ討ち、六角の牙を手折れば畿内に安寧は訪れる。……長慶様の心を癒す暇を手に入れられますわ)

 

 三好長慶は感受性が強い少女だった。

 父を謀略によって失った時は、誰よりも嘆き悲しみ、復讐に燃えた。

 しかし、狂気に染まるにしては彼女は聡明かつ生真面目過ぎたのかもしれない。復讐を果たした後の畿内は乱れに乱れ、長慶はその責を自らに背負い込んで戦いを続けることになる。

 その結果、ただでさえ強い感受性が最中で牙を剥いて彼女の心を痛めつけた。

 弟妹の十河一存と三好義賢を失ったのが決め手になったのだろう。この頃になると、長慶の心は完全に摩耗し切っていた。

 

(長慶様の御為に平穏をもたらさなくてはならない……。そのためならば、私は鬼にでもなりますわ)

 

 久秀の決意は固い。しかし、その深情けこそが災いになることを今は誰も知る由はなかった。

 

 *

 

 松永久秀の着陣後、三好義興も畿北の三好勢を集めて着陣。その後に久米田の戦いの敗兵も集結し、三好勢は5万にまで膨れ上がった。

 その三好勢と畠山連合軍は教興寺畷で衝突。僅か1日で決着が着き、畠山勢は敗退した。

 

「これで三好が息を吹き返したわけか。さて、俺たちはどうしようか……」

 

 いわゆる教興寺の戦いの顛末を俺は山岡殿の瀬田城で聞いていた。

 

「承禎様は撤退を決意しました。すでに全軍が鴨川を越えております」

 

「ありがとう、山岡殿」

 

 報告を聞き終えて、山岡殿を下がらせる。

 すると、今度は義定が訪ねてきた。

 

「で、どうする? わたしたちも観音寺に帰る?」

 

「ここに逃げる事を勧めた人間の言うことじゃないだろ、それ。観音寺に帰ったら帰ったでめんどくさそうだし、ひとまずは残るよ。とりあえず、三好に備えなくてはな」

 

 ちょっと考えた結果、俺は瀬田に残ることにした。

 観音寺から距離を取ると同時に、ここに俺がいれば多少は威圧になると打算しての判断ではある。

 瀬田城は一山越えれば京に出る位置にあり、西には瀬田川が流れている。万が一の時は、対三好の最前線になる要衝だった。

 

 その後は、撤退する六角軍を護衛して無事に南近江に返すことを優先する。三好勢は京までは攻めてきたが、山科を越えてくるようなことはなかった。

 ただ、忍びによれば河内や大和には盛んに兵を出し、完全に平定。紀伊にも大きい影響力を持つようになった。

 これで三好家の畿内制覇に立ちはだかるのは六角家ただ一つ。後は東進するだけである。

 

(三好にも気をつけなきゃだし、北には長政がいる。東は斎藤と織田は不干渉だけど、義治様が怪しい。……あれ? これ普通に四面楚歌じゃね?)

 

 我が身を取り巻く事実に気付いて震える俺だった。

 

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