寺での講義が終わると今度は近場の川で水練となる。
俺は薄手の着物に着替えて、猿夜叉丸を探した。
寺での講義や道場の稽古では猿夜叉丸といつも一緒にいた。
理由は単に気が合うだけじゃない。学力も武術の腕も俺と猿夜叉丸は近しい。
学力はまぁ前世の知識で下駄を履いているだけで、補正がなければ確実に猿夜叉丸に負ける。武術は幸いなことに俺にも才能があったらしい。槍は猿夜叉丸に負けるが、刀と馬術では俺の方が勝っていた。
だが、事あるごとに一緒にいる猿夜叉丸も水練の時だけは違う。誰とも距離を取り、世話役の浅井家からきた家臣しか近づけない。着替えの時だって藪に隠れて行っている。
「一応、友達だからなぁ。あんまり隠し事はしないで欲しいんだが」
水練の時の猿夜叉丸の態度の急変。
それが気になって、俺は早めに着替え次第近くの藪を漁った。
ただ、それは案外難しいことだったりする。
なぜか浅井からきた家臣が辺りを見張っているからだ。
(いや、なんで野郎が着替えるのに警備がいるんだよ。中学高校ならまだしも、俺らまだ10歳児だぞ?)
ただ逆に浅井家臣の配置から、猿夜叉丸がどの藪に隠れているのかは想像がつく。後はどう接近するかだが、これが難しい。
奴らちゃんと死角がないように陣取ってやがる。
となると、あそこから引き剥がすしかないな。
一つ策を考えた俺は、堂々と家臣の一人に歩み寄る。
「ねえねえおじちゃん。あそこに猪が出たから退治して欲しいなー」
「なぬっ? それはまずい。何処か教えてくれ」
「ちょっと下がった大銀杏のところだよ」
「あいわかった。では、者共向かうとしよう」
ちょっと純真そうな子供を演じて騙す。
それでころっと騙されて家臣が斜面を降り、陣形に穴が開く。残った奴らも俺よりは猪や熊の方に意識が向く。
となると、俺が茂みに近づくのは容易い。
「さて、そこにいるのは分かっているぞ、猿夜叉丸。なんで水練のたびに姿を晦ますのか、洗いざらい吐いてもらおうか」
意気揚々と茂みを覗き込む。
そこには、一糸纏わぬ猿夜叉丸の姿があった。
だが、俺はすぐさま見なきゃよかったと後悔する。
なぜならば、
「え? 猿夜叉丸、お前チ○ポないんか」
……男だと思っていた猿夜叉丸が女だったからである。
*
その後のことはあんまり覚えてない。
彼女の悲鳴で駆けつけた家臣団にぼこぼこにぶん殴られて、気づいたら屋敷の中で目が覚めた。
目の前には、行儀良く座る猿夜叉丸の姿があった。ただ、いつもの男装ではなく結っている髪は下され、少女らしい小袖を着ている。
(こう見ると、本当にこいつはお姫様なんだな……)
人形のように整った猿夜叉丸の姿を見て思う。
おそらくは今まで見た誰よりも美人かもしれない。……それが、男友達だっての癪だが。
「ようやく、起きたな。……それで覚えているか?」
「ああ、お前に竿がなかったことだろ? あんな衝撃的な絵面、そうそう忘れられるか」
「そうか。忘れられないか」
「ああ。……悪かった。お前が女だなんてつゆほども思わなかったんだ。どうせチ○ポが小さいから恥ずかしくて隠れて着替えているとばかり」
「いや、そう思わせないように今まで振る舞っていたのだからな。……それにあまりチ○ポ言うな。女だと知ってもそれか」
「男だろうが、女だろうが変わらんよ。友達なんだから、それにあまり無理に変えたくない。ぎこちなくなるのが嫌なんだ」
そう俺が言うと罪悪感からか、猿夜叉丸は黙り込んでしまう。
「女であること。隠していて悪かったな。だが、こうするしかなかったのだ」
「顔を上げろ、猿夜叉丸。まぁ、仕方ねえよ。当主一族は変態だからな。か弱い女でいるよりは、男のフリをした方が危険は少ない。……それに誰だって隠したい秘密の一つや二つある」
実際、俺とて自分が四世紀以上先の未来から転生してきたことを誰にも伝えてないのだから、実はあんまり人のことを言えなかったりする。
……そろそろ堂々巡りになりそうだから、締めるか。
そう思った俺は、居住まいを正して猿夜叉丸に向き直る。
「お前が女であること。それは俺の胸の内に留めておく。だから、これからも友達として頼むよ」
猿夜叉丸が男であろうと、女であろうと関係ない。まして、将来は敵味方になって分かれることも。
こいつがこの俺、六角新十郎の親友であることは、変わらないのだから。