転生先の学友の顔が強すぎる件   作:流水麺と豪州侍

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第21話 腹芸

 

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「流石にきついな……」

 

 山向こうを眺めて俺はひとりごちた。

 南側の盆地を落としてから4日間、俺は力攻めを続けた。

 しかし、隘路を抜けられそうな気配はない。

 さりとて、兵を抽出し山越えて側面を狙ってもすぐに捕捉されて片付けられてしまっていた。

 

「ここまで苦戦するなんて、新十郎にしては珍しいじゃん」

 

「それだけ向こうが本気ってことだな」

 

 義定の軽口に対応する余裕はまだある。とはいえ長政の進軍が思ったより遅滞しているのが、唯一の救いだった。

 

「もう少しこっちに兵力があるなら、山域を完全に封鎖して間断なく攻めかかって疲弊させることができるが厳しいな」

 

 少しでも兵力を増やすべく、日野城の承禎様たちに出馬依頼を出したが、浅井を理由に断られた。

 つまりは現有の戦力だけで地の利も兵数も上回る相手に立ち向かわなくてはならないのである。

 

「うん、やはり無理だな。あそこで戦うのは諦めるか」

 

 義定が驚いたような目で見てくるが、何日か考えてもダメなものはダメである。ここで力攻めをして無為に兵を散らすよりかは、逃げて後日を期した方が良さそうな臭いがしたのだ。

 

「悔しいが、ここで戦っては義治に勝てない。石部城に戻って立て直そうか。殿は義定、お前に任せる」

 

 義定の目を見て告げる。露骨に嫌な顔をされたが、致し方なかった。

 

「私?」

 

「弓なら距離を取って逃げれるからな。心苦しいが……、わかってくれ」

 

 必死に懇願する。義定しか適役がいないのだ、そう説いた。

 

「分かったよ、殿をやる。新十郎はさっさと逃げて。もうただの一武将じゃない、大事な私たちの大将なんだから。……それに、どうせ策の一つでもあるんでしょ?」

 

「まぁ策はある。それにはめられるようにこっそり手を回したが、もうこっちから出来ることは退くことしかない。後は義治次第だな」

 

「なんだ、あるんじゃん。だったら早く言ってよ」

 

 やはり義定は無駄に察しがいい。味方にすら隠しておくつもりだった策の存在を感知されていた。

 

「悪いな。本当に退くつもりじゃないと、この策は使えん。だから、腹芸が出来るお前が引き受けてくれて本当に助かったよ」

 

 義定に感謝の意を伝えて撤兵を開始する。紀之介や山岡殿、氏郷も少し遅れて続いた。

 馬腹を蹴って俺は西南に進む。

 後ろは振り返らない。なぜならば、後方の義定に絶対の信頼を置いているからだ。

 

「そういえば、殿。何故に義定殿をしんがりにしたのですか? 他にも適任がいたのでは?」

 

 紀之介に問われる。まあ、余人には不思議な人事ではあるだろう。義定自身は弱くないが、隊は近接戦闘にあまり向いていない。

 

「武勇ならば氏郷で充分だ。あいつの家臣団は騎兵を除いては家中最強の練度を誇る。頭だって悪くなく、むしろ優秀。雑に使っても強いのが彼女だ。……だが、その強みを打ち消すほどに、義定は巧い。弓だとか騎兵だとか兵科以外のことを考えても、彼女を置くのが最善だった」

 

 紀之介と話しているうちに、後方から狼煙が上がる。

 それを見て、俺は勝利を確信した。

 やはり、あいつやりやがったな。本当、無駄に頼もしくて困る。

 

「紀之介。軍を反転させるぞ。義治を討つ」

 

 戸惑う紀之介を尻目に俺は軍を回頭させる。

 ハナから南側の盆地に留まって力攻めで義治のいる日野側の盆地を抜くつもりはなかった。

 何度か力攻めはしたが、本気じゃない。優勢だと向こうに思わせて腰を軽くさせるためでしかない。

 敵が難所にいるならば、釣り出せばいいだけの話だ。

 

(まあ、その釣り出しに苦労したわけだが……)

 

 義治は生真面目なほど、盆地を固守した。

 しかし、それも相手がいなくなっては意味がない。さらに言えばあの盆地は難所だが、本来の目的地の日野城からは数キロは離れており戦術的にはともかく戦略的に価値はなかった。

 

「このために、俺は退いてみせたんだ。あんまりやりたくはなかったが、敵を釣りたいなら敵のお望み通りに動いてやればいい。……さて、義治。そろそろ優勢を返してもらうぞ」

 

 采配を振るい、さらに行軍の速度を早める。

 義定と伏兵が義治を止めている間に片をつける腹だ。

 対外戦ならともかく、これは内戦でしかない。

 こんなくだらない戦いは一刻も早く終わらせなくてはならなかった。

 

 *

 

 時は少し遡る。

 

「六角高村、退却です!」

 

「そうか、重畳重畳」

 

 六角義治はその報せを本陣で満面の笑みを浮かべて聞いていた。

 

「松永久秀が瀬田に侵攻したようだし、いよいよ高村も終わりよ。殿は義定か、決して傷つけるなよ。俺の大事な妹だからな」

 

 三好の再起の報も後押しし、義治は八千の兵を率いて進軍を開始した。

 しんがりの義定は迎え討ったが、さすがに分が悪い数でじりじり後退していく。

 かくして、義治軍は高村軍が詰めていた南側の盆地に到達した。

 しかし、そこに待ち受けていたのは矢の雨だった。

 

「なっ、計られたか……!」

 

 周囲の森から弓兵が出てきて矢を射かけてくる。そして、退却していたはずの高村もまた氏郷を率いて盆地内に強襲を仕掛けてきた。

 

「場所は悪くなかったよ、義治。だが、お前は俺という将を誤解していた」

 

 采配を振るい、麾下の兵を動かす。

 騎兵を動かせないこともあってか今回の高村はいやに周到だった。

 致命的にならない程度の損害になるように調整した力攻めで、義治を油断させ、釣り出す。それだけでは不足だったため、山岡景隆に命じて『松永久秀が瀬田を攻める』という虚報まで流させる。

 そして、動いた機に義定の弓で盆地に縫い付けて、蒲生隊で挟む。

 

「確かに俺は畿内随一の騎兵だとは思うが、それだけじゃないぞ」

 

 言ったのち、高村はダメ押しとばかりに山中に伏せさせていた中村一氏の千を日野側の盆地との結節点に出現させて完全に南側の盆地の包囲を完了させた。

 もともと逃げ場が限られる盆地の中で矢で射竦められ、包囲された義治軍は最早なすすべもない。

 多くの被害を出して、義治は観音寺に向かって敗走した。

 

「俺が欲した武将としての才も惚れた女も須くあいつの手にある……! 何故、天は俺と同じ時代に高村を産んだのか──ッ!」

 

 天を睨みつけながら、義治は慟哭する。

 義治と高村。

 六角の次代を賭けた日野西の戦いは六角高村が勝利したのである。

 

 *

 

「よし、幸いこの地は堅い。義治に倣ってここを固守すれば、浅井との戦いは多少楽になるだろう」

 

 戦後、高村は日野側の盆地を占領して逆茂木や櫓を建てるなど、要塞化を進めた。

 その最中に、浅井軍はようやくやってきたのである。

 

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