転生先の学友の顔が強すぎる件   作:流水麺と豪州侍

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第24話 口約束

 

 和議のために長政と日野城の近くで会談することになった。

 会談自体は早く終わり、しばし近所をうろつく。

 いささか不用心なのはわかっているが、其れでも一人になれる時間が欲しかった。

 

「三好を追い返し、義治も長政も撃退した。後は観音寺城を落とすだけ。ここまで来るのにだいぶかかったな……」

 

 ふっと息を吐く。

 俺の肩には重荷が乗っている。兵の命だったり、定頼様から託された思いだとか色々だ。

 その荷を背負い慣れた気ではいたが、直近の三連戦では違った。

 今までは一武将として戦ってきたが、今回は当主として振る舞ったからか、普段から背負っている荷がさらに重く感じたのだ。

 

(この重さを定頼様や義賢様、さらには長政も背負っていたんだな……)

 

 俺は改めて当主の責任の重さを知った。だからこそ、義治の軽挙妄動が許せない。

 

「さて、一服したところだし帰るとするかね」

 

 そう区切りをつけて来た道を戻ろうとして振り返る。

 しかし、俺の足は動くことはなかった。

 

「高村、いや新十郎。奇遇だな」

 

 なぜならば、そこに長政……いや、お市がいたからだ。

 

「女装か、長政。精が出るな」

 

「わかっているくせに。悪趣味だな、お前は」

 

「悪い、お市。……まさか、もう一度その姿を見られるとは思っていなかったからな。つい驚いてしまった」

 

 かつて見慣れた小袖姿。

 しかし、一年弱も過ぎれば人は変わる。特に中学生ぐらいの年頃ならば尚更だ。

 もともとお市は大人びた美貌の持ち主だが、この一年でより気品と艶やかさも増した。胸も別れた時と比べるとかなり大きくなっている。

 

(そういえば、俺はこの娘とキスをしたんだよな……)

 

 ふと、あの夜の唇の感触を思い出す。

 そうなると、もう駄目だった。あまりに照れ臭くてお市の顔をまともに見る事が出来ない。

 

「なあ、新十郎。あの夜を後悔しているか?」

 

 そんな俺の状態を知ってか知らずかお市が問いかけてくる。

 

「……後悔なら何度でもした。だが、お前を選んだとて俺は後悔してただろうよ。義定や氏郷だって俺の家族だからな……」

 

「……だろうな。すまない、愚問だったな。で、これからはどうする? 浅井と六角、両家の和睦は成った。お前が当主ならば、私たちはきっと共存できるはずだ」

 

 お市のそれは魅力的だが、いささか現実味がなかった。それを成すにしてはあまりに六角と浅井は血を流し過ぎたように思う。

 

「悪くないが、おそらく互いの家臣団が納得しないだろうな。特に浅井は六角の下風に立つのが嫌で独立したわけだし。いっそのこと、俺とお前で結婚でもするか? 正直イスパニアみたいに対等な同君連合の形まで持っていかないと恒久的な同盟は結べないと思う」

 

「……そうできたらどれほど良かったことか。世間的に浅井長政は男だからな」

 

 冗談交じりの問いに、お市は寂しげな笑みで返してきた。

 わかっていた。野良田の戦いは俺たちの決裂を明らかにしたと同時に、乱世に『江北の貴公子・浅井長政』を刻み込んでしまったことを。

 浅井の姫君としてのお市はこの乱世において表舞台に立つことを許されてはいない。

 

「まあ、出来もしないことを話していても無駄か。それで、新十郎。当主になったらどうするつもりだ?」

 

 気を取り直してお市が再度問いかけてくる。これに関しては答えは既に決めていた。

 

「俺は伊勢を取りに行く。中央に関わるのは正直言ってこりごりだからな。んで、時期を見計らって天下人の側について甘い汁を啜らせてもらう。天下はいらねえ。六角が栄えたまま生き長らえればそれでいい」

 

 天下を取るなんて覇業は到底成せる気がしない。

 最終目標が家名存続ならば、無理をして背伸びをするよりはそれが成せる人物にすりよって数世代分の存続を保証してもらう方が効率がいいような気がするのだ。

 

「私は美濃を取るつもりだ。国力を増して天下を取る準備を整える」

 

 一方、お市は天下を取るつもりでいるらしい。だが、いささか見通しが甘い気がしてならない。俺は思わず口を挟んでいた。

 

「それはいいが、北近江と美濃だけでは天下を取るには足りないぞ。三好は東瀬戸内の利権を持っていた。本気で天下を取るならば最低限それに匹敵する経済圏を保有しなければならない」

 

 三好が持っていた東瀬戸内は西国の物流の大動脈と言っていい。自由商業都市の堺をも有し、足利義満から細川時代までは大規模な遣明船団も往来するほどだ。

 天下を獲るという大事業は、それだけの富の集積がなくては絵に描いた餅にしかなりえない。俺はそう考えている。

 

「ならば、近江、美濃、尾張、三河、伊勢、この五国を手に入れて伊勢湾と琵琶湖、二つの経済圏を掌握する。それならば、問題はないだろう?」

 

「そこまでやれれば問題はない。できるかどうかは知らないがな」

 

 長政の言に頷いて見せる。

 事実、その五国を掌握した信長が織田政権を築いている。畿内の東の物流の利を元手に信長は軍を整える費用を得た。まとまりさえすれば洛東の五ヶ国はそれだけのポテンシャルを秘めている。

 

「そうか、新十郎のお墨付きなら間違い無いな。礼として五国を取った暁には、部下として重用してやろうではないか」

 

「その五国を取れたなら、まあ天下人と言って差し支えないか。俺の目的にも沿うからお前に従ってやるよ。ただ……」

 

「ただ?」

 

「俺が小谷城を落とすようなことがあったら天下は諦めて、俺に従え。こっちは家の命運を賭けてるんだ。お前もそれぐらい身体を張ってくれないと公平じゃない」

 

 言ってる側ではあるが、思わず苦笑いしてしまう。

 売り言葉に買い言葉で、まるで子供の言い合いのようなやりとりだ。だが、不思議とそれが俺たちにはしっくりきているような気がしていた。

 

「約束しよう。到底、文書に残せるようなものではない口約束だがな」

 .

「それでいい。所詮は私事だ。表に出して家臣達を振り回すのは互いに忍びないだろう?」

 

 俺が問いかけるとお市は……長政は笑った。

 まさか乗ってくるとは思わなかったが、おかげでやるべきことははっきりしたように思う。

 

(伊勢を取り、国力を増したのちに小谷城を獲る。和睦を結んでいるから表立って長政の邪魔はしないが、国力を増やされると厄介だな……)

 

 言い換えると、これは洛東を舞台にした俺と長政の陣取りゲームだ。

 相手の国力増強を阻害し、自身の国力を増やす。織田信奈というプレーヤーにも気をつけなくてはならない。

 

(これは、なかなか骨が折れそうだな)

 

 俺は内心でひとりごちる。

 今回の三連戦は六角の国力を大いに落とした。終盤は調略で長政に着いた豪族をこちらに引き戻したが、それでも観音寺騒動以前とはほど遠い。

 今や六角と浅井の国力はかなり肉薄してしまっていた。立ち回り次第でいくらでも変わるだろう。

 洛東の情勢は新たな局面へと向かっていた。

 

 *

 

 陽が傾き始めた頃に俺とお市は別れた。

 もっと話していたかったが、ここまでらしい。名残惜しさが募るがこれ以上は義定たちに心配されてしまう。

 

「……長かったね、新十郎」

 

 陣では義定が待ち構えている。かなり待ちくたびれたのか、やや眠気眼になっていた。

 

「悪い、道に迷ってた」

 

 後ろめたいが、そう言ってごまかす。まさか長政と話すのが楽しくて長引いたとは言えない。

 義定はしばし訝しげに見つめてきた後、ふっと息を吐いた。

 

「まあ、いいや。観音寺城の調略は終わったよ。もう私たちが着いたら城門を開くって確約ももらってる」

 

 観音寺城は日本五大山城に数えられるほどの巨城だ。

 実はしょっちゅう落ちてはいるが、それでも生半可なことでは落とせない規模と険しさを誇り、俺たちにとっては最後の壁だった。

 それが、一兵も損なわずに済むのは非常に大きい。

 

「ありがとう、義定。本当によくやってくれたな!」

 

 嬉しさのあまり、義定の手を取る。

 

「……喜ぶのはいいけどさ、ちょっと近すぎない?」

 

 義定が身をよじらせて何事かを呟いているが、何を言ってるかは聞こえなかった。

 ともあれ、観音寺騒動から始まる長い戦いにようやく一区切りがつこうとしている。これでようやく一息つける。

 肩の荷が下りたような気分だった。

 

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