転生先の学友の顔が強すぎる件   作:流水麺と豪州侍

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第4章 Eastern strategy
第26話 巨星、墜つ


 南近江で、六角家の主権争いが繰り広げられていた最中のことである。

 河内国・飯盛山城にて病床の三好長慶は松永久秀と三好義継を自らの寝所に呼び寄せていた。

 

「親しいものを出来る限り呼んだつもりだけれど……、やはり少ないですね……」

 

 自らの枕の脇に立つ久秀と義継を見たのち、長慶は嘆息した。

 一族の重鎮である三好長逸や、義賢が没した後に本国の阿波を取りまとめている篠原長房も呼んだのだが「多忙だから」と両者に謝絶されている。

 

「それは致し方ありますまい。石山崩れ以降は畿内各所の豪族が揺らぎましたから。ただ今、丹波には我が弟を向かわせておりまする。丹波に限らず、諸将が各地で奮闘しております。今に事態は好転するでしょう」

 

 久秀がつとめて言う。

 実際は松永長頼の旗色は悪い。他の諸将はまちまちだが、将軍の足利義輝が好機と見て離反した豪族の支援に回っているためにいささか長期化の兆候が見られ始めている。

けれども、その事実を衰弱した長慶に伝えるのは気が引けた。

 

「久秀の弟ならば、大丈夫ですね」

 

 隣で三好義継が無邪気に笑う。未だ10歳にもなっていない姫武将だが、その美貌や理知的な眼差しはどこか長慶を想起させるようなところがあった。

 

「さて、単刀直入にいいます。私はもう長くはない。おそらく数日のうちに地獄へと落ちるでしょう。ですから、その前にあなた方に伝えなくてはならないことがある」

 

 二人を見据えて長慶は言うや否や、久秀と義継は背筋を正す。

 これが、長慶の覇気の最後の発露だった。

 

「義継。あなたにはわたし亡き後の三好家を託します。失われた畿内の秩序の回復ができれば最高ですが、叶わぬと見れば疾く阿波へ帰りなさい。畿内は魔窟。天の時を失ったものがのうのうと生きられるほど、生易しい土地ではありません」

 

「心得ました、あねうえ」

 

 義継は静かに目を閉じる。

 それは、童女が背負うにしてはあまりに重い代物だった。

 

「久秀。あなたには義継の補佐を頼みます。あなたにとっては不本意だとは思いますが、長逸や長房とも足並みを揃えるように。わたしは義継までも、義賢や冬康と同じ目に合わせたくはない」

 

「承知いたしました」

 

 恭しく久秀は頷く。それを見て長慶は苦笑いを浮かべて言った。

 

「それがうわべだけでないことを願うばかりです。私はあなたが私に忠実に仕えてくれていたことは知っています。……しかし、それは私に向けられたものであり、三好家そのものに向けられているわけではない」

 

「……ええ、そうですわね」

 

 長慶の身も蓋もない台詞に久秀は微笑む。半ばこれは公然の秘密だった。

 長慶と久秀ほど個人的な理由で主従を結んだもの達はいない。

 彼女らの始まりは久秀が父の元長を失い、復讐心に侵されていた長慶に近づき「共に畿内の悪習を打ち払いましょう」と唆したことから始まる。

 長慶は父を討った細川家と三好宗三を恨み、久秀は波斯の血を持つか弱い童女だった自分を虐げた畿内の旧態依然とした体制に憎しみを向けていた。

 初めはただ目的のために戦う同士でしかなかった。しかし、次第に互いが互いを他に代えがたい存在だと認識するようになり、今に至る。

 

「義継も心配ですけれど、あなたの先行きも心配です。私亡き後はもはや畿内にあなたを受け入れられるだけの器量を持った将はいない。またあなたはさまようことになる……」

 

 久秀の情の深さを長慶は知っている。だからこそ、その行き先がなくなった感情の行き先が恐ろしくて仕方がない。

 自分と同じように義継を盛り立ててくれればいいのだが、きっとそうはならないだろう。憎しみのままに畿内を荒らして回る、そんな気がした。

 

(後は御仏のみぞ知ることなのかもしれませんね……)

 

 願わくば、義継と久秀の行末に幸あらんことを。

 長慶は祈らずにはいられなかった。

 

「さて久秀、義継。今宵はもう遅いので、帰りなさい。……ここまで、付き添ってくれてありがとう」

 

 そう言って、長慶は久秀と義継を退室させた。

 二人がいなくなった室内は伽藍として、静寂に満ちている。

 

(思えば、随分と遠くに来たものです。阿波の田舎娘が復讐の果てに天下に手をかけるところまで来た……。しかし、あまりに長く旅をし過ぎましたね)

 

 脳裏に過ぎるのは、走馬灯。

 父を討たれて慟哭し、久秀と出会い、復讐を成し遂げた。

 しかし、そこからは坂の上から転げ落ちるかのようだった。

 落馬事故で妹の十河一存を失い、久米田では弟の義賢が討たれて、石山で義興と冬康までもが散った。

 

(ようやく、私もあなた方の元に行ける。そうしたら、また語り合える。話したいことはいくらでも。……ああ、長かった……)

 

 その日の明朝。

 三好長慶は現世を後にする。

 いち早くその報を掴んだ久秀は長慶の遺骸に縋り付いて慟哭していた。

 

「ああッ、長慶様ッ! どうして私を置いていかれるのですッ! あなたのいない畿内など穢土でしかないではありませんかッ!」

 

 熟れた身体の褐色の肌をもつ蠱惑的な美女。到底、幼さなどない容色の松永久秀だが、泣き崩れるその姿はまるで親を失った童女にしか見えなかった。

 

 *

 

 三好長慶、没する。

 その報は隣国の六角高村にも伝わっていた。山岡景隆から伝え聞いた高村はふぅ、と軽く息を吐いてから笑った。

 

「それは僥倖だな。石山で挫いても三好はなおも強大で扱いに困っていたが、これで心置きなく伊勢に取り組める。山岡殿、三好義継と三好三人衆に使者を出しといてくれ。「もし君側の奸を取り除きたい、と御所望なら及ばずながら力を貸す」ってな」

 

「つまり、それは三好三人衆側に着く、と?」

 

 山岡景隆が問いかける。

 長慶死後、彼女が懸念していたように三好三人衆と松永久秀の間で軋轢が生じていた。

 

「半分はな。だが、心の底から味方はしない。つか、畿内の泥沼には絶対に入ってやらない。入るにしても、人柱を立ててからだ。……そうそう、三好の他に丹波の荻野直正にも使者を送っておいてくれ」

 

「ああ、なるほど。得心いたしました。でしたら、そのように取り計らいましょう」

 

 高村の回答と追加要求で山岡景隆は完全に高村の意図を察した。

 丹波では松永久秀の弟の松永長頼が孤軍奮闘している。やや形勢は長頼に不利と聞いていた。

 そこに畿内屈指の闘将である高村が助力するとなれば、もはや丹波の大勢は決したようなものだろう。

 

(殿は、松永久秀を潰そうとしておられる……!)

 

 孤立しがちな松永久秀の最大の支援者、それが実弟の長頼である。

 仮に彼らが討たれてしまえば、久秀派の勢威は大きく落ちることは避けられない。

 

「わかってくれたか。まあ、蠍さんには大人しくしてもらわないとな。じゃないと、おちおち背を向けることもできねえ」

 

 カラッと笑って高村は杯をあおる。

 畿内の情勢は新たな展開へと急速に突き進んでいた。

 

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