転生先の学友の顔が強すぎる件   作:流水麺と豪州侍

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第31話 奇遇

「やばいな、竹中半兵衛。さすがは天才軍師と呼ばれるだけのことはある」

 

 竹中半兵衛の出廬による美濃包囲網の瓦解を知らされた俺は思わず笑ってしまっていた。

 浅井、朝倉、そして織田。武田や飛騨の三木が加わっていないとはいえ、三方から攻められては美濃はまず保たない。そう思っていたら、まさかの美濃側の完勝である。

 

「まあ、これで織田の美濃攻略までには猶予ができたわけだ。それに、停戦の材料にもなる」

 

 河原田の戦いで滝川一益を叩きのめし、桑名まで取ってもなお織田はこちらとの対決姿勢を崩してはいない。

 今は小競り合いに終始しているが、いつ何かあるかわからず警戒のために俺は観音寺には帰らずに伊賀上野に留まる事態になっていた。

 

(観音寺に比べるといささか退屈だが、伊賀上野にいることは別に悪いことじゃない。伊勢を獲れば、統治の比重は必然と南に傾いていく。そうなると観音寺に本拠を置き続けるのはちとやりづらい。今のうちに少しでも慣らしておかないとな)

 

 いずれは伊賀上野に本拠を移すつもりではあるが、まだ大々的な開発をやるだけの余裕はない。早くて洛東の情勢が収まったぐらいだろうか。

 

「先のことより、今のことだな。織田をなんとかしないと南伊勢には進めん。停戦するなり、押さえつけるなり手を打たなきゃな」

 

 そう切り替えて俺は思案を重ねる。感覚で四、五十分考えたぐらいだろうか。一氏が訪ねてきた。

 

「お館様、よろしいでしょうか?」

 

「いいぞ、入ってこい」

 

 俺が呼びかけると、静かに一氏が室内に入ってくる。

 黒を基調とした装束とは対照的な腰まで伸びる橙色の髪と切れ長の赤い瞳。着物の裾と長足袋の間の白い太腿が生み出す絶対領域は思春期真っ只中の我が身には目の毒だった。

 

(やっぱ、六角家の姫武将って無駄にレベル高いよな……)

 

 かの長谷川等伯が描いた障壁画でもっとも手がかかったのは、『六角姫武将立姿像』だったという。

 この障壁画には、侍大将以上だった義定、山岡殿、氏郷、吉継、一氏、長束正家の6人の姫武将が描かれており、描き切った後の等伯は俺の手を取り「良きものを見せていただきました。これ以上にない眼福にござりまする」と一礼してきたことを覚えている。

 ……脱線した。今は一氏の話を聞くとしよう。

 俺は居住まいを正して一氏を見据えた。

 

「美濃について調べました結果、竹中半兵衛が仕官面談を行なっているようです」

 

「半兵衛が仕官面談ね……。それが事実なら半兵衛と接触する好機ではある……」

 

 竹中半兵衛の令名は美濃包囲網の瓦解を果たしたことで洛東に轟いた。美濃を本気で狙う織田や浅井にとっては、彼の存在は悩みの種に違いない。おそらく、織田も浅井も何かしらの形で接触を図るだろう。

 

「ならば、座して見ている訳にもいかないな。半兵衛をこちらに連れてくるのが最上だが、最低限、浅井と織田の様子を探れればいい」

 

 浅井と織田は真偽が定かではないが、婚姻同盟を結ぼうとしているという風説がある。

 あいつのことを少しは知っているつもりの俺からしたら、わざわざ婚姻という手段をあいつが取るとは思えない。

 政略的な利点は理解できる。しかし、その心のありようはまったくわからなかった。

 

「なあ、一氏。その仕官面談、俺が行ってもいいか? 一国の主人がするべき行動じゃないのは分かってる。だが、このもやつきは座して待っているばかりでは増すばかりだろう。どうしても、俺の目で確かめたいことがある」

 

 俺の問いかけに、一氏は思わず眼を見開いた。クールな彼女らしからぬその仕草はどこかおかしくて軽く吹き出しそうになってしまう。

 ……まぁ、普通はそうだよな。国主自らが他国に潜入するなんて蛮行中の蛮行だ。

 

「私の一存ではなんとも。……義定様にお聞きしては?」

 

「そうだな、早速行ってくる。伝えてくれてありがとな」

 

 決めた以上は、早い方がいい。俺はすぐに部屋を出て、義定の元に向かうことにする。なんとなく難航しそうな気がするけど、気にしないことにした。

 

 *

 

 俺に美濃に行きたいと伝えられた義定はこめかみを押さえていた。

 

「まあ、わたしも織田と浅井の婚姻同盟の噂は気になるけどさ……」

 

「だろう?」

 

 案の定、義定の反応は芳しくない。けれども、これぐらいで引くならわざわざ顔を見せるほどのことじゃない。

 

「事実だけなら一氏で充分だ。ただ、思惑となるとやはりあいつと学び舎で過ごした経験のある奴がいい。氏郷は伊勢との繋がりが強いから残しておきたいから除外。吉継はやや人見知りの気があるから、流石に他国に出向いて動くのは辛いだろう。つまりは俺かお前かが行くのが適切だろうな」

 

「うーん、流石に国主の新十郎を行かすのは……。でも、わたしは猿夜叉丸にはちょっと避けられてたから辛いかも」

 

「意外だな。もうちょい仲が良いものだと思ってた」

 

「無駄に勘がいいからかな。結局のところ、わたしは自力で猿夜叉丸が女の子だって事実にたどり着いた訳だし。その可能性は多分向こうの頭にあったと思う」

 

 悩む義定。俺が行くというリスクに眼を瞑れば、案外理に適ってるのだろう。完全に長考の体勢に入っていた。

 体感5分ぐらいだろうか。

 義定は胸の前で組んでいた腕を解き、一息ついた。

 

「ふう、仕方ないね。お願い、新十郎。ただ護衛に一氏はつけておいてよ」

 

「すまないな。今回ばかりは完全に俺のわがままだ」

 

「後で埋め合わせをしてくれれば、別にいいよ。そっちが安心して無茶できるようにするのが、わたしの仕事だしね」

 

 そう言って、彼女は笑う。

 埋め合わせをする時は盛大にしてやろう。そう誓って俺は美濃行きの準備を始めるのだった。

 

 *

 

 桑名から北上して、美濃に入る。大垣まで来たら東進したら、稲葉山城とその城下町・井ノ口は近い。

 

「ここで、仕官面談をやってるんだな」

 

 長良川を望む井ノ口の中でも一等地に会場である鮎屋はある。

 普段ならば落ち着いた雰囲気なんだろうが、今は半兵衛の下で一旗をあげようとする侍の熱気で満ちていた。

 そこで、俺は思わぬ人物と遭遇することになる。

 

「え? 長政? なんで?」

 

「高村……!」

 

 江北の貴公子こと浅井長政。

 俺と同じく国主であるはずのあいつが、美濃に居た。

 ただ、それだけじゃない。

 

「お前が、六角高村なのか……?」

 

 明らかに見覚えがある。しかし、その服装だけは、この時代ではあり得ないものだった。

 遠い日の記憶が蘇る。俺がその服を着ていたのはもはや15年は前だろう。まあ、前とはいえカレンダー上では遥か先の話なのだが。

 

(学ランをまさか戦国で見ることになるとはな。懐かしい……。まあ、俺という転生者がいるんだ。だったら、漂流者がいても理屈上はおかしくはない。が、やっぱりびっくりはするよな……)

 

 相良良晴。

 織田に仕える未来人。長良川では斎藤道三を救い、桶狭間では今川への奇襲に必要な情報を提供し、義元を捕らえた東海屈指のスタンドプレイヤーまでもがここにいた。

 

(やれやれ、これに加えて竹中半兵衛だ。あまりに役者が揃い過ぎてるな……)

 

 俺は内心で深いため息をついた。

 

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