話を聞いた限り、長政は半兵衛を調略しに来たらしい。本人が来た理由としては「竹中半兵衛は姫武将と聞いているからな、六角の家中と同じように誑かすつもりだ」とのことだった。
「それで天才軍師が堕ちるなら楽でいいわな。まあ、俺も来た理由としてはそんなとこだよ。能吏と猛将こそ六角にはいるが、全体を見れるやつが俺しかいない。義定は宰相や軍師というよりかは、副将として穴を埋める役割かな」
間違ってもお前らの様子を探りに来た、とは言えないのでそう答えておく。
「まあ、ここでは六角高村ではなく浪人の佐々木高広で通すよ。こっちもお前を近江商人の子息、猿夜叉丸として扱ってやる」
「そうしてくれるとありがたい」
ともかく、互い異国に不用意に踏み込んだ身だ。ここは手を組むのが適切だろう。
「で、相良良晴。お前は普通に半兵衛を取りに来た、と。そういう理解でいいよな」
「いーや、違うね。俺はもう信奈の横暴には耐えかねたんだ! 俺はサルじゃねえ、人間だ!」
俺が適当に話題を振ると、ぷんすかと相良良晴は怒ってみせる。しかし、いかんせん迫力がない。それがただの方便なのは明らかだった。
きっとその実は調略だろう。半兵衛を不干渉にするだけでも、織田には大きい。
「まぁいいさ、動機がなんであれ目的が半兵衛にあることはわかった。とりあえず飯を食おうぜ。俺は腹が減ったんだ」
.
目の前の鮎料理を指差して言う。せっかく美濃に来たのだから少しぐらいはその土地の物を楽しまないともったいない。
(それにやってみてわかったが、戦ならばともかく顔を合わせての腹の探り合いはちょっと俺には向いてない。ボロを出さないようにしなくちゃな)
半ば自己防衛として俺は鮎の塩焼きを頬張る。
普通にうまいな、これ……。
俺が完全に食に集中したためか、長政と相良と前田犬千代の三人もまたその舌鋒を納めることとなった。
*
鮎を三皿くらい平らげた頃だろうか。
俺と相良に犬千代、長政はこの仕官面談を主催した安藤守就に連れられ、奥の個室に案内された。
「おのおの方、くれぐれも半兵衛を怒らせぬよう。我が一族ながら、あやつはキレると何をやらかすかわからぬゆえな」
忠告を残して安藤守就が去る。
その後、すぐに一陣の微風が頬を撫でた。
あまりにくすぐったくて思わず目を閉じる。
そして、見開くと同時にそこに見慣れぬ青年がいた。
「いかにも、俺が竹中半兵衛重虎。以後お見知り置きを」
丁寧な口調とは裏腹に半兵衛は寝そべって俺たちを見ていた。あまりに無礼だが、それを咎める者はいない。
「よもや、気配がまるで感じ取れぬとはな……」
長政をはじめとして、俺たちは半兵衛が前触れもなく姿を見せたことに対する驚きでそれどころじゃなかった。
(きっと何らかの術者だろうな……)
信じがたい話だが、この世界にはまだ神秘が残っている。転生者の俺や漂流者の良晴は言わずもがな、他にも本当にごくわずかだが陰陽道や密教などの秘術を使う者がいる。
今回の半兵衛の登場の仕方はあまりに物理法則に反しているため、俺はその未知の法則を持つ者の一人として半兵衛を仮定した。
「自己紹介痛みいる。俺は近江浪人の佐々木高広と申す者。刀にはいささかの心得がございますれば、よしなに」
一応、自己紹介を返してみる。すると、半兵衛はそれを鼻で笑った。
「近江六角の当主が俺に遜る必要などあるまい。残りの御三方も取り繕う必要はないぞ。すでにその正体を知っているゆえにな」
「そうか。ならば、少し砕けた言葉で話させてもらう。あいにく、俺は少々生まれがいい。だから、あまり遜るのは得意ではないんだ」
バレた動揺はあまりない。むしろ、そんなものだろうと思っている。名将にしろ名参謀にしろ、そういう人種は大概耳が早く目ざといものだから特段おかしいことではない。
過大評価でもなく、まさしく竹中半兵衛は名軍師である。
その確認はこの一点で果たされた。
(しかし、軍略に加えて何らかの術者ときたら相手取るのは容易ではない。半兵衛に絡め手で張り合えるのは松永久秀ぐらいしかいないかもな……)
冷静に考えてもチートだと思う。軍略に優れ、さらには陰陽道で無理やり戦況を変えるパワープレイもできる。
織田を撃退した時には半兵衛自ら霧を起こしたらしい。おそらく雨も降らせられるのだろう、そうなると鉄砲は無力になる。
(本当に織田にとっては天敵だな……。やれやれ、あくまで第三国の立場でよかったぜ……)
思考を巡らせていると、半兵衛が「遠路はるばるよく来られた。少し小腹も減っていよう? これでも食べて一服するのがよかろう」とみたらし団子と茶を振る舞ってくる。
良晴と犬千代はこれに素直に喜び、長政は団子に塗られた八丁味噌が苦手なため、まごついている。
「すまないな、半兵衛殿。しかし、ここに来るまでに鮎を三皿平らげたせいか、腹に余裕がない」
俺は普通に断った。
というか、自分達の正体を看破している敵が勧めてきたものなど怖くて食えない。……まあ、俺は打算もクソもなく鮎を食い過ぎただけではあるのだが。
他が他なだけに若干居心地が悪かったが、結果的に俺の判断は正しかったらしい。
団子を口にした相良良晴はえずき、お茶を飲んだ前田犬千代は盛大に咽せていたからだ。
「ひっかかったな! その団子に塗ってあるのは味噌ではなく、糞! お茶はウマの小便よ!」
ケタケタと相貌を崩して半兵衛は笑う。
この相貌を崩しては比喩ではない。まさしく、竹中半兵衛だった青年は顔を妖狐のものに変化させて相良良晴たちを嘲っていた。
「ああ、つまりはそういうことか……」
竹中半兵衛は姫武将である。
長政はその風説を信じて美濃にやってきた。
だが、火のないところには煙が立たない。……そして、この世界では竹中半兵衛が本当に姫武将であったとて何も悪影響があるわけでもない。
ならば、やることは決めた。
腰から太刀を抜き、一息に半兵衛を斬り伏せる。半兵衛はろくに抵抗出来ずにそのまま崩れ落ちた。
「おい、六角高村! 何をやってるんだよ! 半兵衛を殺したら意味ないだろ!」
相良良晴は叫ぶが、気にも留めず俺は言い放つ。
「近くで見ているんだろう、竹中半兵衛! 影武者相手じゃ埒が明かねえ! さっさと姿を現せ! さもなくば、手勢を呼んで力づくで引き摺り出すぞ!」
すると、物陰から一人の少女が慌てながら飛び出してくる。
年は中学生くらいか。銀髪をツインテール風に結い上げ、浅葱色の筒服を着ていた。
「一応、聞いとく。……お前が本物だな?」
問われた少女は頷く。その目は涙で潤み、身体はがたがたと震えていた。
「そうです。……わたしが、竹中半兵衛です。出てきましたから、殺さないでください。くすん、くすん」
少女が、本物の半兵衛が言うと長政たちは驚いた後にじとりと俺に非難の目を向けてくる。
なに、俺が悪いの?
俺は目で抗議したが、数の差には如何ともし難く辺りには気まずい空気が流れるのであった。