仕官面談の翌日。
俺たちは半兵衛に伴われて稲葉山城への登城路を登っていた。
とりあえずは仮初めの家臣、ざっくり言えばサクラとしての勤めを果たしてから今後の動きを考える。
そう俺と長政と相良は取り決めた。
「井ノ口の町を王城と見立てればまさしく背山臨水。井ノ口の町と稲葉山城は、陰陽道の理にかなった王都と言えます。天下の望む蝮さまや織田信奈がこの城にこだわるのも分かりますね」
半兵衛の解説を交えながら、城を検分する。
それにしても、厄介な城だと思う。
井ノ口の町も市街戦ができるようになっており、木曽川や長良川が堀となる。稲葉山城の立つ金華山は独立峰のため、北の山々から尾根伝いに迫ることも難しい。ここまで規模が大きいと、水の手も城内に確保しているはずだろうから火攻めも有効ではないのだろう。
「どうだ? 猿夜叉丸に相良、この城を落とす算段はつきそうか?」
気まぐれに問いかけてみると長政は苦笑いを浮かべ、相良は「いや、無理だな」とつぶやいた。
「そういうお前はどうなんだ、新十郎?」
「内応で城内を疑心暗鬼にさせることかな? 義龍殿は未だ美濃の将の人心を完全に掴めてるわけじゃない。彼らはおそらく道三よりはマシと思っている程度だろうから、そこを突くかな」
俺の発言に、半兵衛は「くすんくすん、新十郎さんは物騒です」と震えた。
半兵衛の影武者……式神の前鬼を斬り伏せた辺りから半兵衛は完全に俺を怖がるようになってしまっている。
(こりゃ嫌われたな……。まあいい、最悪は浅井と織田の情勢を探れたらいいさ)
しばしば長政と相良は互いにいがみ合っている。
おそらくは長政の仮想敵であろうこの俺の前であるにも関わらずだ。
(直情的な相良の気質だろうな……。んで、長政も鼻っ柱が強い方だからつい言い返したくもなる)
こうも相性が悪いと笑えてくる。長政は内心では舌打ちをしているだろうが俺には幸いだ。
(今回の政略結婚は両家は同盟の利は理解しているのだろう。ただ、織田側はあまり乗り気ではない。浅井はなんか無理やり強行しようとしてるな……、多分俺が伊勢を取り切る前には終わらせる腹だろう)
ただ、それでも婚姻を取る理由にはならない気がする。
(両家の間には付け入る隙はある。だがまぁ長政についてはまだ調べる必要はあるか……)
俺は言い争う相良と長政を見ながら、静かに歩を進めていた。
*
城内に入った高村を迎えたのは、斎藤家臣団と武装した数百人の兵だった。
「竹中半兵衛重虎! 謀反のかどでお前を投獄する!」
居並ぶ家臣団の最奥に座する義龍は号令をかけると同時に兵をけしかけてくる。
「何故ですか、義龍様!? わたしにそのような意志などございませんっ! 誰かの流言飛語ではないでしょうか?」
「ええい、黙れ! 決めたことだ! それに誠にわしに忠心があるならば、何故織田と浅井を中途半端に追い返すに留めた?」
「戦勝を得たらば退き、転じて他を支える。美濃全体を見回したとき、あの時はそうするべきと考えたゆえにございます」
「甘い! 敵ならばことごとく打ち果たすべきであろうが!」
半兵衛は弁明を図るが、義龍は聞き入れない。
だが、理は半兵衛にあると高村は思っている。
半兵衛の言う通り朝倉と浅井と織田の三家の包囲を凌ぎ切るには戦線を打開したならば、他の戦線を支えるといった臨機応変の動きが必要だった。
おそらく、浅井か織田を完膚なきまでに叩きのめすこともできたのだろう。しかし、そこに労力を割いているうちに一ヶ所でも戦線が破断していたら斎藤家は滅ぼされていたに違いない。
「御託はもういい、大人しくお縄につけ半兵衛! ちなみに守就に助けを求めても無駄だぞ? すでにわしの手勢を奴の屋敷に向かわせているからな!」
この言葉は決定的だった。
もう義龍は自分の答えを出しているらしい。
ハナから半兵衛を始末するつもりで呼び出したのだろう。
「囚われたら、犬千代たちの身分がばれる……。抗うしかない」
「だな」
前田犬千代に倣って高村もまた刀の柄に手をかける。それと同時にカツと密かに踵で床を叩いて一氏に変事を伝えた。
「これ以上の弁明は獄中で聞く! 皆の者かかれ!」
義龍が号令をかける。
いよいよ、城中での斬り合いが始まった。
「謀反など致しません。ですから、何卒……」
高村や長政、犬千代が大立ち回りを演じる一方で半兵衛はこの後に及んでなお、赦しを乞うている。
それを見て良晴は彼女の肩を叩いて微笑みかけた。
「もういいんだ、半兵衛ちゃん。もう義龍に話は通じない。ここは俺たちに任せて逃げるんだ」
「しかし、良晴さんたちは本来わたしの家臣ではありません。わたしの破滅に巻き込むわけには……」
「確かに、俺たちは君の家臣ではない。だがな、泣いている女の子を見捨てたら俺が俺でなくなっちまう。それが嫌だから俺は君を守るよ」
もっとも、高村や長政並みの武勇がない俺がどれだけ出来るかはわからないけどな。
そう言って、良晴は苦笑いを浮かべて締めた。
「話は終わったか、相良? しんがりは俺がやっておく! 生き汚いことに定評のあるお前ならば、半兵衛を逃すことに専念すればなんとかなるはずだ!」
「すまねえ、高村! 生き残ったらお礼する!」
高村の叫びに従って良晴は半兵衛を引き連れて稲葉山城を下っていく。
後はもう乱戦だった。
百の兵が高村に斬りかかるが、てきぱきと処理されていく。
「足りねえな、義龍! 一騎当千とは言わないが、五百は持ってこないと俺を討ち取れないぞ!」
斬り、刺し、打撃。
持てる技術の全てを駆使して高村は敵を屠る。一氏もまた乱戦に参加し、数十人を再起不能にしていた。
「これだけの武勇となると、わしの心当たりは一人しかいない……。六角、高村か……!」
ついに義龍も高村の正体を看破する。それに高村は獰猛に口の端を吊り上げて応えた。
「御明察。さて、斎藤義龍。さっき五百持ってこいと言ったが、あれはやめだ。そろそろこの蹂躙も飽きてきたからお前の首を奪って終わらせるッ!」
啖呵を切る高村だが、虚勢にすぎない。内心ではそろそろ限界を感じていた。
(さすがに騎馬もなしで百人単位は身体が保たねえ。逃げようにも、惹きつけすぎてしまったからな。ここまでやった以上、降参もできねえしな……。まあ、半兵衛や長政を逃がせただけよしとするか。……さて)
再度、カツンと床を叩く。
ここは退け、という合図なのだが一氏は首を横に振った。
(ちっ、後はお前だけだというのにこの意地っ張りめ……。まったく義定にどう言い訳するかな……。いや、死人に口はないから考えても無駄か)
いよいよ高村と一氏の進退が極まった。
*
時は少し遡る。
竹中半兵衛重虎は稲葉山城の山麓で身を潜めながら泣いていた。
「わたしのせいで、多くの方に迷惑をかけてしまった……っ!」
六角高村に浅井長政。相良良晴と前田犬千代。
彼らはいずれも美濃に縁のある人物ではない、むしろ高村を除けば自らの敵にあたる。
それなのに、彼らは自身の逃亡に手を貸してくれた。少なからず利用する魂胆は彼らにはあるだろう。
半兵衛はそのことを理解している。けれども、利用されてかまわなかった。
(主の義龍様以上の義をこの人達はわたしにくれた。だから、今度はわたしは返さなくてはならない)
義。
それは主体性が少ない半兵衛を唯一行動に移らせる理由になるものだった。そもそも病弱な身を押して乱世に漕ぎ出したのも、今まで庇護してくれた安藤守就の義に報いるためだった。
「さて、半兵衛ちゃん。後はもう逃げてくれ。俺と犬千代は高村たちを助けに戻るよ」
半兵衛の内心をよそに良晴は反転を始めようとしていた。
それを、半兵衛は呼び止める。
「良晴さん。どうして死地を乗り切ったのにわざわざ戻るのですか? 六角高村は伊勢で織田家を完膚なきまでに破った相手です。あなたにとっては敵なんですよ?」
高村を見捨てた方がいいと半兵衛は進言する。それは言外に自分も見捨てた方がよかったのでは? という問いも含まれていた。
「確かに半兵衛ちゃんの言う通りかもしれない。だが、俺はそれでも戻るよ。確かにあいつは織田家の敵だ。見殺しにした方がいいのかもしれない」
けど、と良晴は続ける。
「それでもあいつは、高村は俺たちを助けてくれた。そんなあいつを見捨てられるほど、俺は大人にはなれない」
その言葉を聞いたとき、半兵衛の心がトクンと跳ねた。
義心に燃えるのとは、違う熱い何かが胸の奥底で蠢いている。
「良晴さんはおバカですね」
「そうかもな。でも、それで構わない。それで守りたい誰かを守れるなら、な」
そう言って、良晴は屈託なく笑う。
その笑みを見て半兵衛はついに自らの心の所在を理解した。
「良晴さんはおバカです」
「まあな。ってそれ2回も言うことか?」
「おバカさんなら、誰かが見ないと心配ですよね」
「だろうな」
「だから、わたしも行きますよ。共に高村さんを救いに行きましょう」
毅然と半兵衛は言い放つ。
それと同時に懐からドーマンセーマンのお札を取出し、辺りに広げた。
「皆さん! 敵は稲葉山城にあり! 城を登り、高村さんを救い出すのです!」
半兵衛が号令をかけ、山麓から異形の式神たちが攻め上らせる。
そこからは早かった。
式神たちは城内の兵をことごとく蹂躙。それを見た義龍らは驚き惑って稲葉山城から逃散した。
「いや、嘘だろ。ガチで落ちてんじゃん、稲葉山城」
かくして稲葉山城に残されたのは高村たちと式神たちと共に舞い戻ってきた半兵衛たちのみ。
結果的に、この場にいる七人だけで天下の臍たる稲葉山は陥ちた。