転生先の学友の顔が強すぎる件   作:流水麺と豪州侍

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難産かつ多産。やっぱり謀略戦は文量を使いますね。


第34話 転換

 

「すまない、相良良晴、竹中半兵衛。お前たちのおかげで救われた」

 

 騒動の後処理を終えてすぐ、高村は相良良晴と竹中半兵衛に前田犬千代、身を隠すことをやめた蜂須賀五右衛門の四人に頭を下げていた。

 

「気にしないでくれ、高村。あんたがしんがりをやってくれなかったら、俺たちはここにいなかった。だから、顔を上げてくれ」

 

 武勇の誉れ高い高村がいなければ、おそらくは良晴達ではなす術もなく討たれていただろう。そのことは、良晴自身は理解していた。

 

「高村が身体を張った一方、お前ときたらちゃっかり斎藤方に寝返ろうとしてたもんな……」

 

 良晴と犬千代のじとりとした視線が長政に向けられる。

 高村にはあずかり知らぬことだったが、長政は逃亡中に斎藤方に寝返ろうとして許されず、遁走したという一幕があった。

 

「一国の太守たるもの、なんとしてでも命を拾わなくてはならぬ時もある。子供のお前ではそれがわからないか?」

 

「流石、俺と何度も戦って命を拾っているやつの言葉はちがうな」

 

 長政は抗弁を試みるも、高村の茶々ですぐに口を閉じざるを得なかった。

 

(むむ、どうにもやりづらい。やはり、高村がいる場で口八丁は通じないか……)

 

 完全に高村と長政の縁が不利に働いている。

 おそらく高村がいる間は半兵衛を籠絡することはできないだろう。

 

(それに半兵衛とサルの距離が近い。完全に差をつけられたか……)

 

 焦る長政。それは無理もないことである。

 江南・北勢・伊賀三ヶ国合わせて七十万石の六角。

 尾張一国で五十七万石の織田。

 美濃五十四万石の斎藤。

 そして、江北のみで四十万石の浅井。

 外交関係を加味しなければ、洛東の大名の中で単純な国力では北畠以外には劣るのだ。

 ゆえに、長政は竹中半兵衛という強力な手札をこの中の誰よりも最も欲している。

 

(呉越同舟もここで終わり、か。楽しかったような、気まずかったようななんとも言えない気分だ)

 

 敵国の中で高村と自分、それに良晴が舌を競わせて半兵衛がそれを見て苦笑いを浮かべる。美濃では終始そんな光景が繰り返されていた。

 国同士の利害が関わっているものの、どこか穏やかな時間だった。

 おそらく国元に帰ったら、こんなことはないだろう。

 自分の中に芽生えた妙な感慨に長政は苦笑いを浮かべた。

 

 *

 

 翌朝、稲葉山城の一室で目覚めた俺の元に凶報が入った。

 なんと、安藤守就の行方が知れないという。

 

(安藤殿は半兵衛の泣き所だ。半兵衛の性格上、安藤殿を無下にはできない。彼を拐った奴の目的は半兵衛を封じることか)

 

 一瞬で頭も覚める。

 考えられるのは、斎藤義龍。あるいはもう一人。

 

「一氏。長政の動向を探ってくれ。俺の読みではあいつが怪しい」

 

「いえ、それには及びません。……こちらをどうぞ」

 

 一氏の懐から、一通の書状が手渡される。

 中身を見ずともその封書の筆跡で俺は下手人を察した。

 

「長政か。ということは、安藤殿は下手したら江北まで連れ出されている訳か」

 

 今回の一手で、長政の半兵衛に対する手立てが明らかになったと言っていい。

 半兵衛と接触し、可能な限り誘降を試みる。

 それが成らないと分かれば、江濃国境に待機させている手勢を使って安藤守就を拉致。半兵衛を誘い出して捕らえるか、あるいは始末してしまうつもりなのだろう。

 

(昨日の一件で分かった。半兵衛は余程こちら側が有利な状況でないと相手してはならない。それだけ戦況を覆す力がある。敵に渡すぐらいなら殺してしまった方が……って考えてもおかしくはない)

 

 その実、半兵衛が消えても損する者はいない。戦況が美濃包囲網を敷く前に戻るだけのこと。強いて言えば美濃勢が損をするぐらいだが、生憎彼らは自分自身で彼女を切り捨ててしまった。

 

「とりあえず、相良良晴に伝えるか」

 

 その後、一氏を通じて相良に事態を伝えた。

 良晴側にも例の書状は届いていたらしく、対応に頭を抱えている。

 なぜならば、書状の内容が「小谷城に竹中半兵衛を連れてくれば、安藤守就を返す」というものだったからだ。

 

「なにが『サルと高村、うるさい男二人がいるところでは愛を語らえますまい』だ! 信奈には愛なき政略結婚は世の習いって言ってたじゃねえか!」

 

 良晴が書状の中でも殊更に気障ったらしい一節を読み上げて喚く。

 うーん、愛はないのはともかく長政には種すらないからな……。どうやって家を残すつもりなんだろ、あいつは。

 ……いかん、ちょっと脱線した。

 正直、これほど見え透いた罠もないが半兵衛の性格上、従わないわけにはいかない。彼女らしからぬ悪辣かつ強引な手立てだった。

 

「俺は半兵衛ちゃんの意思を尊重するよ。それに危ないと分かるなら初めから俺たちが守ればいい」

 

 良晴は即決するが、俺は「やめとけ」と首を横に振った。

 

「流石に半兵衛一人のために、手ぐすね待っている長政の元に向かうのはおすすめできない。命が惜しければ、やめとけ」

 

「だったら、どうすればいい!?」

 

「隠密を使って安藤殿の身柄は押さえておいた方がいい。長政の優位を崩さなければ、局面を変えることはできないだろうさ」

 

 情に走るのはいい。それは、場合によっては徳になる。

 俺は、左手で自分の頭を指差しながら続けた。

 

「相良。気持ちのままに走るのは結構だが、ここも使え。気持ちを実現するための合理的な手立てを考えろ。さもなくば、振り回されて死ぬぞ。この戦乱の世はただのお人好しを生かすほど甘くはない」

 

 相良は俺の話を静かに聞いていた。そして口を開く。

 

「意外だな、高村ってもっとドライっていうか冷徹な印象があってさ。なんかこう、もっと突き放されるものだと思ってた」

 

「多分、それは滝川一益に聞いた話だろう。まぁそんな面もあるのは否定しないよ。だが、それは公人としての顔に過ぎない。一応、俺も血の通った人間だからな。気まぐれに人助けをする時だってある」

 

 織田では俺は敵にあたる。しかも未来知識という前情報もなく畿内方面での戦果が伝え届いていると考えると、相良にとって俺は最も警戒する対象と言っていい。

 だから、俺の目的を果たすにはその警戒を解く必要がある。

 

「まあ、浅井に半兵衛が行かれるのが一番嫌だって打算もあるけどな。ともあれ、此度の一件は相良に助力する形で動くよ。半兵衛もこの際諦める」

 

「すまねえ、ありがとう高村!」

 

 素直に喜ぶ相良。必要なこととはいえ、妥協しまくってただ働きをするだけでは流石に割に合わない。

 

「ただ、代わりって訳じゃないけど稲葉山城の借りを返すと思って一つ頼みたいことがあるんだが、いいか?」

 

 だから、俺は相良に一つ要求を突きつけることにした。

 

「俺に出来ることなら、なんでも」

 

 気を良くした相良は鷹揚に頷くが、その余裕はおそらく失われるだろう。俺は今、それだけの大きな手を打とうとしている。

 

「織田と六角の休戦。ひいては同盟。その取次をしてもらいたい。要するにあれだ。浅井とうまくいきそうにないなら、やめちまえ」

 

「なっ……!」

 

 あまりの驚きに相良は声を詰まらせる。

 初めは半兵衛を狙っていたが、長政と相良の反目を見て考えが変わった。

 一人の軍師の力量に頼るのもいいが、織田の五十七万石を味方につけて洛東のパワーバランスを変えることの方が確実だと。幸いなことにその機会は目の前に転がっていたも同然だった。

 

「……すまねえ。俺の一存で答えられることじゃねえ。信奈に聞いてみないと分からない」

 

 急な話だったためか対応できなかった相良が頭を下げる。だが、織田と浅井の間に楔を打ち込めたから別にいい。

 ひとまず、これを一応の成果とする。

 ……流石にこれだけ国を空けといて何もありませんでしたじゃ、義定になんて言われるかわからんからな。これなら大丈夫だろ、多分。

 

「……盛り上がっているところ、悪いけどこれを見る」

 

 内心安堵していたところに前田犬千代が俺と相良に紙を突きつけてきた。

 そこにはあまり似てはいないが俺と相良、前田犬千代に似せた肖像画が描かれている。

 

「犬千代たち、お尋ね者になっている……。これでは美濃にいられない……」

 

 肖像画に長政が含まれていないことから、おそらくこれは奴の策だろう。流石に舞台を取り上げられたら、何もできない。長政の作戦勝ちだ。

 仕方ないので、一氏や相良の忍びである蜂須賀五右衛門を安藤殿の奪還に残して俺たちは帰ることとなった。

 

 *

 

 長政の策により、良晴たちが美濃を退去した後のこと。

 稲葉山城の本丸屋敷にて二人の武将が対峙していた。

 

「よくぞ、半兵衛たちを退去させてくださいました。猿夜叉丸どの」

 

 六尺五寸の巨体を縮こまらせて、義龍が長政に礼を述べる。本人には特段その意思はないのだが、道三に似ないらくがきみたいな顔のせいでひどく滑稽に見えてしまう。

 

「いえ、これはただの意趣返しに過ぎません。ここまで手間をかけさせられても、彼らを許すほど私の心は広くなかったのです」

 

 あえて素っ気ない態度を取る長政。笑いをこらえるのと、その実は恩を売ったのではなく失点を回避しただけという事実から視点を逸らすのに必死だった。

 

「ひとまずはこの恩、受け取っておこう。しかし、長政殿も命拾いされましたな。織田が美濃を呑むようになれば、同盟どころか浅井は織田に従属せざるを得ない。それでは、六角の下にいた時代とは何も変わりますまい?」

 

「っ……!」

 

 事実を指摘され、あまつさえ痛いところを突かれた長政は閉口する。

 

(似てないのは、顔だけか。才覚はしかと受け継いだか……、厄介なことだ)

 

 渋面になるが、長政はすぐにそれを引っ込める。

 

「だからこそ私は織田信奈を従え、高村を屈させて洛東の王になる。義龍どの、私と手を取るのならば今が好機ですよ?」

 

「よく言う。ならば、高村を一度でも倒してその器を証明することですな。それからならば、検討は致す所存」

 

 はは、と鼻で義龍は笑って酒を呷る。

 義龍は知らない。長政が半兵衛を未だ諦めておらず、誘い込むために安藤守就を確保していることを。

 そして、長政は知らない。高村が半兵衛を見切って織田との関係改善に舵を切ったことを。

 水面下であらゆることが進んでいく。昨日の友は明日の敵。

 そんな乱世に立ち、何者にも指図されない本当の意味での浅井の独立を勝ち取ると決めた時から長政は友情も情愛も切り捨てた。

 

(あの夜は私は自らをそういうものと定めた。そのはずだが……)

 

 どういう訳だろうか、長政は無性に「天下を取り、かつ好いた男と結婚したい」という夢が破れた時の信奈の泣き顔が見てみたかった。

 

(嫉妬か、私らしくもない……。ああ、でもそうか。高村に会ってしまったからな。ならば、致し方ないことなのかもしれない)

 

 西南の方角を眺めながら、長政も酒を呷る。

 忘れ得ぬ過去として、打ち砕くべき敵として、高村は悠然と長政の前に立っていた。

 

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