転生先の学友の顔が強すぎる件   作:流水麺と豪州侍

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第35話 江尾対談

 

 美濃の首城・稲葉山城と織田信奈のいる小牧山城は近い。

 これは織田信奈側が意図したものなのだろうが、そもそも小牧山に本城を移転などせずとも美濃と尾張は近く、一種の経済圏を形成していた。

 

(東山道からもたらされる山の産物が集まる町と東海道の一大交差点。これだけの商都がわずか一日や二日で行き来できる。……なるほど、これは天下を取るに足る地力だよな)

 

 俺、六角高村は相良良晴と前田犬千代の先導を受けながら、尾張路を通行していた。

 早く伊勢に帰るべきと思わなくはなかったが、あいにく護衛の一氏は江北にやっている。ならば、単騎で伊勢に帰るよりかは稲葉山城での借しを盾に相良たちに身の安全を保障させるという択を取った。

 

「姫さまは短気で我慢が効かない……。一応、犬千代たちも守るつもりだけど、注意はしておいて……」

 

 すでに道中では相良や犬千代から織田信奈の人となりを聞いてある。いささかマイルドになってはいたが、その人物像はほぼほぼ俺が知る織田信長に近しい。

 

(女の子になったとはいえ、いよいよ乱世の魔王と顔を合わせる訳か。ちと緊張するな……)

 

 第六天魔王、織田信長。

 三英傑の一人にして、史実では六角を滅ぼした大名。

 いよいよ、俺が転生してきた真価が問われている。

 そう、感じずにはいられなかった。

 

 *

 

 小牧山城はまだ作りかけのためか、至る所に足場や幔幕が張り巡らされている。山の上にあるとはいえ、防御力はそこまでないのだろう。

 ただ、織田信奈本人が住まう本丸屋敷は完成しており、俺たちはそこに通された。

 

「あんたたち……。よくもやってくれたわね……」

 

 上座で胡座をかく姫武将がピキピキとこめかみに青筋を立てている。

 長い茶髪は茶筅に結われ、着物は片肌脱ぎ。一応、ブラジャーや袴などで多少は露出を抑えているが、それでも当世の基準ではだいぶ派手にかぶいている方だ。

 名乗られなくても、分かる。

 これ、絶対織田信奈じゃん。

 

「あんたたちのせいで、美濃は大騒ぎよ! おかげでわたしが放っていた間諜も尾張に帰さなきゃいけなくなったわ! せっかく進んでた中濃の調略もパァよ、パァ!」

 

 懐から美濃で出回っている手配書を取り出し、ぱんぱんと叩きつける。

 しばし、怒りをぶつけたのち、ふうと荒い息を吐いて彼女は続けた。

 

「……それで、半兵衛はどうしたの? まさか、そこのいけすかない腐れ名門と遊んできただけ?」

 

「いや、心配には及ばんよ、信奈殿。相良たちはきっちり竹中半兵衛を調略している。まだ美濃でやることがあるから、彼女は来ていないが。ともあれ、俺が保証する」

 

「そう、それなら結構。……で、なんであんたはここに堂々と座ってるのよ。一応、敵でしょ? 種子島で撃つわよ?」

 

 言うと、信奈は種子島を構える。まぁ火は点いていないから脅しだけのつもりなんだろうが、引く訳にはいかない。

 

「あんたらに停戦を申し込みに来た。出来れば、同盟も組みたい」

 

 俺が要件を言うと、屋敷内の空気が変わった。向こうにとっては晴天の霹靂だろう。

 

「なんですって?」

 

「別に悪い話をしている訳ではないだろ。美濃をこれから本格的に攻めようって時に俺と遊んでいる暇はあるのか? わかってないなら、一応教えてやる」

 

 そう啖呵を切って俺は語り始める。

 正直、今の織田家は手詰まりとはいかないが、やや厳しい状況にある。

 竹中半兵衛の脅威こそ去ったが、西の俺たち……六角の脅威は健在だ。なまじ桑名をとって濃尾両方に国境を接しているため、斎藤と手を組まれるか斎藤を攻めている間に逆に尾張に攻め込まれる危険がある。

 それに、尾張と美濃の国力は近しく義龍も割と有能。だから、少しでも戦況を有利にするために明らかに領国の北辺に位置する小牧山に本拠地を移す必要があった。そうなると領内の軍団編成が北に傾き、西南の俺が本気で攻めてきたら守るのも厳しい。

 他にも楽市楽座と関所の削減を進めてるから流通が活発化し伊勢湾岸の経済が発展すること、六角領内を通ればスムーズに上洛が出来ることなどちょっとしたメリットも伝えたが、まあ軍事的な理由だけで停戦の意義は事足りるような気がする。

 

「見事なまでの案……。九十点です。姫さま、私としましては受けた方がいいかと」

 

 織田家の採点お姉さんこと、丹羽長秀が唸る。

 おおよそ他の家臣団の反応も同じようなものだった。

 

「別に同盟するからっていって婚姻は要らねえ。互いにもたらされる経済的な利、保証としてはこれで十分だろう」

 

 婚姻は求めない。そう明言したことも家臣団には大きかっただろう。場は賛成の空気に染まりつつある。

 俺としては浅井より好条件で多くの見返りを用意したつもりだ。

 普通ならば、受けると即答するだろう。

 しかし、織田信奈は違った。

 

「確かに悪くはないわよ、悪くは。……けれど、その先は?」

 

 心臓を鷲掴みにされたような気がした。

 やはり、バレていたか。意図的に隠していたことを。

 

「あんたの停戦案を飲めば、美濃は多分取れるわ。けれど、あんたはその間に伊勢を取る。伊勢は日ノ本屈指の難治の国、だからあんたは時間を稼ごうとした。違う?」

 

「違わない」

 

「そうなれば、百万石の大国が二つ並び立つことになる。あんたが仮に協力の意思を見せたとしても、天下がそれを認めないでしょうね。畿内屈指の闘将として名高いあんたを目に見える形で屈させずして、天下を取る方法はないわ!」

 

 俺の目を見据えて織田信奈は言い放つ。

 ……どうやら、完全に宥和することはできないらしい、と俺はこの時理解した。

 伊勢だけならともかく、俺を倒すことが天下人の証明になると言われてしまったら、流石に戦うしかない。

 

(これが、天命ってやつか……。どうやら六角と織田はかちあわなきゃいけない定めらしい)

 

 天命というよりかは地政学的に致し方ないところがある。織田に限らず、東から上洛を試みる大名は近江……特に江南を押さえておくのは必須条件だ。京の後背地として持っておかないと、京が攻められた時にかなり対応に難儀することになる。

 まったく……薄々わかっていたことだが、目の前が真っ暗になりそうだ。

 けれど、まだだ。戦うことになったとしてもやっておかないといけないことがある。

 

「戦うつもりなら、それはそれで構わない。だが、いいのか? 本当に停戦しなくて。俺が攻め入れば、十中八九は上洛すらままならない状況に陥るが?」

 

「くっ、ああ言えばこう言う……」

 

 将来的には敵対するとはいえ、やはりいまの戦況において俺たちは織田にとっての泣き所らしい。再度その点を突いてやると、織田信奈は悔しそうに歯噛みした。

 

「将来への禍根を残すことにはなりますが、今は六角と和議を結ぶほかありますまい。四十点」

 

 とどめに丹羽長秀も援護射撃に回ってくれた。

 これで大勢は決したようなものだろう。

 証拠に織田信奈はため息を吐いて、苦々しげに口を開いた。

 

「仕方ないわね……。停戦は受けてあげるわよ。わかったら、早く帰りなさい。もたもたしてると殺すわよ」

 

「受け入れてくれて、ありがとう。まあ、そちらも美濃の攻略を頑張ってくれ」

 

 そう言って俺は織田信奈の屋敷を辞する。

 あまり長く居たとて得るものは多くはないだろう。

 

(ひとまず現状の懸念はなんとかなったが、これは共存は難しいパターンかもしれん。やれやれ、信奈殿には俺が京への道を塞ぐ楯。洛東の楯にでも見えてるのかな)

 

 伊勢への街道で馬を走らせながら考える。

 未来知識を活かし、織田や徳川と共存を計れば安泰だと俺は無意識のうちに信じ込んでいた。

 だが、向こうにはそのつもりはない。

 となると、もはや未来知識はあまり役に立たないだろう。

 自分の考えで、自分の意志で未知の歴史を作っていく。

 これからはその覚悟を決めなくてはならないのかもしれない。

 

(まあ、伊勢の統一はその第一歩だ。どんな未来を辿るにしろ、国力はあって困るものじゃない)

 

 ひとまず、急いで伊勢に戻る。

 あまりに国外が長引き過ぎた。その分、色々なことが遅滞しているはずだ。まずはそれを片付けなくてはならない。

 少しでも早く、少しでも広く六角の力を増やしておく。

 いつか来る決戦のために。

 

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