転生先の学友の顔が強すぎる件   作:流水麺と豪州侍

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第36話 一つの策

 

「ねえ、新十郎。ちょっと遊び過ぎじゃない?」

 

 伊勢に帰って来た俺を出迎えたのは、能面のような無表情で冷え冷えとした視線を向けてくる義定だった。

 

「すまん。けど、遊んで来たってのは心外だな……。はい、これ」

 

 懐から一通の書状を取り出し、義定に渡す。

 義定はそれを見ると目を丸くした。

 

「へー、織田が停戦を受け入れてくれたんだ」

 

「まあ、情勢を踏まえて無理やり押し通したって感じだから向こうは完全に本意じゃない。束の間の平和に過ぎないさ」

 

 この停戦は俺の能力うんぬんよりもタイミングが良かったから出来たことだ。長く続いたとて織田が美濃を取るまでだろう。

 だから、俺たちはそれまでに可能な限り中伊勢や南伊勢、志摩を切り取らなくてはならない。

 

「今までも負担はかけてきたが、悪い。埋め合わせはまだ先になりそうだ」

 

「うーん、状況が切迫してるんだったら仕方ないな……」

 

 頭を下げる俺に義定は不承不承応じてくれた。

 その後、話題は留守中に起きたことを移る。

 幸いなことに三好がいる山城や大和方面では大したことはなかったらしい。しかし、北伊勢の後処理の段になった時、やや義定の表情が曇った。

 

「豪族たちはともかく、改易された二十七家の浪人たちが次々と南の方に流れていってるよ。わたしたちも頑張って取り締まってるけど、数が多いからどうしてもいくらかは逃がしちゃってると思う」

 

 元々北勢四十八家と呼ばれるほど、北伊勢に豪族が割拠していた。それを統治しやすくするために、減らしたのだがそれはそれで多くの不満分子を産んだらしい。

 

「まあ、散発的に一揆を起こされるよりかはマシか……」

 

 だが、これは普通に南伊勢の豪族……特に北畠には有利に働く事象だろう。単独では二十数万石だが、その国司の権威を利用して伊勢国内の反六角派を糾合されたら流石に辛いものがある。

 

「義定。とりあえずは中伊勢の長野氏と木造氏、志摩の小浜景隆に帰順を促す使者を送ってくれ。最悪無理にこっちに就かせなくてもいい、北畠とこっちの間で日和見するぐらいでいいや」

 

「けっこう根回しするね。北畠ってそこまで警戒するような相手だったっけ?」

 

「国力的にはそこまでだが、北畠には南北朝が統一されてもなお幕府に逆らった歴史があるからな……。だから、まだ南伊勢には反骨の気風が残ってる。北勢は北勢で四十八家もあった豪族で統一に欠けるからきっちりきれいに鎮めないと後がつらいんだよ」

 

 これが伊勢が難治の土地とされる所以である。

 国司に伊勢神宮の権威に、南朝の余光。この国だけが、幕府を中心とする価値観に染まっていない。

 それを無理やり他国のやり方で押し通したのだ。反発がないわけがない。北勢四十八家の削減を決めた時から、その覚悟は決めていた。

 

(だから、手間暇かけた大会戦で北畠を含めた旧勢力を丸ごと倒したかったんだが、そうは言ってられない。少しでも時間を稼ぐために、浪人以外の北畠への結集を防いでいくしかない)

 

 後日、書状を送った三つの勢力は六角に味方することを決めてくれた。

 これでだいたい十万石を得たことになる。特に小浜景隆が味方したことにより、志摩近海の水軍を動かせるようになったのは大きい。

 後は北畠のみ。

 六角による伊勢の掌握は着実に進んでいた。そう表現しても差し支えないだろう。

 ただ、織田の動きだけが気がかりだった。

 

 *

 

 時は少々前後する。

 高村を帰したのち、信奈は相良良晴を屋敷に留めていた。

 

「さて、そういう訳で高村とは矛を収めることになったけど、美濃を取る策を出しなさい。長政とのこともあるけれど、いよいよ時間がなくなったわ。今はサルの手も借りたい状況なのよ」

 

 分かりやすく信奈は焦っていた。

 形だけとはいえ、戦線を作り牽制していた西の大敵を留められなくなったからである。

 東には武田がおり、北条と若干の対立を生じさせているものの、駿河を手にした。何かが噛み合って北の上杉との和睦なり停戦がなれば、大挙して東海道を駆け上がってくるだろう。

 今や織田の国力は増したが、武田軍団の強さはそれこそ今川の比ではない。松平が盾になるとはいえ、せいぜいその刃を少しこぼれさせる程度にしかならないことは理解していた。

 

「武田が来る前に、高村が伊勢を固め切る前に美濃を取らなくてはならないわ。それが出来なければ織田はもはや天の時を失う。わたしはそれだけは避けたいのよ」

 

 信奈は言うが、そう容易いことではないのは良晴にもわかる。だが、ここで一つ閃いた。

 

「そうだ、墨俣だ!」

 

 木下藤吉郎の墨俣一夜城。

 太閤立志伝説の第一歩となる重大イベントを良晴は思い出していた。

 

「墨俣? 確かにあそこは西美濃の要衝。抑えられたら美濃取りに目処は出てくるけど、あそこは稲葉山城のお膝元よ? 拠点なんてそうそう作れる場所ではないわ」

 

「普通にやったら、そうだろうな。だが、俺には策がある! 信奈、ここは俺に任せてくれ!」

 

「怪しいわね……。半兵衛と高村にかなり痛めつけられたから兵はあまり出せないわよ」

 

 急に自信満々になった良晴を見て、訝しむ信奈。未来知識を持っているにしても、今の良晴は妙に胡散臭かった。

 

「兵は少なくていい! むしろ、そっちの方が好都合だ。俺は墨俣に一夜で城を作る。だから守ることより、気づかれないことの方が大事だ。まさか、義龍も敵地で兵を使わずに城を建てるなんて思わないだろう。だから、いざ作られてるとなれば、必ず飛び出してくる。そうしたら、信奈。お前は手薄になった稲葉山城を攻めてくれ」

 

「サル……、あんた……!」

 

 良晴の策に信奈は絶句していた。

 決してその策が格別に優れていた訳ではない。むしろ荒唐無稽ですらあった。

 ただ、聡明な彼女は理解してしまった。

 ここまで言うからには策を成す根拠があるのだと。

 そして、この策が成った場合の効用とその末路すらも理解していた。

 

「兵も使わずに城を作って義龍を釣り出す……。それは成功できたとしても、あんた死ぬわよ?」

 

「かもな。けど、俺なりに考えた答えだ」

 

 問いかける信奈、見つめ返す良晴。

 基本的にお気楽な良晴だが、信奈と高村の会談を見て今回ばかりは思うところがあった。

 

(俺の知る歴史なら、墨俣に一夜城を築くだけで良かった。けど、この歴史には高村がいる。斎藤家よりもよっぽど強力な上洛を遮る相手だ。ここで一夜城だけじゃなく、美濃を獲れないと信奈の天下の道が閉ざされる。場合によっては高村を倒すために浅井と婚姻同盟を結ばなきゃいけないかも知れねえ……)

 

 良晴は焦っていた。そして、本人は否定するだろうが自身の思う以上に信奈を案じていた。

 だから、今回は覚悟を決めて歴史知識をさらに一歩進めた献策を行ったのである。

 

「とにかく俺は墨俣に城を建てる! 兵は要らねえ! 川並衆だけで城を作る。だが、信奈! 木曽川の戦いの時に約束した『稲葉山城を獲った者は恩賞自由』って約束を忘れるなよ!」

 

「そこまで言うんならやりなさい! 死んだら骨ぐらいは拾ってあげるわ!」

 

 売り言葉に買い言葉。

 半ば喧嘩別れのような形で信奈と良晴は別れたのだった。

 

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