転生先の学友の顔が強すぎる件   作:流水麺と豪州侍

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第40話 緋色の硝煙

 

「ひとまず、一番恐れていた事態は回避できそうだな」

 

 亀山城の本丸屋敷で俺はつぶやいた。

 桑名方面に織田軍が攻めてきて三日が経つ。後、四日ほど氏郷の陣が持ち堪えられれば、手配しておいた増援が到着し戦局は安定するだろう。

 

「さすがに織田と浅井、北畠に三方から同時に攻められたら処理落ちせざるを得ないからな……」

 

 端的に現在の六角の軍団配置を評してしまえば、カツカツの一言に尽きる。

 一番多くの兵を工面できたのは、織田軍が攻めてきている桑名付近。

 ここには氏郷の六千と義龍どのがかき集めた二千、桑名城に詰めている大谷吉継の三千の計一万千人。

 次に義定や平井定武殿らの浅井対策で五千。亀山城に詰めている俺の騎馬隊は四千で北畠に備え、小浜景隆らの水軍は二千を確保した。

 総勢二万二千人の大動員である。これでコケたら後が怖いが、ここまで無理をしても数が足りなく思えるのが、織田の恐ろしさだった。

 今、なんとか成り立ってるのは氏郷の陣が堅固極まりないこと、にゃんこう一揆衆と協力関係を築いて東を塞ぎ、織田の兵を全て氏郷の陣に押し付けることができているのが大きい。

 

「とりあえず、長政が一万を率いてくるぐらいならまだ戦線はどうにかなる。ただ、北畠がなあ……」

 

 織田は氏郷の陣。長政は観音寺城。尾張と江北方面はそれに対応する要害がある。ただ、北畠の方には用意ができず、動員をかけなかった長野工藤氏や神戸氏に任せるしかない。

 

(それでも心配だから、俺が亀山まで出張っているわけだが……どうしたもんかね……)

 

 一応、領地全体に伊賀と甲賀で構築した諜報網を張っているから変事はすぐに伝わってはくる。騎馬隊で速度も最重視した。

 ただ、それでも戦域が広くなりすぎる。ついぞ、どことも同盟を結べなかったのがボディブローのように効いてきていた。

 

 *

 

 高村の期待通り、氏郷は七日間に渡って陣を固守することに成功した。いくら、地勢が氏郷側にあったとて元々八千で三万を凌ぎ切るというのは、いささか難題である。

 氏郷隊とそれに与する義龍隊は疲労困憊だった。

 

「さすがに敵に疲れが見えるわ! この機に一気に攻め潰す!」

 

 織田信奈はそれを見過ごさなかった。否、むしろこの時のために初日以外の六日間を流して被害を抑え、緩慢に進めていたのである。

 

「疲労の分散ができるのも大軍の利点ね。ただ、相手は全兵で戦わなくてはならない。そこが、命取りになったわね」

 

 織田軍の進撃は激しいものだった。

 柴田勝家や前田犬千代といった武辺ものを先団に押したてて攻めてくる。長秀や佐久間信盛は巧みに勝家らを弓の射線から逸らしていた。

 

「俺たちも行くぜ、野郎ども!」

 

 墨俣の武功で部将に昇格したばかりの相良良晴も川並衆を率いて攻め手に加わっている。

 

(これだけの堅城だ! 勝家たちを守って何とかして糸口を作ってもらわないと、やりようがねえ!)

 

 一番突破力のある勝家に全てを賭けた護送船団方式で突破を図るのが、信奈の策だった。

 

「さすがは織田信奈。高村さまとためを張る勢力を築くだけのことはあるわね」

 

 氏郷は舌打ちしながら、勝家に斎藤義龍を当てる。弓で有効打を与える策が成らない以上こうする他はない。

 

「まずは鬼柴田! うぬを倒す!」

 

 馴染んだ槍を振るい、義龍が勝家目掛けて突貫する。

 六尺五寸の巨体の豪勇は凄まじく、並の足軽では立ちはだかってもただただ葦のようにその命を刈り取られるしかなかった。

 

「これ以上はやらせはしない! 勝負だ義龍!」

 

 この惨状に見かねた勝家は突撃の手を止め、義龍に襲いかかる。

 はせ違う両者。甲高い金属音が辺りに響く。

 

「ほう? 尾張の兵は弱兵とは聞いたが、さすがは鬼柴田。うつけ姫には過ぎたるものよな」

 

「国を失った身の上で、よくそんな偉そうな口を利けるな! 姫さまほどあたしは慈悲深くはない! 泥の中に沈んで死にたくなければ、逃げることだな!」

 

 互いに互いを煽りながら、義龍と勝家は一騎討ちを始める。

 一方、前立ての片割れの犬千代は「……やはり勝家は脳筋。犬千代は手を止めない」と進撃を続行。

 しかし、彼女の前に一人の姫武将が強引に乗馬を割り込ませて、その指揮は妨げられた。

 

「そう易々と進ませはしないわ。此度の最激戦地を任された以上は、その信頼に報いなくては蒲生の名折れよ」

 

 年は犬千代と同じぐらいだろうか。

 しなやかでほっそりとした身体つきに、人形のように整った顔立ち。

 さながら深窓の姫君を思わせるが、使い古された燕尾前立兜がそれを否定する。

 歴戦の猛者であることには違いないが、戦塵の中にあってなおいちいちその所作は上品で犬千代は(これが上方の姫武将……。なんかすごく女の子らしい……悔しい)と謎の敗北感に苛まれていた。

 

「私こそが、この多度表の総大将・蒲生氏郷! 覚悟しなさい前田犬千代!」

 

 腰から南蛮渡りのレイピアを抜き、蒲生氏郷が疾風の突きを繰り出す。犬千代はすんでのところで見切って交わしたが、(太刀筋が読めない。……これは厄介)と内心で冷や汗をかいていた。

 

 *

 

 以後は、四将が二通りの大立ち回りを繰り広げる。

 斎藤義龍と柴田勝家は純然たる力と力のぶつかり合いという側面が強く、互いの武具が軋みを上げるほど激しく撃ち合っていた。

 対して、蒲生氏郷と前田犬千代の一騎打ちは追う犬千代に逃げる氏郷という様相を呈していた。これは両者の武勇の差というよりかは、レイピアと朱槍のリーチの差だろうか。やや、リーチに劣る氏郷が劣勢だった。

 

(前田犬千代。豪勇一本槍かと思えば、案外隙がないわね……)

 

 蝶のように氏郷はひらりと身を翻して、朱槍の穂先を避ける。その後は動作の硬直を狙って突きを繰り出そうとしていたのだが、犬千代の離脱は彼女の思うよりも早く、その機会を得られないでいた。

 

(とはいえ、時間は私に有利に働いているわ。疲れれば、隙も生じる。極端な話、私は時間を保たせれば勝てるのよね)

 

(……義龍と蒲生氏郷のせいで軍の勢いが止められた……。早く討って勢いを取り戻さなきゃ、陣を破ることはできない……)

 

 あくまで悠長に構える氏郷に、焦る犬千代。

 二人の打ち合いが二十合を超えた辺りだろうか。

 突如、氏郷が飛び退いて犬千代から距離をとり始める。

 

「皆の者、下がりなさい! 義龍の軍勢もよ! そろそろ潮時だわ!」

 

 氏郷をはじめ、その麾下の兵も熱心に勝家との打ち合いに興じていた義龍も織田軍から距離を取り始めた。

 

「待て、義龍! 逃げるのか!」

 

 完全に一騎打ちで昂ってしまった勝家は、引く義龍に激発して軍勢を前進させる。犬千代は「……あまりに不可解、ここは退くべき」と軍勢を後退させた。後になってわかることだが、それがそれぞれの部隊の運命の分かれ目であった。

 氏郷と義龍の後退が完了したのち、青空に一条の赤い狼煙が上がる。

 それと同時に水城に轟音が響き渡った。

 

「突出した部隊に向かって、撃て!」

 

 一人の姫武将が号令をかけると同時に、千丁の種子島によって柴田隊に銃弾の雨が浴びせられた。

 

「なっ、これは、逃げなきゃだめだ!」

 

 これにはさすがの柴田勝家も逃げの体勢に入るが、あまりに彼女たちは突出し過ぎていた。

 ×字砲火による蹂躙。これまでに経験したことがない弾幕の嵐に見舞われて、織田家の最精鋭・柴田隊の核をなす勇者が次々と討たれていく。

 

「原長頼殿、討ち死に!」

「柴田勝定殿、討ち死に!」

 

 柴田隊の二人の侍大将は銃弾の的になり、勝家自身も肩を撃ち抜かれて負傷。四千人はいた柴田隊は壊乱し、もはや軍勢の体をなしてはいなかった。

 

「すまん、犬。助けられた」

 

「ん、勝家は不器用でそそっかしい。今回はそこを狙われた……」

 

 散り散りになった柴田隊は犬千代たち前田隊に収容され、勝家自身も犬千代の肩を借りて撤退。

 

「なんや、尾張最強も種子島の前では借りてきた猫と同じか。高村はんに頼まれて来たのはええんが、これじゃ張り合いがのうてしらけるわ」

 

 そんな這々の体で敗走する柴田隊を見て、一人の姫武将がぼやく。

 肩には異形の大鉄砲、艶やかな緋色の装束。

 この一方的な銃撃戦を指揮した彼女の背後には八咫烏の旗が翻っていた。

 

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