転生先の学友の顔が強すぎる件   作:流水麺と豪州侍

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第42話 狩場

 

 伊勢国・赤堀よりやや南に外れた海岸に三引両の旗が翻る。

 ちょうど夜に上陸できるように出港した佐久間軍三千五百は無事に伊勢湾の渡海に成功していた。

 

「もう少し気を配っているかと思えば、案外ザルでしたね」

 

 一同を連れてきた九鬼嘉隆がからりと笑っていう。かつて自分達を志摩から追い出した小浜景隆が高村方に加わったと聞いて気を張り詰めさせていたが、実のところは杞憂に終わった。

 

「まあな、陸海両方に通じる大名なんて東海以東では安房の里見ぐらいしか知らねえ。……後は、俺たちの働き次第だな」

 

「ほっほっほ、相良どのの申す通りよ。六角の騎馬隊は早いと聞く。居所が知れれば、たちどころに追い立てられる。うむ、今晩が勝負か。急げよ皆の衆」

 

 歓談もそこそこにして、信盛は進軍の下知を発する。

 目的地は赤堀。北伊勢随一の湊を擁する地で桑名と亀山に並ぶ要衝。

 一夜にして信盛と良晴はこの赤堀を落として占領することで六角の補給を断つ腹積りだった。

 上陸して一刻ほどで、佐久間軍は赤堀の間近に迫る。

 退き佐久間とあだ名されることが多い信盛だが、このあだ名の本質は殿を務められる精強さと時勢を読む力、何より部隊の統率力にある。

 殿ばかりが目立つが、速戦においても限定的ながらその才幹は発揮されていた。

 

「五右衛門、赤堀の様子はどうだ?」

 

「守備兵はそこまではいないでござるな」

 

 先行させた五右衛門の情報を聞いて良晴は安堵する。どうにかうまくいきそうだ。

 

「半兵衛ちゃんが船酔いでダウンした時はどうなることかと思ったが、流れは俺たちにある。このまま行こう」

 

 かくして悠然と佐久間軍は赤堀へ進軍する。

 突然現れた三千を超える軍勢にわずかな守備兵はどうすることもできない。

 あっけなく赤堀は佐久間軍の手中に落ちたのだった。

 

「……警戒していたけど、あっさりだな」

 

「そうであるな。被害が少なかっただけよしとしよう」

 

「そうだな。後はここから転戦して高村の糧道を断とうぜ!」

 

 その後は、良晴の具申の通りに街道に小隊を派遣して補給線を断つ方向に移る。……ところが、これがうまくいかなかった。

 向かう先々で高村の騎馬隊に先回りされ、小隊が潰されていくのである。

 

「むむむ、甲賀と伊賀。二つの忍軍に結界を張られては何もじぇきにゅでごじゃる」

 

 五右衛門がなんとか高村の騎馬隊の動向を掴もうとしたが、ことごとく予想が外れ、小隊は高村に刈り取られていく。

 

(赤堀は高村にとっては重要拠点だったはずだ……。後方とはいえもう少し軍の人間がいてもよかった。……それを早々に明け渡すとは……。もしや)

 

 ことここに至って信盛もまたこの異変に気づき始める。

 高村の騎馬隊が早いのはそうだが、あまりに索敵が正確過ぎるのだ。

 

「相良どの。……仕切り直さぬか? 赤堀を出よう」

 

「何を言ってんだ、信盛のおっさん。せっかくの重要拠点なんだぜ? 勿体無いって」

 

 良晴は信盛の意見に反対する。史実が頭にあるせいか、良晴には信盛が臆病風に吹かれたようにしか見えなかった。

 

「我々は高村に先んじておると誤認しているように思う。絶えず赤堀は監視されているように思うのだ。近くに騎兵を分けて伏せておき、動きを見せれば、即座に叩く。そうやって兵を着実に減らしていくことで、まとめて我々を葬る機会を待っている。……そんな気がするのだ」

 

「なら、五右衛門に見てもらう。おっさんの言うことは分かるけど、もう少し待ってほしい」

 

 ひとまず良晴は信盛の意見を飲み込んで、五右衛門を周囲の散策に回させた。

 果たして、この行動は間違っていなかった。……いなかったのだが、遅きに失した感がある。

 五右衛門を向かわせてすぐ、赤堀の街の片隅で火の手が上がったのだった。

 

 *

 

「もうそろそろだな……」

 

 河原田の辺りに軍勢を伏せていた高村がつぶやいた。

 赤堀の街を佐久間軍に取られて四日ほどが過ぎている。それからというもの高村は赤堀の近くにある小城に潜伏し、赤堀の近くに潜む一氏と連絡を取りながら佐久間軍の小隊を丁寧に潰していた。

 その甲斐あってか、佐久間軍もう二千五百を切っていた。

 

「向こうの動きを制限するためとはいえ、赤堀を渡すのは流石に物流的には厳しいんでね。そろそろこちらから仕掛けさせてもらう」

 

 高村としては佐久間軍に伊勢国内をちょこまか動かれるのが嫌だった。

 だから、わざと赤堀という生簀を用意し、腰を据えさせたのである。赤堀に入った時点で佐久間軍の生殺与奪は高村に握られていた。

 

「なっ、いつの間に敵勢が? 数千はいる! 火の手を上げた敵も中におる。もう赤堀は安全ではないではないか!?」

 

 一氏の工作により、赤堀の佐久間軍はやや混乱している。

 その隙を高村は突いた。混乱が収まらない佐久間軍は押し出されたように赤堀から飛び出し、上陸地に戻ろうとする。

 

「わざわざ、こちらまで出向いてくれてご苦労。その無防備な背中を遠慮なく刺させてもらうぜ」

 

 畿内を震撼させた四千の騎兵が容赦なく、佐久間軍を襲う。その有り様はあまりに一方的で、もはや戦ではなく狩りでしかなかった。

 

「……すまねえ、信盛のおっさん。俺がおっさんの言うことを聞いていれば」

 

「悔やむことはないぞ、相良どの。おそらくは赤堀に入った時点でこうなる定めであったはずだ。わしも赤堀には飛びついた。若い相良どのならば、なおさらよ。若気の至りというやつよな、ほっほっほ」

 

 気落ちする良晴を信盛は笑って励ます。

 

「おっさん。俺が殿をやるからおっさんは逃げてくれ。俺は未来からきた身寄りのない風来坊だが、織田家の宿老のおっさんは違う。もしもの時の影響が段違い過ぎる」

 

「いや、それには及ばぬよ」

 

 責任を感じた良晴は殿を申し出るが、これには信盛はきっぱり拒絶した。

 

「今の相良どのでは、間違いなく命を落とす。弾をいくら避けられるといっても限度はあろう? 死ぬと分かっている者を殿にする趣味はわしにはない」

 .

「けど、おっさん!」

 

「……今の相良どのは気がはやり過ぎている。短気は短命。若い者があたら命を擲つでないわ」

 

 厳然とした事実を信盛は告げるが、良晴はなおも渋り顔。

 それを見て、困った信盛は「仕方ないのう」と気の抜けた笑みを浮かべた。

 

「まあ。港の半兵衛どのとゆるりと見ておれ。この退き佐久間の戦ぶりを。家中で誰よりも人を死なせぬ指揮ぶりをな」

 

 言うと、信盛は近習に命じて引き剥がすように良晴を撤退部隊に放り込む。そしてフーッと息を吐いた。

 

「さて、啖呵を切ったのはよいが、この騎兵は今まで戦ってきた中で一番強い。……生き残れるかな? わし」

 

 信盛の前に広がるのは、整然とした騎兵が突撃で尾張兵をこともなげに薙ぎ払う姿。六角高村は武勇自体も畿内最強格。

 敵領に孤立した絶望的な状況から、退き佐久間の戦いが始まったのであった。

 

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