転生先の学友の顔が強すぎる件   作:流水麺と豪州侍

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第43話 退き佐久間

 

 突然、軍の勢いが落ちた。いや、違う。

 すかされたのだ。その分、俺たちはつんのめって足が止まる。それを勢いが落ちたと錯覚したのだろう。

 

(こっちの問題ではないとしたら、向こうか)

 

 赤堀に入っていた佐久間軍をつつき出し、混乱の収拾をつけさせずに野戦でひと息に葬る。これが今回の構想だ。

 まあ、間違ってはいないのだろう。だが、少し過程は変わりそうだ。

 佐久間信盛が本格的に指揮に入ってから、織田軍の意思が統一され始めた。

 いや、それだけならまだいい。織田軍の動きが変わった。

 頑強に抵抗するわけでもない、やけになって突っ込んでくるのではない。

 冷静にこちらの攻勢をずらしてくる。直撃を避け、かすり傷で済むように絶えず佐久間信盛は兵の配置を入れ換えていた。

 

(これが、退き佐久間か……!)

 

 決して佐久間信盛はこちらの力を集中させてはくれないだろう。さりとて頑強に立ち止まって守ることもしないから、囲むこともできない。ただ逃げると割り切って無駄なくするするとこちらの追手をまいている。

 

「将一人で、ここまで軍の質が変わるとはな……。だが、おかげでやるべきことは分かった。ここは任せたぞ、伊右衛門」

 

 俺はひとまず指揮を配下の山内一豊に任せて、千騎で佐久間信盛に襲いかかることに決めた。

 

 *

 

 突いては退き、退いては突く。

 騎馬隊こそ精強だが、六角高村の呼吸さえ掴めてしまえば、その力を逸らすことは不可能ではなかった。

 

(それにしても、手のかかる相手よな……)

 

 騎馬隊で撹乱しつつの一撃離脱戦法。

 一度の突撃が致死級かつ動きを止めづらい成熟した戦法であることは信盛とて認めざるをえなかった。

 驚嘆すべきはこれだけの戦法を仕上げたのが、自分と同じ老将ではなく家督を継いだばかりの若武者が成しているということだ。

 ともかく、この戦法を対策するためにわざわざ信盛は前線に出て高村を観察していた。

 だが、それが今回は仇となった。

 

「佐久間信盛ッ! その首はもらうぞッ!」

 

 突いてなお、退かずに高村が猛追してくる。完全にリズムから外した突撃は十分な奇襲になった。

 普段通り、軍勢の後方にいて指揮を取っていたならば、この遮二無二仕掛けてきた突撃をいなす猶予はあったのかもしれない。

 が、今回は無理だった。

 

「ぬおっ!」

 

 馬上でぐらつく信盛。しかし、その身体には何も当たってはいない。ただ、そう錯覚させるほどに高村の突撃は強力だったのだ。

 ただ一当てされただけで、信盛の軍の隊列は抉り取られていた。

 

(これは、まずいのう)

 

 信盛は努めて態勢を立て直そうとしたが、高村が獲物を狩る鷹のように執拗に追ってくるため時間が作れない。何度も突撃を受けて隊が乱されていく。

 そして、いよいよ本陣を高村に突かれてしまう。

 

「ずいぶんと焦らしてくれたものだな……、佐久間信盛ィ……!」

 

 対峙した高村の姿を見て、信盛は思わず声を詰まらせる。

 赤備えという訳ではないのにその身体には血がこびりついて紅く、覇気が溢れるあまりその笑みはひどく獰猛だった。

 どれほどの戦陣に塗れれば、これほどに修羅に至るのか……。

 佐久間信盛の背筋は凍りついていた。そして、同時に思う。

 すぐさま逃げねば、この鬼に取り殺される、と。

 

「ほっほう、逃げるが勝ちよ。焦らすも何もその方の相手をするつもりは毛頭ないからのう」

 

 すぐさま信盛は馬首を翻し脱兎のように駆けた。

 本陣にまで至られた以上、最早統一的な軍事行動は不可能。ならば、選択に迷いはなかった。

 

「もう軍としては無理じゃ! あとは己が一存で逃げよ!」

 

 将失格だと内心で自嘲しながらも、なおも信盛は命を繋ぐ方向へと動く。彼に従うように兵たちも好き勝手に逃げる。

 

「ちっ潔いな。やや面倒くさくなったか」

 

 だが、これは高村の追撃を撹乱することになる。

 このまま雑兵の中に紛れて逃げようとする信盛であったが、そうは問屋は卸さなかった。

 

「伊右衛門、弓をくれ」

 

「はっ」

 

 高村は馬上で投げ渡された三人張の弓を構える。狙いは佐久間信盛。

 

「義定ほどではないがね。俺も並の達人ぐらいは弓の腕がある。乱戦の中での撃ち分けぐらい容易いもんさ」

 

 ブレることなく、矢が放たれる。

 三人でなければ、引くことすらできない強弓から放たれたその矢の威力は凄まじい。

 

「ぐはっ……!」

 

 そんな代物を背に受けた信盛はただじゃ済まなかった。

 馬上から吹っ飛ばされて地面に叩きつけられる。即死ではないが、打ちつけられた痛みでしばらく動けそうにない。

 高村の軍勢がこちらに向かってくるのが見える。

 信盛を庇おうと佐久間軍の将兵が信盛の周りを囲んだ。

 

「殿、なんとしてでも逃げ延びてください!」

 

 佐久間軍の兵が叫ぶが、信盛の意識は朦朧としていてうっすらとしか聞こえない。

 

「そうよな、わしは退き佐久間。この状況でもまだやれることはあるはずだ……」

 

 遠ざかる意識の中、信盛は呟く。だが、折れない心に反して身体は少ししか動かない。

 この日、高村勢の猛攻により佐久間軍の二千は半壊する。逃げ延びた兵は竹中半兵衛と九鬼嘉隆に保護されたが、その中に信盛の姿はなかった。

 

 *

 

 六角高村と織田信奈が矛を交える中、東国の方でも動きがあった。

 甲斐の武田信玄と相模の北条氏康。今川滅亡後の駿河の取り扱いで揉めていた両者が和睦したのだ。

 

「一時はどうなることかと思ったが、天祐というべきか」

 

 躑躅ヶ崎館にて安堵の息をつく信玄。

 その右手には三つの書状が握られ、そのうちの二つはすでに封を切られてある。

 一つ目の書状は、北条氏康から送られた同盟の再締結に関するもの。

 二つ目の書状は、この和睦の決定打となった将軍・足利義輝の御教書。

 

「足利将軍は今が好機と見ているらしい。あたしと北条と長尾。毛利と大友。地方の大名に恩を売りつけ、上洛させる腹積りだろうが、律儀に応じるのは長尾だけだろうな」

 

 信玄は足利将軍にもはや昔日の勢いはない、と透徹していた。ただ、残光をありがたがる連中に対する道具として使えればいいという認識だ。

 

「ただ、気にかかるのはこの書状だな……」

 

 足利義輝の御教書の添え状として来た3通目。この1通だけは未だ封を切られていない。

 差し出し人の名は『六角式部少輔高村』と記されている。言わずもがな、現在織田と熾烈な戦いを繰り広げる畿内の驍将だった。

 

「今をときめく畿内の驍将が山中のあたしに何の用があるんだろうな……」

 

 呟きながら、書状の封を切る。

 初めはお手並み拝見とばかりに書状を流し見していた信玄だったが、次第に目を引きつけられていく。

 そして、読み終えた時には思わず立ち上がっていた。

 

「勘助を呼べ! 図りたいことがあるッ!」

 

 小姓に命じ、軍師の山本勘助を呼びつける。

 この時の信玄はあまりにも覇気が満ち過ぎていて、命を受けた武藤喜兵衛は(これから、ただならぬことが始まるのであろうな。それも武田の運命を賭けた大博打が)と身震いした。

 

 *

 

「ほっほっほ……。いや生き残るためとはいえ、これは老骨にはこたえるわい……」

 

 佐久間軍と高村が合戦した平野は死屍累々だった。

 高村の精鋭騎馬による強襲。それはあまりに一方的で合戦と呼べるものではなかったかもしれない。

 むくり、とその屍の山から一人の老将が這い出してくる。

 肩の矢傷が痛むが、それを気にしていては始まらなかった。

 

「とはいえ、わしにはやらねばならぬことがある」

 

 その高村の軍勢の強さを痛感した信盛は戦いの最中、常に何か足を網にかけられているような感覚を感じていた。

 いや、正確に言うなれば、織田家そのものが高村の仕掛けた網に絡め取られているような気がしてならない。

 

「なればこそ、その網を破らねばならぬ。破らねば、織田は滅ぶじゃろうて」

 

 網を破るにしても、伊賀と甲賀の防諜は完璧で織田側から探るのはほぼほぼ不可能だろう。

 だから、信盛はわざと自分を殺すことにした。

 自分を高村の思考の埒外から外すことで、外側から高村の仕掛けた網を見極め破る。

 そのために一人、信盛は伊勢に残る決断をしたのだった。

 それが、自身も主家も生き残らせる最良の選択だと信じて。

 この信盛の決断は誰も知らない。

 高村は軍勢が壊乱したからと捨て置き、相良良晴と佐久間軍は死んだものと判断して咽び泣いているだろう。事前に誰かに伝えることもしなかった。

 自分一人だけで何ができるのか。

 知られざるひとりぼっちの戦いがここに幕を開けたのだった。

 

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