転生先の学友の顔が強すぎる件   作:流水麺と豪州侍

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第44話 雲の上まで

 

 河内・芥川山城。

 三好の本拠地であるこの城には一万の兵が集っていた。

 

「敵は京にあり! 今、この手で足利義輝を討つッ!」

 

 先頭に立つのは、三好義継。

 十にならぬかならないかぐらいの幼女で、本来ならばわざわざ自身が出馬する必要はない。

 しかし、今回ばかりは義継自身が出馬すると言い張り、今の状況に至る。

 

「姫様。戦は何が起こるか分かりませぬ。行軍中はともかく、矛を交えている間は後方にいてくださいませ」

 

「それはわかってるよ、久秀。けど、それでもこの戦いでわたしが居合わせないことに納得できなかった。わたしはこの戦いで畿内に新しい秩序を作る。姉上や久秀が夢見た新しい畿内を!」

 

 義継や久秀のほかに三好三人衆と本拠地の阿波讃岐を預かる篠原長房もまた参陣している。

 ついこの前まで三好家中は義継が信任する松永久秀、それを排斥しようとする三好三人衆、畿内重視の宗家が気に食わない篠原長房ら阿波の家臣団の三つの派閥に分かれて諍いを繰り返していた。

 しかし、その情勢は久秀が『足利義輝が六角高村を通じて武田信玄を上洛させ、三好を滅ぼそうとしている』という情報を持って帰ってきたことによって変わる。

 これには流石の三好家中も動揺した。争っているとはいえ、同じ三好家臣の中であり、所詮は箱の中でいがみあっているだけに過ぎない。義輝と高村はその箱を丸ごと叩き潰そうとしていたのである。

 こうなってしまっては家中で争っている暇はない。利害が一致した三好家は元凶の足利義輝を討つことに決めたのだった。

 

 *

 

 三好軍一万が御所に向かって進軍している。

 そう、報せを受けた義輝は動揺していた。

 

「何故だ! 何故武田の上洛が漏れている!? これでは幕府再興は……っ!」

 

「おそらくは奉行衆の誰かが漏らしたのでありましょう。分裂していても三好はなおも強大。その力に屈する者がいてもおかしくはありませぬ」

 

「それでどうするんですか、公方様。奉公衆の数はかき集めても二千。三好軍一万には到底足りないです。迎え撃ちますか、それとも逃げますか」

 

 努めて冷静に答える藤孝に、そろばんをぱちぱち弾いては顔を青くする明智光秀。他の奉公衆もまた不安げに義輝を見つめていた。

 

「六角高村は助けには来られまい。近衛に頼ることももう出来ぬであろうな……。逃げるのが賢明だろう」

 

「ならば、そのように……」

 

「だが、あいすまぬ。余は愚かでな、立ち向かうことを選ぼう」

 

 義輝は決断した。だが、それは死にに行くようなものだ。奉公衆の何人かは翻意を迫ったが、義輝は首を横に振った。

 

「武田信玄と六角高村が来たとて、彼らが三好に取って代わるだけに過ぎない。余が直接権力を握れるとは思えぬ。ならば、今ここで果てるのも父のようにくたびれ切って洛外で果てるのもそう変わらぬ気がするのだ」

 

 どうせ死ぬならば、せめて武家の棟梁らしく勇ましく死にたい。……それが余の願いだ。

 

 そう義輝は締めくくると、もはや誰も何も言えなかった。

 

「余に付き従いたい者はこの場に残るといい。強制はせぬ。命を惜しむものは十兵衛と共に近江に向かえ。山岡景隆どのならば、その方らを匿ってくれるであろう。藤孝、お前は義昭を頼む。いささかわがままだが、あれでも余の妹だ。父や余のように将軍の争いに巻き込みたくはない」

 

 最後に下知を出して、義輝は具足に着替えるべくひとり歌を口ずさみながら別室に向かう。

 

 五月雨は 露か涙か 不如帰

 わが名を上げよ 雲の上まで

 

 *

 

 この日が来るとは思わなかった。

 この報せを聞いた誰もが身分を問わず、そう思わされた。

 第十三代室町幕府将軍・足利義輝、凶刃に斃れる。

 その最期は三好軍一万に御所を囲まれ、手勢三百で奮戦。足利家の重宝たる名刀を畳に突き刺し、惜しげもなく振るったが衆寡敵せず三百人を屠ったところで力尽きたという古今類を見ない壮烈なものであったという。

 この訃報は全国を駆け回った。

 

「なんと、これではますます畿内の情勢が読めなくなったではないか……!」

 

 江北では浅井長政が頭を抱えていた。

 最近になってようやく父の久政を説得し、織田側に参陣すると決めた途端にこれである。

 

「長政よ、説得してもらったはいいがすまぬな。朝倉がどう出るか、それを判断しなくてはならぬ。もし朝倉が三好の不義を詰り、上洛するとなれば我らもそれに参加しなくてはならないからな」

 

「しかし、父上。朝倉は腰が重い。動かぬのでは?」

 

「それはわかっておる。だが、朝倉を悩ませてきた加賀にゃんこう衆は今は上杉謙信と戦っておるからな、自由に動ける状況ではあるのだ」

 

 久政の言うことにも一理はある。変に先走って朝倉の勘気を蒙っては浅井は生きていけない。六角を攻めるには絶好の機会ではあるのだが、今しばし動くことはできなかった。

 

 

「将軍が討たれたか、どうする勘助?」

 

「わざわざそれがしに下問されなくとも、お館様の御心は決まっていましょうに」

 

「バレたか。……ああ、将軍が討たれたからといって計画を変えるつもりはないぞ」

 

 そう言って、信玄は獰猛な笑みを浮かべる。浅井が様子見に回ったが、武田の方針は変わらなかった。

 

「むしろ、此度の暗殺は武田にとっては僥倖だ。将軍亡き後の混乱を鎮め、そのまま朝廷に将軍宣下を乞えばいい。討幕の汚名を避けられる上に何より手間がない」

 

 道中の六角はすでに信玄に協力すると表明している。となると、上洛の障害になるのは松平、織田、浅井の三家になる。

 このうち、警戒に値するのは百万石を有し国力だけなら武田に肉薄する織田のみ。松平は小国でありながらにゃんこう一揆で国が二つに割れており、浅井は濃尾を抜ければ戦わずとも降伏してくるだろう。

 

「あたしと武田四天王は東海道を行軍する。途中で諸城を落としていって遠州を切り取るつもりだ。勘助、お前は東山道から入り遠山氏の攻略を頼む」

 

「ははっ、承知致してございまする」

 

 平伏しながら、勘助は思う。

 

(よもや、これだけの好機が訪れるとは思わなんだ。川中島で恥ずかしながらも命を拾い、無様に生き永らえてきたそれがしであったが、どうやらまだ宿星は尽きてはいないらしい)

 

 自然と口角が吊り上がる。彼の隻眼にはすでに瀬田に翻る武田菱の旗が写っていた。

 

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