転生先の学友の顔が強すぎる件   作:流水麺と豪州侍

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第6章A A little peace
第49話 新秩序


 

「もう一度、こんな形でこの城に来ることになるとはな……」

 

 数十の護衛を率いて、高村は金華山を見上げた。

 織田の侵攻から数ヶ月に渡って続いた桑名の戦いは、高村の降伏により織田軍に軍配に上がった。今、彼はその身を処される側に回っている。

 

「よく来たわね、歓迎するわ」

 

 高村らを信奈自身が迎える。

 その笑みは極めて勝ち誇ったものであり、高村は内心で軽くカチンと来ていたがお首に出さず続けた。

 

「こちとら、敗軍の将だ。礼など軽くていい。早く交渉に入ろうぜ」

 

「そうね、まだ全体では桑名表が終わっただけに過ぎない。松平を救援しないと、終わりとは言えないわ」

 

 挨拶もそこそこに、両者の会談が始まる。

 とはいえ、話すことはあまりない。

 一応、争点は北伊勢の帰属問題なのだが、高村はこれをほとんど織田家に渡すことに承諾した。また、志摩に織田家臣の九鬼嘉隆が入部することに関しても承諾している。

 話し合うことが簡単に片付いた上に、変に高村の気を損ねて本格的な抗戦をされたら困る。その辺りの事情もあって、織田は六角に配慮せざるを得ない。

 かくして、高村は自分の代で切り取った領土は放棄せざるを得なかったものの、家督相続以来の領地に関しては安堵を勝ち取ったのである。

 敗戦処理としては悪くない成果であった。

 ただ、会談は終わらなかった。

 むしろ、高村の敗戦処理はこの日の行程の前座でしかない。

 この日の本番は高村ではなく、彼が連れてきた一人の姫武将の話にある。

 足利義輝の横死後、六角家に保護されていたその姫武将の名は明智光秀と言った。

 

 *

 

「これで、畿内に麒麟が来ればいいんだがな……」

 

 会談が終わった後、俺は岐阜城に設けられた月見櫓に座り、夜空を見上げていた。

 一日を振り返る。

 幸いなことに六角の領地はかなりの部分を確保することができた。俺も当主を続投していいらしい。まあ、ある程度の成果が見込めるからこそあのタイミングで降伏した訳だが、どうやら間違っていなかったようだ。

 

「どうやら命拾いしたようだな、高村」

 

 のんびりしていると、長政に話しかけられる。

 こいつもまた戦後処理で岐阜に来ていた。

 

「最後の最後にお前に参陣されたのが、運の尽きだったな。お前がいるだけで近江の兵は動けなくなる。伊勢で戦った五千も手強かった」

 

 結局のところ、最後に俺を詰ませたのは長政の外交勘だろう。

 俺を倒すのに決定的な役割を果たし、戦後に松平と共に織田の藩屏として政権に参画する。その道をこいつは選んだのだ。

 ちなみに俺は武田の下でこれをやりたかったんだが、松平の奮戦で計画は破綻して今に至る。

 まあ、あの大戦の話は会談の辺りで散々した。それとは別に聞きたかったことがあるから、一旦話を切り上げる。

 

「それで、長政。お前はどう思う? うちの居候が持ってきた話は」

 

「あの話か。私としてはなんとも言えないな、適切な足利将軍がいない以上悪くはないと思うが……」

 

 長政もやや口を濁す。まあ、正直なところ正当性的には俺もしっくりきていない。

 御所が絶えれば、吉良が継ぎ、吉良が絶えれば今川が継ぐ。

 そうまことしやかに伝えられてきた口伝だが、実際のところは御所が絶えたわけではない。

 なにせ、三好によって立てられた第14代将軍・足利義栄がいるのだから。

 ただ、三好を打倒するにあたって武田や織田がその正当性を認めていないだけだ。

 不義を働いた三好を除き、今川新将軍を担ぎ上げることで新しい畿内の秩序を作る。その構図を今回、明智光秀は描いたのである。

 

「将軍を討つのに将軍を以ってする。この構図こそが畿内の戦乱を長引かせてきた……。だから、俺としてはこの構図は嫌いだ」

 

 古くは足利義稙派と足利義澄派。二つの将軍の血統の相克が畿内の戦乱の核となっている。六角もこの手の戦いにどれだけ巻き込まれたかわからない。

 ただ、長い間巻き込まれてきたからこそ、この構図の利点も一応は知っていた。

 

「とはいえ、俺たちは名目上だが将軍の与力になる。俺たちみたいな利害が対立する大名でも、将軍の旗の下で一応一つにまとめることができるわけだ。連合政権の叩き台としては悪くないんじゃないか?」

 

 今のところ、それぐらいしか評価は下せない。

 鍵はこの中からどうやって織田を権威づけすればいいのか、と言ったところだが、すぐに考えるべきことではないな。

 所領の安堵がなされた以上、考えることは一つだけ。

 

「とかく、畿内を安定させること。今の俺の目標はそれだな。俺に麒麟は呼べねえが、織田信奈ならそれが出来るやもしれん」

 

 だから、俺は武田から織田信奈に賭け変えた。

 あの大戦で見せた彼女の執念に、俺は敗北したのだ。

 

 *

 

 六角の敗北。

 この報は武田にも伝わった。

 

「そうか、未だ瀬田に武田の旗は立たぬのか……!」

 

 報を真田忍軍から聞いた信玄は思わず天を仰ぐ。

 岡崎城は未だ落ちない。野戦では散々松平を蹴散らしてきたが、守城戦では粘り腰を見せた。

 尾張や美濃の織田の諸城に備えてこちらの被害を温存したというのも原因にはある。しかし、それを引いてもなお松平の三河武士は不退転の覚悟で武田に食らいついてきていた。

 

(今は亡き将軍を使い、六角高村と手を組んで上洛する態勢を整えた。松平は何度も撃破し、遠州は切り取っている。この岡崎とて攻め方はそう間違っているとは思えぬのだ。……感嘆すべきは織田・松平、両者の執念か)

 

 織田は六角に幾度も敗北を喫しながら、なおも攻めの体勢を崩さなかった。

 松平は三度に渡り、大敗を喫しながらも立ち上がり、戦意を落とさずに武田に立ち向かってきた。

 その結果、六角は桑名を失陥し、武田はついぞ松平を滅ぼすには至らなかった。

 この異様なまでの執念は信玄が今まで相手した武将たちにはなかった。正義に固執する謙信もいるにはいるが、どこかカラッとしたところがあるため、違う。

 

「織田に松平。ひょっとしたら長尾ではなく、この両者こそがあたしの最大の宿敵になるかもしれない」

 

 床几を片付けさせ、信玄は岡崎を後にする。

 改めて認めた大敵たちともう一度体勢を整えて万全な状況で戦うために。

 かくして、武田軍は撤兵する。

 元康はその後、織田から四千の兵を借りて三河の奪回に奔走。吉田城を奪還して、ひとまず三河を再統一した。

 しかし、遠州は未だ武田の手の中にある。

 当座の目標を浜松城の奪還に絞り、元康はしばらく苦闘を余儀なくされることとなった。

 

 *

 

 織田信奈の上洛はあっという間に終わった。

 足利義輝を討った後の三好は再度分裂していたというのもあるが、松永久秀が真っ先に降伏したのが大きい。

 抵抗しようとしていた三好三人衆はすぐに足利義栄を伴って摂津に退いたため、遮る者がいないまま、織田信奈は上洛を果たした。

 

(俺にとっては二回目の上洛だが、どうやら今回は違うらしいな)

 

 俺もまた上洛軍の一員として、洛中を練り歩く。

 初めて上洛した時は、民の誰もが門扉を固く締めてこちらの様子を伺っていたことを覚えている。

 あの時は少し拗ねていたが、今なら分かる。かつて六角軍が天文法華の乱で応仁の乱以上の面積で京を焼いたこと、そしてありし日の承禎様の女癖の悪さが鳴り響いていたことを考えれば、歓迎されるはずもなかった。

 しかし、今回はどうだ。

 信奈公は上洛早々に乱取り禁止のお触れを出し、民は手を振って俺たちを迎えている。

 畿内で長く戦い続けてきた六角の諸将。特に譜代の家臣ほどその光景は信じ難いものらしく平井殿辺りは目を丸くしていた。

 

「よもや、民にここまで歓迎されるとは思いませなんだ」

 

「俺もびっくりしてるよ。ただ、理由は分かる。今まで既得権益を否定してきて、畿内へのしがらみもない。そんな彼女ならば、畿内に新しい秩序を作ってくれるのではないか。そんな期待が街に満ちているんだと思う」

 

 そして、俺もそんな期待をした一人である。

 とかくこの日、ようやく京は応仁の乱以前の活気を取り戻した。

 これが泡沫のものでないことを切に願わずにはいられない。

 


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