転生先の学友の顔が強すぎる件   作:流水麺と豪州侍

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第56話 偶発

 

「織田・六角包囲網ですか……。この機を逃せば、北畠が北伊勢に手が届く機会はないのでしょうね」

 

亀山城を囲みながら、少女がひとりごちる。

年の頃は織田信奈より二つ三つ上だろうか。腰まで伸ばされた雪のような長髪に、均整の取れたプロポーションは家臣たちの目を惹きつけてやまない。

彼女こそが北畠具教。鹿島新当流の高弟にして南勢の国司を務める剣客姫であった。

 

「六角義治隊が打ち破られました。高村方の被害はほとんどなく、高村隊二千に加え斎藤道三の援軍二千が合流するとのこと」

 

「そうですか。まあもとより当てにはしておりません。この戦は私たちと六角高村のもの。端武者がしゃしゃり出てもいいことはありませんから」

 

こともなげに伝令に告げると、具教は床几から立ち上がり鞘から刀を抜く。

すると、ひやりとした空気が陣内に立ち込めた。いや、正確には居並ぶ諸将がそのように錯覚したのだが。

 

「ともあれ、向こう方に朗報が届いた今こそ好機です。ええ、大人しくしているのは性に合いませんから」

 

そう言うやいなや、ふらりと具教は本陣を飛び出して単騎で高村方に斬りかからんと駆けていく。家臣たちは流石にその無謀を許す訳にはいかないので、得物を片手についてくる。訳も分からない足軽たちはとりあえず上役を見て倣い、これに続く。

すると、不思議なことに指示をせずとも指向性を持たせて軍隊が動くのだ。

唐突な進撃。

高村がこれを見ていたならば「意味がわからん。これで統制が取れるのか?」とぼやくのだろうが、あいにく北畠の将はこの具教の凶行に慣れている。追いながらしっかり陣形を組み上げていた。

 

「なっ、狼煙も合図もなく急に……!」

 

動揺したのは、六角側だった。陣形を組む時間すらも与えられず、散兵のまま次々と北畠軍の手にかけられていく。高村が帰ってくるのが近いと知らされ、わずかながらも安堵で気の緩みが出ていたのも辛かった。

 

「北畠家自体はそこまで強くはない。北伊勢の残党どもはややしつこい程度。しかし、北畠具教の旗本たちは違う。常日頃、北畠具教の剣術修行に付き合っているゆえ連携はともかく個々人の武勇では畿内で右に出る者はそうはおらぬのだ……!」

 

歯噛みするのは、亀山城主の関盛信。

どうにか前線の混乱を食い止めようと出張ったが、焼け石に水だった。

 

「さすがは姫。この機に亀山城を攻めますか?」

 

「いい……。まずは、敵軍の士気を下げること。桑名まで攻め切るにはさすがに兵力を温存しなくてはならないことぐらいはわたしにもわかります。……それに」

 

言うと、具教は西方の山々を見つめる。

格別に視力が良いものが見れば、すでに隅立て四つ目の幟が見えていた。

 

「すでに来ているのはわかっています。こちらの軍勢が更に前進したらば背後を断ち、囲み討つ。そういった腹積りでしょう。あなたのやりそうなことです」

 

すぐに北畠軍が引き返す。来る時は唐突だったが、帰る時は整然としている実になんとも言えない按配だった。

しかし、その身勝手な行軍に待ったをかけるものがいる。

 

「さすがは具教公。引き際も鮮やかだ。だがな、囲めなかったとはいえ突出している今の状況はこちらにはおあつらえ向きだ! 皆の者、かかれ!」

 

馬上で刀を抜きつつ高村が号令をかけ、電撃的な速度で高村騎兵が具教の剣客軍団の後ろ背に襲いかかる。

だが、北畠側もそれは分かっており、すぐさま防戦体制に入った。

 

「決して馬から落ちるなよ? 落ちたら最後、死んだと思え。俺の知る限り、足軽の練度では奴らの方が上だからな。騎乗しているからとて安心するな。手近な味方と力を合わせて着実に仕留めろ!」

 

敵味方入り乱れた乱戦の中で高村は指示を飛ばす。とはいえ、どこまで家臣たちが聞き取れているかは怪しい。伝馬を飛ばしたとて範囲は限られる。

後は祈るしかない。

 

(あの日から軍を鍛え上げて、戦術も学んだ。……ああ、そうだ。悔しいが、あの日があるからこそ今の俺がある。こいつらも強いが、お前たちも強い。信じてるぞ、お前ら)

 

心の中で念じたのち、意識を完全に敵兵に集中させる。

高村の武威が天下に響き渡っているためか、敵兵のマークは分厚い。高村の騎馬の周りには近習の山内一豊の他に、常に七、八人の北畠兵がつけられていた。

 

「行くぞ、伊右衛門。遅れはするな、死ぬから」

 

「ちょっ、待って下さいお館様〜ッ!」

 

高村が騎乗馬に加速の意を伝え、一気にマークを引き離す。一豊もまた涙目になりながら愛馬の鏡栗毛を必死に追って食らいつく。並の乗り手なら東国一の名馬と称された鏡栗毛をもってしても置いて行かれていただろう。この騎馬に対する造詣の深さは一豊の立身と命の助くとなった。

 

「いい加減、鬱陶しいなお前ら! 伊右衛門、矢を寄越せ! ありったけだ!」

 

苛立ち紛れに高村は振り返って弓を乱射。三人張の強弓から放たれる矢は強烈で追ってきた敵はもれなく倒れ伏す。

自由になった高村は再度敵を討ちつつ進撃し、ついに出会った。

 

「久しぶりですね。あの日の若武者がかような荒武者になっていたとは……。『男子三日会わざれば、刮目して見よ』とはこのことですか」

 

玲瓏とした声が戦場に響く。その声を聞いただけでいささか身体が冷えた心地がした。

透明感のある美貌はかつてよりもいっそう磨かれて美しく、そしてその異質感もまた際立っている。

そんな彼女の後ろに聳え立つのは、六角軍の兵の亡骸。数としては四十は超えているか。その右手に握られている刀はすでに赤に染められていた。

 

「あの日の俺とはもう違う。ただ、お前をここで逃す訳にはいかん。雪辱を果たし、なおかつ包囲網を崩さなくてはならんからな」

 

「そうですか。なら、やってみてください……と言いたいところですが、今はダメです。一応、兵士たちを無事に帰さなくてはならないので」

 

「そうはさせるかよ!」

 

退こうとする具教に高村が矢を放つが軽く身をそらすだけでかわされる。

高村は乱射するが、具教の近習に当たりはしても本人には掠る程度で終わった。

 

「無駄ですよ、至近距離で私を射抜こうなどと。普通に手の動きとかで読めるので。まだ太刀の方が可能性はあります。……もしかして、新十郎くんは未だに私を恐れているのですか?」

 

わざと通称の方で高村を呼ぶ具教。刀の鯉口もチャキチャキと鳴らしていて、完全に挑発していた。

 

「やりましょう、お館様。こんなコケにされて悔しくないんですか?」

 

一豊は怒って高村に進めるが、当の高村は首を横に振った。

 

「いい。感情に身を任せて弓の有利を捨てるつもりはない。むざむざ北畠具教の得意な舞台に持ち込まれて討たれるぐらいなら、まだ逃げられた方がマシだ。それに一度敗れた相手を恐れることに何か問題でもあるか?」

 

「それは……」

 

思ったよりも理路整然とした理由で断られて、一豊は口籠る。

対して具教は得心したように笑っていた。

 

「そうですか。貴方はそういうつもりなのですね。思っていたのとはまた違うけれど、それはそれで楽しそうなので別にいいです」

 

ならば、まず私は逃げなくてはなりませんね。

そう言い残すと具教は乱戦の中を縫うようにするすると抜けていく。

追おうにも俊敏性が違いすぎて届かず、弓で狙うにしても遮蔽物がありすぎる。

神秘的かつ強大にして奔放。人の手には余る雪の妖精を高村はただ睨みつけることしか出来なかった。

 

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