転生先の学友の顔が強すぎる件   作:流水麺と豪州侍

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第57話 雲出川の戦い

 

 亀山城外の戦いは北畠が退いたことで、一応はこちら側の勝利になった。とはいえ向こうは目的を果たせず、兵の数はこちらの方が減らしたから限りなく痛み分けに近いからなんともいえないが。

 その後は、六角も北畠も自ら動こうとはせず戦線は膠着することになる。

 

「お館様。今は大丈夫でしょうか?」

 

 亀山城で物資の帳簿整理をしていると伊右衛門から話しかけられる。字に触れるのもそろそろ飽きて来たので「別にいいぞ」と返事をし、腰を下ろした。

 

「で、何が聞きたい?」

 

「何故あの時、お館様は刀を抜かなかったのですか? あれだけ誘って来ていたのです。お館様が抜けば具教は応じたはず。むざむざむざ逃げられることもなく、具教の旗本も減らせた。あわよくば、彼女を討ち取ることさえも叶ったでしょうに……」

 

「また、その話か……」

 

 思わずぽりぽりと頭をかいてしまう。

 まあ、彼女にとってはあの時の俺はひどく臆病に見えていたのだろう。そして、その見立てはまぁ間違ってはいない。が、真意は言わなきゃ多分分からないだろう。自分から言うのは言い訳してるみたいであまり格好はつかないのだが致し方ない。

 

「確かに戦術的にもあの一騎討ちには価値があった。だが、戦略や経済をも含めると全てが正しいわけじゃあない。……そうだな、これを見てくれ」

 

 手近な所にあった書棚から一冊の帳簿を手に取り、伊右衛門に渡す。すると彼女の表情は曇った。

 

「……これは……!」

 

「ああ、主だった将兵や旗本の名簿だ。だが、先の大戦から黒塗りの数が増えた。この意味がわかるか?」

 

「人材がいなくなっているのですよね?」

 

「ああそうだ。そしてそれは国力の低下に直結する。何せ軍事にしろ内政にしろ、そいつが将来挙げたかも知れない利益や手柄がなくなったんだ。まあ、それだけならどこの家も同じだが、うちだとより深刻になる。あくまで織田政権の構成員でしかないからな」

 

 言うと、伊右衛門は「あっ」と声を詰まらせる。うむ、物分かりがよくて助かる。

 

「織田政権の中で六角は確かな地位を今のところは得ている。石高も六十万石はあるから日ノ本全部の大名と比べると十分大国の範囲には入るだろう。しかし、武田や上杉は相手を倒せば、いくらでも拡大できるのに対し六角は倒したとしても織田側が力を持たれるのを嫌って加増は抑えられるはずだ」

 

 俺らに拡大の余地はない。上限は多分百万石。だが、それは最終的な話であって例えば北畠を倒してもその所領を丸々貰えるとは限らない。前は倒して奪えばよかった。しかし、これからはそれだけじゃ回らない低成長期に移行したといえる。

 

「遠回り過ぎたがあれだ。あの戰狂いの妖精さんにそこまでの資源を投入する訳にはいかないのさ。世知辛い動機だが、これからは孫子の『戦わずして勝つ』を目指していかなきゃならない」

 

 そのためにまずは北畠具教を否定する。

 刀と刀で打ち合う一騎討ちではなく、戦略と知略を巡らして手を血に濡らさずに絡み取ることで彼女を否定する。何がなんでも彼女の有利な舞台で戦ってやるわけにはいかないのだ。

 

「しかし、それでは戦は長引きます。この度は時間が勝負。それはお館様もわかっていることでは」

 

「なに、心配することはない。刀を振らずとも敵を倒す手段はいくらでもある。……噂をすればだな、一氏」

 

 ちらっと右に視線を向けると一氏が侍っていた。左手には書状が握られている。どうやら多少の進展はあったらしい。

 

「これもまた戰の形だな。ほら、戦わずして好転しただろ」

 

 一氏から書状を受け取って伊右衛門に見せびらかす。すると、彼女は呆気に取られたような表情を浮かべていた。

 

 *

 

 北畠具教の一族、木造具政の寝返り。

 これは北畠家にとっては致命傷になった。神戸具盛と手を組み二将は南伊勢への道を遮断するように布陣。

 これには流石の具教も亀山からの北上は諦めて二将の征討に向かわなくてはならなかった。

 ただ、それを見逃すほど俺は甘くない。

 逃げる北畠軍の後背を突き、千人ばかりを無力化して、着実に北畠軍を削った。

 

「この流れを止めるつもりはない。このまま向こうの本拠地の霧山御所まで攻めるぞ」

 

 俺たちは北畠軍をさらに追討しながら南下し、ついに雲出川にたどり着く。

 川縁に立つ木造城には神戸具盛が布陣して渡河しようとする北畠軍に横から圧をかけ、木造具政は手勢を率いて北畠軍を食い止めていた。

 

(計らずもこの地にたどり着く……か。だが、都合がいい。種はとっくのとうに割れているんだからな。まずはここで勝負だ具教公)

 

 境目の地ということもあるが、雲出川は因縁の地。

 ここから反攻を始めることになるのは奇縁だろうか。

 まずは先んじて兵を伏せられそうな箇所に細作を放ち、伏兵を炙り出す。

 木造具政がどこまで持ち堪えられるかは不安だが、これで北畠軍は南に雲出川、西に神戸具盛、東に木造具政、北に俺たち六角本軍と四方を固められたことになる。

 

「皆の者、攻め立てよ。雲出川を奴らの三途の川とする!」

 

 采配を振るい、進撃を開始する。俺はまだ出るつもりはない。

 数の力で徹底的にねじ伏せる。個の傑出を極めて端的に象徴している北畠具教に対してそれを成すことで、俺は武将としての『六角高村』を示そうとしていた。

 

 *

 

「はぁ、随分と狡猾になりましたね。まずは四方を塞いだ包囲網ですか。趣向としては悪くはありませんが、私以外には少々辛いものがあります」

 

 戦さ場を跳ね回り、六角兵を屠りながら具教はひとりごちる。

 木造具政……一門の中でも重鎮だった男の寝返りは仕方ないととうに割り切っている。もとより家中でそりが合わないというのもあるが、損得や家の存続を考えれば、賢いとすら思えたからだ。

 

(ええ、わかっておりますとも。この戦国の世においてただ生まれ持った力を振るいたい。それだけの理由で命を懸けることができる者はそう多くはない。大半の人たちは守りたいもののために戦っている……)

 

 やまと朝廷が南北に分かたれた御代の頃。

 北畠家には燦然と輝く英雄がいた。

 北畠顕家。

 奥州から二度にわたって畿内に進撃し、一度は足利尊氏を九州に追い落とした不世出の名将であった。

 

(時は戦国。私自身にもいくばくかの才覚がある。ならば、顕家公のように戦さ場を駆けて強敵と鎬を削りたい。私はそう思っていた。けれども、現実は違いましたね)

 

 だが、そんな具教の願いとは裏腹に伊勢は戦国の世でも比較的穏やかだった。

 北伊勢の豪族が小競り合いをしていたものの、それは別に応仁の乱以前もしばしばあったことで特筆に値せず、畿内の動乱も先代の晴具が細川高国に手を貸したことを除けば、鈴鹿山脈に遮られて巻き込まれることもない。

 そんな情勢から、聡い具教は幼いながらに「自らの生涯は雄敵に出会うこともなく、伊勢の中の小競り合いに終始して終わるのだろう」と悲観視していた。

 しかし、天の配剤か。

 雲出川で具教はついにその雄敵の雛を見つけ、そして雛は見事に育ち今や畿内全てを覆わんとする鳳になっている。

 

(六角高村。あなたと出会えて良かった。国益はともかく、あなたさえいれば、私の夢は叶うのだから……!)

 

 歓喜に打ち震えながら、具教は刀を振るう。軍は東の木造隊に向かわせた。

 東方から包囲網を抜き、離脱を狙う。ただ単に逃げるだけに済ませるつもりなど具教にはない。

 

「くっ、やはり具教様は強い……!」

 

 歯がみする具政。息子の友足の進言に従って六角に乗り換えたまではよかった。だが、その旨みはここを生きて乗り切らなくては得られないため少ししょっぱい。

 狙われた木造隊は果敢に交戦するも、流石に兵が足らずおおよそ2時間ぐらいで突破を許すことになる。

 

「包囲網は抜けました! 追いつかれる前に川を越えるのです!」

 

 先頭で具教が下知を出し、旗本達が沸き立つ。

 しかし、その盛り上がりは長くは続かなかった。

 

「……ッ!?」

 

 遠くから一本の矢が飛来して具教の銀髪を擦り、散らす。

 唐突な狙撃。それも具教が感知できない距離から、軍勢の中の一人を正確に狙える精度。

 

「手薄な木造隊を抜こうとするのはわかっていたよ。だから待ってたんだ」

 

 木造隊を抜けた先に弓隊が控えていることを、突破に夢中になっていた具教には気づけなかった。

 栗色の髪の少女が鏑矢を放つと同時に矢の雨が具教とその旗本に降り注ぐ。嵌められたと気づいた時にはもう遅かった。

 

「新十郎をご所望なんだろうけど、わたしがいることを忘れてない? ごめんね、わたしは貴女を新十郎に会わせるつもりはないんだ」

 

 可愛らしく義定は笑うが、他の諸将は恐ろしくて笑えない。

 包囲網はただの目眩しでしかなく、本当の目的は北畠の最精鋭を安全な距離から飛び道具でなぶり殺すこと。

 用意周到に具教を刈り取らんとする高村の軍略に彼らは戦慄していたのだった。

 

 *

 

 結局のところ、この雲出川の戦いで北畠家は二千を超える被害を叩き出す。戦役全体では三千を超え、完全に北畠の大敗と言い切ってもいい。

 しかし、六角側にも少なくはない犠牲は出しており、それが影響したのか高村は雲出川を越えた後、軍勢を二つに分けて大河内城と白米城を包囲。持久戦の構えを取ったのだった。

 

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