やや空きましたが生きてます。
感想返しが更新直前になりがちなのはまとまった時間が取りづらいからですね。書いてくれたのにだいぶ待たせてしまうのは申し訳ないです。
戦況は日に日に悪くなっていく。
大河内城と白米城を包囲した高村は、まず白米城を調略で開城。領土の北の要で平野部の抑えになっていたこの城の失陥は大きく、その後の支城攻略によって北畠家の勢力を平野部から駆逐し山間部に追いやっていた。
かつての本拠地の霧山御所はまだ健在だが、平野部と山間部をつなぐ大河内城こそが北畠の大名としての生命線。落とさせるわけにはいかない城だった。
「無人斎殿、援軍は来ないのか? 家中の者ども皆が不安に思うておる。包囲網に加わったものの、これでは体のいい当て馬ではないか」
大河内城内にて、筆頭家老の鳥屋尾石見守が包囲網の発起人たる無人斎をなじる。
今回の包囲網は北畠の領土拡大に絶好の機会ではあった。が、蓋を開けてみれば、北畠は今や風前の灯にまで追い込まれている。憤懣やる方なくなるのも致し方ない部分があった。
「済まぬのう。流石に今は浅井も朝倉も援軍を出す余裕はない。三好は畿内上陸に手こずっておるから間に合わぬ。武田はまだ松平すら抜けておらぬのでな」
詰められた無人斎は形こそ謝るが、本意ではないことは明らかだった。家臣ではないのもあるが、生来の気質からその傲岸不遜さは抜けない。
「とはいえ、包囲網の決壊は儂とて困るゆえ手は打とう。それでよいか、石見守」
「性格はともあれ、その方の手腕は信じておる。具教様への説明はわしでしておこう」
軽く取り決めて、両者は別れて歩き出す。
(包囲網を食い破らんとするか、六角高村。勝千代よ、もたもたしておらんで早くせい。さもなくば、二度までも瀬田に武田菱を翻す機をあやつにくじかれることになるぞ)
心の中で毒づく無人斎。
その獰猛な視線は伊勢湾を超えた遥か東に向けられていた。
*
大河内城を包囲すること二か月。
そろそろ北畠側の動きに精彩が欠けてきたように思える。
具教公を徹底的に避け、あるいはいなしてきた伊勢統一戦もそろそろ終わるだろう。
(だが、致し方ないとはいえあまりに時をかけ過ぎたな……)
二か月という時間は案外長い。
その間に中央では信奈公が銃撃されて昏睡するという大事件が起き、戦況が悪化した。
今現在は織田信奈を欠いた織田軍と浅井・朝倉が叡山で対峙し、三好は淡路島に到着。三好はこのまま畿内に上陸して摂津を奪回し、果ては再上洛を目指すつもりだろう。赤井直正殿が備えに当たるらしいが、流石に単独では厳しい物がある。
(こちらはかけられて、一か月かな。信奈公が快復すれば別だが、これ以上は中央が危うい。転進して俺が三好を防ぎにいかねばならないかもしれないからな……)
結局のところ、伊勢を切り取れば勝ちというわけではない。本当の勝ちは、武田と三好の両者の攻勢限界を超えてなお、織田と六角がそれぞれの所領を死守すること、これに尽きる。
もはや互いが滅びればもう片方も滅びる。それが周りに敵を作りまくってしまった織田政権の末路だ。
うーむ、選んだ道とはいえいささか悩ましいところがあるな……。
そんな具合に頭を抱えていると一豊が幔幕に入ってくる。
「お館様。北畠側から使者が参りました」
「何が言いたいか知らんが、ひとまず通せ。警戒は怠るなよ」
口にしてから待つこと数分。
幔幕の中に老人と少女が入ってくる。
老人の方は年は六十近くはくだらない。けれども、枯れた雰囲気などなくまるで射殺さんばかりにこちらを睨みつけており、明らかに只者ではなかった。
一方で少女の方は見覚えがある、斎藤龍興だ。どうやら先の大戦以後は史実通り反信奈側として北畠側に渡ったのだろう。
「お久しぶりですね、高村殿」
「ああ、龍興殿か。先の大戦以来だな、義龍殿は壮健か?」
「ええ。父上は朝倉に与し、親子で南北から今川幕府を挟み撃っている最中ですけど」
くつくつと龍興が笑う。まだ幼いながらもその笑みはどこかお市に似ていて、俺は少し戸惑ってしまう。
(確か、龍興の母は久政の姉妹だったか。従姉妹なら似るのも道理か。やはり血は争えないらしい)
感慨にそのまま耽っていたいところだが、そういう訳にもいかない。
目を離していけないのは、ただならぬ気配を放つ爺の方。なんというかあまりに血生臭すぎるのだ。
「そろそろ本題に入っていいか龍興殿。その方の名と何用でいらしたのか教えていただきたい」
意を決して爺の方に話題を振ると、爺は答えようとする龍興を制して告げる。
「儂の名は無人斎という。此度は高村殿に北畠との停戦を申し入れに来た」
北畠との停戦。まあ、それができれば東側の包囲網は即座に瓦解するだろう。
ただ、今の戦況はかなりこちらに優位な状況にある。それに織田が包囲されている今だからこそ、六角が大々的に伊勢の経略を握れているという事情がある。二つ返事で頷くほどの魅力はなかった。
「悪いな、無人斎殿。その方の提案にはいまいち乗り気になれない。もう少しこちらの利を教えてはくれないか」
腹は一応蹴るつもりではいるが、せっかくの機会だ。もう少しの情報を抜き出したい。そう思って問いかけてみる。すると、無人斎は皮肉げに口角を吊り上げた。
「これは高村殿がお人が悪い。実に自分を弁えておられる。確かに北畠と停戦するだけでは利は薄い。しかし、これを奇貨に武田と再度結べるとなると話は違うのではないか?」
「武田と、か……」
ここで武田とくるか。となると、無人斎は北畠側の人物という訳ではないらしい。多分、もう少し外側の人物。それこそ包囲網を敷いた張本人に近いところにいるのだろう。
考え込むふりをして、ちらりと無人斎を盗み見る。すると、彼の刀の柄に四つ割菱があるのに気がついた。
(……ああ、なるほど。この包囲網の目的が見えた。そして、無人斎が何者であるかもな)
今回の接触は北畠との停戦を装って、俺を寝返らせることが目的なのだろう。
浅井は寝返り、三河の松平は吹けば飛ぶような有様。丹波の赤井は織田というよりかは六角側。松永久秀は今回は裏切らなさそうだが、織田家中からの信用は薄い。事実上、六角だけが織田の同盟者とも言える。正直なところ俺が寝返れば、もう織田は滅ぶしかないだろう。
(目先の安泰だけを求めるなら、武田か。ただ、この前に足抜けをしたから必然的に締め付けは強くなる。この寝返りは武田優勢を確定させるだけではなく、向こうの畿内の地盤固めにもなる訳だ)
ここまで読み切れたなら、もう無人斎殿……いや、この老虎は用済みだ。
「申し訳ない。やはり、その方の提案は悪手だ。聞き入れる訳にはいかない。すまないな、陸奥守殿」
わざと官位で呼んでみると奴は目を瞬かせた後、こちらを睨んでくる。実にわかりやすい。どうやら俺の読みは合っていたらしい。
「やはり、乗らぬか。六角高村。いつか後悔するといい。『あの時、話に乗れば良かった』とな。瀬田に武田菱を立てられてから泣きついてももう遅い」
捨て台詞を吐きながら、老虎が去っていく。龍興殿もまたそれに続いた。それを見送った後、俺は一氏を呼び出す。
「一氏。包囲網の黒幕が割れた。京の公家と在京している名門大名の一門衆。それと堺近辺に注意して探ってくれ。多分その辺りから織田政権は内通者を出してるはずだ」
「それは暗殺でよろしいので?」
「そこは義定と謀りながら進めてくれ、泳がせていた方がいいならそれはそれでいいから」
ある程度、一氏に自由な裁量を与えて送り出す。
裏でいいようにやられてばかりってのもそろそろ飽きた。いい加減、畿内の暗闘を終わらせなくてはならない。そうでなくては、天下を統一させることは夢のまた夢でしかないのだから。
*
「どうやら、陸奥守は不首尾に終わったようです」
「そうか。まあ、わかっていたことではある。六角高村はそう容易く動く男ではない。なにせ織田が握っているように見えて、内実は彼に命運を握られているのだから。自覚しているだけたちが悪い男だよ、まったく」
「ははっ」
平伏する堺の会合衆・津田宗及の耳朶を打つのは玲瓏とした声。
平伏しながら彼はその姿をちらりと仰ぎ見る。すると、宗及は目を離せなくなった。
長い黒髪に眩いばかりの金色の瞳。顔立ちが整っていることは言うまでもなく、ただただその高貴さに圧倒されていた。
(これが、代々受け継がれた血の成せる技ですか……。なんという美しさか)
津田宗及もまた豪商という顔以外に当代屈指の数寄者という顔を持っている。その彼が屈服するほどの存在となれば、いよいよ尋常ではなかった。
「やはり、真に屈服させるべきは六角高村か。引き続き、奴には高村の動向を注視させるように。わかったな、宗及」
そう呟きつつ、彼女は宗及を下がらせる。
凶猛な老虎も、堺屈指の豪商もまた彼女にとっては手駒でしかない。
「認めない……。私は取り戻すんだ、天下を。だから、織田信奈に六角高村。君たちには沈んでもらうよ」
小さな拳を握りしめながら、少女は改めて決意する。
彼女もまた織田包囲網の黒幕の一人であった。