転生先の学友の顔が強すぎる件   作:流水麺と豪州侍

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第61話 牢中

 

 底冷えするような寒さで、私は目を覚ました。

 冬の竹生島は寒い。越前に雪を降らせる雲の残滓が湖面を渡って吹き込んでくるからだ。

 それにしても、かつて父上を押し込めた地下牢に此度は私が入れられることになろうとは。あの日、家督を奪った時の私に聞かせたらどういう反応をしただろうか。

 

「皮肉なものだな。父上のために設えた調度が、此度は私の身の助けになっているわけか」

 

 存外に地下牢の居心地はよくて苦笑いしてしまう。押し込めという形ではあるが、牢番に言えば書物や菓子を差し入れてくれるし、牢は清潔に保たれている。私が父上にそうしたように、此度は父上も私を丁重に遇することにしたらしい。

 ただ、やはりというか外界の情報は断片的にしか入って来ないのが、私を焦らせる。

 織田信奈が狙撃されて昏倒。相良良晴と明智光秀が行方不明。

 浅井と朝倉が叡山に籠り、打つ手がない織田はやぶれかぶれで敵もろとも全山を焼き討ちにしようとしているらしい。また、六角が北畠を降して伊勢を統一したとも聞いた。

 

(信奈殿も、新十郎も死にものぐるいで戦っている。その一方で、私はこんな孤島の地下で何をしているのか。ただ、父が織田六角を討つまで穴熊を決めているだけではないのか)

 

 やるせない気持ちに襲われる。

 此度の金ヶ崎で、私が今まで採ってきた協調路線を浅井はもう取ることはできない。どこかで決定的な幕切れが訪れない限り戦いは続く。父上が選んだ道はそういう道だ。

 

(抗いながら膝を屈さずに大名として生きていく。それを畿内でやるのは茨の道だ。勝ち続けてもなお、日ノ本の中心が故に内側からあるいは外側から敵が押し寄せてくる。それこそ天下人にでもならない限りは終わらないのだろう)

 

 きっと高村は最初から分かっていたのだ。

 天下人にならなければ、畿内で誇り高く大名として生きることなどできないのだと。

 そして、私も途中で気づかされた。私では天下人になれない、と。美濃で高村と織田信奈、相良良晴に突きつけられた。

 

(新十郎への対抗心もある。けれども、私には力が足りないことを自覚していた。だから、あの時の佐久間信盛の誘いに乗った。そうすれば浅井を戦から遠ざけられると、家族や家臣団を守っていけると信じていたのだ……)

 

 しかし、それもどうやら私の独りよがりでしかなかったらしい。父上と対話したが、結局は届かなかった。家臣団もあらかた父上の側だ。

 こうなってしまってはどうしようもない。胸の内に諦観が渦巻き始めていることを感じた。

 

「どうしてこうなってしまったのだろうな……」

 

 ぼんやりと顔を上げて、牢から微かに見える入り口の方を見やる。

 外界のことが何一つ分からない。

 守りたかった人たちが今どうなっているか分からない。

 何も知らないでいるのは、嫌だ。

 

 *

 

 翻る隅立て四つ目が近江の地を塗り替えていく。

 そんなゲーム的な光景を思わず幻視してしまうほど、戦況は圧倒的だった。

 

「なぁ、こんな弱かったっけ浅井軍?」

 

「はて、それがしの記憶にはございませぬなぁ」

 

「だよなぁ、田吾作」

 

 輿の担ぎ手とたわいもない話をしながら戦況を見やる。

 動けない俺を形ばかりの総大将にした六角軍八千は国境を越えるやいなや紙を水につけたような速さで浅井領を侵食していった。

 

「留守居役で面倒な藤堂高虎を嘉明で抑えてるからか? 平井殿と伊右衛門が奮戦しているからか? いや、それにしてもこれはな……」

 

 六角軍はもはやほぼ坂田郡を手中に収めていた。今の長浜にあたる今浜の部分は浅井側も取られたくないからか必死に抵抗しているが、ほかの失陥は免れないだろう。

 軽く頭を抱えてしまう。

 俺個人としてはここまで大規模な侵攻にするつもりはなかった。ただ、浅井を叡山から降ろし、なおかつ秘密裏に進めている工作が成るまでの時間稼ぎでしかない。

 目的のうち、前者は既に達成された。

 浅井久政はさすがに叡山から降りることを決断。朝倉も独力で叡山に籠るまでのやる気はなく、越前に帰っていった。叡山との和睦も成り、これより織田軍は尼崎で奮闘している荻野直正の救援に向かう手筈になっていた。

 

(上方が収まったのはいいが、織田と浅井朝倉と叡山の和睦であって六角と戦うのは規制されていないんだよなぁ)

 

 多分松永久秀か丹羽長秀、明智光秀の差し金だろう。聞いた限りでは和睦の条文が浅井と六角を噛み合わせるようになっている。まぁ空き巣を働かれた浅井側が取られたのをそのままにして六角と休戦なんて条件を飲むとは思えないから仕方がないんだろうけど。

 

(ともあれ、このままだと浅井久政の一万近くが援軍でやってくる。それが到着する前に上手いこと理由をつけて帰りてえ。そうでなければ、不用意なまま全面戦争になる)

 

 ちらっと西の方を見やる。

 一氏は果たしてどうしているのだろうか。

 

 *

 

 ぎぎっと、木材が軋む音で目が覚めた。

 

「ちょうどよく起きてしまいましたか。これは面倒な事態ですね……」

 

 眠気眼に写るのは炯々と輝く赤い瞳に橙色の髪。

 顔立ちは整っているが、この窟の中で見るべき者ではない。

 中村一氏。

 高村の腹心の忍びがここにいた。

 彼女の右手には鍵の束。後ろには呻く番兵。それだけで私は状況を理解する。

 

「浅井長政。我が主がお呼びです。貴方の内心がどうあれ連行させていただきます」

 

 一切感情を含まない声で刀を突きつけられる。対して私は丸腰だ。

 

「あいつのお呼びなら、仕方ない」

 

 両手を上げ、降参する。

 理由はともあれようやく外に出られるのだ。

 この機に乗る他なかった。

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