転生先の学友の顔が強すぎる件   作:流水麺と豪州侍

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第62話 216分の1

 

「おのれ、六角高村……。本隊がいない間によくもやってくれたものだな。者共、進めぇ!」

 

 怒気に任せて浅井久政が采配を振るう。

 叡山籠城を終えた浅井軍九千が今浜城を囲む六角軍に攻めかかる。

 それを高村が真剣な面持ちで眺めていた。

 

(今浜城を囲む六角軍の数は七千余り。道中の被害はあまりなかったが、予定外の長期戦でいささか疲弊しているのがなんともいえん)

 

 小谷城を南側から守る要衝に今浜と横山城がある。

 今浜は湖北の最重要港、横山城は関ヶ原から抜けてくる北国脇往還を抑える位置にある。

 大将不在でもさすがにそのあたりの防備は甘くはなく、ついぞ高村は今浜を抜けずに久政を到着させてしまっていた。

 

「とはいえ、やってやれない戦力差ではない。嘉明、前回と同様に藤堂高虎の抑えを頼む。平井殿は主攻。伊右衛門は助攻を頼む」

 

 率いてきた三将に下知を与えて送り出したのち、どかっと高村は床几に座り込む。

 

「……ちっ。痛えな」

 

 その衝撃で斬られた傷が痛む。なら大人しく座ればいいと思われるだろうが、高村自身すでに下知を与えている間で立ちくらみがひどくて仕方がなかったのだ。

 

 

 

 このようななんとも噛み合わない状況のまま合戦が始まる。

 手始めにまず加藤嘉明の騎馬隊が藤堂高虎隊に絡みつくようにして動きを封じる。

 高村の騎馬隊の副長を務める彼の動きにそつはない。黙々と私語を挟まず為すべきを成す。その働きぶりからか、いつしか嘉明は沈勇の士と呼ばれるようになっていた。

 

「……また、あなたですか……! ねちねちといつもしつこい男ですね……!」

 

「……致し方無かろう。それが俺の仕事だ。黙って討たれろ」

 

「ああもう、この無愛想ぶりが気に食わないんですよ! そのくせねちねちと攻め立てて……。あの時もそうでしたよね! 貴方のおかげであの後ひどい目にあわされかけたんですから」

 

「過ぎたことを。それにあれは其の方が引き際を弁えなかったからであろう。己が過失の責を他人に求めるものではない」

 

 朴訥と仕方なく喋りに応じる嘉明に、怒りを隠さない高虎。

 野良田の戦いで嘉明が冷徹に十人で高虎を袋叩きにして捕らえてからというもの、高虎は嘉明を激しく嫌っていた。

 

(腹が立つ奴だが、実力はある……。心してかからねば……)

 

 浅井久政は暗愚、三家老は良将止まり。自分が効果的に動かねば、兵力が多少有利であっても高村と嘉明相手には勝てない。

 それを理解している高虎は必死に嘉明隊を振り払おうとするが、嘉明は離れない。

 大鎧の着用や槍や薙刀の携行を禁止するほどに極限までに軽さと速さを追求した高村騎馬隊の使い方を知悉している嘉明の前では高虎がいかにもがこうとも無駄だった。

 

「本隊の左方より山内一豊が強襲! 本隊が挟撃を受けました!」

 

「そうか、間に合わなかったか……」

 

 伝令の報告に高虎はその美麗な眉を曇らせた。

 浅井久政は戦に弱い。それも悲しいほどに戦に弱い。なればこそ、挟撃を受けてから持ち直す力はなく、このままずるずる劣勢に落ちていくのは明らかだった。

 補佐についている浅井三家老はそれぞれ優秀だが、個々の隊は守れても盤面を統一的に動かすほどの指揮力はない。本来、全軍を有機的に動かすべきなのは浅井長政の参謀であった高虎なのだ。

 

「戦は数ではないとはいえ、こうも大将の采配で差が出るものなのか……!」

 

 崩れゆく浅井軍をみて嘆く高虎。

 高村が自分を封じてくる以外に特段策を使った形跡はない。

 ただ総大将の地力が問われた形となった戦だった。

 夜になって退却の陣太鼓が鳴り浅井軍は前線から引き上げる。

 その晩、軍奉行を務めていた赤尾清綱が被害を数えた結果、浅井軍は1500人を失っていたことが明らかになった。

 

 *

 

 本陣に待ち人が来たのは、野戦が終わって少しした頃だった。

 

「お館様。浅井長政を連れてきました」

 

 一氏に引き連れられて来たのは、長政。

 竹生島に囚われていたところを一氏に頼んで連れてきてもらっていた。

 

「やつれたな、長政」

 

「それはお前もだろう高村。どうした、その包帯は」

 

「南の妖精に手痛くやられただけだ。まだ痛いが、死ぬほどじゃあない」

 

 手始めに互いをいじる。

 実際問題として俺は連日の過労から、長政は獄中の生活からか疲れを隠せないでいた。

 今は敵ではないこともあってそのまま話し込みたくなるが、そこはぐっと我慢する。

 ただ駄弁るだけに長政を解放してきたわけではない。あくまでこれは政略の一環。畿内を固めるのに必要な手だからだ。

 

「さて、長政。お前をただで解放したわけじゃない。それは分かるな?」

 

「だろうとは思った」

 

「ならば、話が早い。長政、お前には織田方の使者として久政の陣に赴いて降伏勧告をして欲しい」

 

「……小谷城はまだ落ちてはいない。降伏させるにはまだ早いのではないか?」

 

 聞かされた長政は訝しむが、実のところ此度の野戦で久政をこってり負かした時点で目処は立っている。

 

「確かに少しばかり早いがな……。とはいえ、此度の戦いで今浜は抑えた。そして美濃側の入り口の横山城には斎藤道三殿に攻めてもらう手筈になっている。朝倉は雪でしばらく動けず、武田はまだ動きそうにない。三好も早晩撃退されるだろう。道三殿が横山城を抜き次第、織田の本隊を小谷城に呼べば、浅井は終わりだ」

 

 正直、浅井はもう詰んでいる。

 だからせめて長政を織田側で使って、裏切りの責任を久政に負わせて終わりにしたい。まぁ大減封はされるだろうが、それで浅井家も長政も生き残れるはずだ。

 

「包囲網の打破もあるが、一応俺自身は浅井を存続させる方で動いている。気が進まないだろうが、お前の決断で家の命脈が決まるんだ。だから、頼む」

 

 静かに目を閉じ、半ば祈るように頭を下げる。

 隣にいた一氏が目を丸くするが、かまわない。

 これは政略でもある。だが、それ以上に俺からの懇願だった。

 

(俺に、お前を殺させないでくれ)

 

 浅井を家として残す。

 六角の生き残りに必要な量を越えてまで、織田家中への影響力を強めて来たのは、この無理難題を信奈公に押し通すためだ。

 幸い、今の長政は久政の被害者で通じる。まだ、取り返しがつく段階ではあるのだ。

 

「……そうか、浅井はお前の目から見てどうにもならないのか……」

 

 長く長政は息を吐く。

 長政とて俺の話は受け入れ難いはずだ。なにせ俺は『お前が浅井に引導を渡せ』と言っているのだから。

 

「高村、お前の話は分かった。確かに浅井が生き残るにはそうした方が賢いのだろうな……」

 

「なら、やってくれるか」

 

「いや、確かに浅井は生き残るのだろう。……ただ、父上はどうなる?」

 

 この長政の問いに俺は答えを持ち合わせていなかった。

 いや、用意しても無駄だったというべきか。

 浅井久政の罪が贖えないものであること、なにより浅井長政は、猿夜叉丸は家族のために戦ってきたということを知っている。

 実のところ、俺は悲観した長政が自分の意志を曲げることを願うことしかできなかったのだ。

 

「……沈黙か。ならば、好きなように取るぞ。……死ぬしかないんだろう? 父上だけは、浅井の罪そのものを背負って消えていくしかないのだろう?」

 

「……ああ、そうだ」

 

 俺が告げると同時に長政の表情がより一層険しくなる。

 賽を振り直したところで、出目が変わるとは限らない。同じ出目を出すことだって充分ありうる。

 どうやら俺はその6分の1を引いてしまったらしい。

 だが、だからといって諦めはしない。

 もう一度振り直す。いや、無理矢理にでも出目を変えてやる。

 

「ならば、話はこれまでだ。私は浅井に帰る。私が戦に勝ち、武田を待つ。そうすれば、父上が生き残る目があるというもの」

 

「そうか、ならやってみるがいい。……ただ、俺がお前を逃がすと思うか?」

 

 視線が激しく交錯するや否や、長政は振り返って駆け出した。

 それが合図だった。

 即応した一氏が長政に迫るが、長政は彼女をうまいこと柔術で投げ飛ばした。俺もまた弓を射り、止めようとするが長政はうまいこと旗本の中に紛れていた。

 

「本陣に曲者あり! 皆の者、追い立てよ! 田吾作! 輿では届かねえから馬を出せ!」

 

 下知を飛ばして旗本達を動かし、痛みを押して俺自ら騎乗して長政を追いかける。

 一人相手に卑怯だなんて思っちゃいられない。むしろそれでも構わない。

 たとえ、この一件で長政に永久に憎まれたとしても構わない。

 あの新月の夜の後悔をもう一度するよりも、何も出来ずに失うよりもずっといい。

 もしも、こんな機会がまた来たら俺は今度こそ手放さないと決めていた。

 ただ、長政側も死にものぐるいで駆けていく。

 そうした結果、ついに自陣を越えて敵陣の近く……姉川の辺りまで追いかけっこは続いていた。

 もう、視界に敵陣が見える。けれども、長政は相当上手く逃げたからかかなりのリードを稼がれていた。

 陣に飛び込まれる前になんとしてでも長政を捕らえなくてはならない。無我夢中で俺は叫んだ。

 

「田吾作、弓!」

 

 近習から弓を投げ渡され、長政の騎馬に照準を合わせる。

 陣までの距離はそこまでない。あと一矢撃てればいいぐらいか。

 

「止まれ、長政ァ──ッ!!」

 

 裂帛の気合いを込めて射放つ。

 矢は馬に当たり、思いっきり前につんのめる。

 馬上から放り出される長政を見た。

 よし、間に合う。届く。

 拍手をかけて馬を追わせ、長政の元へ駆けて手を伸ばす。

 よくよく見れば、男とは到底思えない白魚のような指。それを目指して手を伸ばす。

 しかし、伸ばした手は届くことはなかった。

 腕の中ほど辺りに激痛が走る。

 憎々しげに前を見れば、藤堂高虎が采配を振るっているのが見えた。

 

「敵襲! 撃て!」

 

 号令と共に矢の雨が降りそそぐ。

 ああ、どうやら俺は三度までも6分の1を引いてしまったらしい。

 最早、腕の痛みなどどうでもよかった。最早、開いた古傷などどうでもよかった。

 ただただ現実を突きつけられた。

 どうであれ長政と殺し合う運命は避けられないのだと。

 それがひたすら痛かった。

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