転生先の学友の顔が強すぎる件   作:流水麺と豪州侍

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気づいたら一周年を過ぎてました。
読んでくれている皆様には感謝です。これからも頑張って書いていきますので、今後ともよろしくお願いします。


第63話 果てを見る

 

「うう、痛えよ……」

「嫌だ、騎馬隊が追ってくる。助けてくれぇ……」

「久政様じゃダメだ。やっぱり高村には勝てねえ……」

 

 藤堂高虎に引き連れられた長政が見たのは、完全に意気消沈し切った浅井軍の姿だった。

 

(なんと、無惨な……)

 

 これには長政も落胆を禁じえない。この士気の落ち方ではもう守れるものも守れないだろう。

 彼らが見せつけられたのは、六角軍の圧倒的な武威と稚拙な久政の戦ぶりとの乖離である。

 一部の頭の回る将はすでに六角への寝返りや降伏を視野に入れていた。三家老もまた深手を追っている。

 そして、長政が対面した父・久政もまた右肩に深手を追って遠藤直経の介護を受けていた。

 

「よく、帰ってきたな、長政。島流しの件に関しては申し訳なかった。いや、お主に謝らなければならないことは山ほどあるか……」

 

 久しぶりに会った久政の生気は欠けていた。

 一世一代の賭けに出て全てを擲ち、ようやく掴みかけた信奈の首は手元から離れ、さらに高村に児戯のように蹴散らされた。

 それは久政のこれまでの全てを否定するには充分な結果である。

 久政自身、此度の戦が終われば家督を返上し、自分が全ての咎を負って自刃するつもりだった。

 

「もう少しわしに戦の腕があれば違ったのだろうが済まぬ。家督はお前に戻そう。そして然るのちにわしを織田信奈のもとに突き出せ。そうすれば浅井家は救われる」

 

 奇しくも久政が高村と同じ提案をする。長政はそれに笑って応えた。

 

「先ほど高村に同じようなことを言われました。しかし、断りました。私がここにいるのは、最後まで戦い抜くため。父上を死なせないようにするためですから」

 

「……そうか」

 

 固く決意する長政を前に、久政はもう言葉が出なかった。

 よりにもよってこの娘は自分の命などのために、安全な道から降りたのだ。

 それも、友情もあるいは恋慕すら捨てて。

 嬉しさは少しだけある。ただ、それ以上に罪悪感に駆られていた。

 

(まったく、良き娘に育ったものよ。なればこそ生きて欲しかった……!)

 

 声にならない慟哭。

 久政はただ項垂れて嗚咽するしかなかった。

 

 *

 

 長政帰還。

 この一事が浅井家にもたらした影響は大きい。

 まず、浅井の士気が上がって今浜の戦線を押し上げ始めた。

 六角軍は粘ったが高村が出血多量で再度昏倒したため戦意に欠けており、一定の被害を超えた時点ですぐに退却する。

 その後、長政は横山城方面に転進して行軍中の斎藤道三を気取られる前に強襲。そのまま敗走させた。

 

「なんということじゃ、よもや浅井長政がこれほどまでに強いとは……」

 

 関ヶ原まで逃げてきた道三がつぶやく。

 実のところ、織田家中には浅井長政を侮る空気が流れていた。高村が何度か打ち負かしていたこともあるだろう。それでも引かずに高村と戦い続けてきた武将である。冷静に考えて弱い相手ではない。

 

「やはり江北の貴公子と二つ名されるだけのことはあるか。しかし、不味いことになった」

 

 老いてなお明晰な頭脳で道三は試算する。

 今浜の街を六角が、横山城を織田が抑えれば浅井はもう死に体。

 朝倉は降雪の問題があるために長期の出陣は叶わない。三好は四国に追い返した以上、織田家は一丸となって武田信玄に当たれるはずだった。

 しかし、この死に物狂いの驍将が帰って来たとなれば話は別だ。余勢を駆ってなんとしてでも戦線を南に押し下げようとするだろう。

 畢竟、織田家は二正面作戦を避けることができなくなった。

 

「……こほ、こほ。……まったくワシの余命ももう長くはないというのに、御仏も御無体をなさる」

 

 最近やたらと咳が出る。

 果たしてあと自分はどれだけ信奈ちゃんのために動けるのか。……せめてこの大戦の終わりまでは。

 道三は祈らずにはいられなかった。

 

 *

 

 目が覚めると知らない天井が見えた。というか鳴き竜があるから知らない寺だなこれ。

 身体が痛んで、思わず顔を顰めてしまう。

 記憶は長政が高虎の陣に収容されたところまでだ。その後、矢を受けて失血で倒れたのだろう。

 

「……届かなかったか……」

 

 ぼんやりと腕を伸ばしてみる。腕を矢が貫通したのが一番の深手か。

 筋肉が削られたからか、神経をやられたかは知らんが力の入りが僅かに鈍い気がする。

 

「起きなされましたか。ではまずお茶をどうぞ」

 

 俺が目覚めたのに気づいたのか、女の子がお茶を点ててくれている。

 顔を見たことがないから、この寺の子だろう。ただまあ点ててくれている間やることがないから、この子と世間話をして時間を潰す。

 聞くべきことは、戦の状況と浅井領内の人口動態。つまりはどれだけ浅井に国力が残っているかだ。

 こう言うと硬く聞こえるが「畑の様子はどう?」と聞けば、だいたいは察せられる。織田のように兵農分離を進めていない限りは農業に従事できる人数がそれすなわち残りの残存兵力と推定できるからだ。

 彼女は俺の問いに「最近は少し捗っていない」と答えた。つまりは、そこそこ向こうに打撃が行っているらしい。

 

(なら、ちょっとばかり頑張って押し込んだのも無駄ではないように思う)

 

 話しているうちに女の子が点ててくれたお茶が出来る。湯気はあまり出てないぬるめのお茶だ。

 長く寝ていたこともあって喉が渇いていた俺はこれを一気に飲み干した。

 

「美味いな……これ」

 

「ありがとうございます。けれど、ぬるいので風味がいまいちです。もう一度点てますね」

 

 そう言って今度はやや熱めでお茶を点ててくる。これもまた美味かった。

 

「ありがとう。おかげで喉が潤った。で、すまないが俺をここに運んできた人を呼んできてはくれないか? その人に聞きたいことがある」

 

 寺の子に頼んでしばし待つ。

 すると彼女が連れて来たのは平井定武殿だった。ただ、彼もまた腕に包帯を巻いている。どうやらかなりうちは手痛くやられたらしい。

 

「平井どの。戦の状況はどうだ?」

 

「あの捕物の翌日に浅井長政が六千をもって強襲して参りました。その結果掴みかけた今浜は失い、坂田郡の半分は取り返されてござる。それがしが退却の指揮を取り申したが、今やこの傷で采配を振るうこともまかりませなんだ」

 

 悔しさで平井殿が顔を歪める。とはいえ俺が倒れた間、指揮を継げるのはさすが旧六宿老の武勇担当ゆえか。

 

「それで平井殿の次は誰が指揮を取っているんだ。嘉明か? 一豊か?」

 

 問いかけてみると、平井殿から帰って来たのは意外な名だった。

 

「いえ、姫様にございまする。それがしの負傷を伝えたところ「総大将を代わるからそこで待っていて。猪武者かつ怪我人は大人しくしてなさい」とおっしゃられましてな……」

 

 渇いた笑みを浮かべる平井どの。わりと今回の突出を文面越しで糾弾されたらしい。

 

「殿にも「覚悟してろ」とおっしゃられましたな、そういえば」

 

「おう、そうか……」

 

 彼女らしくもない短い文章。

 それが彼女の激発ぶりを暗示していて背筋が凍った。

 起きてから2日後、俺は口頭でも義定にこってりしぼられて療養という名目で領地の栗東に2週間缶詰にさせられることとなった。

 

 *

 

 新十郎が帰ったのを確認して、わたしは一息つく。

 まったく手間がかかる人だと思う。

 あれだけ現実を突きつけられていても、現実を受け入れたふりをして本当はまだ猿夜叉丸を諦めることに納得がいっていない。

 隠していてもわかるよ。付き合いは長いから。

 

「ほんとに、妬けるなぁ……。あんなに大事に思われて」

 

 わたしにとっては猿夜叉丸は強大な恋敵。それは変わらない。

 けれども、新十郎はわたしの復讐の果てを何も言わずに見届けてくれた。

 だからこそ、わたしも新十郎の初恋の果てを見届けなくてはならない。

 それがたとえわたしにとって不本意な結末だったとしてもだ。

 

「だから、今は休んで新十郎。決着をつける場所はここではないでしょ?」

 

 今しばらくはわたしが代わりに立とう。幸い任される期間が長かったから当主のいろはは分かりかけてきてる。

 嘉明や一豊も一端の武将になった。伊勢は鶴千代に任せれば問題はない。

 覚悟を決める時間。それが今の新十郎には必要だと思うから。わたしたちがそれを稼いであげる。

 だから、新十郎。

 後悔だけはしないで欲しいな。

 

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