転生先の学友の顔が強すぎる件   作:流水麺と豪州侍

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第64話 仮託と移ろい

 

「案外やるではないか、三河の子狸めが」

 

 真田忍びから届けられた書状を見て信玄は目を瞬かせた。

 書状の内容は、遠州高天神城が松平の手に落ちたというものである。

 畿内で織田信奈と六角高村が政権を定着させようと悪戦苦闘していたのと同時期、遠州では武田と松平の争覇が繰り返されていた。

 一度は本拠地の岡崎にまで武田信玄の侵攻を許した松平元康だったが、伊勢大戦以後に信奈の援軍を得て三河を回復。その後は(武田の勢力を完全に遠州に定着させてはなりません。たとえ、手に余るとしても信玄公の手を煩わせ、吉姉様の畿内統治を助けねば〜)と攻勢に転じ、しきりに遠州を攻め立てていた。

 

「勘助、この元康の動きをどう思う。忌憚なく言ってくれ」

 

「あいや、武田は今や百二十万石の超大国。松平も六十万石はありまするが、それでも不足は否めませぬ。この国力の差を加味してもなお松平が攻めの姿勢を崩さないのは、自分たちが身体を張って武田の動きを邪魔しておけば、遠からず盟友の織田が畿内を統一してその莫大な国力で援軍を寄越してくれると信じているからでありましょうな」

 

「盟友……織田信奈への信頼か。あたしには到底理解し難いがな。あたしが織田信奈ならもう一度武田への肉盾として使い、疲弊させて織田による頸木を再びはめる。たとえ人質時代に友誼があったとしてもな」

 

 盟友と聞いて思わず信玄は苦笑いしてしまう。なにせ彼女の盟友は北条氏康。関東にしか夢を見ず、調略を厭わない透徹した現実主義者。友誼や縁で武田に援軍を出すなんてまったく想像がつかない姫武将なのだから。

 

「六角高村にも逃げられてしまったしな。自領の保全と繁栄のために権勢を持とうとする辺り、氏康に通ずるものがあるな」

 

「あれは口惜しき仕儀にございました。申し訳ありませぬ、あの時、岡崎を抜ければ、高村は寝返らず今頃は瀬田に武田の旗が翻っていたというのに……」

 

「いい、勘助。先の大戦はただただ織田信奈と松平元康、浅井長政に上回られただけだ。さて、今は松平元康の対処をしよう。少々脱線したな」

 

 軽く咳払いをして信玄を話に戻す。

 今の遠州は松平が優勢になりつつある。

 普通なら国力が足りないながらも攻める松平が潰れ役になるだけなのだが、いよいよ元康の戦の才が開花し始めたか、あるいは先の大戦で自信を深めたか駿府に置いている山県昌景だけでは追い払うにも苦労するだけの力を身につけている。削った領地こそ少ないが、今この時こそが武将・松平元康の成長期と言えた。

 

「思うにまずは松平を潰しておくことが肝要だろう。これ以上遠州に狸をのさばらせるわけにはいかぬ」

 

「しかし、松平は今や当たらざる勢い。赤坂の戦いとは違いまする」

 

「そこはあたしとて理解している。だが、当たらざる勢いであっても戦わなくてはならないからこそ策がいる。違うか、勘助?」

 

「尤もにございまする。どうやら、それがしの腹案も無駄にならないようですな」

 

「ほう? 流石は我が軍師。すでに考えを巡らせていたか。聞かせてみよ」

 

 勘助の言葉に信玄が声色を変える。

 促された勘助は捲し立てるようにその腹案を語り、信玄はそれに相槌を打つ。

 全てを聴き終えた信玄は満足気に頷き、高らかに告げた。

 

「良かろう、勘助。思うがままやってみせよ。今度こそ、武田菱を瀬田にはためかせようではないか」

 

 勘助はただ喜悦混じりに平伏する。

 もう一度、虎が天下へと駆け出した瞬間であった。

 

 *

 

「なあ、いつから俺の領地は野戦病院になったんだ?」

 

 冬晴れの昼下がり。ふとひとりごちた。

 南近江は栗東。父から相続した先祖伝来の地で俺は療養生活を送っていた。

 放牧地を奔放に走るとねっこに癒されながら、葉物や魚を中心とした健康的極まりない質素な食事。

 義定や信奈公あたりは地味だって文句を言いそうだが、俺にとっては十分満ち足りている。

 戦乱渦巻く畿内から切り離されたようなこの小世界で悠々自適に身体を労わりつつ自分と向き合おうとしていたのだが、残念ながらその目論みは一人の闖入者によって潰えた。

 

「なあ、相良。教えてくれよ。なんで俺はお前と屋敷の縁側で茶を飲んでいるんだ?」

 

「知らねーよ。信奈に聞いてくれ。俺はただこの地で休めって言われただけなんだ」

 

「まあ、どうせ信奈公にこの際だから俺の身辺を調べさせるつもりだろうな、……いいさ、来ちまったもんは仕方ねえ。ご丁重にもてなしてやるよ」

 

 割り切って茶を点てて相良に渡す。未来人だから格式とか関係なく、味と飲みやすさだけを追求すればいいからやりやすい。

 相良は俺から受け取った大茶碗を受け取ると一気に飲み干した。まったく、いい飲みっぷりである。

 

「それにしてもその傷を見た限り、金ヶ崎では大変だったようだな」

 

「ああ、本当にダメかと思ったよ。前鬼や半蔵、十兵衛ちゃんに金ヶ崎の殿野郎共のおかげで生きれてる」

 

 何気なしに相良を観察してみると身体中の至る所に包帯が巻かれていた。

 金ヶ崎の退き口で相良は殿を務め、途中で軍勢が壊滅して消息不明になったがなんとか生還してきている。

 これは武人としては普通に尊敬できる事績だ。かの豊臣秀吉とて金ヶ崎の退き口は人生で一番死が間近に迫っていた出来事に違いない。秀吉の跡をなぞるにしても、ここを越えるのはけして簡単なことではない。

 

「たいしたやつだよ、お前は」

 

 美濃で見た時よりも一回り大きく相良が見える。なればこそ、好を繋いでおかなくてはならない。

 なにせ、信長の次は秀吉なのだから。

 

 その後はたわいもない話が続く。

 相良の尾張での暮らしだとか、未来人の価値観とか色んな話をした。

 姫武将ばかりの織田家中にいた相良には気兼ねして話せる同性がおらず、相手が六角高村だと分かっていてもなお話をするのが楽しくて仕方ないみたいだった。

 俺も未来のことを久々に話せるのは楽しかった(ただし、俺も未来人だと悟られないようにする手間はあったが)

 ただ、一つだけ重大なエラーをしてしまったのが気にかかる。

 それは茶に飽きて酒に切り替えた時のこと。その時、相良はもうベロベロに酔っていて、だからこそ俺は好奇心を抑えられなかったのだろう。

 いや、好奇心だけではない。もしかすると俺はこの問いかけに自分自身を仮託していたのかもしれない。

 

「相良。もしお前の親しい人間が信奈公を狙う謀反人になったらどうする? それで、相良自身がその謀反人に刃を突き立てねばならないとしたら、どうする?」

 

 織田信奈の宿命を暗示してからかうと同時に、相良に問いかけたのだ。

 自分の大事な物を守るために親しき友を斬らねばならないとしたらお前にはできるのか、と。

 その時の相良は酔っているというのに、背筋をピンと立てて俺の目を見てきた。

 

「俺は諦めねえ。刃もいらねえよ。俺は信奈もその人も救ってみせる。言葉を尽くして説得する。そう、決めてるんだ」

 

「だろうな。お前ならそうする。……だが、説得に耳を傾けなかった場合はどうするんだ?」

 

 もう一歩踏み込む。すると、さすがの相良も答えづらいようで考え込む。きっと山崎の戦いのことが脳裏をよぎっているのだろう。 

 ただ、考え込む時間を与えたのはまずかった。なにせ相手は泥酔中だ。

 

「その時は……どうするかな……ぐぅ……」

 

 結局のところ、相良は一番聞きたかったところだけ話さずに寝落ちしてしまったのだ。

 

「やれやれ、これは横着せずに自分で考えろということか。つくづく手厳しい運命だこって」

 

 ひとりごちて酒を煽る。

 ……本当は決めている。ただ、何らかの形で否定してほしかった。

 そうすれば、俺はそれを言い訳に出来たのだから。

 俺は恐ろしい。

 考えるにつれて、時が経つにつれて、猿夜叉丸を……お市をこの手で討つことを肯じようとする自分がいる。

 なにもしなければ、合理に傾いていく己が心の移ろいがただただ恐ろしくて仕方がなかった。

 

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