転生先の学友の顔が強すぎる件   作:流水麺と豪州侍

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第67話 開戦

 

 …………

 今は昔。私が猿夜叉丸であり、お市でいられた頃のことだ。

 元服してすぐの私はひたすらに人質として観音寺城に留め置かれる一方で、新十郎は六角の一門として戦っていた。

 蒲生家主導の対北畠戦線に新十郎は駆り出され、そしてこの日帰ってきた。

 奴に言えば揶揄われるから嫌なのだが、どうにも寂しかった私はすぐに伊勢への街道へ迎えに行ったのだ。

 しかし、そこで私が見たのはやつれ切った新十郎だった。

 

「……ああ、猿夜叉丸か。悪い、無様を見せた」

 

 田吾作に肩を支えられながら、新十郎は気まずそうに苦笑いを浮かべる。

 その身体はぼろぼろだった。あの強い新十郎がこんなになるなんて、どれだけの死線だったのだろうか。

 

「身体はまだいい……! が、俺は、俺たちは友を失った……! 申し訳ない、猿夜叉丸……!」

 

 言われてみて、気づく。

 新十郎の隊は確か学び舎の面子で構成されていた。が、しかしもうそのほとんどが戦列の中にはいなかった。それこそ田吾作と左平次ぐらいしか見当たらない。

 

「みんな救えなかった……。いや、俺が殺したようなものだ……!」

 

 新十郎の瞳から涙が落ちる。

 激しい後悔に深い慟哭。……後になって思い知ることだが、この挫折こそが畿内の闘将・六角高村を生む。

 それからの新十郎は過酷なまでに己を鍛えた。私も何度か付き合ったがついていくだけで精一杯であいつを満足させられたかはわからない。

 

「……この世では、恐ろしいぐらい簡単に人は死ぬ。そのことを嫌というほど理解した。だから、俺は力をつける」

 

「もう二度と、伸ばした手が届かずに仲間を失う姿は見たくない」

 

 過酷な鍛錬の最中に時折うわごとのように呟かれる新十郎の台詞を私はまともに聞くことができないでいた。

 義定のように呟く彼の隣に佇んで慰めることなんてできはしない。そうできたならどれほどよかったことか。……私はいずれ浅井を背負って立つことになる。新十郎が強くなればなるほど、浅井にとっては災いになるのだ。

 だから、これ以上新十郎に深入りしてはならない。それは頭でわかっている。だというのに、私は新十郎から目を離せなかった。

 守りたいものを守ろうと足掻く新十郎に惹かれていた。

 ……

 ……

 ……

 砂嵐がちらつき、時は流れる。

 あの日、高虎の陣に飛び込んだ私は後ろめたさからか高村の方を振り返っていた。

 その瞬間、私は後悔した。

 私に向かって伸ばされた腕に刺さる矢に、顔を顰める高村。

 そして、私の姿を認めた際にうわごとのように口にした言葉。

 

「行かないでくれ、お市……」

 

 あいつは、道を違えた私を憎んでなどいなかった。

 ただ、穏やかなあの頃に帰りたいと夢を見ていた。

 戦乱の世にはあまりに甘く、叶い難い夢。

 それを、私はあまりに手酷い形で否定したのだ。

 …………

 

「夢か……」

 

 ひとりごちて目を覚ます。

 実に寝覚が悪い夢だった。

 

「……夢であれば、どれほどよかったことか。愛憎ひっくり返ってくれていれば、私の心はこうもさざめくことはなかった」

 

 こんな夢を見た理由は分かっている。

 昨晩に高虎が美濃から高村が横山城方面に転戦し、六角義定が伊勢から米原へ大返ししてきたと知らせてきたからだ。

 高村たちの目的は横山城近辺を封鎖している織田本隊と合流することだろう。総兵力としては織田が二万、六角が六千で二万六千ほどか。

 

「お目覚めですか、長政様」

 

 状況を整理しながら寝ぼけ眼を擦っていると、直経に声をかけられる。

 

「すまない、直経。当主たるものが示しがつかないな」

 

「いいのです。夢であっても、長政様が高村殿に会えたのなら」

 

「まったく、敵わないな……」

 

 思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 直経とはずっと一緒にいた。

 それこそ観音寺で人質生活をしていた頃からずっといる。つまるところ、彼がもっとも私の心を知っていた。無論、私の高村への想いもだ。そう思うと少し気恥ずかしいものがあった。

 

「さて、長政様。疾く身なりを整えなさいませ。今日は朝から朝倉家との軍議が控えておりますれば」

 

「そうだな、直経。なればしばし待ってくれ」

 

 促されて私は男装の準備を整えていく。

 艶やかな黒髪はきっちりと髷に結い上げ、女特有の甘い芳香は香木でごまかす。

 最も女性らしさを露わにしているたゆんと弾む乳房はやや痛いがさらしで二重三重で力づくで抑えつけ、上から鎖帷子でさらに分からなくさせる。

 かなり手間暇がいる工程だが、とうに慣れてしまったから半刻もかかることはない。

 それは、私がお市から遠く離れてしまっていることの証左でもあった。

 

 *

 

「疋田を越えたなら少しは寒さも和らぐかと思えば、さして変わらぬか。儘ならぬもものよな……。なれど、織田信奈を得るためならば、我慢もできよう」

 

 気怠げに朝倉義景が白い息を吐く。

 十二月も上旬になると、江北には冷たい寒気がやって来る。越前からの風に伴うようにして朝倉軍二万もまた姉川に詰めていた。

 本来、冬の朝倉軍は雪に閉ざされるため軍事を行うことは少ない。同じ北陸かつ平地で繋がっている加賀ならまだしも、疋田の峠越えを要する畿内方面に展開するなどほとんど聞いたこともなかった。

 ただ、それは裏を返せば朝倉義景がそれだけの意欲をこの戦に見せているということに他ならない。

 

「孫八郎、長政はまだか?」

 

「今、前波が出迎えているわ。じきに来るはずよ」

 

 朝倉景鏡の言葉通り長政は来た。

 涼やかな眼差しに巧みに着こなされた袴の出立ちは清風颯爽としていて痩身痩躯で瞳ばかりは炯々と光る前波吉継と比べるとその男ぶりが際立つ。

 

(なるほど、確かにこれは江北の貴公子というべきね。これならば、織田に勝てるかもしれない)

 

 その長政の風采にはさすがの景鏡も内心で喝采を上げた。

 前波を雑に手を振って下げさせると、三者は軍議に入る。

 長政は因縁に決着をつけるためにはじめは六角家に、朝倉義景は織田信奈を自らの手で捉えることにこだわり織田家に当たることを希望したが、景鏡は彼らの提案を退けた。

 

「私の構想としては朝倉が六角に当たり、浅井が織田に当たってもらうわ。尾張兵は脆弱な一方、六角軍は強い。特に高村が指揮を取るなら尚更ね。此度の戦の目的は織田信奈の打倒よ。義兄様が織田信奈をどうしようがかまわないけれど、織田を倒さねば畿内の政権交代は望めないわ」

 

「確かに理には叶っているな。高村は自ら表に立とうとはしない。強いが、捨て置いても政局には影響はないが、それでいいのか? 二万いるとはいえ、朝倉軍が精強な高村と当たることになるぞ」

 

「あまり朝倉を舐めないでもらえる、長政殿? 義兄様を見れば弱そうに見えるけど、六十年間にゃんこう一揆と戦ってきた精兵が揃っているわ。義兄様や私も宗滴様から血が滲むような修練を課されてきた。悪鬼無くして一乗谷の楽土は守れないのよ。高村を抑え込むぐらいなら訳もないわ」

 

 あくまで高村を相手にするつもりの長政に対して景鏡は引くことはない。

 むしろ「これだけ貴方の突破力を見込んでいるというのに、弱い織田の相手が出来ないの?」と煽り返す始末だった。

 これには思わず、長政は閉口してしまう。

 高村よりは織田信奈の方が組しやすい。それは違いない。しかし、織田家の持つ種子島の数を思えば、被害はかなりのものになるのは疑いなかった。

 

(……ああ、これはなんと孤独な戦いなのだろうか……)

 

 朝倉義景は風流にしか夢を見ず、朝倉景鏡は浅井家を使い潰す気でいて、織田六角に今更帰属することも叶わない。武田信玄が上洛を果たしたとて、これまでの大戦での浅井の去就を見れば信用されるとは思えなかった。

 

「異論はもうないようね。ならば、後は頼むわ長政殿。貴方の働きが天下を変える。ゆめゆめ忘れないようにね」

 

 沈黙を肯定と見做した景鏡が、長政に念押しして軍議は終わる。

 長政は何も答えなかった。

 

 *

 

 横山城の北西。姉川の河原で織田六角と浅井朝倉の軍勢が対峙していた。

 姉川南岸でこんもりと盛り上がっている勝山の西に六角軍の六千がおり、東に織田の二万。

 六角隊の川向こうには朝倉軍が二万。織田軍とは浅井軍一万が睨み合っている。

 

「どうやら俺の相手は朝倉軍か。数はともかく、義景殿自ら出て来るとは思わなかったな……」

 

 俺と朝倉義景は幼い頃に面識がある。浅井久政が六角に従属するまでは朝倉と六角はかつて英雄・浅井亮政と共に戦った同志として仲が良く、たびたび交流があった。

 正直、朝倉の二万は百万石の大国の本気と考えれば別に驚くことではない。だが、あの戦嫌いで和歌ばかり詠んでいた長夜叉殿が熱意を持って戦いに臨んでくるとは思わなかった。

 

「聞いた話によると長夜叉殿は信奈ちゃんに懸想しているらしいよ。等伯を叡山に呼びつけて信奈ちゃんの障壁画を書かせていたみたいだし」

 

「それはいよいよ本物だな。しかし、源氏物語に出て来るような姫君と信奈公はあまりにかけ離れてるぞ? 何が琴線に触れたのかわからんな」

 

「さぁ? あの人の考えることはわたしも分からないね。まぁ女の子としては信奈ちゃんに同情するよ。あの人、顔は良いけどすんごい幻想を押しつけてきそうだし」

 

「……義定さん、なんかそれ俺にも刺さらない?」

 

「気のせいだよ。それに新十郎、あそこまで美形じゃないし。ほら、雑談は終わらせて前を見よ?」

 

 最後に辛辣な一撃を喰らわせて義定は前を向く。

 よくよく見てみるとちょうど朝倉軍が喊声を上げて姉川を渡河してきているところだった。東の方でも聞こえることから、長政とタイミングを合わせたのだろう。

 

(いよいよ、姉川の戦いが始まる。運命が音を立てて回りだす。そんな錯覚すら覚える。ああ、ついに止められなんだか)

 

 心の中で嘆きつつ、義定や氏郷に手筈を伝える。

 幸い、相手は長政ではない。だから、俺は躊躇いなく采配を振り下ろすことができた。

 

「敵を引きつけよ! 渡りたいなら渡らせてやれ! しかし、無事に向こうに帰らせるなよ!」

 

 姉川を渡り切った朝倉の先鋒に義定隊の矢の雨が振りかかる。

 それが姉川の戦いの嚆矢となった。

 

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