転生先の学友の顔が強すぎる件   作:流水麺と豪州侍

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第68話 十二段

 

 伊吹山の後ろから日が昇る。

 いつもと同じ風景。変わらぬ一日の始まり。

 けれども、私は今日こそが運命を変える日だと否応なしに理解していた。

 

「どうやら、朝倉軍が出たようだな。ならば、私たちも往くとしよう」

 

 夜明けと共に姉川を渡り、織田と六角のそれぞれに攻めかかる。そう示し合わせていた。

 

(六角軍の主将は高村。されど騎馬隊は二千しか連れてきていない。ゆえに、朝倉景鏡は楽観視しているようだが、甘い。残りの四千は剽悍で鳴らした蒲生氏郷の軍勢が主体だ。それこそ容赦のない殴り合いになるだろう。朝倉兵たちはともかく、その苛烈な戦いに貴族的な義景たちがついていけるのだろうか)

 

 朝倉の国力は頼りにしている。しかし、朝倉景鏡は信頼できない。

 そして朝倉義景は、理解ができない。能力はともかく高村流に言えば世界観が隔たりすぎていた。

 

(ああ、戦前に景鏡が言っていた通りだ。私の働きがこの戦を左右する。この槍で切り開く他ないのだ)

 

 今一度、念じて姉川を駆ける。

 織田方の陣は十一段にも渡る長大な陣を構えていた。敵の狙いは明白。突進力のある私を絡めとることで、決め手を奪うつもりだろう。

 

「ここが唯一の勝機! なんとしてでも姉川を渡り切り、織田の本陣のみを目指す! 雑兵は捨て置け! 浅井の興廃はこの一戦にかかっているぞ!」

 

 織田の意図を理解してもなお、退くつもりはない。負けるつもりもない。

 対抗するために私自ら先頭に立ち、兵たちを鼓舞する。

 

「浅井家の御為にッ……!」

「あぁ、長政様。なんと勇ましい……」

「やるぞ、俺はやるぞ! 長政様と一緒なら二万の兵だって怖くねえッ!」

 

 兵の目の色が変わる。

 我ながら、やりすぎたか。まるでにゃんこう一揆を引き連れているかのようだ。だが、悪くない。

 後は丹念に鋭さを磨き上げて、食い破るのみ。

 なにせ、私に残された道はそれしかないのだから。

 

 *

 

 長政の鬼気迫る突撃を前にして、織田軍は揺れていた。

 第一陣は話にならなかった。

 第二陣は追い縋る兵たちを長政たちはあっさりとちぎり捨てる。

 第三陣。相良良晴の軍勢だが、本人が美濃から帰ってくるのが間に合わないため竹中半兵衛が指揮を取る。天才軍師の名に恥じず確かに彼女は縦横無尽に采配を振り回した。が、それでも長政の裂帛の気合には及ばない。

 

「なんて気の強大さ……! けほ、けほ。いけません、このままでは、織田軍全体は長政さんの気迫に呑まれてしまいます……」

 

 かつて織田と朝倉と浅井が美濃を三方から攻め立ててきた時に半兵衛は長政と対峙し追い払ったことがある。その時は抜け目ない相手という印象でしかなかった。

 

「よもや、長政さんがここまでの覚醒を果たすなんて、予想外でした」

 

 項垂れる半兵衛。

 三つの陣を突破した浅井軍に衰えは見られない。それどころかさらに鋭さを増している。

 こうまで長政に流れに乗られてしまっては、さしもの半兵衛とて打つ手はない。ただ自軍の保全に図るしかなかった。

 

「三つの陣を抜いたとて、気を緩ませるな! まだ半分も終わっていないんだぞ!」

 

 半兵衛を抜いた後も長政は檄を飛ばしながら進む。

 朝倉軍が高村を止めていられる時間はそう長くはない。不思議と長政はそう確信していた。そして、おそらく浅井軍がわずかでも息を入れてしまえば、織田の大軍に二倍の数の差で踏み潰されてしまうであろうことも。

 破滅覚悟の電撃戦。歩みを止めれば即ち死が待っている。

 だから、長政は狂わせ続けた。

 四つめ、五つめの陣を守るのは丹羽長秀。しかし、手堅い彼女ではもはや完全に流れに乗った長政を防ぐことは叶わない。六つ目と七つ目を守る松永久秀は長政の勢いに抗すことは不可能とみなして流し、わざと通過させた。

 これには、後に長政の退路を断ち包囲する意図があったが、ある姫武将によって阻止されることになる。

 

「貴女が高村殿の戦術を真似るとは。焼きが回りましたね、弾正殿。確かに流して背後に回らせる策は有効ですが、長政様には効きませんよ」

 

 血風に靡く、黒混じりの金髪。大きな体躯でありながら女性らしい豊かさとしなやかさを損なわない美貌は、異相の美女である久秀すらも目を見開かせる。

 

「浅井軍の若き大都督、それが貴女でしたか。そんな貴女が残兵狩りなどらしくはありませんこと」

 

「ええ、いかにも。私が藤堂高虎です。残兵狩り? 結構です。それで、我々が勝てるのならば」

 

 久秀の皮肉に高虎は動じない。それどころか切長の瞳から放たれる眼光が久秀を刺す。対して久秀は艶かしく舌なめずりをした。光秀同様に揶揄うと面白そうな手合いに高虎を捉えている。こうなった久秀はしばらくの間は高虎に執着するため、件の策が行われることはない。

 

(背後は私が守ってみせます。ですから、長政様。どうか織田信奈の元まで辿り着いて見せてください)

 

 祈りながら高虎は久秀と槍で打ち合いを始める。

 高虎は信じていた。自分の才を見出してくれた主の器を。

 艱難辛苦を乗り越えたその槍の鋭さは、あるいは天にも通じると。

 

 *

 

「まずい、遅れたっ! ……ッ!」

 

 姉川一帯を見下ろせる坂の上で思わず良晴は乗馬の脚を止めさせていた。

 夜を徹して美濃から姉川へと駆けてきた相良良晴が見たのは、あまりに一方的な戦だった。

 長大な十一段の陣は過半がビリビリに引き裂かれ、浅井の旗印が杭のように深く食い込んでいる。

 頼みの六角高村は朝倉軍一万六千を相手に六千で対峙しており、おそらく援軍を出す余裕はない。残存兵を本陣に呼び寄せようとしても、松永久秀を軽くあしらってかわした藤堂高虎が数百の騎馬隊で各個撃破を繰り返している。

 朝倉軍の残った四千は未だに姉川北岸に留まり、怪しげな圧力を織田六角両軍に加えている。おそらくは最後のダメ押しを喰らわせるために待機しているのだろう。

 いよいよ、織田軍は追い詰められていた。

 

「良晴さん! 信奈様の本陣へ向かってください。朝倉義景さんが来ます!」

 

 かろうじて原型を留めていた第三陣に良晴は合流すると半兵衛に促されるまま本陣を目指す。道中で丹羽長秀と松永久秀を拾いつつ進むが、藤堂高虎が邪魔をする。

 

「くそ、こんな時に万能のチート武将か! だが、俺は諦めねえぞ!」

 

 久秀を再度高虎にぶつけて、良晴は進む。

 叡山で朝倉義景と出くわした時、良晴は激しい悪寒を覚えた。彼らしからぬどうしようもない嫌悪感を感じたのだ。

 

(どうにも、朝倉義景だけは信奈に近づけちゃいけない気がするんだ)

 

 野放しにしていれば、良晴の大事なものを義景は穢しかねない。

 不思議と、良晴は本能でそれを感じ取っていた。

 

 *

 

 丹羽長秀と松永久秀を突破した後、長政は第八陣と第九陣をあっさりと抜いた。この両陣を守っていたのは柴田勝家。

 織田家最強の猛将をストッパーとしてあてにしていた信奈だったが、これも海北綱親、赤尾清綱、雨森清貞の三将が捨て身の突貫を勝家に敢行し長政から引き離した。

 勝家までもが抜かれて織田家の陣は第十陣と第十一陣、そして僅かな兵だけ詰めている本陣のみである。このうち本陣は兵数が足りず、第十一陣は戦では無力な津田信澄が率いているため宛にはできない。事実上、第十陣が最後の盾であった。

 

「止まりやがれです、浅井長政ッ!」

 

 第十陣の守将、明智光秀は虎の子たる精鋭鉄砲隊を長政らに差し向けた。

 百名ほどしかいないため万の相手に弾幕を貼ることはできないが、今の長政は三千騎ほどしか引き連れていない。

 号令をかけると共に鉄砲隊が火を吹く。

 いかに長政達が強いとはいえ、二倍の兵力の中を長時間駆け抜けていればさすがに足が鈍る。ここに鬼札の鉄砲隊である。長政達の脚がようやく鈍った。

 

「相手は百程度だッ! 構うな! 進め!」

 

「くっ、この期に及んでなんて胆力ですか! さっさとくたばれですぅ!」

 

 家臣達が撃ち落とされていく中、なおも長政は果敢に前へ進み続ける。

 十兵衛はその威に肝を冷やしながらも、丁寧に事を運んだ。

 そうして、十兵衛放った弾丸が一発。

 長政の兜に的中した。

 

「ぐっ……」

 

 弾が当たった衝撃で兜の前立てが折れて脳が揺れる。

 思わず意識を手放しそうになる。

 が、長政は歯を食い縛って耐えた。ここで脚を止めてはこれまでの進撃が無為になる。諦観も決意も全て水泡に帰する。それだけは許せなかった。

 視界が不明瞭ながらも体勢を整えた長政は腿で馬の背を締めて指示を与える。長政の意を理解した愛馬はヒィインと甲高く嘶くと、力強く地を蹴った。

 

「なんと……」

 

 これに驚いたのは十兵衛だった。

 直撃していながらも銃弾に怯まない人間がいるとは思えなかった。その決めつけが、勝負を決めることとなる。

 

「はああああああああッ!!」

 

 裂帛の気合いと馬の駆ける力と、長政の意志がないまぜになった渾身の一振り。

 十兵衛は咄嗟に種子島を横にして受けたが、どうしようもない。

 種子島はひしゃげ、十兵衛は鞠のように吹っ飛ばされた。

 

「また、ですか。また、十兵衛は信奈様を守れないのですか……!」

 

 強かに身体を打ちつけた痛みにその秀麗な顔を顰めながら十兵衛は呻く。

 長政はもう地に落ちた彼女に見向きもしなかった。

 十兵衛が突破されたのを見て、第十一陣は戦わずして恐慌状態に陥っており、容易く通過を許すことになる。

 

「ようやく、信奈殿の本陣か」

 

 永遠にも感じられた突破戦の果て、ついに長政は永楽通宝の旗を捉えた。

 なんとか信奈は逃げようとするが長政の方が速く、間に合わない。

 だが、不思議なことに長政は信奈本陣に向かわなかった。否、向かえなかった。西方から千騎の騎馬隊が神速で駆け寄り、強引に長政隊の側面を殴りつけられて、脚を止めさせられたからだ。

 

「……長政」

 

 幻の第十二陣。運命を背負った隅立て四つ目……六角高村は神妙な面持ちで彼の名を呼んだ。

 

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