転生先の学友の顔が強すぎる件   作:流水麺と豪州侍

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第69話 解

 

 前を見る。

 居並ぶのは三つ盛亀甲の騎馬三千。元は一万いたが、織田軍二万の中を凄絶な突撃で貫き通してここにいた。……まったく主に似て強情な奴らだと思う。敵ながら天晴れだが、これ以上は見過ごせないから俺が来た。

 

「高村……!」

 

 息も絶え絶えに長政が俺の名前を呼ぶ。

 自軍に倍する織田軍を貫いた代償はかなり大きく、今の長政はかなりボロボロだ。

 まず兜の前立ては一部欠けていて、普段結えている髪も解けて総髪となり、兜からこぼれている。槍も甲冑も血に塗れ、死臭が正直鼻につく。

 そんな形になっていても、その瞳だけは鋭くこちらを貫いてくる。それを理解すると全身が総毛立った。

 嫌でも分かる。

 今、この時こそが浅井長政の頂点。すなわち全盛期なのだと。

 

「長政ッ……!」

 

 もう一度かの敵の名を呼んで駆ける。

 迷いも悲しみも今だけは雲散霧消した。

 本気の長政を、最高の状態の好敵手を堪能したい。そんな戦闘狂じみた欲求が俺を突き動かす。

 ……ああ、こんなんだから俺たちは戦いをやめられないのだろうな。だって、互いにどちらが上かはっきりしないと気が済まないのだから。それでいてとことんまでやらないと満足できない質だ。なら、そうすっぱりとやめられるわけもない。

 

「来い! 高村!」

 

 その証拠に長政だって瞳孔を開いて、その端正な唇を吊り上がらせている。

 

(まったく、馬鹿だよな。俺たちは)

 

 一抹の自嘲を残して、俺とあいつは衝突した。

 

 *

 

 東方で砂塵が巻き上がるのを、確認すると義定はにわかに笑みを浮かべた。

 

「良かった。たどり着いたんだね。なら、わたしの仕事は終わったわけだ」

 

 開戦してすぐ攻め寄せてきた朝倉軍一万六千に対して六角軍は六千。三倍に迫る兵力差だが、朝倉軍の目的がうだうだ戦って六角軍を足止めすることだとすぐに高村と義定は気づくと彼らは戦い方を変えた。主力の蒲生軍を後退させ、平井定武の隊と切り替えたのだ。

 氏郷は優秀だが、自ら先陣を斬りたがる悪癖があるため前線におけば戦局は必然激戦になる。高村は、いや正確には義定がそれを嫌った。

 だが、ただ替えるだけでは芸がない。義定はあえてその交替に時間的猶予を作った。そこに機を見て敏と判断した二人の武将が突っ込んでくる。

 

「フハハ! 六角勢がだらしない腹を晒しているわ! いけすかない鏡姫は突出するなというていたが、惜しいッ! 往くぞ、直澄ィッ!」

 

「応ともよ、姉上! 我ら鬼真柄の武勇を見せてやるぞ!」

 

 真柄直隆と直澄の姉妹。金ヶ崎の戦いでは逃げる相良良晴をしつこく追い回し、痛撃を与えた朝倉軍きっての豪将たちだった。ただ互いに武勇を頼みにしすぎるところがあり、腺病質な景鏡に従うつもりがなかったのが、今回は災いした。

 

「あからさまに釣りだと分からないかなぁ……。長夜叉どのの家臣らしくない。小次郎、わたしが鏑矢を放ったら鶴千代と平井のおじさんに挟撃するように伝えて。その後はいいや、新十郎と一緒に突っ込んでていいよ」

 

 気怠げに指揮を出した後、義定は弓を構える。

 放たれた鏑矢は風切り音を周囲に撒き散らした後、直隆の頭蓋に突き刺さる。変に外す趣味は義定にはない。即死だった。

 

「姉上ッ!」

 

 遺された直澄が慟哭の声を上げたが、もうどうにもならない。

 六角高村に蒲生氏郷、平井定武。義定の懐刀である小次郎率いる旗本までもが殺到し、瞬く間に直澄もまた姉の後に続いた。

 義定からしたら会心の勝利ではある。しかし、彼女の機嫌はあまり良くない。

 

「これで朝倉家で血の気の多い奴らは消えた。後の攻勢は緩くなるだろうな。それにしてもらしくないな。こうもお前が主体的に動くなんて」

 

「そうだね。でも、新十郎もらしくはないよ。いつもより動きにキレがないもん。やっぱり、浅井が気になる?」

 

「まあ、それはな」

 

 義定に指摘されて固まる高村。高村自身は隠していたつもりだが、どうにも気になって頻りに東の戦線を確認してはそわそわしていた。その集中が切れる様を義定は見逃さなかったのだ。

 

「溜め込んでる四千で長夜叉どのが何をしたいのかは知らないよ。でも、もう余程なことがない限りこっちの戦線は崩れない」

 

「だがなぁ、俺が総大将だぞ? これほどの大戦ならやはり俺が留まらなくちゃな」

 

「最近は養生でその役目をわたしにぶん投げてたけどね。おかげでわたしも二カ国ぐらいなら面倒を見れるようになったよ。新十郎の代将をするために一月ぐらい色々詰め込んだけどさ。まあ、わたしの話はいいや。織田軍はもう無理だよ。完全に猿夜叉丸に呑まれちゃってるから。新十郎ならわたしの勘が無駄に良いのは知ってるよね? 多分、今から出ないと間に合わなくなると思うけど」

 

 容赦なく、義定は高村に突きつける。

 今が決断の時だと。だが、高村が迷うことはなかった。いや、迷わせてさえくれなかった。

 

「大局を見て残るのは将としては悪くないよ? でも結局さ、新十郎以外の誰かが赴いて決着がついた時、新十郎は納得できるの?」

 

 更なる義定の追撃が高村の胸に刺さる。

 良くも悪くも義定の言葉は高村の心の最も柔らかい所をごっそり抉っていた。

 

「それは……ッ!」

 

 できない。

 答えはせずとも、高村は言外にそう言っていた。

 察した義定は呆れた顔になって深くため息をつく。

 

「はぁ、不器用で臆病なんだから。……行っといで。しっかり、答えを見つけてきて。待ってるから」

 

 かくして、半ば追い出されるように高村は六角軍から千の騎馬隊を抽出して向かうことになるのだった。

 

 *

 

 六角高村と浅井長政の一騎討ちは続いていた。

 長政は息を切らし、高村は頬に一文字の傷を負い、血を流すままにしている。

 馳せ違った当初は高村が優位と見られていた。これまでの武勇譚、特に北畠具教を討ち取っていることは浅井方としても無視できない。

 無惨な敗北を長政が喫して終わるのだろうと大方の者は見ていた。

 しかし、その予想は覆る。

 長政の鋭敏かつ豪壮な槍捌きは何度も高村に血を流させていた。

 対して高村の刃は長政に届くことはない。何度か届きかけるが、すんでのところでその肉を裂く事はない。

 

(はあ、はあ。今ならば、より深く分かるッ! 高村の呼吸がっ! 意思がっ!)

 

 極限まで振り絞られた力と長年にわたって高村と打ち合いを重ねてきた経験がここにきてものを言う。

 高村の目線だけで、高村の息遣いだけで今の長政は高村の挙措がある程度分かる。

 その感覚に従い槍の穂先だけが届く間合いを確保し容赦なく振り抜いていく様はまるで円舞のようで、美しさすら想起させてしまう。

 

「……ッ!」

 

 そんな長政の攻勢に対して高村はじっと耐えていた。

 槍を弾こうにも振り抜かれる力に負ける。隙を見て飛び掛かろうとすれば、すぐさま長政は無防備な土手っ腹を穿つだろう。

 

(天敵、だな)

 

 高村の誘いや崩しにかからず、ひたすらに槍の間合いで応ずる。

 それが高村を攻略する技術的な方法である。だが、高村の実力の向上も相まって今や畿内でそんな真似をできる将などいない。……いないはずだった。

 

「どうしたッ高村! よそ見をしている場合かッ!」

 

「馬鹿言え。今のお前相手に目線を切れるわけないだろ、まったく面倒な相手になりやがって……!」

 

 半ば忌々しげに高村は長政を睨む。

 今までは足りなかった。しかし、今は違う。思えば、高村の刀を最も知悉した浅井長政こそが高村を打倒し得る最も近い位置にいた。

 全てを賭けた直近の戦闘経験が、今になって長政の潜在能力を徹底的に掘り起こして高村の天敵に仕立て上げている。

 

(だが、やりようがないわけじゃない。確かに今の長政は俺の天敵かもしれん。……しかし、今の状況をどれだけ続けられるかだ)

 

 打たれ続ける中で、高村は不思議と感じ取っていた。

 今の長政の力は彼の器には過ぎた力だと。なれば、いつかは破局の時は訪れる、と。問題はそれまで自分が保つかどうかだ。二刀目を惜しみなく抜き放ち、弾きいなし逸らしあらゆる技術を使って長政の攻勢を凌ぐ。

 

(やはり、新十郎。お前は私の先を行くか……)

 

 内心、舌を巻く長政。

 押しているようで流されて、決定的には攻め切れない。もつれあうように馬を走らせ、どこか穴がないか見て回る。

 ……そんな、長政が攻め手を抑えた瞬間を高村は見逃さなかった。

 突然に視界が揺れ、甲高い馬の鳴き声が辺りに響く。

 その時、長政は自分が何をされたのかわからなかった。自分の愛馬が苦しみもがくことでようやく状況を把握する。

 高村の馬が愛馬の首に噛みついたのだ。長政の馬が離れようともがくが離さない。その口の端から血が滴り落ち、長政の袴を濡らす。

 ……やられた。

 ことここにいたって、ようやく長政は高村の仕掛けた陥穽に落ちたことを理解した。

 

「……ようやく、捕まえたぞ」

 

 完全に詰められた間合い。気づけば、高村が馬の首を足場にして長政へと躍りかかっていた。

 槍の石突でなんとか高村を突き返そうとするが間に合わない。右腕から振り下ろされる出鱈目な太刀はすんでのところで受け止める。だが衝撃は、下に叩きつけられる力までは完全に防げなかった。

 

「……くっ! けほ、けほ……」

 

 地面に叩きつけられる。その際に口の中を切ったのか、鉄の味が口内を満たした。

 高村が悠然と馬上から降りてくる。長政は最後の意地で槍を突きつけようとするも、冷静な高村は一太刀で槍を打ち落とした。

 今の長政は完全に無手。高村は警戒を崩さずに刀を構えてにじり寄る。

 

(こうなってしまっては、どうにもならないな……。ああ、結局のところ私は届かなかったのだな……)

 

 皮肉げな笑みと共に長政の力みが抜ける。それを見て高村は刀を下ろした。

 かくして、六角高村と浅井長政。近江を南北に分つ名将の立ち合いは存外静かな形で幕を閉じることになる。

 

 *

 

 一陣の風が吹いて頭がようやく冷えた。

 そして、実感する。俺が勝ったのだと。

 

「満足したか、長政」

 

「……ああ、こうまでやって届かないのなら納得もいこう」

 

 倒れ伏す長政の顔はどこか爽やかで、冷たかった。

 ああ、こいつはもう死を覚悟している。俺が、彼女の願いを打ち砕いた。生きる理由を、戦う理由を奪ったのだ。

 

「思えば、我々二人も遠くに来たものだ。初めは同じ机を並べていたところから、それぞれの国に帰り、そして果し合い、片や堂々と立って、片や地に這いつくばっているのだから」

 

 長政は、いや猿夜叉丸は言うが、そんなこと聞きたくはなかった。

 だってまるで、別れの挨拶みたいじゃないか。

 

「……そんな、恨めしい顔をしないでくれ、新十郎。それが私達が決めた道ではないか。もう戻れはしない。だから、一思いに終わらせてくれ。お前に終わらされるなら悪くはない」

 

 猿夜叉丸は言う。

 否やはおそらく許されないのだろう。

 浅井長政は江北の貴公子とあだ名される青年大名にして、今川幕府に仇なした逆臣なのだから。その身に背負わされた名前と悪名がその選択を許しはしない。ことさら、畿内の秩序の担い手になろうとしている六角高村にとっては許してはならない相手だ。

 

「……わかった」

 

 刀を振り上げる。

 猿夜叉丸に、いや浅井長政に止めを刺すために。

 こいつは浅井長政なのだ。猿夜叉丸でもない。ましてやお市なんて姫君でもない。

 こいつ自身が、そうあれかしと望んだのだ。ならば、その選択を全うさせてやるべきなのでは? 

 腕が震える。でも、やると決めた。決めたんだ。

 ……ああ、でも忘れられない。懐かしかったあの日々が、愛しかったあの横顔は。

 俺は、それを守りたいんじゃなかったのか? なのに、どうして。

 刀を振り上げた姿勢のまま動けない。懊悩が身体を支配する。だが、今更もう迷えない。決めなくては、やらなくては。

 感情が置いてけぼりになって義務感だけが残り、身体を突き動かした。

 だが、悩むあまり俺は周りが見えていなかったのだろう。

 

「猿夜叉丸様をやらせはせんぞ! 新十郎ォオオッ!!」

 

 右後方から遠藤殿の怒号が聞こえる。肩をいからせている辺り、渾身の一撃を振るおうとしているのがわかった。距離は近く、避けられない。

 長政に振るわれるはずだった一太刀は軌道を変えて遠藤殿に向かう。

 

「……やはり、新十郎の一太刀は重いな」

 

 真一文字に斬られ、血飛沫を上げる遠藤殿。明らかな致命傷。だが、その顔には笑みが浮かんでいた。気づけば、長政はもういない。遠藤殿は陽動だったのだろうか。

 

「これから死にゆくというのにどうして笑っていられるんだ、おっさん」

 

「あれだけ仲が良かった猿夜叉丸様と新十郎が殺し合うのは間違っておる。わしはそう思った。見たくないものを見ずに済んだ。そう思えば、喜ばしいことよ」

 

 そう笑ったまま遠藤直経は頽れる。この人はいつもそうだ。好き勝手に遊ぶ俺たちを見守り、時には叱る。義務感や忠義心だけを持っている人ではなく、本当の優しさを持っている人。

 だから長政は頼りにしていたし、浅井家臣であると分かっていながらも俺や義定が懐いた。

 

「さよなら、懐かしい人よ。そして、申し訳ない」

 

 正直なところ、俺の迷いが遠藤殿を殺したようなものだ。

 だが、おかげで俺は解を得た。

 結局のところ、俺は浅井長政を殺せないのだと。

 否応なしに気づかされたのだった。

 

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