転生先の学友の顔が強すぎる件   作:流水麺と豪州侍

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第75話 一閃一条一文字 前編

 

「漸く、お前と雌雄を決することができるな、高村……!」

 

 その姫武将は柄にもなく武者震いをしていた。

 泰然と床几に構えてこそ見せているが、右手に持つ軍配がぷるぷると震えていて、隠しきれていない。

 信玄が高村を初めて知ったのは、石山崩れの時だ。その時はなんと強い武将が畿内に生まれたのだろうと感嘆した。

 先の大戦では、高村と手を組み天下を伺わんとしたが破れた。他ならぬ高村が、岡崎を落とせなかった自分に見切りをつけたことで。

 

(今にも夢に見る。お前が降伏せずに最後まであたしと手を組んでくれていたのなら、あたしは天下人になれていたのだろう。だが、わからない。確かに岡崎を落とせなかったあたしが悪いが、お前に見切りをつけられるほど弱くはなかったはずだ……!)

 

 高村に見切りをつけられた。

 この一事は信玄にとっては屈辱だった。かつての自分ならまだわかる。しかし、今の自分は古今無双に手が届かんとする名将なのだと自負していた。

 そんな自分を置いて、織田信奈に耽溺するのだ。それが、信玄にとっては面白くない。

 

「織田信奈と雌雄を決する前に、まずお前を倒さなくてはならない。ここで先の雪辱を晴らし、あたしは堂々と天下取りに臨みたいのだ」

 

 天下人たらんとするもの、いや最強の武将になろうとするならば、高村は必ずや上回らなくてはならない存在だ。

 だから、信玄は万全を期した。

 高村の性格を読み切り、狡猾に罠を張る。だが、それだけでは高村は生き延びてしまう。それだけの単騎の武力が高村にはある。

 高村を孤立させ、過剰とも思える火力を押し付けなければならない。

 そのために、三河から尾張に進出してきた元康を内藤昌豊の伏兵で叩き、三河に追い返した。

 奥三河の退路を捨ててまで馬場信春を尾張に呼び寄せ、高坂昌信と真田昌幸に命じて尾張の戦線を組み直した。

 山県昌景には意に沿わない囮役をやらせた上で、後から退路を断たせる汚れ役を強いた。勘助と武田逍遙研と秋山信友らに織田の大兵が居並ぶ岐阜を放り投げ、信玄自身が小牧山に入った。

 高村一人を葬るために、家臣団に多大な負担をかけてしまっている。

 なればこそ、信玄は仕損じるわけにはいかないのだ。

 

 *

 

「東を、武田信玄本隊を攻めるか。武田の本体に俺自らが風穴を空けて、他はそこを通って退却させよう」

 

 高村様がぽつりと言った。

 動揺が軍中に波打つ。

 何気ないように、高村様は決戦を決断したのだから無理はない。

 ただ、僕は首を傾げていた。高村様はこんな軽率に見えるような形で決断することはまずない。それに、こんな天に運命を擲つような真似は好まない。

 義定様や田吾作ほど僕は高村様と親しくはない。けれど、十年来の付き合いだから高村様のくせはある程度は理解しているつもりだ。その傾向に照らしても、今回はらしくなかった。

 

「義定はどう思う? 理屈はいい。感覚を教えてくれ」

 

 らしくないことは高村様も自覚しているみたいで、義定様に話題を振る。

 問われた義定様は少しだけ眉根を寄せたのち、言った。

 

「……いけると思うよ」

 

「そうか、じゃあ行く」

 

 そう言って、高村様は腰から一振りの刀を義定様に手渡す。

 定頼様から授かった太刀。

 いつしか六角を背負う者としての象徴が義定様の手に渡る。

 これが意味することは一つしかない。

 

「この太刀をお前に預ける。……いや、返す。俺が横入りしたが、義治の次は義定。それが本来あるべき順序だった」

 

「願い下げだよ、そんなの。そもそもどうして当主が殿を務めないといけないのさ?」

 

「武田信玄相手に風穴を空けるなんて真似、俺しか出来ないからな」

 

 この高村様の一言に僕らは何も言い返せず、義定様は静かに目を瞑る。

 ……行かせたくないはずだ。だが僕らには力がない。高村様を留まらせるだけの力がない。

 

(……だから、僕は高村様が嫌いだ)

 

 自らを顧みないくせに義定様は珠のように大事にしてついていくことを許さないことも、あまりに強すぎてその重責を僕らが肩代わりすることができないことも。

 全部が気に食わなくて、やるせなくて仕方がない。

 僕らはそうして、死地に赴く主人を見送るしか出来ない。

 正直、いつものことだけどそれが途方も無く悔しかったのは初めてだった。

 

 *

 

 不安だった。

 恐ろしかった。

 あえて過酷に見えるような道を選んだことを。

 武田信玄の本隊に垣間見えたスキらしきモノ。

 安直にも、俺はそこに踏み込むことを決めた。

 多分、信玄公は俺が正解を見つけようとして長考することを望んでいたのだと思う。あと、可能な限り挟撃の形に持ち込もうとしているように思う。

 現代の通信機器があったとて、所詮軍事は集団行動の伝言ゲームだ。タイムラグなしに包囲網を隙間なく、しかも等速に狭めることなんて難しい。

 だから、言い換えればそれぞれ各個撃破の機会があるということだ。

 

(各個撃破のし易さ、それを考えたら退路を塞ぐが兵数の少ない山県昌景が上がる。しかし、昌景は赤備えの機動力で逃げ回ることで時間を稼いで、本隊を力づくで間に合わせるだろう)

 

 だから、一番近くにいて尺的には猶予がある武田本隊を選んだ訳だが、なかなか手厳しい。

 急な行軍にも関わらず、武田本隊はしっかりと手堅く守ってくる。穿ち抜くことはできるのだが、すぐに穴を塞がれる。これでは、義定達は通れない。

 

「まずいな、義定達を通せるだけの穴がなかなか確保出来ねえ……」

 

 押してはいるけど、あくまで俺の目的は義定達を逃がすこと。なれば、もう少しこちらに敵を引きつける必要がある。となると、やるべきことは限られるか。

 

「左平次、神次郎は馬上から敵の足軽頭を狙撃。田吾作と和気衛門は俺の後ろで並び押し立てて、俺が開けた風穴を押し広げろ。高次は後方から俯瞰して指示を出せ。伊右衛門は遊撃な」

 

 指示を出したのち、燕のように旋回し武田本隊を再び視界に捉える。かなり角度のある旋回だったが、隊列は乱れることはない。ただただあいつらは一心不乱に俺についてくる。

 かつて具教公や長政が至った一騎駆けの極地。どうやら俺もそこに到達したらしい。

 

(よかった。ならば、やれる)

 

 知らず満足げな笑みが溢れてしまう。

 俺は、馬具に挿してあった采配を抜き、振り下ろす。

 

「明暗ここに窮まれり、狙うは甲斐の虎・武田信玄! お前らッ! 往くぞ!!」

 

「「「応ッ!!!」」」

 

 野郎どもが野太い声を上げて熱に浮かされたように武田軍に襲いかかる。

 もう逃げも隠れもしない、戦国最強・武田信玄。その鼻面に俺は挑戦状を叩きつけたのであった。

 




ここで一回休憩。後編は翌日0時に上げます。

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