転生先の学友の顔が強すぎる件   作:流水麺と豪州侍

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第76話 一閃一条一文字 後編

 

 軍の色が一変した。

 そう形容することが相応しいぐらい、高村は攻め方を変えた。

 武田本隊を一度貫いた高村騎兵が蜻蛉返りして再度武田本隊に攻めかかると、武田本隊は押されに押された。華麗な戦術機動に使われていた力を全て敵を貫くための力に変えているのだから、これは尋常な突破力ではない。

 

「思えば、お前は力の束ね方が上手い将だったな、高村……!」

 

 苦笑いを浮かべる信玄。高坂昌信はすでに側になく、なんとしても高村の進撃を抑えようと最前線に赴いている。が、聞いた限り戦況は芳しくない。

 

「よもや、一気呵成に武田本隊を叩きに来るとは。どうにも、お前はあたしの思うようにはならないらしい。……いや、あたしの驕りが原因か」

 

 信玄はこの時、ようやく自分の過ちに気づいた。

 あまりに完璧な勝ちを求めすぎたのである。信玄はただ高村に勝つだけではなく、その才覚を含めて上回ろうとしていた。

 あえて大掛かりな策を用いて敵を倒す、そんな用兵家にありがちな悪癖は信玄とて逃れられるものではない。信玄の包囲網にその悪癖の陰翳を感じた高村は間違いではなかったのだ。

 

「だが、あたしの失策があったとて戦況が好転したとは言い難い。漸く五分に持ち込めたぐらいだ。あたし達がお前の攻勢を耐え切れれば、包囲網は完成する。山県もあと四半刻もすれば、到着する」

 

 静かに采配を下ろし、深く信玄は息を吐く。

 

「あるいは、これで良かったのやもしれないな。この段階になれば策などいらない。あたしとお前、どちらが上なのかが如実に現れる。もう言い訳ができなくなるな」

 

 即座に信玄は小幡昌盛と三枝昌貞、土屋昌続と土屋昌恒の姉妹を高坂昌信の後詰めに投入する。一点防御全振り、武田本隊のうち高村の進撃を阻む可能性があるのは高坂昌信隊のみ。そう見込んだからの大勝負。この信玄の読みは正しく、潤沢な援軍を得た高坂昌信は踏みとどまる。

 

(六角高村は強い。ただ、彼一人が戦列を崩しているわけではない、ただ割れ目を作るだけ)

 

 その観察眼で昌信は高村騎兵の動きを見る。確かに高村個人の武勇は光る。しかし、戦局を変えているのは山内一豊などの小隊長の働きも大きい。

 目立たないものの有能な小隊長の下支えがあって、高村の破壊的な進撃は成り立つ。

 

(だから、土台を崩そう)

 

 小器用に昌信は腰に刺してあった小太刀を抜き、投擲する。

 狙ったのは、高村の後ろで驍勇を振るう和気衛門。高村が作った割れ目を無理やりその剛力で押し広げる武田方にとっては傍迷惑な武者だ。

 信玄の小姓になる前の昌信は甲斐の山で猟師をやっていた。その時の獲物は子兎、大きくてもたぬき。和気衛門のような大柄な男ならば乱戦の中でも、ブレることはなくその頸動脈を射抜くことはできる。

 

「ッ! ……」

 

 首から激しい血飛沫が上がり、痛みで反射的に首に手を伸ばす。しかし、届く前に和気衛門は絶命した。

 どさりという音がして、高村は背後を振り返る。

 

(ああ、俺はまたしても学友を喪ったのか……)

 

 言いようもしれぬ悲愴感が高村を貫き、彼は思わず天を仰ぐ。

 

(この感覚ばかりは何度経験しても慣れない。が、折り合いをつける方法はなんとなくわかり始めてきた……)

 

 知らず、刀を握る手が強くなる。そして、キッと小太刀が飛んできた方を睨んだ。心を貫いた悲愴感をそのまま刀の冴えに変えていく。

 知らず、高村の辺りには冷然とした空気が漂い始める。

 遠目から彼を観察していた高坂昌信は震えた。そして、気づく。

 

(なんという怒気……いや、闘気……。もしかしたら、私は虎の尾を踏んだのかもしれません。ここは逃げましょう!)

 

 脱兎の如く昌信は逃げる。ひたすらに生存本能が「逃げろ」と叫んでいた。

 だが、更なる鋭さで高村は単騎で敵陣を切り裂き高坂昌信をその剛腕の射程に捉えようとする。その様はもう猟犬のようでついぞ昌信は逃げられなかった。

 

「……お前か」

 

 視線で射すくめられて理解させられる。

 私はもはや彼の獲物なのだと。理解したらもう足が動かなかった。

 振り抜かれた一刀、姫武将だからか殺さないためにわざと甲冑の上から斬り伏せられる。狂気の中でなお慣習を守ろうとするのが、かえって気味が悪かった。

 斬撃というよりかは、身体がひしゃげるような埒外の鉄槌。

 比較的華奢な昌信には到底耐えられるようなものではない。

 

「いやあああああぁッ!」

 

 割れんばかりの悲鳴を奏でて昌信は意識を手放した。

 

 *

 

 迫り来る馬蹄の音が大きくなっていく。

 高坂が囚われた。その報を聞いてあたしはついに覚悟を決める。

 あいつはついにこの場にやってくるだろう。今更になって保身に走るような男ではあるまい。

 二俣城では相良良晴の助言もあって暗殺の危機を凌ぎ、運命を超えた。

 だが、それだけでは足りない。武田信玄が天下を取り、古今無双の大将であると胸を張るには到底足りない。

 

(やはり、六角高村を倒さなくてはならない。織田信奈が頭を張っているが、今その剛腕で天下を回しているのはあいつだ)

 

 冬の刺すような寒さの中、幔幕が揺れる。

 北風ではない、強い西からの風。

 

「来たな」

 

 立ち上がる。

 それとほぼ同刻。

 幔幕が斬り裂かれて突撃の勢いのまま、一人の騎馬武者があたしに躍りかかる。

 

「……っ!」

 

 一閃。

 咄嗟に受けた軍配越しに伝わる衝撃にあたしは顔を顰めた。

 人馬一体となった渾身の一太刀があたしを轢き潰さんとする。負けじとあたしは軍配の裏に左手を添えた。

 

「あたし相手に上から斬りかかるなど頭が高いぞ、六角高村ッ!」

 

「知るかよッ」

 

「悪いが、あたしは負けるつもりはない! ここで退いたら織田信奈と決着をつけることは出来ず、謙信を神から解放することもできやしない! 何よりお前に二度してやられるのが気に食わん!」

 

 啖呵を吐きながらも、じりじりと高村に押し込まれている。

 まったく、我ながら愚かなことをしていると思う。村上義清も目じゃない膂力の高村の太刀を真正面から受けるとは。

 だが、試されているような気がするのだ。

 武田信玄という姫武将は天下を取るに足る器か。はたまた、これまでのあたしは虚飾にすぎず、脆くも地金を剥き出しにしてしまうのか。

 ただの命のやり取りだけではない。

 あたしの半生が、野望が問いただされている。

 故に、不合理だと分かっていたとしても退くことは出来なかった。

 永遠にも思えるような鍔迫り合い。あたしの不利は否めないが、歯を食いしばって耐える。

 だが、その終わりは案外あっけなく訪れた。

 視界の端で白銀が弧線を描いて宙を舞う。巌のような重い手応えは失われて「チッ」と低い舌打ちの音が聞こえた。

 

「天運、俺に在らずか……。ならば、致し方ない」

 

 高村は淡々と吐き捨てて、馬蹄の音が後方へと流れていく。

 残されたのは軍配を構えたまま立ち尽くすあたしと、その近くの大地に深々と刺さる半ばで断たれた白銀の太刀。

 静々と手に持っていた軍配を眺める。

 そこにはまるで抉り取られたかのような一条の傷が残っていた。隕鉄で作らせたこの軍配をここまで削り取るなんて謙信にすら出来やしないだろう。

 

「……まったく。恐ろしいやつだよ、お前は」

 

 途方もない脱力感が襲ってきて、あたしは座り込んでしまう。

 生き延びたのだ。乗り越えたのだ。

 あたしの負い目はこの時、完全になくなったのだ。

 そのことが嬉しくてたまらなかった。

 

 *

 

 武田信玄と六角高村の激突は痛み分けに終わった。

 六角軍の決死の前進撤退で武田信玄本隊は痛手を被ったが、六角軍の被害も大きく犬山城に入城した後は動きを見せなくなる。

 尾張に向かう道中で内藤昌豊による奇襲を受けた松平元康は清洲城に入城。六角軍と連携して武田信玄の美濃合流を牽制する形を選んだ。

 ともあれ、尾張の戦線は完全に膠着し、六角と松平が描いていた尾張奪還の大戦略は頓挫する。

 

「信玄様、頼んでいた品物が完成致しました」

 

「そうか、ありがとう喜兵衛」

 

 ある程度は暇になった信玄は武藤喜兵衛から一振りの太刀を受け取っていた。

 

「あの高村殿が使っていたとはいえさしたる名刀ではなく、しかもすでに折れた刀。それを小太刀にするなどいささか無駄ではありませんか?」

 

「そうだな、喜兵衛。余人には無駄遣いに見えるだろうな。だが、どうしても形に残しておきたかったんだ」

 

 打ち替えられてもなお、鈍く光る白銀の輝きに信玄は目を細める。

 

「この小太刀の銘は『太平一文字』。天下人が持つのに相応しい太刀だ」

 

 それが今はこの手にある。

 失わないように励まねばならない、と信玄は思った。

 

 *

 

 かくして織田政権対武田信玄の戦いは、岐阜城の戦いを残すのみとなる。

 岐阜城東の加納で行われていた睨み合いは終始一進一退を演じていた。

 だが、それは山本勘助の演出でしかない。

 

「天下の岐阜城での戦。さしもの織田信奈も蝮も時間をかけて攻略すると思うであろう。しかし、済まぬな。それがしには時がない。故に性急に戦わせていただく」

 

 岐阜城での戦いを停滞させ、最大の敵である六角高村を封じ込める時間を作り、対高村が終わって初めて本命の策に着手する。それが勘助の構想であった。

 

「なんと……!」

 

 戦場の真ん中で斎藤道三は自らが死期を迎えつつあることを忘れて曇り切った眼を見開いていた。

 背後に聳え立つ岐阜城。その頂に「土岐の桔梗紋」が翻っていたのだから。

 

「……義龍。今になって襲いくるか……!」

 

 腑が破れたような感触がする。口内に鉄の味が満ち満ちて、収まらない。

 

「済まぬ、信奈どの。これワシの罪が抱いた事態……! 申し開きが出来ぬな……」

 

 懺悔しながらうずくまる道三。

 最後の最後になって運命が、追いつかんとしていた。

 

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