転生先の学友の顔が強すぎる件   作:流水麺と豪州侍

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台風でお家に帰れないのでやけくそ更新です。


第77話 父と子 前編

 

 岐阜城に土岐家の旗が翻る。

 その光景を目にした信奈は、呆然と立ち尽くしていた。

 斎藤義龍。

 かつて自身を苦しめた難敵。

 六尺五寸と侮られながらも手堅い用兵や半兵衛の起用し、斎藤家が倒れてもなお六角や朝倉の下について織田軍に抵抗した。良晴の忍びである蜂須賀五右衛門による諜報で病を得て朝倉家を去ったと聞いたが、まさかここでも立ちはだかるとは……。

 

「蝮の言った通りになったわね……!」

 

 歯軋りする信奈。

 油断ならない男だとは思っていたが、病を押してでも戦いに赴く執念までは考慮できていない。

 それに岐阜城の守備力を信奈は過信し過ぎていた。確かに岐阜城は難城だが、構造が分かり内通者がいれば落とすのは難しくない。現にそれをやってのけた人物が信奈の横にいる。

 

「半兵衛、この状況を覆す妙案はない? このままでは、織田軍は山上の義龍と武田本隊に挟まれて壊滅するわ」

 

「すみません、信奈様。今の織田軍の状況は、軍略上ではもはや詰みです。ただ一つ、打開する策としては岐阜城に五右衛門さんや前鬼さんを入れて義龍どのの暗殺を図るしかないかと……」

 

 竹中半兵衛ほどの智慧者をもってしても、状況は如何ともし難い。ただ、何もしないで滅びを待つ趣味はないので、一応信奈は半兵衛の献策を入れて五右衛門を岐阜城に入れることにした。

 

 *

 

 岐阜城に潜伏した五右衛門の動きはスムーズだった。

 なにしろかつての居城だから地の利がある。するすると警戒の間をすり抜けて、ついに義龍が陣取る館にたどり着く。

 

「斎藤義龍っ! お命御覚悟っ!」

 

 舌足らず(三十文字以下だから噛みはしない)な声が、義龍の居室に響く。

 しかし、そこに見覚えのある六尺五寸の大男はおらず、草臥れた若者のみ。

 

「うにゅ、間違えたでござる……。しかし、見られたからには仕方にゃい。きょろちゅじぇごじゃりゅ」

 

 五右衛門が翻って若者に襲いかかるが、忍者刀がその首に届く前に腹が焼ける感触を覚えた。

 

「間違えてはおらんぞ、乱波。我が名は斎藤義龍に相違ない」

 

 義龍の身体こそ衰えたが、技量は衰えない。それどころか、気配を読むことと無駄のない身体の動かし方については造詣を深めてすらいた。

 義龍ではない、とわずかに油断した五右衛門の僅かな隙を捉えて義龍は五右衛門の腹に静かに脇差しを突き刺す。死期が近いことがかえって義龍の感覚を明敏なものにしていたのだ。

 

「すまぬな、乱波。この義龍、死期が近いとはいえど殺されてはやらぬ。最期に成すべきことがあるゆえにな」

 

 痛みに身悶えする五右衛門に対して義龍は語りかけたのち人を呼ぶ。

 

「誰かある。この者を捕らえておけっ! しかるのち、我らは事を始めるぞ!」

 

 闖入者による遅延はあれど、義龍の計画は変わらない。

 囚われながら五右衛門は(申し訳ござらぬ、相良氏……)と呻いた。

 

 

 ………………

 ………………

 

 

 重い身体を引きずって、庭園に向かう。

 この山寺で死にゆくと決めた時、義龍が第一に始めたのは庭園の造営だった。

 理由としては、龍興と僅かな供回りに看取られて死ぬのでは少し物足りなかったのもある。また美濃を失った今、龍興以外に残してみたかったのだ。この斎藤義龍が生きていた。そうとわかるように目に見える形で。

 縁側から池を眺める。若かりし頃に道三から話に聞いた浄土庭園を模して作られた簡素な庭だが、義龍の心を慰めるにはちょうどよかった。

 

(この静謐は、戦国の世では叶うまい。……む)

 

 鯉を眺めようと水面に身を乗り出した時、義龍は強烈な既視感に見舞われた。

 数瞬、記憶を反芻する義龍。

 そして、気づいた。理解してしまった。

 

「おおおおおお……!」

 

 思わず顔に手を覆ってうめいてしまう。

 瓜二つだったのだ。

 記憶の中の若かりし道三の面影と、今この水面に映る痩せ衰えた自分の顔が。

 あまりに肉がついていたから、傍目にも自身さえも気づかないだろう。

 だから、道三を憎む誰かが流した「義龍は道三の実子ではなく、土岐頼芸の息子」という噂が真実味を得てしまった。

 そんな噂に踊らされて己たちは……! 

 

「今になって、知りたくなかったぞ。いっそ夢であってくれたならよかった。これでは、まるで儂の生は愚鈍な道化そのものではないかッ!」

 

 病に蝕まれていることすら忘れて、義龍は慟哭した。

 

 …………

 …………

 

 待てど暮らせど五右衛門は帰ってこなかった。

 朝に行かせてから今や日が沈もうとしている。

 岐阜城方に何かしら異変があったわけでもない。五右衛門の生死はともかく、計略自体があまり思わしくない方向に進んでいるのは明らかだった。

 このことは、道三と信奈に敗北を覚悟させていた。

 

「信奈ちゃん、このような事になった以上は逃げよ。京に入り、高村殿を盾として洛西諸国の支配を固めて再起するのじゃ。殿はこの老耄に任せよ、元よりワシの不始末。尻拭いはせねばな……」

 

「嫌よ、蝮を置いていくなんて……!」

 

 愚図る信奈。

 合理的ではないことは理解していた。けれど、心情的にそれは出来なかった。道三の言うように逃げれば、信奈たち本隊は助かるだろう。けれども、劇的に数が減った道三たちが生き延びる目は完全になくなることもまた理解していた。

 

「甘ったれるな、織田信奈!! 天下布武を唱えるならば、ここは退け! もとよりワシは長くはない身! 今死のうが死に時はさして変わらん! だが、其方は違うであろう!」

 

 鬼のような形相で喝破する道三。その勢いは凄まじく、信奈とて一歩後退するほどだ。

 信奈との距離が空いたことを理解した道三はすかさず刀を抜き、切先を信奈に向ける。そして言い放った。

 

「この後に及んで、ワシに縋り付くようなら斬る。其方だけではない、親子の縁すら斬ろうではないか。もはや其方は天下をその手を掴まんとする王者よ。いい加減、親離れをせい」

 

 信奈はもう何も言えなかった。……いや、言えずにいた。

 悲しさと怒りと悔しさに震えて、言葉がまとまらない。

 道三が口にした言葉は、それだけ信奈には重い。

 父・信秀を早くに失い、生母からは愛されなかったために、痛々しいほど親からの愛を求めていた信奈には。

 そんな信奈の葛藤などつゆ知らず、戦況は動く。

 岐阜城に翻っていた土岐家の旗が喊声を上げながら山々を駆け下る。

 

「親父どのをーーーーお救いせよ!」

 

 どういうわけか、武田軍を目指して。

 織田武田諸将双方ともに義龍の行動は理解できなかった。

 不倶戴天の敵として今まで戦ってきた斎藤義龍。

 それが今になって、織田方に加勢するなど。

 誰が予想できただろうか。

 

「何故! 何故だ、義龍!! 何故今になって……!」

 

 勘助は狼狽した。

 義龍の心変わりの理由はわからない。宿曜道で見たとてわからないであろう。

 

(お館様に申し訳が立たぬ……! それがしの策を信じたばかりに……。それがしは途方もない大失態を犯した……ッ!)

 

 予期しない逆落としで武田軍に崩れが生まれる。勘助と秋山信友、信玄の影武者を務める武田逍遥軒が抑えに回るが、いかんせん足りない。高村との決戦のために信玄と武田四天王を引き抜いたのが、ここにきて勘助自身の首を絞めた。

 突然の事態に硬直する織田軍だが、織田信奈のことだ。すぐに好機と見て攻めかかるだろう。

 そして、懸念は犬山城と清洲城の二つの城に籠る六角高村と松平元康。双方共に手負いだが、武田本隊の有様を知れば嬉々として攻めかかるのは目に見えていた。

 

「全軍、関城あるいは加治田城に退却せよ。もはや岐阜城は獲れぬ。一刻も早く退路を確保すべし。殿はこの山本勘助が申し受ける……!」

 

 武田逍遥軒に打診して、勘助は全軍の退却を取り付ける。

 信玄にも申し開きの手紙を送った。

 ならば、もうやるべきことは残っていない。

 勘助は駆けた。

 狙いは遅ればせながら動き始めた織田軍。

 その只中に突入してなんとしても武田への追撃を抑えさせる。

 

「今まで動かなんだ我が五体よ! 今だけは動け! 動いて、お館様の道を開け!」

 

 老いさらばえた身体に鞭を打つ。

 勘助に付き従うのは同じく川中島で死に損ねた男たち。そして、武田に仕える以前から苦楽を共にしてきた山の民たちに、真田忍。

 勘助の武勇は木端武者でしかないが、周りの死闘が道を無理矢理にこじ開けていく。

 そうして、勘助はついに一つの陣にたどり着いた。

 

「居たぞッ! 天命を動かす者よッ!」

 

 相良良晴。

 織田信奈の傍に立つ未来人。信玄の天命を変えるきっかけになった男。

 命の灯火が消えゆく以上、最期に会って見たかった。そして討ち取る。

 この男が、織田信奈を支えると決めてから何かが変わり出した。その狂いをここで正す。

 それが最後の奉公であると、勘助は思い定めていた。

 

「その眼帯に面相……! まさか、山本勘助かっ!」

 

 勘助の侵入に気づいて槍を構える良晴。しかし、慣れてはいないのかやや腰がふらついていた。

 拙い、ふと勘助は思う。これならば、自分でも殺せるであろう。

 馬上から槍を突き出して、良晴に向かう。

 しかし、槍の心得がなくとも良晴には天性の回避の才能がある。一歩、大股でステップを刻んで身を翻し、人馬一体の突進をかわしてみせた。

 なにくそ、と勘助は馬首を翻して良晴に襲い掛からんとするが、それは叶わなかった。

 空が見える。良晴の方を見ると槍を無防備に降ろして目を丸くしていた。

 身体の側面が痛んで起き上がれず、赤い血溜まりが勘助を中心に広がっている。

 

「な、なぜじゃ、なぜ今なのだ……! あと数瞬……! それだけ命があれば、小僧を殺せたものを……!」

 

「爺さん、もういい。戦わなくていいんだ 」

 

「いや、死ねぬ。武田の旗を瀬田に翻すまでは……」

 

「とどめは刺さない。だから、爺さん遺言を。このまま勝千代ちゃんに伝え残すことがあっていいのかよ……!」

 

「……勝千代ちゃん。お館様をそう呼ぶのか、お主は……」

 

 頑なだった勘助の心がすっと溶けていくような気がした。

 相良良晴。臆面もなく敵の大将を名前で呼べるこの男に本当の意味で敵はいないのだ。ならば、告げても良かろう。

 本当に自分がお館様に伝えたいことを……。

 勘助が舌をもつらせながら告げ、良晴はそれを書き取る。

 

「もう言い残すことはないか、爺さん」

 

「ああ、すまぬ。……最期に救われた……」

 

 思いの丈を全て語った勘助は満足して眼を閉じる。

 その死に顔はとても悪辣な軍師のものとは思えないほど安らかであった。

 

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