転生先の学友の顔が強すぎる件   作:流水麺と豪州侍

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第79話 日本初の試み

 

 和睦をしたい勢力はことの他、多かった。

 武田と俺ら六角は無論のこと、浅井も姉川の総力戦の疲労が抜けず和睦に飛びついた。

 松平も「武田を叩ける機に叩かないのは気になるけれど、それはそれで国力を休めたい」と言ってきている。まぁあそこは豪族の主張が激しいから誘導はしやすい。

 何よりも意外だったのは、姉川の戦い後はぼろぼろながらも越冬を辞さない構えだった朝倉義景すら和睦に応じようとしていることだった。

 

(織田以外は和睦を求めているということになる……。この一事をちらつかせれば、さしもの信奈公も鉾を収めよう。……いや、それにしては武田が余りにも隙を晒し過ぎているか……」

 

 退路が不確かな状況の武田。

 兵はぼろぼろで首脳陣もわざわざ美濃まで出払っている。浅井朝倉が動き出すつもりがないなら尚更好都合。

 本当の本当に洛東五ヶ国の全ての力を叩きつければ、あの戦国最強の武田軍はこの美濃で完全に過去の物に出来る可能性がある。

 そうなれば松平は駿河南信を食って早くも拡大するし、武田と絶対に手を切って独立しそうな真田も巻き込んで上杉を抑え込めば、東方問題は解決する。

 兵は詭道なり、乾坤一擲の大勝負に持ち込み、制せれば天下の大勢はかなり織田側に傾く。

 ……ああ、本当に織田信奈が天下を取れるならこのシナリオを描けてしまうのだろう。そして、桶狭間のような千載一遇の好機をものにして、先の大戦では俺の防衛策を力づくで破断したような女だ。

 描けたら、間違いなくやる。

 

(俺は織田信奈に天下を取ってもらわねば困る。そこは変わらん。……けれど、自立して独力で好き勝手進まれる方がもっと困る。……すまんなぁ、信奈公。俺のわがままのために天下取りの道、十年遅滞してもらうぞ)

 

 武田崩壊へのシナリオ。

 それを描かせない。描かれたとしても、実行させないようにしなくてはならない。

 今のまま、信奈公に書状を送っても悪手だろう。

 だから、場を整える。

 信奈公や竹中半兵衛が落ち着いて考えられない、そんな場を。

 

 *

 

 色々手回しをしたが、実現したとなるや壮観だった。

 織田軍と武田軍が対峙する多治見の一寺に、六ヶ国の首脳陣が集められている。

 浅井からは藤堂高虎、朝倉からは前波吉継、織田からは織田信奈本人と滝川一益、相良良晴、竹中半兵衛の四名の大所帯。武田からは武田信玄本人が乗り込み、松平は元康本人と石川数正が出席。ウチからは俺と義定に長束正家の三人が出ていた。そして、公平性を期すために岐阜に滞在していたルイズフロイスも呼び寄せている。

 これだけの面子が集まって、今から大戦の停戦交渉をするのだからただごとではない。

 日本で初めて会議で歴史が動いたとされる清洲会議よりも早い、停戦と戦後交渉を兼ねた多数国の会議。似たような例は三十年戦争後のウェストファリア会議だろうか。過去を遡ってもあまり聞いたことがないような気がする。

 

(あれ、これ図らずも歴史に名が残るのではないか、これ)

 

 ぶっちゃけ主宰しておいてなんだが、思ったよりも大事になりそうだった。

 

「まずは、遠路の中で御足労いただいたことに感謝を。もう戦うよりかは会議でけりをつけた方が安上がりだろうと横着した俺に乗ってくれた者のあまりに多いことか。これより六ヶ国協議を始めさせていただく、議長は発起人であるこの六角式部大輔高村が、見届け人にはイエズス会のルイズフロイス殿が務めましょうぞ」

 

 俺の長台詞の後にフロイス殿が頭を下げる。

 初めて見る宣教師の姿に信玄公や前波吉継は瞠目しているようだった。

 

「わざわざ六ヶ国から人を集めてよくやるわね。で、わたしは引かないわよ。今や有利なのはわたしたちだもの。このまま踏み潰してあげてもいいのだけれど」

 

 作法もなく左脚を伸ばしながら、信奈公は言う。

 それに対して反応したのは、信玄だった。

 

「ほう? 義龍の寝返りがなければ、濃尾失陥待ったなしだった女がよく吠えるではないか。もう少し分を弁えろよ、うつけ者。この状況はけしてお前が作り上げたわけではないのだからな……」

 

「なんですって?」

 

「なんだ、あたしはご丁寧に事実を教えてさしあげたに過ぎないのだがなぁ」

 

 メンチを切り合う信奈公と信玄公。

 まぁ、ここの議題は最後までけりがつかないのは明らかだから放置でいい。

 一番楽な浅井と朝倉の方から手をつけるとするか……。

 

 *

 

 やはりというか浅井と朝倉の停戦の話題はすぐに終わった。

 なにしろ今の信奈公は武田を倒すことの方に重点を置いている。だから、浅井朝倉の停戦したいという申し出は彼女にとっては渡りに船だった。

 だが、信玄公にとっては手痛い。武田軍に比べて多少は元気な織田軍とこのままならやり合わないといけないのだから。

 

「信奈公はノリノリだからいいものの、まだ武田とやるのは俺らにはきついよなぁ数正殿」

 

「……左様にござるな」

 

 やり合う信奈公と信玄公を尻目に俺は石川数正に話題を振る。

 元康ではなく、数正。

 石川数正は西三河の旗頭として豪族の利益を代表しなくてはならないという宿命がある。

 東三河の場合なら所領が武田に近く敵愾心も強いが、西三河はそうではない。むしろ、東のために西がなぜこうも持ち出しをしなくてはならないのかと憤慨している層もいると聞く。

 ……だから、取り込む目はあった。

 

「私としましては、吉姉様と武田と戦いたいのですが……」

 

「しかしながら姫様。織田に対しては今までを鑑みるに持ち出しの方が多ござる。我らが遠州で戦わねば、織田は姉川の戦いすら満足に戦えてないのでは? 我らはあくまで対等な同盟であったはず」

 

「それはそうですが……」

 

 数正に説かれて、元康は利害と友情の損得に揺れていた。気の荒い三河の豪族の機嫌を損ねれば、武田に走られる。そうなっては領国の安定もままならないだろう。

 

「信奈公。俺が持ち出しをするのは、一応従属した身だからまだいいが、松平にまで求めることじゃないだろうよ。……正直、松平はもうキツい。休ませてあげたらどうだ」

 

 ここで、信奈公に話を振る。

 なにせ元康自身は放置すれば友情に振り切れるのはわかっていたからだ。

 ……だから、ここで松平に対して言質を取らなくてはならない。そして、その言質はほぼ取れる。

 

「……わかったわよ。それだけキツイなら松平はもう退きなさい」

 

 すんごい渋々ながらも、信奈公が宣言する。

 なにせ、ここには武田信玄の目がある。ここで松平を粗略に扱えば信玄公は確実に「織田は松平に、三河武士に冷淡である」と喧伝して利用するだろうから。元康自身は友情を守っても、その悪評を使って信玄公が本気で調略に入れば三河武士のほとんどは揺らぐ。だから、ここでは信奈公は松平に対して甘い顔をしなくてはならない。

 

「松平の協力に感謝する。和睦がなった暁には田峯城と長篠城を返還しようではないか」

 

 ここで、信玄公が奥三河の主城2城の返還を切り出した。敵ながらこれは上手い。戦わずして松平にとっては取り返したかった城が帰ってくるのだ。これでは、織田の方に賛成することはあるまい。

 

「松平が帰るなら、俺たちも帰りてえな。姉川に引き続き、対武田は重たい。それにさすがに財政もやばいからなぁ」

 

 疲れたように俺もまた和睦を切り出す。

 俺たちが武器にするのは、長束正家に作らせていた(ちょっとヤバさを盛った)収支表である。これを信奈公ら織田家臣団に読ませて、なおかつ正家に「お金がない」と叫ばせる。

 

「織田家の皆さん、我々は戦うのに異存はないんです。けれど、流石に赤字が続き過ぎて破綻します。どうしても戦わせたいなら、流石に先立つものがないとちょっと……」

 

 戦わせるなら金をくれ、とばかりに正家が信奈公らに詰め寄る。

 ついでに(織田がちょっと無理をすれば出せない訳ではない額の)支援も募る。というか、支援なしに戦わせるなと脅した。

 

「高村……、あんた……!」

 

 わなわなと震える信奈公。ああ、これは切れてるなぁ。だが、こっちも引く気はない。

 

「元康と違って、俺はあんたの従属大名だからな。指示されたら従うが、そっちもそっちでこっちを保護する義務はあるだろ。今まではなんとか自力でやってきたがなぁ、流石に辛いって」

 

 元康の論理を悪用して攻め立てる。そして、これもこちらが勝つ。

 なにせさっきの元康を通して俺を通さないのは、道理に反するからな。

 

「で、どうすんの? お金出してくれるの?」

 

 期待に目を輝かせるような演技をして、信奈公に追い討ちをかけた。

 やるならやるでちょっと多めにお金をもらえるからどっちにしろ悪い話ではない。ただ、信奈公のやる気次第だ。

 そして、どうやら信奈公のやる気は挫けたらしい。

 

「……いいわよ、あんたらも勝手にしなさい。今のわたしにそんな大金をポンと出せる余裕はないのよ」

 

 完全勝利である。

 あのけちんぼな信奈公から完全な譲歩を引き出した。

 松平と六角が戦列から抜ければ、織田は独力で信玄入りの武田に勝つことはできない。会議の大勢は完全に決した感がある。

 

 *

 

 織田が折れたことで、六ヶ国協議は停戦を決めた。

 その内容は、全勢力は一年間交戦を禁じる。武田は松平に田峯城と長篠城を返還し、織田には遠山領以外の美濃と尾張の領土を返還するの二つが大綱だった。

 要するに武田の勢力がほぼ戦前のものに戻っただけである。浜松以外の遠州を再奪取しただけだった。

 他に高坂昌信をはじめとする捕虜も無事な者は返還された。ついでにこの機にキリスト教の布教の解禁も参加国全てで成されている。

 いずれの条約はフロイスの目の前で起請文として書き起こされ、血判を押して神前と仏前それぞれに供えられた。

 

「「この起請文に背く者、仏やデウス、古今のあらゆる神々に罰を与えられるであろう!」」

 

 最後に多神教たっぷりの宣言を高村とフロイスで行って、六ヶ国協議は幕を閉じる。後世に多治見会議と呼ばれるこの会議の模様はフロイスの書簡を通じて欧州に渡り、のちのウェストファリア条約とそれが締結された会議に影響を与えたとされている。

 

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