転生先の学友の顔が強すぎる件   作:流水麺と豪州侍

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第80話 信玄と信長

 

 浅井に朝倉、織田と武田に松平、そして六角。

 一箇所に六ヶ国の武将が集まれば、会議の裏でそれぞれの思惑が蠢く。

 例えば、浅井と朝倉に対して織田は調略を仕掛けているし、松平は武田の様子見に余念がない。

 直接的に矛を交わすことは一年ないとしても、敵対関係が終わったわけではないのだから。

 そして、六角高村もまた人目を避ける形で一人の武将と対峙していた。

 

「……流石だな、高村。お前に頼って良かった」

 

「俺にとっても都合が良かったからいいが、それでもし信奈公が本気で戦う気だったらどうするつもりだ」

 

「その時は、その時。手負いの虎の恐ろしさをさんざ知らしめていたところさ」

 

 獰猛に高村の会談相手……武田信玄は笑う。

 その笑みに高村は僅かに冷や汗を垂らした。

 高村は知っている。小牧で命を拾えたのは武田信玄の僅かな驕りを的確に突けて、その上で機を誤らなかったから為せただけに過ぎないことを。

 例えば、一国の存亡をかけた、驕りも油断も僅かな過失も許されないような戦いならば、正直なところ武田信玄に勝ち切る自信はなかった。

 

「なるほど、それは恐ろしい……。それで本日はどうなされたので? まさか信玄公ともあろう人が礼を言うためだけに俺と話したがるとは思えない。なんぞ、要件があるかとは思うのだが」

 

「ああ。とは言っても、調略とかではないのだがな。少しばかり胸のしこりを取り払って欲しいだけだ」

 

「胸のしこり、と」

 

 高村にとって信玄の発言は意外だった。

 見た目からして豪放磊落な武田信玄にそんなものがあるとはつゆとも思わなかったのだ。

 

「なんでお前はあたしを捨てたんだろうと思ってな。確かにあの状況で生き残るには、あたしを切り捨てるのはなくはない。だが、国益だけではない気がしてな。その辺り、どうなんだ?」

 

「いや、国益だよ。それ以外にない」

 

「それは嘘だ。国益だけならば、織田に服属した後はのらりくらりと援軍要請などはやり過ごせばいい。そうするだけの余力と影響力はお前にはあった。……だが、実際はどうだ? お前はわざわざあたしたちとの戦いの全権を握り、ついには終戦まで漕ぎ着けた。それだけじゃない、お前は高槻で律儀にも畿内の残存勢力を蹴散らしている。普通の従属大名なら、そこまで働いたりはしない。ならば、国益以外の理由があると踏んでいる。……さては、織田信奈を抱いたか?」

 

「なにをどうしたら、そうなる。信奈公なぁ……。見てくれは悪くないんだがなぁ……。気性が荒すぎるんだよなぁ……」

 

「じゃあ、なんだと言うのだ。惚れた腫れたでないなら、もうあたしにはもうわからんぞ。理由を聞くまでは帰してやらん」

 

 ついに強硬策に出た信玄に高村は嘆息する。

 

(まったく、恐ろしい女だよ。伊達に戦国最強と呼ばれちゃいない。話さなきゃ、ダメらしい。だがなぁ、どう言えば伝わるのか)

 

 高村が曲がりなりにも信奈に従う理由は麒麟を呼ぶに足る為政者の才を見出しているからだが、対外的な評価では武田信玄が上回っている。

 世評通り、確かに武田信玄の能力は凄まじい。

 上杉謙信には劣るかもしれないが、戦国でもトップ級の軍才を持ち、内政面では貧しい甲斐を豊かにし大国として振る舞えるだけの地力を得ている。外交は悪辣だが国益に結びつかない成果を出すことはあまりない。

 おおよそ完璧な武将ではあるが、高村は信玄を天下人候補としてはさして評価していなかった。

 

(信玄公になくて、信奈公にはあるナニカ。……後世で信長が戦国の革命児と言われた要素のことだ。だが、並の制度改革なら信玄公や北条氏康だってしている。楽市楽座も家臣集住も始めたのはウチだしな)

 

 思えば、織田信長ほど評価が定まらない人物は難しい。革命児とされながら意外と保守的だと言われたりする。だが、それでも織田信長以前と以後では、明らかに時代の様相が様変わりしている。

 その理由を高村はなんとなく想像がついていた。

 

(ああ、なるほど。ならば、この質問を逆にぶつけてやればいい)

 

 考えを固めた高村は、信玄に向き直り口を開く。

 

「なあ、信玄公。逆に問うが、天下を取れたらどこに幕府を開く?」

 

「京か、鎌倉だな」

 

 少し考えて信玄は答えたが、それを聞いて高村は笑った。

 

「そうか。なら、信奈公だな」

 

「何故だ」

 

 言い切る高村に抗議する信玄。

 京も鎌倉も以前に幕府が開かれていた場所。京なら室町幕府の後継として、鎌倉なら武家の王として象徴的に振る舞える。悪い回答ではないと思っていた。

 

「その二つの都市に幕府を開くことに意味がある。が、それでは人の心は変えられない。戦雲を払うことはできない。麒麟を呼ぶことも難しいだろう」

 

「じゃあ、お前ならなんと答えた。答えろ、高村」

 

「俺か? 俺ならば大坂か観音寺だ。ああ、武蔵のど真ん中に新しい都市を作ってもいいな。とりあえず京と鎌倉は考えてないぞ」

 

 聞いた信玄は押し黙る。高村の回答の意図を測りかねていた。観音寺は居城だからわかる。大坂は高村にさして縁がある土地ではないが、栄えてもいるし交通の要衝だからわからなくもない。最後の武蔵がわからなかった。

 

「多分、同じ質問を信奈公にしたとしても、大坂と観音寺は共通するだろうよ。……俺たちは自分の都を作るんだ。盛大に都市を一から十まで開発して作り、『これからは自分の時代だ』と天下と人々に誇示するのさ。なんだかんだで目に見える形であった方がわかりやすいからな」

 

 武田信玄と織田信奈の差はそこだ。

 伝承者であろうとする前者と創造者たらんとする後者。

 後者のように強烈な個性が新たな時代の枠組みを提示しなくては、泰平の世は作れない。

 織田信長も豊臣秀吉も、文化や建築に制度、合戦のやり方。あらゆる面でこれまでとは違うことを目に見える形で示し続けた。その結果、ようやく時代が変わったのだと思う。

 そんな彼らに対して半ばに死んだこともあるが、武田信玄が時代が変わったと天下に示すだけのナニカが出来たとは思えないのだ。

 だから、高村は武田信玄をいまいち天下人候補として評価しきれていない。

 高村の言葉を受けて、今度は沈思黙考する信玄。少しして整理がついたのか、口を開いた。

 

「……なるほどな、確かにあたしには何かを一から作るという経験はさしてない。……実のところ、想像が湧かないのだ。天下を治めるということがな。天下は取れるかもしれないが、治めることはできない。高村、お前があたしに危惧することはそれか」

 

「ああ」

 

「なら、お前が治めるといい。天下を取りたいのは、あたしが古今無双の名将だと知らしめたいからでしかないのだ。だが、統治が出来ぬというならお前に任せる他ない。あたしにここまで講釈を垂れるのだから、当然出来るよな?」

 

 そう言って信玄は口の端を釣り上げる。対して高村は皮肉げに笑った。

 

「出来るがしたくないし、割に合わない。俺は家の存続にしか興味がないからな。やる気があれば、焦土戦をしてでも織田信奈を領内に引き込み、そちらを無理矢理間に合わせようとした。甲斐を本拠にする以上、織田信奈以上に貴女は付け込みやすい。同盟者のふりをして天下を簒奪しただろうよ」

 

「ならば、あたしがそうさせる。織田信奈を倒せば、お前はあたしの下に付かざるを得ないだろう。ならば、力づくでそうさせる。まだ、戦国の世だ。強者に従うのは当世のならいだろう?」

 

「あんたには敵わないなぁ……」

 

 苦笑いを浮かべる高村。

 めんどくさい女に目をつけられたものだ、と辟易した。

 

 *

 

 信玄公との会合を終えて、俺は次の場所に向かう。

 目的地には三盛り亀甲の旗が翻っていた。

 

「遅くなってすまないな」

 

「いえ、わざわざ他国の当主に御足労願っているのですから、こちらには責める理由はございませぬ」

 

 会釈して栗毛と黒髪が混じった長い髪が揺れる。

 高村を出迎えたのは、藤堂高虎。浅井側の全権者だった。

 

「使い走りのようなことをさせて悪いが、この書状を長政に渡してほしい」

 

「それは構わないのですが、私に渡して宜しいので? 中を見て不都合だと判断して捨てたりしたらどうなさります」

 

「お前はそんなことをしない姫武将だとは思ってたから、あまりそこは考えてなかったなぁ……」

 

 藤堂高虎は七人の主君に仕えたが、調略で寝返ったことは一度もない。禄高や家中の人間関係に嫌気がさして離れたことはあれど、待遇に満足さえすれば犬のように働いていた覚えがある。

 冷静に考えたら、ただの冷たいやつが徳川幕府で外様ながら信任されることなどないのだから。

 

「最悪、中身を見てもいい。内容はお前には絶対わからないだろうからな。二度命を救ってやった借りをここで一回分返すと思ってやってくれればいい」

 

「そうまで言われるのでしたら、お引き受けします」

 

「ありがたい。じゃあ任せた」

 

 書状を手渡して、別れる。

 この書状は俺にとってはある種の決意表明だ。

 長政の手に渡っていたなら、僅かばかりでも俺に未練が残ってたのなら、なんかしらの反応は見せてくる。

 武田とはしばらく大人しくできる。となると、目線は必然的に畿内に向くことになる。

 いよいよ、浅井を滅ぼさなくてはならない時が来るのだ。

 

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