転生先の学友の顔が強すぎる件   作:流水麺と豪州侍

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第85話 クガイ、法難

 

 氏家卜全討ち死にの報を受けた高村の動きは迅速だった。

 すぐに包囲の一部を小木江城に傾けて奪還し、再度包囲を固める。

 高村側としてはそれでもなお事を構える気はなかったが、門徒側は完全に戦う気になっていた。

 

「今こそ、長島の公界を守る時だぬこ! 者共、死なば極楽、退くは地獄だにょ!」

 

 長島きっての大寺である願証寺の住職が檄を飛ばす。

 門徒たちは「にゃー!!」とそれに応じて雄叫びで返す。士気に関してはどこの武家よりも高く、かつてはこの熱量で加賀一国を覆い尽くした。

 

(門徒どもは阿呆だが、これは使える。上手く軍略的に使えば、北伊勢や西濃は切り取れよう。わしや、北伊勢の残党たちの助けにはなる)

 

 だが、門徒たちに基本的に戦略や戦術的な素養はない。そのあたりを補うのが、斎藤旧臣だった日根野弘就や高村に取り潰された北勢の毛利家や河村家といった浪人たちであった。

 長島の公界は来るものを拒まない。いわば乱世にあぶれたものの受け皿になっており、領国を追われた領主たちや浪人を抱えて瞬く間に総勢二万まで肥大化した。

 

「ご住職。小木江は取り返されましたが、まだまだ我々の意気は軒昂なれば、桑名や蟹江を取り来たるべき武田を待ちましょうぞ」

 

「うむ! 弘就どの。我らは燎原の火だぬこ。このまま織田領を焼き尽くすぬこー!」

 

 住職の威勢のいい返事に弘就はほくそ笑む。

 気持ちだけで戦っている門徒は煽れば煽るほど、命知らずに突撃を繰り返す。専門的な訓練をあまりしなくても通用し、数も多い。使い捨ての雑兵としては理想的だった。

 

 *

 

 無軌道なにゃんこう門徒の突撃に高村は手を焼かされていた。

 一国を転覆しかねないほどの熱量は本来なら二万の兵で受けるようなものではないのだ。

 

(だが、ここで押し止められなければ織田領は終わる。軍の進退ができなくなり、三河にまで手を伸ばされるようなことになれば松平家すらも危うい)

 

 力づくでなんとか長島に押し返し包囲する。だが、すぐに再起してやってくる。対症療法だけでは限界があった。

 

「一氏、大坂の状況はどうだ?」

 

「どうにも和睦は難航しているようで、使者として送った相良良晴はそのまま人質として囚われたようです」

 

 捗々しくない上方の情勢に高村は頭を抱えた。

 

(どうする? 今はまだ押しこめられているが、にゃんこう門徒は追い返しても追い返しても襲いかかってくる。いずれはこちらの方が根負けし、ずるずると被害が増えるだろう)

 

 高村の脳裏にちらつくのは、予め講じておいた策。

 この策が上手く機能すれば、自軍の被害は限りなく抑えられることは分かっている。なら、使えばいいと思われるのだが、そう簡単ではなかった。

 

(あの策を使えば、長島は水に沈む。門徒を殺し過ぎるし、農地もまた潰れる。あまりに非道な策だから敬遠していた。だが、使わざるを得ないだろうか……)

 

 最早、これ以上の被害を高村は看過できなかった。

 一氏と氏郷に指示を出し、自らは陣に控える。

 この高村の決断を境に長島包囲の意味合いは様変わりすることになるのであった。

 

 *

 

 高村の決断から翌日、長島の門徒に噂が流れ始めた『六角高村が木曽三川の堰を切り、長島の諸集落に水を流し込む』というものである。

 この噂に対し、門徒たちの反応は半信半疑であった。第一次大戦の高村の水塞による水際防衛作戦の事を考えれば出来ないわけではない。あの戦で高村は水計で織田信奈の三千を押し流している。しかし、それだけの席堰を木曽三川の下流域にいくつも用意できるかと問われたら疑問視するほかなかったのだ。

 だから、初めは住職は「噂に構わず進軍するのにゃ」と指示を飛ばす。

 しかし、噂は事実だった。

 にゃんこう門徒が小木江城に再度攻めかかった最中に、堰が切られて長島の北の輪中の三つの集落に川の水が流れ込んだのである。

 その晩、高村からの書状が住職に届けられる。これを読んだ住職は身震いした。

 

『空事だと思って侮ったな? 俺は基本的に出来ることしか言わん。悪いことは言わないから抱え込んだ浪人を放って降伏してくれ。次にまた攻め込んできたらまた一つ堰を切る』

 

 もはや住職は高村の言を否定することはできなかった。ただ猫耳と猫しっぽをふるふると振るわせるだけ。

 自分は恐ろしい相手を敵に回してしまったと震えた。

 だが、住職の意に反して門徒たちの士気はあまり下がらない。まだなお戦おうとしている。その裏には日根野弘就の扇動があった。

 

「所詮は高村のこけおどしよ。手段がなくなったからこのような手段に出たのだ。なに、次はない」

 

 弘就にとって門徒たちがどうなろうがどうでもよかった。そして門徒たちも恐ろしい噂よりは明るい話題の方を信じたかった。双方の思惑が戦意を先走りさせていたのである。

 二日後。

 住職の静止を無視した門徒が再び長島の外に攻め込んだ。したがって高村は宣言通りに堰を切り、集落四つをまた水に沈めることとなる。

 

「どうするのにゃ? このままでは戦う前に本当に長島は沈められるにゃ……」

 

「だが、あれだけ大がかりな水計は何度も出来るわけじゃない。そうだ竹を堤防に植えるのだ。そうすれば堰は強くなって水害から身を守れるぞ」

 

「馬鹿なことを言ってる暇じゃにゃいのだ、毛利殿。まともな策を捻り出すのにゃ〜!」

 

 門徒の中でも二回目の水計は分断を生じさせた。

 すでに水計に集落を飲まれた者たちとそうでない者の間に意見の差異が出始める。前者は盛んに進撃を支持し、後者は逆に守りを固めることを求めるようになる。

 住職は後者に回り、前者には弘就や北伊勢浪人がついて対立構造が出来上がっていた。水計の被害を受けたくないため、後者の方がやや優勢か。

 ただ、それで意見を固めることはできなかった。

 高村側が加藤嘉明と稲富祐直に命じて長島南岸へと安宅船からの砲撃を命じたのである。

 

「なんだにゃ、あの船は?」

 

「あかん、あれには大筒が積まれとる。逃げるのにゃー!」

 

 高村が堺で購入した芝辻砲八門が火を噴く。

 火縄銃には見慣れたにゃんこう門徒衆であるから、火縄銃よりも長距離から大きい砲弾を放つ大筒の恐ろしさを理解してしまった。

 しかも大筒を積んだ水軍に抗おうにも、二回の水計で保有する船の数は格段に減っている。ただただ撃たれるばかりであった。

 大筒を止めるにはもう陸路で母港となっている赤堀を制圧するしかないが、攻め込んだら水計でまた集落が水に飲まれてしまう。

 

「住職様、どうするのにゃ?」

「住職様、何卒赤堀に向かって進軍する許可を」

「住職様、北の捨て鉢どもを止めてーな。南部も水に沈みとうない」

「住職様、それがしは死ぬ覚悟ができてござる」

「住職殿、もう諦めて降伏しては? それがしは所領を取り戻さなくてはならない。長島と運命を共にするつもりはない」

 

 複雑な状況下に置かれた長島はもはやかつての団結力を失ってしまった。

 住職の元に多種多様な言葉が寄せられる。

 公界は来るものを拒まない。だからこそ様々な立場の者が流入してくる。そして意見も様々。さらに戦局不利と見て高村と通じるものまで出始めていた。

 だから、一度まとまりを欠けば再度まとめるのに骨が折れる。

 心労で住職はもはや倒れそうだった。

 

『住職殿、もう十分であろう? 降伏なされては。俺とて過剰に門徒をいじめて、集落を水に沈めるのは本意ではない。河村殿はこちらに降伏した。間違いなくこちらに降る浪人はこれからも増えるぞ。どうしようもなくなる前に降伏してくれれば、住職殿の身柄と浪人の召し放ちだけで長島の民に手を出さないことを約束しよう』

 

 疲れ果てた心に高村の書状に認められた文言が刺さる。

 

(もう疲れたにゃ……。これで終わるなら、もうなんでもいいにゃ……)

 

 ついに、住職は精魂尽き果て降伏を決意するのだった。

 

 *

 

 住職が俺の元に投降し、長島のにゃんこう一揆は一応は終結した。

 信奈公の元に住職を送らせ、俺は軍勢を率いて長島を接収に入る。

 

(堰を二回切った。全部切らないうちに終わったと安堵していいのか、はたまた使ってしまったと懺悔すればいいのか……)

 

 煮え切らない気持ちで長島を闊歩する。

 俺は門徒たちの士気の高さと捨て鉢な戦ぶりを恐れていた。加賀を転覆したその力はいくら警戒してもしたりない。……だから、直接戦うことなく水計と大砲による心理的な圧迫によりその士気を中で暴発させ、教団を自壊させることを狙った。公界は構造上、分断させることが容易だったこともある。ちなみに木曽三川全域を沈めるのは流石に出まかせである。実際は集落を十一箇所冠水させる分しか作ってなかった。

 ともかく、水計に切り替えたことで兵の被害は数百人に留まり、住職が降伏したことで敵とするべき教団は潰えた。成果だけ見ればこれ以上ない大戦果だろう。

 後は門徒の武装解除や怪我人や流人の収容なのだが、これが上手くいかない。分かってはいたが、苛烈な抵抗を受けたのである。差配していた侍大将が二人討ち取られる事態にすら陥った。

 

「長島がわいの最後の居場所だったんだがや! 返せや! 返せやー! ……うぐ」

 

 暴徒と化した門徒を殴りつけて黙らせる。こうした暴徒の被害は後を絶たない。全体を率いていた住職を失ってもゲリラ戦を駆使して接収を邪魔してくる。

 やるせなかった。

 勝つため、公界を潰すためとはいえ民生に多大なダメージを与えるような策を取らざるを得なかったことを。

 そして、それでもなお至らなかったことを。

 

「一氏、氏郷、嘉明。民の収容はここまでとする。民を引き連れて桑名まで行くぞ。長島を出たらば、街に火をかける」

 

「……はっ」

 

 長島の完全な武装解除は難しい。ゲリラと化した門徒を制圧するのも同様だ。綺麗事のために無駄に家臣を死なせる趣味もない。なら、こうするほかなかった。

 去り際に船の上から煌々と燃え盛る長島を眺める。

 目を落とした先の川面に映る赫い炎は、俺の目に焼き付いて離れない。

 きっとずっと俺はこの罪を抱えて生きていくのだろう。秩序の守り手と謳っていた手のひらは焦げ付いてもう綺麗なものではない。

 だが、それでも掴みたいものがあったのだ。たとえそれが自己の安寧のための天下泰平というひどく手前勝手なものだとしても。

 

 

 最終的に長島の戦いで水計に沈んだ集落は七つ。長島の寺内町は砲撃と高村による放火で灰燼に帰した。

 高村側包囲軍の被害は氏家卜全と六角の侍大将二人と九百人弱の兵。対する一揆勢は集った二万の門徒のうち千五百が討ち死にし、四千人が負傷。何らかの形で生活基盤に失った門徒は八千人に上った。

 教団側にとって辛かったのは、何より混乱を住職が制御できなかったことによる権威の失墜と分断しやすい公界の脆弱性が露呈したことだろうか。

 ともあれ、多大な影響を残した長島包囲を後世の研究者はこれを『長島の法難』と称した。

 

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