転生先の学友の顔が強すぎる件   作:流水麺と豪州侍

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第90話 小谷城の月

 

 大広間を抜けるのにえらく時間をかけた。

 炎で照らされて錯覚してしまいがちだが、とうに日は落ちて月が昇っている。大広間で指揮を取っていた赤尾清綱の抵抗が激しく、恥ずかしながら裏からの相良良晴の支援がなくては抜くのは難しかった。

 

「やはり、攻城戦……とくに力攻めは苦手だな」

 

 本丸に向かって軍を進めながらひとりごちる。

 攻城戦は苦手だ。わざわざ城という相手に利がある場所で戦わなくてはならないし、追い込まれた相手を分断させるのは難しい。その不利を自覚しているから、俺は今まで可能な限りは野戦で決着をつけてきた。長島攻略戦の時はまだ相手方の意思統一が図れていなかったから、割と俺のやりたいように出来た。だが、それが血族を中心とした統一が図られている武装集団となると難しい。

 なにせ、死にものぐるいの相手をさらに上回る力で叩き潰さなくてはならないのだから。ましてその相手が三代にも渡る因縁がある浅井家となるとより一層厳しいものがある。

 ゆえに浅井の俺に対する敵愾心は強く、武勇にいくらか自信があった俺でも止められる場面があった。

 振り返るに六角と浅井の因縁は深い。

 例えば定頼様は朝倉宗滴と共に亮政をくじき、続いて承禎様は久政を屈服させた。そして、この俺……六角高村は長政を滅ぼそうとしている。

 浅井と六角は共に天を戴くことができない、と何度も口にした言葉の重みを思い知らされた気分だ。

 

「そろそろ本丸の様ね……。どうするの? 新十郎様」

 

 鶴千代に問われてふと立ち止まる。

 

「今になって会うのが怖いと言ったら、義定に笑われるかな。……自分で始めた戦だというのに。俺はその結果を受け入れる覚悟がまだ出来ていない」

 

「呆れた笑いを浮かべるでしょうね、きっと」

 

「だろうな」

 

 突き放すように言う鶴千代の舌鋒に俺は思わず苦笑いを浮かべた。

 情けないことに俺は結末を知ることを恐れている。

 いつかこの日が来るとは思っていた。あの光がない夜に俺とお市は離別した時からずっと。

 浅井長政は小谷城で死ぬ。

 その運命がずっと俺たちを支配していたのだ。

 俺は俺なりに手を打ったが、それでもなお運命に打ち勝てたかはわからない。

 

(それに、お市があくまで浅井長政として生きると決めていたのならば、おそらくはここで腹を切るだろう。母のために観音寺から脱出し、父のために最後まで戦い続けたのが猿夜叉丸だ。家族と共に死を選ぶことだってあり得る)

 

 家族のためなら躊躇せずに死に向かえるのが浅井長政であり猿夜叉丸の美徳であり、欠点であった。浅井の大名として能く生きるなら、久政をまた押し込めてしまえばよかったのだ。けれど、長政はその選択肢を取り得ない。

 容姿だけではなくその愚直さが俺には眩しくて……だからこそ俺は彼女を好きになったのだろう。

 

(彼女が最後まで家族を取ったとしても、とやかく言うつもりはないよ。……だけれども、お市として俺と一緒に生きてほしい気持ちもある)

 

 ここも、結局のところお市の心次第なのだ。

 彼女が誰として生きるのか、それで全てが決まる。

 果たして『お市』として生きることを選んでくれるほどに、俺は彼女の心に居れたのだろうか。

 

「まぁいい。時間がない。炎上した本丸が倒壊するのも近いからな。生死も答えもわからなくなるのは嫌だ。……どのような結末を迎えようとも目の当たりにしなかったらしなかったでそれは徒労でしかない。行こうか、鶴千代」

 

「人払いは?」

 

「任せた。大将直々に浅井長政を討つと明言すればいかに功に逸るものどもでも、邪魔はしてこないだろう」

 

「ええ、任されたわ。……せめて、新十郎様に悔いがないことを」

 

 だが、それでも歩みは止めない。

 祈る鶴千代を背に進む。

 なにせ最も嫌なことが自分が逃げ出すことだからだ。そうしてしまえば、長政がどうなっていたとしても俺の負け。勝負を放棄し、約束を果たせなかった落伍者になり果てる。

 かつかつ、と俺は一人で本丸への石段を登っていく。

 空には満月と赫炎が照り映える空。忌々しいほどに月が綺麗な夜だというのに、拭えぬ赤が邪魔をする。あんまりな空模様のせいで嫌な予感で心がざわめいた。

 だが、もうどうしようもない。全ての賽は投げられた後なのだから。

 本丸の屋敷に踏み入る。比較的綺麗に建物は残っていた。本格的に戦場になる前に長政が逃したのだろうか、人っこ一人いない。

 ならば、長政は……。

 悪い想像をせずにはいられない。だって、長政が自分の責任を放棄するとは思えなかったからだ。久政は逃がせる家臣を逃したのち、殉死を希望する家臣を撫で切りにし最後は自ら腹を切ったのだという。

 長政が同じことをしない保証なんてどこにもなかった。

 屋敷の中を探し回り、やがて一番奥の部屋の襖に手をかける。どこか軋んでいたのか、ぎぎと音を立てる。

 そこでようやく、彼女を見つけた。

 長い髪を無造作に垂らしながら、屋根が焼け落ちて空いた穴から月を見上げている。地獄のような小谷城の中でその佇まいはあまりにも浮世離れしていて、そして凄絶なまでに美しかった。

 ああ、変わらない。

 どれだけ血に塗れようと、俺が好きな女は確かにここに居る。

 

「……ようやく、来たな。新十郎」

 

「済まない、待たせた」

 

 じとりとした瞳をお市に向けられる。ただの目配せなのにいやに艶かしくて俺は思わず息を呑む。だが、それで引くには情けない。俺にだって言いたいことがあるというのに。

 覚悟を決めて俺は、静かにお市に向けて告げた。

 

「それにしても、月が綺麗だな」

 

「──ああ、死んでも構わん」

 

「……なぁ今その返しはやめてくれないか。洒落にならんわ」

 

 真顔になって言う俺に対してくつくつと笑う長政。揶揄うにしても趣味が悪い。少なくとも瀕死の人間から聞きたい言葉ではなかった。……けれど、嬉しかった。

 俺はこの時ようやく失ったものを取り戻したのだ。随分と遠回りをしたような気がするし、この一本道しかなかったような気がする。

 まぁそんな些事は今になってしまえば、どうでもいい。大事なのは、俺の隣に彼女が帰ってきた。それだけなのだから。

 俺はそっとお市に右手を差し出した。

 

「さあ、観音寺に帰ろうか。だいぶ数を減らしたが、学友共(あいつら)が待ってる」

 

「……ああ」

 

 お市はしっかりと俺の手を掴んで立ち上がる。

 今度はしっかりと握りしめる。もう二度と彼女が離れて行かないように。

 これは俺が奪い取った幸せなのだから。

 

 かくして、月夜の晩に江北の雄、浅井長政は滅びた。

 その晩、人々は小谷城の山裾を豪壮な武者に伴われて降りていく姫君を見たという。

 炎にも満月にも負けぬ眩い美貌の彼女を指して、地元の人々は『小谷の城のかぐや様』と言いてついには童歌として江北に広まることとなる。

 




ついにここまで来ました。
実は初期構想だとここが最終回だったりします。六角高村の武将としての大きさが予想を超えてしまったので、ここで話を畳めなくなりましたが。
ともあれ、今話まで読んでいただきありがとうございました。
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