【カオ転三次】俺が不幸なのはどう考えてもメシア教が悪い! 作:ガイヤ
【五重の塔異界化異変】。ツキジ シオンが彼に出会ったのは、その異変が始まりだった。
全国各地に散らばっている偵察や情報収集を主とした情報伝達部隊【根】。その一人が、根願寺に信じられない一報を届けたのが、全ての始まりだった。その内容は、五重の塔が異界化したというもの。
ありえない。そう誰もが笑った。
確かに京都は平安時代には鬼や妖怪が跋扈する場所だった名残から、鬼系統や妖怪に連なる悪魔達が顕現しやすい土地柄ではあった。
だが、京都に位置する醍醐寺の五重の塔。それが異界化するなど、今までの事例から見ても、まずあり得ない事であったのだ、何故なら、【犬鳴村】や【印巣枡】等の既に霊地として一定の力があり、それでいて人の管理が行き届かなくなるような僻地ならば、異界化したりする事もわからないでもない。
しかし、五重の塔は醍醐寺の方々が常に結界を通して霊地を管理している。その上、根願寺も東京ほどではないが、昔の日本における首都だった事からも場所自体の価値を認めて、地方よりも厚く結界等で守りを強くしていた。それこそ、一片たりとも悪魔が侵入などできないように。
それが何の前触れもなく、突然かつての【恐山】レベルの異界へなる訳がない。最初のほうは皆そう考えていたが、実際に醍醐寺の坊主や根願寺の者から被害者が出ては認めないわけにはいかなかった。
そして、事態を重くみた陛下と日本政府により、根願寺に早急な事件解決を命じられ、今に至る。
現場では、一般人に異変が漏れないよう、周囲に認識阻害と人払いの結界を張っている隠蔽班や、内密にやってきた京都府警の警視監が根願寺の者と話し込んでいる。世界遺産の五重の塔が異界化したなど、世間に少しでも漏れたら、それこそ日本は終わる。謎の悪魔なる存在をひた隠しにしていたと市民は暴動を起こすだろうし、米国のメシア教も黙ってはいまい。
シオンは、異界化した五重の塔の前で慌ただしく動きまわる者達を、そんなに慌てても仕方がないだろうと思いながら観察していた。
「あっ、隊長! 此処にいたんですね。あの、【顔紙付き】の方がお呼びです!」
「わかりました。直ぐに向かいます」
シオンは慌ててやってきた、まだ幼い部下を一撫でして、呼ばれた場所へ向かう。
【顔紙付き】。根願寺の中でもとびきりの重役。普段は東京から絶対に動かない石像が一体何の用なのか。今回の事態はそれほど重いという事なのだろう。そう考え、向かった先には目的の人物と見知らぬ男が待っていた。
根願寺の重役が誰かを連れてきた。今更誰を。それに、無駄にプライドの高い奴等が部外者を頼るなんてどういう風の吹き回しか。前回送った、自慢の精鋭部隊が五重の塔から帰らなかったのを見て尻込みでもした、なんてことが理由だったのなら笑ってしまう。
「紹介します。ヒデオ殿、此奴は我らが根願寺の対緊急霊地、異変解決部隊【ミナシゴ】の隊長です。陛下から直々に東京守護を任せられている我等と違い、所詮は卑しい捨て子の身ゆえ、東京の守りには使えませぬが、この様な事態の時には便利な駒でございます。どうぞ、如何様にもお使いください。おい、お前。此方の方はかの【ガイア連合】の精鋭、【氷呪眼】のヒデオ殿じゃ。今回の異界攻略、お前達をこの方につける。くれぐれも失礼のないようにするのだぞ!」
シオンは顔に出さなかったが、驚いていた。顔紙付きほどの重役が下手に出ている。あの腐りきったプライドだけの塊が、内心はわからないが相手を立てているところをシオンは初めて見た。そしてそれをさせていた男へも興味が湧いてくる。
「私はツキジ シオンと申します。ヒデオ様、今回は宜しくお願いします」
シオンは、下げた頭から男を凝視した。
「あ、うん、よろしくね。えっと、ツキジちゃん。いや、さんの方がいいかな?」
「……好きにお呼びください」
「わかった。宜しくね、ツキジちゃん」
ボサボサの頭にまるで覇気の感じられない佇まい。眼は鋭く、その瞳は澱んでいて気色が悪い。背丈と声色、見た目から判断してもまだ中学生程度、もしかしたら年下かもしれない。シオンの異界を何度も鎮めてきた経験からくる、相手の強さを測る目で見ても、大した力は感じられなかった。本当にこの男が、あの【ガイア連合】の人間だというのか。
【ガイア連合】。ここ数年でその勢力を著しく成長させている新興霊能組織。
根願寺ですら手に負えない規模の大災害、各地方の同時多発的霊地活性化に伴う、異界の増加。東京の守護に力を割かなければいけない根願寺は、地方を見捨てるしかない。このままでは日本が大規模な霊災に飲み込まれる。そう危惧されていた矢先に、彼等は現れた。
一人一人が、並みの霊能者を凌駕する力を持ち、瞬く間に各地の異界を封印、ないし破壊していく彼等【ガイア連合】は今や地方の救世主と呼ばれるほどに裏の影響力を高めていた。
そんなガイア連合の精鋭であり、【恐山】【羽生蛇村】【マヨヒガ】を含む大型異界を始め、30を超える中小異界を攻略した。あの【氷呪眼】が目の前の男であるなど、シオンはとてもじゃないが信じられなかった。
「ツキジちゃん。俺は今回、サポート要員として派遣されたんだけど、どんな感じで異界を進むのかわかる?」
「前回は少人数で向かい、成功しなかった事から。次の突入時は、私達のグループとは別に根願寺の子飼い霊能者グループが、同時に異界へ行く作戦のようです」
「わかった。それじゃあ俺はどう動けばいいかな?」
「……そのぐらい、自分で考えてください」
「あっ、はい、すみません」
任務を遂行する為にも自身の管理する部隊へ男を連れて歩きながら、シオンは心の中で憤慨していた。期待はずれだったと。
自分はこれでもエリートなんだ。顔紙付き等は馬鹿にして蔑んでくるが、幾つもの異界を渡り歩いてきた結果、今や根願寺に私を倒せる霊能者は存在しない。そう断言できる程度には、シオンは強かった。
だというのに、回ってくる仕事はどれもこれも下らないものばかり。上の連中は高貴な我らにこそ、崇高な使命である東京守護は相応しいと語り散らしているが、はっきり言ってその実力は、高すぎるプライドと反比例するようにゴミだ。唯一誉められる点があるとするなら、都会で悪魔を一般人に知られないよう退治する為に磨き上げられた、この場に張り巡らされた認識阻害と人払いの結界くらいである。
今回、遂に陛下から直々に命を下されるほどの大規模異変を担当することになり、漸くクソ共を見返せる機会がきたと思えば、こんな冴えない中学生かもわからないような男のお守り。私はこれでも今年で十六歳なのにと、シオンは不満を心の中で吐き散らしていた。
「紹介します。この子達が私の部下、【ミナシゴ】の全隊員です。ヒトミ、フタバ、ミッコ。この方は今回の異変解決にあたり、ガイア連合から協力に来てくれたヒデオ様です。ほら、自己紹介して」
「ヒトミです!」「フタバです!」「ミッコです!」
「「「よろしくおねがいします!」」」
「お、おう。よろしくね。…………全員まだ子供とか、マジか」
何やらげっそりとした顔になったヒデオを無視して、シオンは部下達にもう一度朝にやったミーティングを確認する。そして、その終わりとほぼ同時に、【五重の塔】の異界攻略が始まった。
◆◆◆◆◆
各部隊が慎重に侵入した【五重の塔】の中は、異界化したにしては不気味なほどに、建造物の構造がそれほど変化していない。出てくる悪魔はどれも手強かったが、それだけ。本来ならもっと変化しているはずの中身が変わっていない。それが、シオンの経験から来る勘が警戒を告げていた。
しかし、そんなことで足を止めるわけにはいかない。エリートとしてのプライドが、何より今回の仕事を失敗した際の自分達の立場の危うさが、シオンの足を早めさせた。
そして異界攻略の三日目。シオン達は異界の一番奥まで辿り着いた。
異界の奥には、邪龍【トウビョウ】が待ち受けており、本隊を主軸にシオン達とトウビョウの激戦が始まった。
その戦いは激しく、シオン自身も大きく疲弊した。最後は、サポート要員のヒデオが持っていた氷結の魔力を付与された魔石を、シオンが愛用の鎌ごとトウビョウに叩きつけて、戦いは終わった。
戦いが終わると周囲に安堵の雰囲気が流れ始めた。激戦が終わってしょうがない所もあるだろう。しかし、シオン達の背後にいたこの異界攻略隊の本隊は、それはもう見事なまでに気を抜いており、こんなのが今の根願寺の精鋭部隊かとシオンは嘆いた。
シオンが、今回の戦いで十日から参戦させていた部下達も、三人が三人とも、お互いに大きな怪我が無いことを喜び合っている。シオンはそれを見て、自然を笑みをこぼした。良かった。これで暫くはあの子達も居場所がなくなったりはしないだろう。
しかし、皆空気が緩むそんな状況で、ヒデオだけは腑に落ちない顔をしていた。
活躍できなかったのを悔やんでいるのだろうか。最後の決め手は、彼の持参したアイテムのおかげだし、戦闘中はあまり動いてなかったが、一様は上の呼んだお客様だ。少しは褒め称えた方がいいだろう。シオンはそう思い、彼に話しかけようと近づき、
「何か変だ。これはもしかして罠──ー」
『──ーよく気づいたな、小童。だが、もう遅い』
突如、足元にある木造の床が裂ける。罠だった。そうシオンが気づいた時には遅く、皆が落ちてゆく。シオンは咄嗟に部下達を守ろうと手を伸ばすが、その手は虚しく空を切った。
「起きろ。起きろツキジちゃん!」
体を誰かに揺さぶられる。
私は何をしていたんだっけ。意識がうまく覚醒せずに、ぼんやりとしたモヤが頭にかかっている。そうだ、確か待ち望んだ出世のチャンスが来て、あの子達にもやっと美味しいものが食べさせられるように──ー。
「ヒトミ、フタバ、ミッコ!?」
シオンは起き上がり、周囲を見渡す。だがそこには、愛する部下の姿はなく、ヒデオと岩肌しかなかった。
「ヒデオ様! ヒトミとフタバとミッコを見かけませんでしたか!? あの子達はまだ実戦経験も少なくて、あの、その!」
「落ち着け」
「これが落ち着いていられますか! あの子達は力があるだけでまだ十歳なんですよ!? 戦うことでしか居場所を得られないから、あのクソ共が無理矢理戦わせているだけで!」
「いいから、落ち着いて俺の話を聞け!」
ヒデオの一喝が辺りに響く。シオンはその声にあてられて、冷静さを取り戻した。
そうだ、確かに異界内で逸れてしまったがあの子達も最低限の自衛する能力はある。少なくとも一緒にいたあの男共よりよっぽど強いのだ。ここで私が取り乱して、それで状況は良くなるか、いやならない。ならば、一刻も早く彼女達を見つけるためにも一度、落ち着こうと。
「おそらく、今俺たちがいる此処こそがこの異界の核に近いと思う。異界の広さは限界がある。霊地の強さによってこの限界は変わるが、この異界はその広さを俺達を油断させる為に、騙す為に大部分を使っていた。ならば、あちこちに悪魔の気配がするこの場所は広さ的には狭いはずだ。つまりは合流するだけなら簡単。異界の中心、核を目指せばいい。そうすればヒトミ達も見つかるだろう」
「わかりました。それなら早く向かいましょう! もう異界の核の場所について目星はついていますか?」
「ああ。俺たちの今いる洞窟エリアから真っ直ぐ向かった先に悪魔の集団がいた。異界内では、核に近いほど悪魔が湧きやすい。だからあっちの方へ行けば自ずとボス部屋まで行けるはずだ」
「なっ、無茶です! たった二人で悪魔の集団のいる場所を突っ切るなんて! 相手の強さもわかっていないんですよ!?」
何を言っているんだこの男は。いくら私が強くとも、トウビョウ相手に疲弊した今は、並みの悪魔相手でも一対一で苦戦する。それを複数体、嫌集団の規模によれば二桁にいくかもしれない数を相手取るなんて不可能だ。そう弱気になっていたシオンに、ヒデオは笑って頭を撫でた。
「大丈夫だ。ツキジちゃんは俺がちゃんと守るさ。ヒトミちゃん達も必ず助ける。俺はこれでもツキジちゃんよりは人生の先輩だぞ? 任せておけよ。これでも俺、なかなか強いんだぜ?」
こんな時に笑っているなんて、おかしな奴。シオンは頭に置かれた手に暖かさを感じて、そう思った。
「わかりました。でも頭の撫でるのはやめてください。後、ツキジじゃなくてシオンです。私本当は苗字で呼ばれるの嫌いなんですよ。だってシオンの名前だけが本物だから」
「わかった、なら俺のことも様付けはいらない! じゃあいくぞ、シオン!」
「はい、ヒデオさん!」
ヒデオは自信満々な態度で悪魔達へ向かい、走っていく。そしてシオンは、最初に感じていたヒデオの力を感じ取れなかったのが、決してヒデオが弱かったわけだからではない事を知る。
──ー《マハブフーラ》
「凄い…………!」
それはまるで嵐だった。現地人ではなす術もなくやられる、ガイア連合製の簡易アナライズにして、十レベル超えの悪魔達を紙細工のように蹴散らしていく。絵本の中から飛び出てきたかのような、信じられない強さ。これがガイア連合かとシオンは戦慄すら覚えた。
シオンは、トウビョウレベルの何十もの悪魔が襲いかかってきても、一瞬たりとも歩みを止めずに奥へと向かうヒデオに、何とも言えない興奮を覚えていた。それは、大好きな物語の主人公を間近で見たような錯覚、吊り橋効果のようなものだったのかもしれない。しかしもはやシオンのヒデオに抱いた出会った当初のマイナスイメージは全て消えていた。
そして、悪魔達を蹴散らしながら進むこと、一時間。遂にシオン達はそこに到着した。異界の主のいる核の場所へ。
◆◆◆◆◆
『見ていたぞ。あれだけの悪魔を相手によくぞここ迄来れたものだ。まずはその事を褒めておこう、ニンゲンよ』
そこは精霊でもいそうなほど、澄んだ空気を孕んだ場所だった。
中心の陸地を囲うように水が張っていて、その上に蓮の葉が浮かんでいる。中国の仙人がいる秘境にいるのかと勘違いしてしまいそうなほどに、そこは澄んでいた。
故に、その真ん中。陸地にて佇む悪魔の姿が一様に異質に見えた。
全身が赤黒く、ツノの生えた鬼。両手に握っているのは、二本の青龍刀のように刃渡りの大きい刀。だがシオンはそんなことはどうでも良かったら。否、気にする余裕がなかった。全神経を目の前の存在に注視することで頭が一杯だったのだ。
強い。今まで見たどの悪魔よりも、遥かに強い。
この鬼は、おそらく既に小神を超える力を有している。何故なら、シオンは既に、前に三十人ほどで相手取った土地神を遥かに上回る力の奔流を感じているからだ。そんなシオンの様子に触れず、ヒデオは鬼に話しかける。
「邪鬼【ラクシャーサ】。お前が今回の異界の主なのか」
『ほう、俺の名を知っているか! しかし、そうだといったらどうする?』
「先ずは先に落ちてきた女の子三人、あとついでに、最初に訪れた霊能者達、あと一緒に落ちてきたむさ苦しい男共は何処だ」
『ああ、それなら、前に来た奴らと男共なら全員食べた。女児はデザートとして、ほれ、ここに入れている』
ラクシャーサが懐からガラス玉を三つ掲げる。その中にはヒトミ、フタバ、ミッコの三人が入っていた。
助けなければいけないのに身体が動かない。シオンはただ己の無力さを感じながら、二人のやり取りを見ていることしかできなかった。
「その子達は生きているのか?」
『死んだら不味くなるのでな。鮮度の為に生かしているに決まっているだろう。解放するには、俺の許可が必要だ。じゃないと勝手に俺のを喰っちまう馬鹿悪魔もいやがる』
「そうか。質問に答えてくれてありがとう。助かったよ」
『いや良い。今の俺は気分がいいからな。本来なら生かして帰さんが、お前の武勇は素晴らしかった。その女を差し出すならここから無傷で現世へと帰してやろう』
「っ!?」
シオンはラクシャーサの言葉を聞き、固まった。それほどにその言葉は魅力的だった。いくらヒデオが強かろうと連戦に次ぐ連戦の後に、これほどの強大な鬼を相手に出来るわけがない。戦えば、ヒデオでさえも死ぬだろう。だが、それをたかだが知り合って一日にも満たない女一人を差し出せば見逃してもらえる。命の対価としては安すぎる。
突然去来した、死への恐怖。シオンの身体はそれを理解して震え上がっていた。そして、頭の上に乗せられた温かい手のひらによって直ぐに震えは止まった。
「素晴らしい申し出は有難いんだけど、それは無理だ。理由は二つある。何故なら、女子供を犠牲にして助かろうと思うほど落ちぶれてはいないから。そしてあと一つは──ー」
シオンを救ってくれた男は、異界を抜け、野に放たれれば京都どころか国の危機にさえなりうる化け物に、不敵な笑みで吐き捨てた。
「──ーお前をさっさとぶち殺して、異界を抜けた方が早そうだからだ」
『……くっくっく。抜かしたなァ、小童がッ! いいだろう! 慈悲の一片もなく、肉塊にして喰ってやるわ!』
そして、戦いが始まった。
「シオン! それを使って、出た情報を教えてくれ!」
「は、はい!」
シオンはヒデオから手渡された小型カメラのようなものをラクシャーサへ向ける。そしてそれに映った情報をヒデオに叫んだ。
「ラクシャーサ、破魔弱点! 呪殺に耐性ありで、レベルは二十五です!」
「サンキュー! レベル二十五とは中々大物じゃないか」
『今更怖気付いても遅いぞ、童ァ!』
「いや、怖気付いてはいないぜ? ただ、美味しそうだと思っただけだ。経験値的にな!」
次第にヒートアップしていくそれは、異次元の戦いだった。シオンには目で追うことも出来ない。衝撃音と戦いの余波で崩れていく天井や床。もやは、それは人間の出る幕ではない。化け物と化け物の争い。そんな戦いは、その苛烈さを増しながら、しかし徐々に終わりへと向かっていく。均衡を破ったのは、ヒデオだった。
「これ、
《暴れまくり》+《トラポート》
『ぬぐォ!? 馬鹿なッ! グッ! ゲハァ!』
【トラポート】。それは本来、長距離移動や異界からの退避に使われる空間移動魔法。移動する距離に応じて消費魔力が高まり、逆に短い距離ならば消費も少なくなるこの魔法の使い手は、その全てが世界最高峰の才能を有するガイア連合内においても数が少ない、希少な存在だった。
彼らの知るゲームの中ならば、この魔法は強敵との戦闘を回避するためだけの魔法だった。だが、その魔法をヒデオは短い距離なら消費も少なくなるという点に目を向け、戦闘に活用する道を選んだ。
【魔体】型のステータスで、同格以上の相手にはスピードで負けるヒデオの編み出したその技は、【トラポート】の連続使用と他のスキルを組み合わせる。
とどのつまり、回避不能の多重瞬間移動攻撃である。
ラクシャーサが空中を飛び回る。否、跳ね回っていた。ピンポールのように、何度も何度も血を撒き散らして弾けまわる。
ヒデオに殴られては吹き飛び、吹き飛んだ先に転移したヒデオがまた殴る。繰り返し終わらない強力な連打に、さしもの鬼も苦痛に表情を歪めた。だが、それで終わるほど、ラクシャーサも弱くはなく、反撃を繰り出す。
『糞ガァ!』
《脳天割り》《絶命剣》
掠っただけでも死ぬ。強風を引き起こすほどの威力を持って振るわれるその技は、しかしヒデオには届かない。何故なら、瞬間移動で何処へでも現れるヒデオをラクシャーサが捉えきれないからだ。まるで大人と子供。アリと象を思わせる戦力差。
このままでは負ける。その可能性が頭をよぎったラクシャーサは、戦いの余波から避難していたシオンを見つけ、恥を捨てて突っ込んだ。
『グハハハハ! お前を人質にすれば奴も動けまい! 動けなくなった奴を俺の絶命剣でなぶり殺してくれるわァ!』
「ひっ!」
猛スピードで近寄ってくるラクシャーサに、シオンは自分のせいで殺されるヒデオとヒトミ達を思い浮かべる。
嫌だ。自分のせいで大切な人が、助けてくれようと手を差し伸べてくれた人が死ぬのは嫌だ。ラクシャーサの手から逃れようとするが、恐怖で動かない身体にシオンはただただ情けなさを感じていた。
これでは、捕まってしまう。かくなる上は此処で自死するしかない。己の鎌で首をかっ切ろうとしたシオン。だが、鎌は決して首には食い込まなかった。ラクシャーサが止めたのか。違う。何故なら、ラクシャーサのシオンを掴もうとした手は、止められているからだ。誰に? それは、鎌が食い込まないように抑え込んでいるヒデオによって。
「ヒデオさんっ」
「ラクシャーサ。お前が切羽詰まったらこう動くことは簡単に予測できたぜ。悪魔ってのはどいつもこいつもやる事が一緒だな」
『クソが!』
「もう終わりだ、ラクシャーサ。これで決める」
『いいのか本当に俺を殺して!? 貴様の女が欲しがっている娘三人は俺の手の中だぞ! 俺を殺せば、娘らは一生玉の中だ!』
ラクシャーサは醜く叫ぶ。その言葉に狼狽えるシオンと違い、ヒデオはトドメを指す為に魔力を集めるのをやめない。確実に殺す気だった。シオンはヒデオを止めようとした。わかっている。それは酷い裏切りである事を。下手をすれば、逆にヒデオが殺されてしまうかもしれない。
しかし、捨て子として誰からも必要とされない。拾われても、便利な駒扱いで愛など知らない。そんな境遇で孤独を抱えていた少女。その子に初めてできた繋がり。それが【ミナシゴ】だった。
根願寺により結成されたのはわずか三年前、三年しか一緒に行動していない。だが、全員が捨て子だった。愛されたかった。繋がりが欲しかったのだ。シオンに、捨てきれない、情の鎖が出来るには三年で十分だった。
諦められない。シオンには、あの三人を諦められるわけがなかった。縋るようにヒデオへ手を伸ばすシオン。ヒデオはその手に左手を重ねて、シオンに聞こえるように呟いた。「任せろ」と。まだ一日にも満たないが、その優しい声色にシオンは心底安心してしまった。
「ラクシャーサ。俺がさっきシオンに簡易アナライズを使わせたのは、お前の弱点や耐性を知る為じゃない。お前がラクシャーサ以外の悪魔が変化していないかを確かめるためのものだった。何故俺がお前の名前を知っていると、何故玉からの解放方法を聞かなかったと思う? それは、俺がラクシャーサを何体も葬ってきたからだ。だから知っている。お前らが死に際に、そうやって玉を盾にするのも、そしてお前らを殺しても、呪文さえ知っていれば玉の中の人間は解放されることもな」
『馬鹿なっ! 何故それを、呪文まで知っているというのか!? 嫌だ! 俺はまだ死にたくない!』
「なら、三人を解放してこの異界から出ていけ。また俺のところへ依頼が来るほどの悪さをしない限り、見逃してやる」
『本当か!?』
「お前相手に面倒な嘘を、一々つくと思うか。早く決めろ、殺すぞ?」
『わ、わかった! ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎! これで俺は助かるんだな!?』
ラクシャーサが呪文を唱えた瞬間。突如玉が光り輝き、ヒトミ達が解放される。シオンは慌てて近づき、三人の脈を確認する。大丈夫、生きていた。それがわかった瞬間、気が抜けたのかシオンは尻餅をついた。ヒデオはそれを見て笑顔を浮かべると、ラクシャーサを向き直った。
「ありがとう。それじゃあもう行っていいぞ。あの世にな」
『そんな! 話が違っ』
《ブフダイン》
「そんな美味しい話があると思うのか。お前みたいな悪魔に」
悲鳴を上げる暇もなく凍りついたそれを見ることもなく、ヒデオは四人のところへ向かう。
「ヒデオさん! ありがとうございます! 貴方が居なければ私達は全員今頃……」
「無事でよかったな。これで異界も解決したし、早いところ外へ出よう。とりあえずシオンは三人の意識が戻るまで待てないから、俺特注の【トラポートストーン】で三人を連れて先に帰ってくれ」
「えっ、ちょっと待ってください! 出るならヒデオさんも一緒に」
「ごめん。俺はまだこの異界を出れそうにない。もう一仕事残ってるみたいだ」
「どういう事ですか!? あっ、光が! 待って、まだ話が──ー」
トラポートの光で消えていく少女達。ヒデオは、それを見届けて、それから深呼吸をして、先ほどまでラクシャーサが居た場所は視線を向ける。
「ありがとう、見逃してくれて」
「──ーいや、君もあの子達がいたら本気が出せないだろう? 僕としては、本気の君とやりたいからね。このくらいなら全然待つよ。もっとも、君が転移術で異界の外へ逃げるのはさせないけどね? 既に異界を書き換えた。決して中から外へ飛べないようにね」
そこには男がいた。緑と黒マダラ模様の蛇を肩から巻きつかせている黒服の男は、ゆっくりとヒデオの方へ歩いてゆく。
「さぁ、やろうヒデオ。私は英雄との戦いが大好きなんだ! なんせ今回は武神として側面が強いからね」
「そうか、俺が英雄に見えるか。目が腐っちまってるぜ、取っ替えたほうがいい」
「いや、君は英雄さ。その若さで練り上げられた強さ、そしてこれから来るであろう終末を知りながら足掻く姿。実に素晴らしい。僕も完全な状態で顕現したかったよ。この不完全な状態じゃ君をちゃんと味わえるか不安でね」
「いやいや、十分ですよ旦那。出来ればもう少し弱い状態で来て欲しかったな、マジで。あ、そうそう、戦う前にあんたへ聞きたい事があるんだが、いいかな?」
「なんだい? 答えれる範囲で──ー」
──ー《ブフダイン》×5
五体の氷の龍が黒服の男を飲み込み、周囲を氷結させながら轟音と共に壁を砕き、外へと吹っ飛ばす。
今出せる最高出力の大技。それを不意打ちで喰らわせた。ヒデオに出せる最高レベルの攻撃。だが、ヒデオの心に勝利の二文字は浮かんでこなかった。あるのは、これでどれだけダメージを与えられたかという不安のみ。冷や汗を拭うことも出来ずに、男を吹っ飛ばした先を凝視する。
「いいよ。実にいい。技も良かったが、当てるための駆け引きも素晴らしい。人間はそうやって創意工夫をしなければ我々には勝てない。だが、その前に戦いを選択するものもいない。殆どは実力差を感じて逃げてしまうからだ。その点、君はやはり英雄だ! 実力差をわかっていながら、こうして僕に挑んでくるのだから!」
だが、煙の中から現れた男、否、悪魔は、無傷でそこに立っていた。
「そうそう、名乗るのが遅れたね。私の名は玄天上帝。上帝翁、上帝公などとも呼ばれる存在だ。宜しく頼むよ、退魔士くん?」
「ったく。勘弁してくれよ神様」
既に逃げ出したくなっているヒデオを嘲笑うように、ガイア連合新発明の【強化簡易アナライズ機】は黒服の男を写していた。
──ー⦅龍王・ゲンブ⦆LV45
小説自体、書いたことがないので、これが三人称かと言われると自信はありませんが、色々な書き方をしてみたいと思って、今回の話を書きました。なんか色々と変なところがあると思いますが、楽しんでいただけたなら幸いです。
この後、後編もありますのでお楽しみに!