【カオ転三次】俺が不幸なのはどう考えてもメシア教が悪い! 作:ガイヤ
「だから、最後の様子がおかしかったと言っているじゃないですか! もう一度、異界内へ突入させてください!」
ヒトミ達三人を救護班へ任せて、シオンはこの異界攻略の責任者である、根願寺の幹部へ頼み込んでいた。
「駄目だ。本隊が壊滅した上に、異界化が治まっていない。更には、何人か異界の中に入ろうとしたが、内側から結界のようなもので入れなくなっている。これはまだ、異界の主がいるということだ。恐らく、ヒデオ殿は其奴からお前達を逃したのだろう。その行いを無駄にして、ボロボロのお主が戻ったところでどうにもならん。ここは、ヒデオ殿を信じて待つしかないであろう?」
「でも!」
幹部の言っていることは正しい。それはシオンも理解していた。だが、命の恩人が危険だというのにじっとしていられる程、シオンは冷静ではなかった。
「──ー何か、困り事かな?」
シオンが声に振り返ると、そこには──ー。
◆◆◆◆◆
轟音が鳴り響く。
幻想的であった蓮の葉が漂う湖は、既に凍りつきその影も見えなくなっていた。辺りを囲う美しい木々は、その殆どが凍りつくか、根本から折れている。異界の核を覆う壁はところどころに巨大な穴が点在しており、もはやその機能を失っている。
異界の中心は、既にその限界を保てていなかった。
《ヒートウェイブ》
《マハブフーラ》
「ぐっ!」
「良いぞ、ヒデオ! もっと踊ってみせてくれ!」
鋼鉄並みの強度を誇る分厚い氷の壁が、不可視の衝撃波によって砕け散る。
相殺しきれなかった衝撃波が、ヒデオの体を軋ませながら、壁へと吹っ飛ばした。
ヒデオがトラポートの瞬間移動や強力な魔法を駆使し、玄天上帝と名乗った男。否、真名、龍王【ゲンブ】と戦い始めてから、まだ一時間も経っていなかった。
「さっきから距離を取って、氷結魔法ばかりだね。それが僕に通用しないのは、もう分かっているんだろう? 早く他の手を使わないと、僕を倒す前に君が死んじゃうよ?」
ゲンブが溜息混じりにヒデオの体を指差す。
ヒデオの体を既にボロボロだった。体中の至る所に血が流れ、内側に残る魔力は、トラポートの連続使用や大魔法の連発により残りわずかになっている。
いくらゲンブの技を魔法で止めようとしても打ち消され、瞬間移動で逃げようにも、少しでも動きが遅れれば凄まじいスピードで近づき、打撃を加えてくる。【ディアラマ】による回復も間に合っていなかった。
「最初の一撃、そして何度か繰り返し当てたブフダイン。それでも、その体に大した傷を負った様子はない。どうやら、呪殺系や物理攻撃の類は耐性がある程度だが、こと氷結に対しては、ただ強いのではなく、無効に近い耐性を持っているみたいだな。俺にとったら最悪の部類に分けられるタイプの敵だ。だが、俺にはまだやっていないことがある」
「ほう、今までは本気じゃなかったということかい?」
「いや、本気ではあった。だが、全力ではない。このままだと何も出来ずに殺されてしまう。それは困るからな。今日は特別に溜め込んでたものを大盤振る舞いだ」
ボロボロだった筈のヒデオの体が治っていく。
それは体だけではなく、微弱な量しか残っていなかった魔力さえも、まるで時間が戻っていくかの様に元の魔力量へと増えていった。
どういうことだ。そう、ゲンブが訝しむ。だが、今起きている現象を知る者は、ヒデオ一人だけ。
「持ってきといて良かったぜ。ありがとう、ハセガワさん!」
ヒデオの右手にある腕輪が揺れる。
ヒデオが全回復したこの現象、それを起こしたのは【隠密特化型アガシオン】。ステルス性能だけに特化した、敵に気づかれずアイテムを複数使用できる、ヒデオの使い魔による回復アイテムの使用によるものだった。
【アガシオン】。それは、ガイア連合のシキガミに次ぐ覚醒者の仲間。新しい造魔の一種だった。
普段、一人で異界へ潜ることの多いヒデオの危機管理の拙さに不安を覚えた《ハセガワ レイ》によって、半ば無理矢理押し付けられたそれは、今、ヒデオの命を助けていた。
「俺の魔法が通じないなら、俺以外のならどうだ」
ヒデオの周りに宝石が浮かぶ。【ストーン】系と呼ばれるそれらは、悪魔を殺すためだけに作られた、様々な属性の魔法を封じ込めた凶悪な魔石だった。
「ぐおおおおお!?!?」
稲妻が、鎌鼬が、邪を滅する聖なる光が、業火が、ゲンブの身体へと降り注ぐ。
今まで、その顔に余裕しか浮かべなかったゲンブが苦悶の声を上げて、彼方へと吹っ飛ぶ。
「見たところ、一番反応がいいのは【アギラオ】ストーンみたいだな。ならもっとくれてやるよ!」
追撃とばかりに、アガシオンを通じてストーンから出る業火をゲンブへとぶち込む。
だが、それで終わるほどゲンブも甘くはない。
「それでこそだ! ここまで僕に傷を与えるなんてやるじゃないか!」
弱点属性の魔法を喰らいながらも、ゲンブは怯むことなくヒデオへと近づく。
《ヒートウェイブ》《牙折り》
《ムドオン》《暴れまくり》
自身へとダメージを無視した、相手を殺すためだけの殴り合いが始まる。
ヒデオは死にかける度、アガシオンからの回復によって無理矢理傷と魔力を癒しながら、ゲンブとの殴り合いを続ける。
殴り合いが始まって、何時間が経過しただろうか。
「ぐふっ。み、見事だ」
限界がきて先に倒れたのは、ゲンブだった。
「…………勝った。もう回復アイテムもストーンも残ってない。アガシオンも途中でやられた。本当に危なかったぜ」
これで終わり。そう油断したヒデオは、子供に蹴られた小石の様に、木々を巻き込みながら吹っ飛ばされた。
《デスバウンド》
「がはっ!」
気づけば、ヒデオは壁へめり込むように叩きつけられて、血を流していた。
『…………いい。いいぞ。僕、いや我の体を此処まで傷付けたのは貴様で三人目だ。誇るがいい。この四神が一柱、玄武が貴様の力を褒め称えよう。あのままでも良いと侮った詫びだ。見せよう、我の真の姿を!』
そこにいたのは、化け物だった。
成人男性の体の中に収まるとも思えない程の巨躯。龍王【ゲンブ】の真の姿。巨大な亀とそれに巻き付いた赤色の龍が、ヒデオを見下ろしていた。
『これからが本当の戦いだ。貴様の全力、我にもっと見せてみよ。そして輝かせろ、その魂を!』
ゲンブが叫ぶ。
しかし、壁へ叩きつけられ地に伏したヒデオは、ぴくりとも動かず、倒れたまま起き上がらない。
『…………残念だ。実に残念だよヒデオよ。我は期待していた。貴様なら。貴様ならあるいは、武神としての我を満足させてくれると。仕方がない、貴様を殺して、外に出よう。そして手始めに、貴様が先ほど逃した者達を喰らおう。それから、貴様の大切な者達を、家族を、一人ずつ、残虐に、冷酷に、悲鳴をあげさせながら喰い殺そう』
ゲンブは心底悲しそうにそういうと、ヒデオをその巨大な前足で踏み潰そう、一歩前に出した。
ヒデオは戦いに敗れ、これから外へ出たゲンブが京都を破壊し、それを皮切りに終末が始まるのだろう。ヒデオの守ろうとしたものは何一つ守れない。悲劇の様な現実が起ころうとしていた。
『──ー兄ィ! ごめんなさい、私のせいで兄ィが!』
小さな女の子が泣いている。
ヒデオは、何故かその子を泣かせてはいけないと感じ、近寄ろうとする。
女の子の隣で、血だらけの少年が倒れている。
ヒデオは、女の子を泣かせて倒れている少年の姿が、無性に不快だった。
『何故泣かせている。お前はその子を泣かせないために力を求めたんじゃないのか』
場面が変わり、少年の遺影を前に、女の子とその両親が泣いている。
ヒデオはそれを見て、とても心がざわついた。
『やめてくれ。泣かないでくれ。俺は皆を笑顔にするために。幸せな日常を守るために頑張って!』
感情が制御できずに暴れだす。
あの人達を泣かしているのは誰だ。何が悪い。誰のせいだ。
『分かっているだろう? それはお前を殺そうとして、その次は家族を殺そうとしているやつだ。敵だ。敵対する全ての存在がお前にとっての悪だ』
どうすればいい。どうすれば皆を笑顔にできる?
『簡単だ。起き上がればいい。そうすれば、どうにかなる』
ゲンブの前足が振り下ろされる。しかし、その前足が血に染まることはなかった。
何故なら、ゲンブは踏み潰そうとした前足ごと吹き飛ばされたからである。
「──ー誰の家族を喰い殺すだって?」
そこにいたのは、鬼だった。
元々黒かった髪は頭部から流れる血によって赤く染まり、鋭くも澱んでいた瞳には、相手を殺すという殺気に満ちた色が宿っている。その姿は、もはや先程までの人間のそれではない。悪魔。それに近しい禍々しさを纏ったヒデオがそこにいた。
『やはり、ああいえば貴様は起き上がると信じていたぞ、ヒデオ。何故なら、貴様の魂の灯火はまだ消えていなかったからな! 最初にあの胡散臭い黒神父めに呼び出された時は、面倒で仕方がないと思っていたが、貴様に出会えたのだ、召喚されたこともそこまで悪くはなかったな!』
ゲンブが吹き飛ばされた体を起こし、愉快そうに笑う。
「そうか。俺を起こすためにわざわざあんな事言ってくれてありがとよ。お陰で目が覚めたよ」
ヒデオが、先程まで殺し合いとしていたとは思えない軽さで笑う。
「正直、起きたのはいいが俺に残っている力は少ない」
『ならばどうする? 言っておくが、先ほど貴様に言った言葉は嘘ではない。貴様が俺を殺せなければ、俺は外へ出て暴れまわる』
「ああ、分かってる。だから俺も使うさ、奥の手を」
ヒデオがゲンブへと右手を掲げる。それはこれからお前に攻撃を放つというヒデオからのメッセージであった。
「俺はこれを放ったら倒れる。受けてくれるか、俺の全てを?」
『…………くくく。グハハハハ! 良いぞ、我は四神が一柱、玄武なれば! 英雄の最後の技を真正面から受け止めない等、ある筈がなかろう!』
ゲンブが四肢を地面へ食い込むほど踏み込む。それがヒデオへの返事だった。
「ありがとう」
それは光だった。魔力を伴う光が、ヒデオへと集まっていく。
何処から湧き出ているのか。それは異界の壁から、木から、凍りついた湖から、地面から溢れ出ていた。
「【チャクラウォーク】って知ってるか?」
【チャクラウォーク】。霊地や異界、更には道端などにもある微弱な魔素を吸収するスキル。しかし、それで回復できる量は本来微々たるものである。何故なら、魔素とは本来、人の思念や悪魔の残骸から発生したものなど様々なものが集まってできた、いわば廃棄物の様なもの。それを人間の体へ、リスクなく魔力へ変化させるには魔素を浄化する過程が必要なのである。
だからこそ、今ヒデオへと可視化するほどの魔素が魔力として集まっていくのは、異常な事であった。
可視化するほどの魔素をそのまま魔力へ変換して体に溜め込むなど、有害な廃棄物をそのまま口に入れるのと同じ事だからだ。
「ぶふっ」
ヒデオの口から、夥しいほどの血が溢れ流れる。
それは、無理やり大量の魔力を集めている反動であった。
「異界内でも核に近い、魔素の濃いところじゃないと使えない、燃費の悪い奥の手でね。でも、これで準備は整った」
ヒデオがそう告げると同時に、ヒデオの存在が膨れ上がる。
『これはっ!?』
まるで命を燃やす様に生命力さえも魔力へ変換し、それら全てを右手へと集中させる。
「律儀に待っててくれた礼だ。見せてやるよ。俺の全身全霊、唯一神すら抗えない魔法の極地を!」
ヒデオを中心に、異界が、世界が凍りつく。
『来い、
ゲンブが龍と亀、その二体の口へエネルギーを集中させる。
《冥界波》
全てを死へと誘う、冥府の風がヒデオへと向かっていく。しかし、それは届かない。
「
ヒデオの放ったそれは、無慈悲な白の極光として、冥府の風すら凍らせて、ゲンブを包み込んだ。
◆◆◆◆◆
「つめてぇな」
徐々に崩壊する異界の中心で、ヒデオはもはや指一本たりとも動かせないと倒れていた。
【
本来であれば、ヒデオに使える魔法ではないそれを、異界の中心から魔力を奪い、今ある魔力の許容量を遥かに超える魔力量によって無理矢理放つ。
それがヒデオの奥の手であった。
しかし、この技を使った代償は軽くない。
ヒデオの右手は、既に凍りついて氷像の一部と化している。魔力を無理矢理詰めた結果、体もあちこちが悲鳴を上げていて、少しも動く事ができない。このままでは、異界の崩壊に巻き込まれてしまうのは明白であった。
トラポートを使う魔力さえ残っていないヒデオは、どうやって脱出するか頭を捻っていたが、深刻なダメージにより気を失いかけていた。
もう駄目だ、そう思い、意識を失う前に、ヒデオは誰かの声が聞こえた気がした。
「──ーあっ! ヒデオさん、大丈夫ですか!? ガイア連合さん、こっちです!」
だが、人間良いことをすれば、自分に返ってくるものである。どうやら、救いの女神はヒデオに微笑んだらしい。
シオンによってお姫様抱っこで担がれたヒデオは、シオンと一緒にやってきたガイア連合の医療班に怒鳴られながら、異界より救出された。
尚、ゲンブにかけられた結界を破り、シオンが異界の核周辺にまで来れたのは、とある陰陽服を着た少年のおかげであることは、ヒデオは知らない
登場人物のちょこっと紹介
◆【ハセガワ レイ】
ヒデオにアガシオンを押し付けた、後方保護者面大学生。今回の話の影のMVP。彼女が無理矢理にでも、ソロプレイのヒデオへアガシオンを与えなかったら、彼はこの戦いで死んでいただろう。
因みに、ヒデオが一週間ほど入院していた際、毎日欠かさず見舞いにやってきていたりする。
◆【タマ】
お株をアガシオンに奪われた、元ヒデオの相棒兼現家政婦さん。
ヒデオが倒れたと聞いて、その戦いの場で身代わりにならなかったのを悔やみ、現在、いつでも異界へのお供が出来るようにショタオジに頼んで訓練してもらっている。また、ヒデオが目を覚ましてからはいつも以上に行動がアグレッシブになり、危うくR18展開になりかけたという。