P4F   作:柚ノ葉

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 学校生活、ってすごい特殊なものだと思います。


Nice to see you.

 引越す際に必要なものは何か、と聞かれれば、何を思い浮かべるだろう。

 例えば、荷物。

 確かに必要だが、それを自分で持っていく必要があるかと言われれば、答えは、別にその必要は無い。引越し業者に頼めば、最悪手ぶらでも届けてくれるのだから。

 例えば、家。

 確かに住む場所がなければ引越しも何もないが、ここではそういうことではない。

 例えば、引越しそば。

 答えるまでもない。

 ここで必要とするもの。それは書類とコミュニケーション能力とその能力を活かすための時間だ、と僕は考える。

 役所に行って申請しなければ引越しは完了しないし、学生の場合はその町の学校に通うための書類を書かなければならない。この場合の書類とは引越しする先での町との約束事を形にしたものなのだ。欠かすわけにはいくまい。

 あとの2つだが、これがなかなか難儀なものとなるであろうことを僕は予想している。

 田舎町、という閉鎖された空間の中では形成されるコミュニティもどこか内輪で閉鎖的になるという。そんなある意味完成されたコミュニティに都会から来た転校生という異物が混入されるのだ。いや、混入すらできるのか怪しい。この厄介なモノは集団的自浄作用を持っているのだ。異物が入ってくると入ってくる前に認識されてしまう。そうなってしまったら、そこから先は地獄への片道切符である。きっと学校生活は独りとなり、静寂とお友達になる未来が待っているに違いない。就職活動の面接での定番、「学生時代は何を?」という質問に対し、「特に何も」としか返せなくなってしまう。

 長々と語ったが、この二者は未開の地に挑む上でそれほど欠かせないものなのだ。

 しかし、今回に限っては、僕はそれを半ば諦めている。

 理由としては、最後の時間というものが関係している。コミュニケーション能力が僕にあると仮定しても、足りない。

 そう、足りないのだ、時間が。

 

 「あー、二学期も終わりに近いこの時期に珍しいと言えば、まあ、本当に珍しいわな。転校生を紹介する。短い間だがよろしく頼むぞ」

 

 現在の日時。

 2009年12月23日。

 もう二学期も終わりを迎え、冬休みが始まる。

 その直前に転校したことで、コミュニティを把握する時間すらないのである。

 まあ、この時期になってしまった理由は最初に述べた書類の不備が見つかり、手続きに時間がかかった、という自業自得、というものなのだが。

 また、教室は学生の楽しみである冬休みの話題を占める中での、言ってしまえばそれぞれのコミュニティの集まる中での転校生なのだ。

 話題性はあるが、それだけだ。

 自己紹介のあとは新たな刺激を短い期間楽しんだあと、冬休みを通して忘れ去られるに違いないのだ。

 ここまでの皆の反応はほぼ予想の通りとはいえ、頭で考えることと実際ではやはり違うと思い知らされる。

 ここでの僕の選択肢は、無難な自己紹介をして中学は諦めるか、面白おかしく自己紹介して少しでも皆の印象に残ってコミュニティに属しようと無駄な努力をする、だ。

 そして、それに対する回答は先ほど述べた通り―――

 

 「吾妻(あづま) 渡(わたる)です。よろしく」

 

 ―――諦めて無難な自己紹介で終わらせる、だった。

 クラスにいる生徒もえっ、それだけ、というように口をポカンと開けている様子が写真を撮っておきたいほどに壮観だった。

 この選択肢はなかなかに正解だったのではなかろうか。

 横を見れば、担任の教師も、なんだ、それだけか、とでも言うような顔をしていた。

 

 「なんだ、それだけか」

 

 訂正。言っていた。

 

 「……まあ、なんだ。思ったよりも吾妻の自己紹介が短かったから、予定より時間が余っている。ならここは、恒例の質問タイムといくか」

 

 更に訂正。余計なことも言っていた。

 まあ、確かに恒例といえば恒例なのだろうが、それを教師が率先してやるのはどうなのだろうか。

 思わず舌打ちを仕掛けようとする舌を「第一印象」という単語が引き止めていた。

 諦めてはいても自ら遠ざけようとする人はいないだろう。

 といっても、あまり近場に娯楽が無いのか、この降って湧いた質問タイムという娯楽に生徒の自重が切れたのか、にわかに手が先か口が先か、とまるでコロンブスの卵の議論のように、室内に音が爆発した。

 慌てて事態を収拾しようとした教師―――そういえば、名前を訊くのを忘れていたが、まあ、どうでもいいだろう―――を横目に窓の外にある喧騒とは無縁の緑に現実逃避気味に癒されていると、ふと。

 

 「……?」

 

 この喧騒の中、一箇所だけ反応が違う空間があることに気づいた。

 まあ、気づいたのも、黒とか紺の制服特有の地味な色の中で異彩を放っていた赤と緑を見つけて、なのだが。

 しばらく見ていたからだろうか。緑色のジャージの女生徒と目が合った気がしたが、相手がすぐに横の赤色の制服の女生徒の方を向いてしまったために確証はない。

 さて、そろそろかな。

 時計を確認して頃合か、と思い、僕はスタスタと窓からまた教壇の前まで歩き。

 

 バンッ

 

 教壇を両手で叩いた。

 先ほどの喧騒が嘘のように静かとなる中、ただ一言。

 

 「落ち着け」

 

 キーンコーンカーンコーン。

 チャイムがなる音が、やけに響いた。

 

 「お、ホームルームは終了だな。じゃ、あとは任せたぞ、おまえら」

 

 教師―――結局名前を聞いていない―――はこれ幸いとばかりにそそくさと荷物をまとめて行ってしまった。薄情なやつめ。

 しかし、困った。

 チャイムがなるところまでは予想していたが、教師の対応があまりにもおざなりだったせいで自分の学ぶ場たる机の場所を聞いていない。

 見回せば、先程の一幕に気圧されてしまったのかクラスの生徒は僕の目を避けるようにこれもそそくさと自分のコミュニティへ入ってしまった。

 さて、このままでは立ち往生だ。次の時間の教師がくるまでに何とかしなければ、すわ転校初日からいじめか、とあらぬ誤解を受けてまた話がややこしくなってしまう。それは避けたい。

 

 「転校生くーん」

 

 さてどうするか、とまた考えに耽ろうとした僕に声がかかったような気がした。まあ、この場に「転校生」という冠をつけられるのは僕しかいないのだから、気がしたではないけれど。

 声の方を振り向けば、先程目を合わせた―――と僕は思っている―――緑と赤のコントラストな二人組がいた。ぶんぶんと手を振っている緑ジャージがこれでもかと存在感を出している。

 どうやら「転校生」というステータスを持つ僕でも彼女に注目度は負けるらしい。

 

「私の前、空いてるよー」

 

 こっちこっち、と招くその手に、諦めて釣られることを待つ魚のように釣り上げられていく。

 これでようやく一息つくことができそうだ、とどかっと半ば重力に従うように指された席の椅子に背中をあずけたところで。

 

 ツンツンッ

 

 背中からの感触にまた一つ息を吐く。

 振り返ればそこには「私、気になります」と興味津々の顔の緑ジャージの彼女がいた。

 彼女のステータスは「好奇心」も高いようだ。

 どうやら心休まる時間というものは今日に限ってはないらしい。

 やれやれ、と難事件に出くわした名探偵のように―――いや、この場合は追い詰められた大怪盗か―――両手を上げた後、背もたれを肘椅子代わりにし、こちらの聞く姿勢を示す。

 

 「うわー、キザッ」

 

 第一声がそれか。

 いや、確かに両手をあげるこの行為は海外ドラマぐらいでしか観ないといえば観ないのだが、気分は推理小説の気分だったのだ。それくらいは許して欲しいものである。

 前を向こうとする僕に対し、慌てて緑ジャージは、あーっ、ごめんごめん!、と両手を合わせて軽く謝って引き止めた。

 

 「それにしても、さっきはすごかったねー」

 

 先ほどのことなどなかったかのように緑ジャージは、僕が机を叩いてあの場を収めたことを声を若干低くしてものまねをしながら示した。

 あまり自分のものまねをされるのは大抵の人は嫌に思うだろうが、この緑ジャージがやると不思議と嫌に思わない。

 それが彼女の魅力なのかもしれない。

 

 「でも、結局なんにも質問できなかったし、ここで皆に代わって名探偵ちえちゃんが根掘り葉掘り訊いてしんぜよう」

 

 それにしても、この緑ジャージもとい、名(?)探偵ちえちゃん、ノリノリである。

 

 「千枝、自分のこと名探偵ちえちゃん、って……プフッ」

 

 今までどこか距離を置いていたような赤いのが、名(?)探偵ちえちゃんがツボに入ったのかお腹を抱えて笑っていた。

 言った張本人も笑われたことで羞恥心を思い出したのか顔が赤くなっていた。

 場が混沌としてくる中、気分が推理小説だった僕は、名探偵、という単語に反応してこの流れに乗ることにした。

 

 「ふむ……一体この大怪盗ワタルに何が訊きたい、というのかね、迷探偵ちえちゃん」

 「なんか馬鹿にされてる気がする……」

 「ふむ……それじゃあ、名探偵アイリー―――」

 「それ以上はやめてっ!」

 「で、何が訊きたいの?」

 

 なんだろう……すごく楽しい。

 と、開いてはいけない扉を開く前に自分を律する。何事もほどほどに、である。

 

 「あんた……意外にいい性格してるよね、表情薄いけど」

 

 心は案外豊かだよ。

 と、ジト目で見てくる名探偵に返しながら、そういえば、と。

 

 「訊かれる前にひとついいかな?」

 「ん?どーしたの?あ、私の好きなものは愛屋の肉丼ねっ!」

 「いや、そういうことじゃなくて」

 

 訊かれてもいないのに回答を頂いた。

 緑ジャージは肉丼が好きらしい、と心の中のメモ帳に一応メモを取ったあと、断りを入れて一言告げた。

 名前、聞いてない、と。

 あっ、と本当に忘れていた、というように驚きで開いた口を隠す名探偵ちえちゃん。

 千枝、名前言うの忘れるなんて、とまたもツボに入っている赤いの。あなたも言ってないよ?というのは野暮なのだろうか。

 

 「ごめんごめん、そういえば言ってなかったね。あたし、里中(さとなか) 千枝(ちえ)って言うの」

 

 それと、こっちはユキコ。

 と、未だにお腹を抱えている赤いのを指して教えてくれた。

 ユキコ、と下の名前を出されても結局上の名前がわからないのだけど、というのはひとまず置いといて、お互い下の名前で呼び合っていることから、この2人はとても仲が良いのだろう、と推測できる。

 少し、羨ましい。

 

 「ごめんなさい、ツボに入っちゃうと止まらなくて。私、天城(あまぎ) 雪子(ゆきこ)っていいます」

 

 いつの間にか笑いのツボから解放されたようで、ユキコもとい天城さんが自己紹介していた。

 先ほどとは打って変わって居住まいをすっと正すその姿はどこか気品を感じさせるものがあり、ご令嬢、という言葉が思い浮かんだ。

 

 「雪子、あの天城旅館の一人娘なんだよー」

 「ちょっと、千枝っ!」

 

 どうやら本物らしい。

 環境が人を育てる、というどこかの誰かの説が有力となった瞬間であった。

 などと、益体もない考えを巡らしていると、二人がこっちを見ていることから、(おそらく)いつもの夫婦漫才からこっちに興味が移ったようだ。

 

 「で、よ。結局あの質問ダイムで何も質問できなかったから質問するからね」

 「なるほど、素行調査はおまかせ、というわけか。さすがは名探偵アイ―――」

 「だ・か・ら!そのネタはもういいって言ってるでしょ!」

 

 もうその手には乗らないからね!と、里中さんはこっちが煙に巻いていることに気づいたらしく、何がなんでもこの質問タイムを継続しようとしているらしい、息巻いている。

 周りの生徒もどうやら気になるようで先程までの話し合いも鳴りを潜めてこちらの会話を聞こうとしているのがわかり、そのことにため息をつきながら、今度は茶化すことはなく、話を聞く姿勢を見せる。

 

 「で、結局どこから引っ越してきたの?」

 「人工島、って言ったらわかる?」

 「えっ、人工島って、まさか辰巳ポートアイランドっ、あの!?」

 「あの、が何かわからないけど、まあ、地名的にはそこだよ」

 

 わあ、そんな都会からこんな田舎に、と言っている里中さん。

 まあ、あそこは確かに八十稲羽と比べれば都会だろう。ショッピングモールすらここにはない。普段の生活や娯楽はどうなのか、とすら思うが、もともと無いのだ。地元の人はそれが当たり前で生活しているし、ショッピングモールもあったら便利、程度のものなのだろう。

 

 「でも、あそこ結構物騒じゃなかった?最近ニュースで観たけど、よくわかんない病気になったり、どこかの偉い人が死んじゃった、みたいなこともあったらしいじゃん?」

 

 その言葉を聞いたとき、ふとあの時のモノレールでの出来事を思い出す。

 動かないモノレール。

 暗い車内。

 棺桶。

 0時を指したまま動かない時計。

 そして、謎の声。

 

 「さあね」

 

 でも、僕には関係ない。

 

 ―――そう思っているだけかもしれないよ?

 

 知るか。

 

 ―――1日が24時間じゃないって言ったら、信じる?

 

 関係、ない。

 

 そういえば、僕はここに着いたとき、どうやって家まで着いたのだったか。

 確か夜の散歩もいいかもしれない、と歩いたまではよかったけど、土地勘がない場所で歩き回ることに精神を費やして疲れてしまって、ちょうど、灯りがついているところを見つけたので、そこで一息つこうと思ったのだったか。

 確か、そこは―――

 

 「ちょっと!」

 「?」

 

 何かを思い出せそうだった。

 そんなところで思考の渦から引っ張り出されてしまったことに若干のしこりを感じながらも、目の前にむくれた顔の里中さんがいることから、優先事項はこっちの方か、と案件の処理に取り掛かる。

 

 「話聞いてた?」

 「いや、全然」

 「悪びれもしないではっきり言ったよこの人!」

 

 正直に言ったほうがなんだかんだ楽なのだ。

 

 「で、なんの話?」

 

 ため息をつきながら里中さんは一応恒例だし、と前振りをしてこちらに質問を投げた。

 

 「好きなタイプとかってある?」

 「好きな、タイプ?」

 「そうそう。やっぱ雪子みたいな髪の長い大和撫子みたいな子?」

 「千枝っ」

 

 天城さんが里中さんを咎めるような目で見ている。睨まれた本人はそんなことなどどこ吹く風、とでも言うようにニコニコしているが。

 

 「ふむ……」

 

 言われて見れば、天城さんは確かに髪も長く顔立ちも整っていて十中八九美人、という回答が得られるだろう。

 さらに、それに上乗せされるのが、「老舗の天城屋旅館の一人娘」だ。

 完璧、と言っても差支えないだろう。

 

 「里中さんみたいな人かな」

 「えっ」

 

 でも、今まで散々コミュニティがどうのこうの、というのを語ってきた僕としては、このコミュニケーション能力がある人は素直に尊敬できるものである。

 ここまでの一連の流れをみる限り、里中さんはその尊敬できる人、という意味では正しくそうである、と言える。

 さて、言われた当人はと言えば、ポカンとした顔のあと、言われた意味を徐々に理解したのか、顔が赤くなっていた。

 

 「じょっ、冗談やめてよ。あたしなんて―――」

 「里中さんみたいな人かな」

 「やめて!」

 

 タイミングが悪く、チャイムが鳴った。

 弁解の時間がなくなってしまったことを少し申し訳なく思うも、チャイムは鳴ったのだ。おとなしく授業を受けるほかあるまい。

 僕は後ろからの非難の視線を背中に浴びつつも、ここで受ける初めての授業に集中することにした。

 これからのここでの生活、退屈することは当分なさそうかな、と頭の中では思いながら。

 

 

 

 




 のんびりやっていく?
 それに関する回答はもう少し馴染むまで、という感じですね。
 あとは、作者がP3をうる覚えとなっているので、ちょっと時間がかかる気がします。
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