真実なんていらない。
それが誰かを不幸にするのなら。
それに振り回されるくらいなら。
真実(Fact)を偽物(Fake)にすり変えることだって私はやってのけよう。
だから、私は。
''都合の悪い真実''なんて、いらない。
◆
放課後。
周囲は冬休みの話題を中心に教室内を賑やかにさせている。
「あー、やっと終わったー」
大きく伸びをすることで固まった身体、ついでに頭をすっきりさせたのは、里中 千枝だ。
ショートに明るいブラウンの髪。少しつり目な部分がキツイイメージを持たせるように見えるが、実際は笑顔が絶えないためにその印象は一瞬で崩されることだろう。
しかし、なんといっても目を惹くのは、彼女の着ている服だろう。
学校生活というのは、確かに私服でもOKという所もあるだろうが、そんなところでさえ学校の特色というものを出すために大抵取り入れられているものがある。
つまり、制服だ。
もちろんこの八十稲羽にある中学校も例外ではなく、制服がある。それも、男子は学ラン、女子はセーラー服とそれはもう、定番中の定番のものが、だ。
しかし、そんなものなどどこ吹く風、と言わんばかりに里中の上半身は緑のジャージなのである。いや、そう言ってしまっては語弊があるかもしれないが、明るい緑に黄色の線が入ったこの緑ジャージはある意味彼女を彼女たらしめているアイデンティティとさえなっているのである。
もし、制服は着ないのか、という問いが投げかけられれば、彼女は笑ってこう答えるだろう。
「着てるじゃん、下に」
それに、うちの学校、上は自由らしいし。
そうはいっても集団生活の場では周囲との和を尊ぶのが日本というもので、普通は制服があればそれを着るのが大半であり、そんな中で彼女のその姿はやはり目を惹くのである。
「ようやく終わったね」
その意味では、この人物も挙げなければなるまい。
下は里中のように学校指定のスカートではあるが、その上が制服の原型を留めていない、赤色。赤い、制服である。本人は、赤いカーディガンを上に着ているだけ、と言ってはいるが。
天城 雪子。
この町で有名な場所といえば、という問いがあれば、この町の住人ならばまず挙げられるだろう老舗旅館、『天城屋旅館』。
彼女は、その旅館の娘である。
これだけでもステータスとしては十分だが、それに上乗せするように彼女のことを付け加えるなら、一言。
美人、と。
前髪は綺麗に切り揃えられた黒髪ストレート。
切れ長の瞳。
白い肌。
どれをとっても一級品であり、彼女の一挙手一投足に注目を集めてしまうような、そんな存在感がある。数年経てば、その外見は更に磨きがかかるだろう。
そんな彼女を前に放っておく男子がいるはずもなく。
告白された数は数知れず。しかし、浮いた噂はひとつもない。
まさに清楚な女性、大和撫子を地で行く存在の彼女なわけだが、その実態は。
「今の人……何の用だったんだろう?」
ただ単に、遠まわしな告白など告白とすら気づいていない、天然記念物並みの天然なのだった。ちなみに、この台詞。「二人で一緒に出かけませんか?」という問いに断りを入れてからの台詞である、と言ったら、おわかりいただけるだろうか。
さて。
いつもだったら二人はこのまま放課後の余韻を楽しみ、会話に励むのだろうが、この日は違った。
何故か、それに対する答えもまた単純。「いつもと違うから」である。
「……」
無言で机の上を片付けているその背中を里中はちらと見るまでもなく、前の席なのをいいことにじっと見ていた。
吾妻 渡。
このお世辞にも都会とはいえない、変わらないことが特徴とも言える町に引っ越してきたある種の『変わり者』。
まず目を惹くのは、白い髪。
白というより、もともとの色が抜け落ちてしまった結果、といった印象を受ける。
しかし、それよりも目を惹くのがその顔である。
一言でいえば人形だろうか。
別に顔が特別整っている、ということではない。いや、十分整ってはいるが、その枠には天城 雪子がいる。何の枠とは言わないが。
この場合の『人形』という表現は表情がない、という意味での例えである。
里中は先のホームルームでの会話を思い出す。
軽快にトークにノってくれたとは思うが、その表情はほぼ変わらなかった。
まるでどこかに表情を置いてきたかのように、とはありきたりだが、これほど合う言葉は無いと思うほど、吾妻 渡は笑わなかった。
自己紹介の時の騒動もあいまって、彼は必然と、まるで本人がそう望んだかのようにミステリアスな存在となり、それが彼を目立たせてしまっていた。
だが、彼と話した里中は彼が人形ではないことを知っている。いや、その会話を聞いていたクラスメイトも、と言ってしまえばそうなのだが、直接話した、という意味でのことだ。
普通に話もするし、人をからかうのも好きと見た。
さっきの発言も……
と、そこまで考えたところで里中は顔が紅潮していく。
いくらからかうのが好きって言ったって、そういうこと言うのはどうなの、っていうか、あのあとあっちから何も言ってこないし、何、謝るのが筋ってもんじゃないの、っていうか、なんだこれ、私は突然告白されたと思ったらそのあと放置されてるのに苛立ってるヒロインかっ!?
「どうしたの千枝、顔赤くして?」
「―――っ!帰るよ、雪子っ!」
バン、と机を利用して勢いよく立った代償が、周囲に注目という対価を払わされる。
が、そんなことはどうでもいい、とカバンを持ってズカズカと教室から出ようとする里中はある声に足を止めてしまう。
「里中さん」
彼だ。
ある意味待ち望んでいた声だが、先ほどから色々混乱している頭では喜んでいいのかそれとも怒るべきかはたまた、と結局、傍目から見れば「般若」の表情だった、というのはとある匿名の生徒Aからの情報である。
頭の整理がつかない状態で反応できずに黙している里中に対し、彼―――吾妻 渡はふむ、と一瞬考えてから一言。
肉丼、と。
ピクリ、と混乱する頭の中でも反応してしまうのはその生涯が肉に通じるからか。
肉丼……と頬を崩さんばかりの笑みを浮かべてからハッと頭を振って、更に不機嫌になった里中はもう一度、雪子帰ろう、と今度こそ教室を出て行ってしまった。
「ははは、振られちまったな、転校生」
朝のやりとりも見ていたのだろう。
男子生徒が話しかけると、吾妻は、残念だ、とひとつため息をついた。
「これに懲りたら、もう里中をからかう真似なんてしないことだな」
な、とその男子生徒の念に頷く生徒たち。
しかし、当の吾妻はというと、からかう?と少し考え込んでから、ああ、とようやく納得したのか、小さく呟いた。
「別にからかったつもりはないんだけどね」
えっ?という生徒たちの声は無視して吾妻は、おさきに、とカバンを背負って悠然と部屋を出て行った。
そのあとで室内が騒然となったかはまた別の話。
◆
「警部っ、またやられました!」
「くそっ、またか!」
某所の美術館。
そこで二人の男が話しあっている。
「それで……また、というからには、『あれ』が残ってたんだな?」
「……はい」
全く、ふざけた話だぜ。
警部と呼ばれた男はそう言ってタバコを取り出して、ポケットを探っていたが、目的のものがみつからず、舌打ちをしながら、タバコはくわえたまま話を続ける。
「で、どこにあるんだ、『あれ』は?」
「現場です」
とにかく見てください、と部下と思われる男は事件だというのに少し嬉しそうな顔をしながら話すのを見て、警部は拳骨を入れておいた。
これは遊びじゃねぇんだぞ、という意志もこめて放った一撃は、果たして部下には伝わっただろうか。
「ここが現場です」
犯行現場には、証拠を見つけようと躍起になっている鑑識の人間がたくさんいた。
やる気とその結果は別物だがな、とひとつ感想を漏らしたところで部下の、こっちです、という声の方へ手袋をつけながら向かう。
そこには、無残に壊されたガラスケースだったものがあった。
ケース、というからにはその中にはきっと何かが入っていたのだろうが、案の定、その中には何もない。
いや、一つだけ、あった。
「これが、例の『あれ』です」
「チッ」
何もなければまだマシだった。
そう言わんばかりに『あれ』を部下からひったくる警部の苛立ちは、『あれ』―――カードのようなものだろうか―――の内容を見た瞬間に頂点に達する。
「『”燃える瞳”確かに頂きました 怪盗W4』だって……くそっ!」
思わず握り潰そうとするのを部下が止めたおかげで踏みとどまったが、警部の怒りまでは抑えられなかった。
ここ最近になって増えてきた盗難事件。
それはただの盗難ではなく、自称『怪盗W4』と名乗るものが予告犯行する、といういわゆる”怪盗の典型的な盗難事件”だったのだ。
もちろん、このようなふざけた犯行を警察が黙って見ているはずもなく。
警察の面子にかけて犯行を阻止しようと躍起になるが、これまた物語のように、何故か捕まらない。
更に、犯人の影すら掴めない、となればその面子も丸つぶれ、というものである。
警部の苛立ちはこの件に関する上からの『お小言』が原因であったりもするが、それを抜きにしてもこの犯人はふざけている、と憤りを感じる。
「それで……警備員の証言も同じか?」
「はい……」
この事件の不可解な点はその鮮やかすぎる犯行にもあった。
入口には警備員をつけ、赤外線センサーまでつけて犯行を阻止しようとしているのに、それをあざ笑うかのように目的の品は盗まれ、警備員に聞いても「いつの間にか盗まれていた」の一点張りなのである。
初めは警備員に突っかかっていた警部も今ではもうその証言に何も言うことはない。
無論、苛立ちは増すばかりだが。
いつの間にかくわえていたはずのタバコが無くなっていることに気づき、やや乱暴にタバコを取り出して、ポケットを探って、ないことにまた苛立っていると。
「ライターです」
「おっ、気が利くな」
と、火のついたライターにタバコを付け、一服した後。
「って、誰だお前っ!?」
ライターを差し出した人物に向かって指をさす。
それも無理はない。
なぜなら、差し出した人物は年端も行かない、少年少女ともつかない子供だったからだ。
「いきなり人に指をさすとは失礼ですね。それにいきなり名前を訊くのもだ……まあ、いいでしょう。僕の名前ですね」
しかし、慌てる警部に対するように、大人びた対応を見せたその子供は、だがやはりその見た目に反さず中性的な声でこう言った。
「僕の名前は白鐘(しろがね) 直斗(なおと)―――探偵です」
やはり物語のように、怪盗には探偵、といったお決まりな展開に、警部はやはり舌打ちをしてタバコをふかした。
この小説は勢いとノリと少々の考えで構成されております。
よろしければのんびりと、お付き合いくださいませ。