P4F   作:柚ノ葉

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 今月の満月は本当に綺麗でした。


There is nothing not changing.

 里中は激怒した。

 必ず、かの邪智暴虐の彼を除かねばならぬと決意したかは置いといて。

 謝るどころか自分の大好きな肉丼をだしに使ったことに、里中は激怒していた。

 いや、本当は違うのかもしれない。

 一瞬でも喜んでしまった自分に激怒しているのかもしれない。

 とにかく、里中の心は今、複雑であった。

 

 「千枝っ」

 

 友人が自分を呼ぶ声にハッとして振り返る。

 走ってきたところを見るに、自分が先にどんどん行ってしまったのだろうが、そんな覚えもないほどに周りが見えていなかったようだ。

 いけない、冷静になろう。

 

 「もうっ……どんどん先に行くんだから」

 「あはは、ごめんごめん」

 「……」

 

 頭をかきながら謝る里中を、天城は無言でじっと見つめていた。

 そんな状況に居心地が悪くなってきた里中は、現状打破、あるいは逃避するためにお茶を濁すことにした。

 

 「何そんなに見つめちゃって。もしかしてぇ、あたしに見蕩れちゃった?なんて―――」

 「変」

 

 そんな里中を天城はばっさりと切って捨てた。

 変って……さすがのあたしもそれは落ち込むよ、と里中ががっくりしていると、天城は慌てて否定する。

 そういうことじゃなくて。

 

 「なんか、いつもと違うな、って思って」

 「いつもと違う?」

 「うん。だって、千枝ってどんなに怒ったりしても、それを根に持ったりしないのに、なんで今日はそんなに怒ってるのかな、って」

 

 そうだったかな。

 そうだったよ。

 言われてみれば、そうだった気もするが、じゃあ、なんで今日はこんなにもやもやするのか、と里中は先ほどの出来事を思い出し、怒りが再発する。

 あの転校生、からかって謝るどころか、肉丼であたしを釣ろうとするなんて。

 

 「そこだよ」

 「へ?」

 

 突然そう言う天城に、雪子は何を言っているのだろう、とますます目の前の友人の考えがわからなくなる里中。

 天城はそんな友人の姿がなんだか珍しく、新鮮に感じて微笑ましく思いながら、自らの答えを告げる。

 

 「だって―――」

 

 

 

 

 

 

 ごめんね、私、実家の手伝いがあるから。

 そう言い残して去っていった友人に一言言ってやりたい気持ちを、発散する場所もなく、結局抱え込んだまま、里中は校門に寄りかかりながら考えていた。

 

 ―――だって、彼、千枝が肉丼好き、って言ったこと、ちゃんと覚えてたんだよ?

 

 言われてみれば、確かにそうなのだ。

 彼が気にしていないのなら、先の会話での情報を持ち出さずに、もっといえば、呼び止めることすらしなかったはずなのだ。

 それなのに、彼―――吾妻 渡は里中 千枝を呼び止めた。

 それも、わざわざ里中の好物である肉丼を引き合いにだして。

 あの他愛もない会話から引き出して。

 なら、話くらい聞いてもいいんじゃないか。

 そう諭す友人―――天城 雪子の言葉を思い出しながら、里中が待っていると。

 

 「あれ?里中さん?」

 

 それほど経たないうちに目的の人物の声が聞こえてきた。

 校門に寄りかかっていた身体を反発の力を利用して起こし、里中は声がした方向にはあえて向かず、言いたいことだけ言って先に歩いて行った。

 

 ―――肉丼。吾妻くんの奢りだかんね。

 

 一方、言われた方はというと、一瞬呆気に取られた顔をした後小さく口角を上げて笑う、という当人としてはありえないほど表情を変化させ、前を行く里中の少し後ろをついて行った。

 

 

 

 

 

 

 「肉丼おまちっ」

 

 ドン、と。

 目の前に置かれたその丼は、その名前に違わず、まさしく『肉の丼』であった。

 そのスケールに、そのボリュームに、しばらく何も言えなかった吾妻だったが、ふと横を見れば、そこには笑顔で肉丼を頬張る里中の姿があった。

 これが、地元民の余裕……!

 しばらく頭の中で『肉食系女子』の単語が踊っていた吾妻であったが、覚悟を決めて割り箸を割り、一口。

 

 「……っ!」

 

 光り輝く肉の森は侵入者を阻むかのようにその圧倒的な存在感を誇っていたが一旦受け入れてしまえばその印象は一転し今度は迷い子を優しく包み込むかのように口の中で溶けその余韻を忘れさせないようにと下に眠るご飯を呼び起こしかっ食らいたくさせるこの絶妙なハーモニー。

 つまり、これは……

 

 「……美味しい」

 「でしょっ!」

 

 愛屋の肉丼は最高なのよ、と力説する里中。

 先程までのどこか険のある顔つきが嘘のように笑顔になっていることからも、吾妻はここへ来てよかった、と思えたのだった。

 

 「今後ここにはお世話になりそうだ」

 「だってさ。やったねあいかちゃん、リピーターが増えるよ!」

 「おいやめろ」

 

 そのネタはいけない。

 吾妻は何かを受信した。

 それにしても。

 

 「あいかちゃんって……」

 

 辺りを見回してもそれらしき名前の人物もいない。

 となると、考えられるのは……

 

 「もしかして、そこの店主のおじさ―――」

 「なわけないでしょっ!」

 

 あいかちゃんはその娘さん!私たちと同級生!!

 被り気味な即否定の言に、店主が何故か残念そうな顔をしていたのを、吾妻は横目に見ながら里中の話を聞けば、あいかちゃんなる娘は時々この店の手伝いをしているらしい。

 しかし、今は受験期でもあるため、その姿を見ることは稀だとか。

 どうやら、あいかちゃんに会うためにはここ(愛屋)に何度も通うことになりそうだ。

 

 「いや、ふつーに会えるでしょ、学校で」

 「それじゃ意味がないんだ……!」

 

 へ?という顔の里中の言うことは、確かにもっともなのだが、それでは意味がない。

 愛屋は中華系列の店だが、大衆食堂のような雰囲気も持ち合わせている。そんなところで働く女性の定番の制服と言えば、そう。

 割烹着だ。

 普段没個性の象徴とも言える学校の制服を着た大勢の一人、という認識の女の子がここでは唯一人、つまりオンリーワンの割烹着で働いている姿を見られるのだ。そのレア度はもはや比べることすら烏滸(おこ)がましい。

 

 「僕はそれが、見たいんだ……!」

 「ああ、はいはい」

 

 隣でこちらを白けた目で見る里中さんがいるが、そんなことは関係ない、とばかりの吾妻。

 ふと前を見れば、うんうん、と吾妻の力説に頷いている店主の姿を目撃した里中は、それ以降この件について考えるのをやめた。

 

 肉丼二人前、1600円を消費した!

 

 

 

 

 

 

 「ここは……」

 

 その帰り道。

 冬は夕日が沈むのも早く、徐々に闇が深くなっていく中で、この良い意味で田舎らしい町並みにそぐわない、大きなビニールシートがかかり、『工事中』の看板が立っている一帯を吾妻は見とめた。

 

 「ああ、ここね。なんか、おっきなショッピングモールが来年できるらしいよ」

 

 これでちょっとは都会っぽくなるかな、とこちらを見て言った里中の表情は、少し隣の都会から来た転校生を意識して照れているような、何もないのが取り柄のこの田舎の風景が変わってしまうことへの寂しさが入り混じったような、なんとも言えないものとなってしまった。

 

 「このまま変わっちゃうのかな、ここ……」

 「変わらないものなんてないさ」

 

 寂寥感が前へ出始めた里中に吾妻は言う。

 変わらないものなんて、この世界にない、と。

 

 「ずっと生き続ける人なんていないし、人の気持ちは個々人で違う。気持ちが違えば、その有り様も違ってくる。違いがあれば、多かれ少なかれ何かは変わるものだよ。だから、大事なことは―――」

 「大事なことは?」

 

 思わず、足を止めて続きを促してしまう。

 里中は、この空間が何故か夢のように現実感のないものと捉え、どこか浮遊感さえあるものを抱えていた。

 吾妻は里中の方をちらと横目に見ながら、自分の考えを伝える。

 

 「そういうものだと自分の中に変化をある程度受け入れる部分を作ることさ」

 「変化をある程度受け入れる部分を……作る?」

 「ああ。頑なになっていたら受け入れられるものも受け入れられない。でも、一旦受け入れられれば、その変化に対して寛容でいることができる。でも、なんでも受け入れろ、なんてことじゃない。その変化を受け入れた上で嫌だと思うなら、それはそれでいいんじゃないかと僕は思う」

 「だから、部分を作る……」

 「どうしても受け入れられないものもある。人の気持ちは人それぞれだしね。でも、まずはその変化を前向きに考えてみたらどうかな、ということさ」

 「……吾妻くんは?」

 

 それなら、ここにいる彼はどうなのだろう。

 彼はここへの引越しという変化を受け入れているのだろうか。

 受け入れた上で、この町をどう思っているのだろうか。

 

 「さあね」

 「え?」

 

 里中は急速に顔が青ざめていくのを感じた。

 それは、この町が彼には受け入れられないということなのだろうか。

 

 「そういうことじゃない。まだ受け入れている最中ということさ」

 

 ここに来てそんなに経っていないしね。

 そう言う彼の後ろ姿を見て、里中は決意した。

 

 「それなら―――」

 「ん?」

 

 息を吸い込んで、里中は宣言する。

 

 

 「吾妻くんを……好きにさせてみせる!」

 

 

 数瞬の沈黙が場を支配した。

 

 「驚いた……それは告白というやつかい?」

 「へっ?……って、違う違う!こ、これはそういう意味じゃなくてっ!?」

 

 慌てて言い繕う里中に、吾妻はわかってるさ、と少し苦笑を混じえた。

 恐らく、先ほどの会話から察するに、里中はこの八十稲羽という町を好きになってもらおうとして言ったのだろう。

 ただ、少し言葉が足りなかっただけなのだ。

 誠に、言葉とは難しいものである。

 

 「あ、あは、あはははは……」

 

 乾いた笑い声が、辺りに響き渡った。

 

 

 

 翌日。

 天城 雪子が教室へ入ると、すでに友人が件(くだん)の転校生と話している姿を見かけた。

 その表情から、仲直りできたんだ、と天城は自分のことのように喜んでいたが、同時に、友人を取られたかのような胸の痛みを感じ、そんなものはない、と半ば抑え込むように普段よりいくらか大きな声で挨拶を行うのだった。

 

 「おはよう!」

 

 人の気持ちは、誠に複雑怪奇なのである。

 

 




 随分と里中さん推してますが、このお話に恋愛要素を含むかはまた別の話。

 感想をもらえると作者が小躍りして喜びます。

 ではでは、またいつか。
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