「『ガンダムSEED RAID BATTLE FREEDOM』ねぇ……」
自動運転の車、その窓から顔を出した男が静かに呟く。
ガンダムメタバース。かつてGBNと呼ばれていたそれは、今や世界規模の大規模メタバース空間と化していた。
しかし、男にとってそれはどうでもいいことだったし、彼の隣で爪を磨いている金髪に赤い瞳の女性にとってもそれは同じことだ。
「せっかくのドライブだってのに、退屈させちまって悪いね」
「貴方にとっては大概のことが退屈でしょう」
女性は男の言葉に淡々と答える。
それを肯定も否定もせずに、男は肩を竦めた。
「で、参加するのかい?」
「そうでなければミドウとリュウザキの家にわざわざコンタクトをとっていないでしょう」
「ああ、バレてたか。流石だ」
男は苦笑する。呆れたような表情を浮かべた女性は、彼が小脇に抱えていたアタッシュケースを手に取って蓋を開く。
そこに詰まっていたのは現金や貴重品の類ではなく──ガンプラだった。
ゲルググメナースを素体に、ザクウォーリアやウィンダムのパーツを部分的に組み込むことで、「コズミック・イラのハイザック」をコンセプトとして制作されたそれ、「試作型ハイザックハザード」は、男──イヌイ・カズトモが戯れに組み上げたものだった。
「こんなものまで作って、すっかり乗り気ではないですか」
「次への布石は打っておくに越したことはないだろ? 『GHC』の真似事に興じるのも悪くはない」
うちは統一感のなさが弱点だからね、と語るカズトモの言葉を、女性──ハノエ・スメラギは少しばかり不機嫌そうに首肯する。
皇財閥。ユーラシア大陸を活動拠点とし、世界を三分すると実しやかに囁かれている企業群の一つとして、かの「GHC」に比肩するほどの巨大財閥だ。
そして、スメラギの名の通りに今の財閥を取り仕切っているのがハノエであり、そしてその伴侶であるカズトモだった。
「いずれにせよ、うちのいい宣伝になる。当然……ファウンデーション側で申し込んできたよ」
「物好きなことです」
「昔からさ、知ってるだろ?」
「ええ、よく」
ヴェールを降ろすように、開け放っていた車の窓が閉まる。
電気自動車が奏でる不気味なほど静かな走行音の中に、湿り気を帯びた水音が滴った。
◇◆◇
「追加で二隻のスーパーミネルバ級を拵えるのは我ながら骨が折れたね」
「それをやり通してしまえるのが、貴方というお方の強さです」
都内某所に聳える巨大なタワーマンションの最上階。なんの因果かそのテラスにも二人の男女が腰掛けていた。
ただし、ハノエとカズトモのような湿度を帯びた関係性でないのは、椅子に腰を落ち着けている少女の足が若干震えていることからも察せられるだろう。
有り体にいえば、薄茶色の髪と瞳をした少女──ナギサ・キリカは緊張していた。振舞われた紅茶を優雅に嗜む仕草は見せてこそいたが、ティーカップを摘む指先もぷるぷると頼りなく震えている。
「そう緊張しなくてもいいさ、僕は君たち『リビルドパーティー』を高く評価している」
砕けた調子でキリカへと語りかけた小柄な──さながら少年のような背丈の男性を知らない人間はこの世できっと少数派だろう。
かの巨大コングロマリット、「GHC」を経営している社長にして、GBNでありガンダムメタバースの中で最大の規模のフォースアライアンスを統括している「提督」アトミラールこと、クレダ・テイト。
傑物と呼ぶことさえも足りない天上人が目の前にいるとなれば、キリカが緊張するのも無理はない話だろう。
「……その節は、私の幼馴染がご令嬢にご迷惑を」
「いやいや、ユニにも本気で競い合えるライバルができたのはいいことだ」
「ですが」
「僕の娘だ、葛藤を乗り越えられないような育て方をした覚えはないよ」
諭すようなテイトの語り口に、キリカはほっと胸を撫で下ろした。
二人とも今この場にはいないが、幼馴染のヒジリサワ・ミアとテイトの娘であるクレダ・ユニの間にあるちょっとした確執を突かれるのではないかと、気が気でなかったからだ。
キリカ自身もそこそこなお嬢様と呼べる家の出だが、本気で、いや、本気を出すまでもなく「GHC」が潰しにかかれば、半日も経たず路頭に迷うことは間違いない。
「……ありがとうございます。それで、『トリニティ』を拝受する件についてですが」
「なにか問題でも?」
「いえ、私で……私たちで、本当によろしいのかと」
スーパーミネルバ級戦艦。
劇場版「機動戦士ガンダムSEED FREEDOM」に登場した「ミレニアム」が見せた活躍はキリカの記憶にも目覚ましいものだったが、あれはクルーと艦長ありきのものであることもまた承知の上だった。
自分が、自分たちがスーパーミネルバ級の幻の姉妹艦として作られたそれを託されたとして、果たしてテイトの名に、アトミラールの名に泥を塗るような真似はできない。
キリカは、きゅっと薄い唇を引き結んだ。
「僕は依怙贔屓をしない主義でね」
伸ばした髭を撫で付けながら、テイトは鷹揚に口を開いた。
「その資格がなければ、最初から君をここに呼んではいないよ」
「……ありがとうございます、社長」
「提督と呼んでほしいところだが……まあいいだろう。あまり気負わず『ガンダムSEED RAID BATTLE FREEDOM』を僕らも楽しもうじゃないか」
「……はい!」
若さだな、と、一転して表情を明るくしたキリカを一瞥してテイトは苦笑する。
そして、ミアとユニに仲直りをしてほしいと、包み隠した本音は心の奥底にしまい込んだまま、1/144スケールで再現された「ミレニアム」の姉妹艦二隻を一瞥する。
当然の如く、彼が所属を申し立てたのは地球連合側の勢力だった。
◇◆◇
「今日も労働は苦しいですねぇ、つらいですねぇ……あ、これはご注文のブラックバンガード特製ブレンドです……」
「……ありがとう」
労働に従事しながら労働に対しての苦しみを呟き続ける少女、ツチダ・ヨリのよくわからない接客に慣れるほど通い詰めた「喫茶店 BLACK VANGUARD」の一席で、黒髪の少年は溜息と共にブレンドコーヒーと、向かいの席から差し出されたアタッシュケースを受け取っていた。
「……ミウ、お前の目から見てどうだった?」
「ばっちりです! 瞬間接着剤で関節のちょっとした緩みを調節してあげるだけで十分でしたよ、トウヤ!」
「……そっか」
ミウと呼ばれたおさげ髪の少女こと、アマウラ・ミウは、黒髪の少年──ヤマナミ・トウヤの言葉を受けて、得意げにピースサインを作ってみせた。
自称ガンプラメカニックのミウがガンプラを見る目は確かだ。そこはトウヤも信頼している。
問題があるとすれば、自分がこのガンプラを「歌姫の騎士団」側として使いこなせるかということだけだろうと、トウヤは緊張を飲み込むようにブレンドコーヒーに口をつける。
「楽しみですよね、レイドバトル!」
「……今回は運営もガチで殺しにかかってくるらしいからな」
ファウンデーション側は当然、「SEED FREEDOM」の物語をレイドバトルとして再現するのなら不人気になる。
だからこそ、運営直々に今回は「クリア不可能!?」などという飛ばし記事のような見出しで配信告知を行い、ファウンデーション勢力には大幅なテコ入れを行うことを明言していたのだ。
しかも、レイドバトルの方針はエリアを取り合うPvPが予定されていたのにもかかわらず。直前になっての仕様変更に戸惑うプレイヤーは少なくない。
「トウヤは今日も暗い顔ですね、そんなに嫌ですか?」
「……嫌というか、単純にさ」
「単純に?」
「……不安なんだよ、楽しめるかどうか。俺は姉さんみたいに出来がいいわけでも、親父みたいな化け物でもない」
だから、ランク戦からも逃げ続けてきた。
自虐的に呟いたトウヤの言葉に対して、ミウは返す答えを持っていない。
自分にできることはあくまで、トウヤが作ったガンプラを見てやることと、寄り添うことだけだ。そうわかっていたからこそ、ミウは席を立って、彼の背中からそっと、豊かな胸を押し付けるように抱き寄せる。
「……その、なんだ。当たってるんだが」
「当ててるんです」
「……」
「あったかいでしょう? ふふん、心のメンテナンスもガンプラメカニックの私にお任せあれ、です!」
その言葉に根拠などなくとも、得意げにミウが笑ってくれただけで、少しは信じられそうな気がしてくるのが不思議だった。
しかし、それは一方で、幼馴染に母性を求めているようで。
トウヤはそんな気まずさと恥ずかしさを誤魔化すように、ブレンドコーヒーを一息に飲み干す。いつもは心地よいその苦味の中に僅かに香るフルーティーなフレーバーにさえ気づかないのも、仕方がないことだった。
「……どうやら彼も参加するようだな」
「そうだね、サっちゃん」
「……私たちはファウンデーションに割り振られるはずだった、だがそれが直前になって変更された」
「……そこになにかの意味があるの、リーダー」
「わからない……だが、少しだけ嫌な予感がする」
「嫌な予感ですか……この世はいつだってつらいですねぇ……苦しいですねぇ……」
トウヤとミウがイチャいちゃいるのを横目に、顔の下半分を覆っていたマスクを下げて、店員のカギウ・サエリはヨリの言葉に同意を示す。
いい予感は大体が当てにならないが、嫌な予感というのは大体が当たるものだ。
それはサエリの経験則でもあったし、なによりも。
メタバースは、GBNは──そういう「なにかしら」のイレギュラーに事欠かないのだから。
◇◆◇
「一体どういうつもりだね、ミス・フレイラ」
時を同じくして都内某所、ガンダムメタバースを取り仕切っている運営会社の会議室で、カツラギはフレイラと呼んだ栗色の髪を膝まで伸ばした女性を問い詰めていた。
「わたくしはもっとストーリーの再現性にアプローチすべきだと考えています、ですから、そういう方向性での調整をしたまでですわ」
それに、責任者の同意も得ています。
カツラギの鋭い視線を涼しい顔で受け止めながら、なに一つ自分は間違えていないという確証を持っているかのようにフレイラはしれっとそう語った。
確かに、彼女が提出した企画書は直前になっての仕様変更という一点を除けば、「ガンダムSEED FREEDOM」の世界観を再現するという点では優れている。
だが、オンラインゲームの運営において、「直前になっての仕様変更」は、ユーザーから一番忌み嫌われる行為であることをまさかフレイラも知らないはずはあるまい。
知っていてやったのならなお悪質だ。
この提案にゴーサインを出した現場責任者もスタッフも皆が狂っている、とばかりに頭を抱え、カツラギはばりばりと胃薬を噛み砕く。
「直前になっての仕様変更はクオリティアップのためと言い訳がつく。だが、『クリア不可能』という言葉で釣るのはいただけない」
「あら、困難に立ち向かうのが大好きなのがダイバー……失礼。今はプレイヤーと呼ばれる人種なのでしょう?」
でしたら、これ以上なく効果的だと思われますが。
くすくすと、楚々とした笑みを絶やさずにそう語るフレイラに、有効打となる反論材料をカツラギは持ち合わせていない。
それというのも、フレイラがやらかしている行為はどれもこれもグレーゾーンであって、現場責任者と統括者の承認を得ているという事実は覆しがたいからだ。
今から上で会議にかければ、開催が遅れる羽目になる。仕様変更を挟んだ上での延期となれば、プレイヤーたちから抱かれる悪感情は計り知れない。
それを狙った上でやっているのなら、こいつは相当食えない女だ。
カツラギは薬を飲んでなおきりきりと痛む胃の辺りを押さえながら、小さく「わかった」と言葉を返す。
「ただし、本当にこのレイドバトルが失敗に終わったら、そのときは」
「ええ、クビにでもなんでもしてくださいませ」
全ては、わたくし「たち」の責任なのですから。
わざとらしくそう言い放って、フレイラはくるりと踵を返した。
もしも本当にこのレイドバトルが失敗に終われば、フレイラの言葉通り大規模なレイオフをしなければならないが、そんなことは冗談ではない。
なんとかフレイラの首だけで事態を終息させる方法を考えなければならないのが、管理職としてのつらいところだった。
◇◆◇
「さあ、始まりました! 『ガンダムSEED RAID BATTLE FREEDOM』! このレイドバトルはなんと調整に調整を重ねてリリースされたため、事前告知と若干の変更がありますが、それは皆さんもご存知の通り!」
ジーラインのアーマーをスポーティーなインナーの上から纏ったような格好をした女性──ガンダムメタバースにおける公式ガイド役を務めている「ホシノ・フミナ」が、観客向けに投影されたスクリーンの中でそう叫ぶ。
「地球連合、オーブ、そして歌姫の騎士団に配属されたプレイヤーは、ザフト、ファウンデーションの両軍が守るレクイエムを最終的に破壊すれば勝利となります! 一方で、ザフト、ファウンデーション側はレクイエムが発射されるまでの時間を稼ぎ、オーブにレクイエムが着弾すれば勝利となります! さて、この熱い戦い……君たちは生き延びることができるか!? 勝利を我が手に導け、ガンダム!」
フミナが開戦の狼煙を上げるように拳を天高く突き上げると同時に、「LAID BATTLE START!」の文字が各プレイヤーたちのコンソール上に浮かび上がる。
割れんばかりの歓声が、怒号のように、地鳴りのような響きを持ってメタバースを埋め尽くす。
プレイヤーたちが待ち望んでいた戦いが、今まさに幕を開けた、その瞬間だった。
レイドバトル編はーじまーるよー
【Tips】
【イヌイ・カズトモ(原案:「麻婆炒飯」様)】
・不思議な色気を持つ青年。ユーラシア大陸を拠点とする巨大な財団「皇財閥」が従える十二の幹部たちのうちの一つであるイヌイ家の後継者。人を食ったような言動により、掴みどころのない人間だが、婚約者であるハノエ・スメラギに捧げる愛は本物。GBN/ガンダムメタバースにおいては「コーチ」の名で活動しており、「多種多様なガンプラを使い分けるプレイヤー」として多くの人間からは認識されているが……?
【ハノエ・スメラギ(原案:「麻婆炒飯」様)】
・妖艶な色気を纏う美女。「皇財閥」の正統後継者にして、現在の地位を築き上げるのに大きく貢献した女傑でもある、謎が多い女性。そもそもガンダムメタバースをプレイしていないと目されているが……?
【クレダ・テイト/アトミラール(原案:「笑う男」様)】
・世界一の巨大コングロマリット「グローリー・ホークス・カンパニー」、通称「GHC」を取り仕切る傑物にして、稀代の艦船マニア。今回は珍しくチャレンジャーとして参加できる上に艦艇の使用にもほとんど制限がかかっていないため、張り切っているとか。娘であるクレダ・ユニとキリカの幼馴染であるヒジリサワ・ミアの間にはGBN時代にちょっとした確執があり、キリカには「それを乗り越えてこそ我が娘だ」と言い放ってこそいるが、内心では結構心配している。
【喫茶 BLACK VANGUARD(原案「X2愛好家」様)】
・「ダブル眼帯キチーネの人」ことTHE Bi-neであり、サビネ・タカトが経営する喫茶店。血の繋がらない美少女四姉妹こと「ブラックスクワッド」の四人が働いていることと、コーヒーとカレーのセットが名物の喫茶店。ヤマナミ・トウヤは常連客の一人だが、タカト=ダブル眼帯キチーネの人、とは認識できていないしそもそもその事実を知らない。
【ヤマナミ・トウヤ】
・ガンダムメタバースのプレイヤーだが、ランク戦にも参加せず燻っている少年。腕は決して悪くなく、むしろ「凄腕」に分類されるほどであるのにもかかわらず、ランク戦に参加しようともしない。どうやらその理由は「ヤマナミ」という名字となにかしら関係があるようだが……?
【アマウラ・ミウ】
・トウヤの幼馴染であり、自称「ガンプラメカニック」と名乗るだけはあるほどにガンプラのリペアやミキシングの提案を得意としているお下げ髪の少女。その胸は豊満であった。
【フレイラ/フレイラ・マキナ】
「ガンダムSEED RAID BATTLE FREEDOM」の調整を急遽請け負った、運営の中途社員。育ちがいいのか常に楚々とした笑みを絶やさず、人当たりも良いため社員たちからの信頼は厚い美女。しかし、その経歴には謎が多く、彼女の動向を疑問視している人間も少数だが存在している。しかし、数の力と金の力で反対派を黙らせている程度には抜け目がない女であるため、カツラギからは「食えない女だ」と常々評されている。