思えば、Wフィールドの存在は「劇場版ガンダムSEED FREEDOM」がこのレイドバトルの元ネタであることを考えればおかしいのだ。
単純にフィールドを東西南北に分割するレイドバトルの調整に当てはめただけだというなら、直前になっての仕様変更の謳い文句にも納得がいかない。
原作により近づけるため、と謳いながらもNPDが負っていた役割のほとんどをプレイヤーに手渡して、おまけに通信で聞いた限りではいきなりなにもない場所にディン-Rがスポーンしてくるという始末だ。
不可解、つまるところその一言に尽きる。
ナギサ・キリカはスーパーミネルバ級戦艦「トリニティ」のブリッジで、そう訝しんでいた。
今のところ、Wフィールドに目立った動きはない。最終決戦の場であるNフィールドへと通じるゲートを守護しているファウンデーション・ザフト連合艦隊も想定通りの規模だ。
「キリカちゃん、これ私たちが出る意味なくない?」
「油断は禁物です、ミアさん」
心の底から退屈そうに問いかけてきたミアを諌めつつ、キリカはその片手間で偵察機部隊を発艦させるように指示を出す。
今のところ、Wフィールドに入って以降、制圧率は四割に達していたが、敵の攻撃が激化する気配はない。
不気味なほど凪いでいる、というのがキリカのこの戦場に対する評価だった。
アトミラールはレクイエムを側面から叩くため、Wフィールドに事実上の第二艦隊と呼べるほどの戦力を集結させているとキリカは読んでいたが、彼は戦略家だ、理由はまさかそれだけではあるまい。
それに、運営がわざわざ「クリア不可能!?」などというキャッチコピーで煽ってきたのにもかかわらず、Wフィールドをがら空きにして、戦力を素通しさせるという真似をするだろうか。
散発的に襲いかかってくるNPDのザクウォーリアやグフイグナイテッドを迎撃しつつ、ティーカップに口をつけながらキリカは思案する。
「セイナさん、貴女はこの盤面をどう見ます?」
「罠だろうね、十中八九」
操舵を担っていた小柄な少女──ソノダ・セイナはキリカの問いに淡々と答える。
ただし、なにが仕掛けられているのかはわからない。
続く言葉もまた、同じ見解だった。
そうだ、罠が怖いのではない。
なにが仕掛けられているのかわからないことが、そしてそれがいつ発動するかもわからないことがキリカは怖いのだ。
そして、今のところはミアの力もあって、これといった困難もなくWフィールドを進軍できていることが、上手くいきすぎていることが。
指揮官というのは臆病なくらいでちょうどいいのだろうが、アトミラールから「トリニティ」を託されたプレッシャーも大きい。
自分のような小娘に、これだけの艦を貸し与えてくれたその責任は計り知れないからだ。
キリキリと痛み始めてきた胃の辺りをさすりながら、キリカは逐次飛んでくる戦況報告に耳を傾けていた。
「こちらパイロキネス! Wフィールド前方に敵勢力の出現を確認、座標を送る!」
偵察隊として先行させていたプレイヤーからの報告が、ぴしりと蹲り気味だったキリカの背筋を伸ばす。
「……ありがとうございます、数は?」
「見えねえ……敵が七分に宇宙が三分っていったところだ! これ以上は……!」
「パイロキネスさん? 応答してください、パイロキネスさん!」
「ジャミングか……それもかなり強烈なものだ」
パイロキネスとの通信が途絶すると同時に、モニター類にノイズが走ったのを確認してセイナは奥歯を噛み締める。
レーダーが使えない以上、状況は目視で確認するしかない。
余裕はないが、誰かに掲示板を開かせてそっちでの情報収集も担当させなければならない──艦を預かるというのは、それだけの人を動かすということだ。憧れだけでは到底やっていけないことだと、改めてアトミラールの凄まじさをキリカは噛み締めていた。
「ハルコさんは掲示板の確認と戦況分析! 対空機銃分離、これより『トリニティ』は先陣に立って正体不明の敵部隊と交戦します!」
「オッケー⭐︎ やっと暴れられるんだね!」
「ええ、ミアさんは敵部隊に対しての遊撃を!」
「任せて!」
ミアの愛機である「ビヨンドフリーダムガンダム」を突撃させて、キリカは突如として姿を現したとの報告があった敵を探すために目を凝らす。
だが、そんなキリカを嘲笑うかのように、アラートが「トリニティ」の艦内に響き渡った。
「どうされましたか!?」
「こ、高熱原体接近……亜光速に近い速度で突っ込んできます!」
目元をぱっつんと切りそろえた黒髪で覆っている赤い瞳のオペレーターが、半泣きになりながらそう報告する。
亜光速で突っ込んでくる熱源体。
そんなトンチキ極まるものがガンダム世界に存在していたのかとキリカが小首を傾げる間もなく、「トリニティ」の右舷に爆炎の花が咲くと同時に、凄まじい衝撃が走る。
「い、一体なにが……っ!?」
「高熱原体反応、続いてきます!」
「対空戦闘! CIWS全砲門開け! 回避!」
「無理だ、一発は直撃をもらう……!」
「ですが射線は割れました、こちらは亜光速熱源体の射線に一斉砲撃を! ぐっ……!」
キリカは二発目が着弾した衝撃で、思わず歯を食い縛っていた。
確かに「トリニティ」も浅くはない傷を負ったかもしれないが、あれだけの速度で投射された熱源体を仮にミサイルだと仮定してもそうでなくても、コースを変更することはほぼ不可能なはずだ。
収穫はあった。そう信じて艦を立て直しつつ、キリカは通信の封じられた戦況を打開するための逆探知を、通信管制担当に指示するのだった。
◇◆◇
「レイドバトル『ガンダムSEED RAID BATTLE FREEDOM』について語るスレ part.201」
1.名無しのアコード
このスレッドは現在開催中のレイドバトルイベント、「ガンダムSEED RAID BATTLE FREEDOM」について語るスレです。機体の構築はビルドスレへ、作品について語りたい方は雑談スレまでお願いします。
【ガンダムメタバースまとめwiki】https:〜
【ビルド相談スレ】https:〜
【チームメンバー募集スレ】https:〜
【雑談スレ】https:〜
121.名無しのアコード
一体なにがどうなってやがるんだこれ
122.名無しのアコード
WTF
123.名無しのアコード
制圧したはずのEフィールドとSフィールドにも大量の敵がスポーンしてきやがった、しかもSEED関係なさそうな見た目してる
124.名無しのアコード
えぇ……(困惑)
125.名無しのアコード
ブラックナイツもなんか復活してる上にやたら強化されてるんだが?
126.名無しのアコード
こちらWフィールド、誰でもいいから助けてくれ
127.名無しのアコード
Sフィールドに戻れるやつ戻ってきてくれんか、ちょっといくらなんでも余裕がなさすぎる!
128.名無しのアコード
Eフィールド壊滅寸前! アルテミス要塞は破壊したからどうでもいいかもしれんけどこのままじゃSフィールドがさらに地獄になるぞ!
129.名無しのアコード
村田アズラエルはなにやってんだよ!?
130.名無しのアコード
頼みの綱のレグフィナは核弾頭撃ち尽くしたとか言ってるしもうダメだぁ、おしまいだぁ……
131.名無しのアコード
こちらWフィールド、頼む、誰でもいい! 救援に来てくれー!
132.名無しのアコード
クソッ、Nフィールドに行った連中にコンタクト取ろうとしてもジャミングのせいで通信できねえ!
133.名無しのアコード
これはもうダメかもわからんね
134.名無しのアコード
クリアされそうだからっていきなり敵を生やすんじゃねえよクソ運営!!!!!
135.名無しのアコード
てか通信障害中も掲示板は使えんのな
136.名無しのアコード
Nフィールドからの書き込みは制限かかってるっぽいけどな
137.名無しのアコード
そんなことよりWフィールドもEフィールドもSフィールドも等しくヤバい件
138.名無しのアコード
敵の量産型MS、多分あれセンチュリオか?
139.名無しのアコード
センチュリオ!? なんだそれは!
140.名無しのアコード
ククク……センチュリオとは昔のゲームに出てきたターンタイプの量産型だぞ……! バリアとナノマシンによる再生能力を併せ持ち、限定的とはいえ月光蝶も使える優れものだぞ……!
141.名無しのアコード
解説ニキ生きとったんかワレェ!
142.名無しのアコード
はぇー、すっごいめんどくさそう……
143.名無しのアコード
そのめんどくせえのが徒党を組んで現れてんだよハゲ!!!!!
144.名無しのアコード
誰がアスランだてめぇ!!!!!
145.名無しのアコード
また髪の話してる……
146.名無しのアコード
真面目な話そんなのが大量に? 最高レベルで? ポップしてんの?
147.名無しのアコード
世界観はどうなってんだ世界観は
148.名無しのアコード
クソ運営はやりやがったってことだ!
149.名無しのアコード
ただ単にこれ俺たちを殺しにきてるだけでは?
150.名無しのアコード
そうだよ(諦観)
◇◆◇
通信が封鎖された状態で、突如として現れたセンチュリオの群れと戦えという過酷な戦況は、百戦錬磨の「GHC」といえども厳しいものがあった。
特に、スリーマンセルで行われる連携戦術が封じられた弊害は大きく、個々の力で奮闘してこそいるものの、さながら「GHC」の戦術を学習したように三位一体の連携を見せてくるセンチュリオにウィンダム隊は圧倒されている。
そしてそれは、野良プレイヤーも同じことだった。
「クソッ、いきなり現れてなんなんだよこいつら!?」
「足を止めるな! 止まったら死ぬぞ!」
「なにがどうなってんのよもうー!」
エールストライク、イージス、ブリッツで組んでいた野良プレイヤーたちは通信回線が急にシャットダウンされたことに困惑しつつもなんとか戦っていた。
だが、生半可な作りではその「レルム・ドミナートゥス」をビームライフルで撃ち抜くことは敵わない。
そして、「ブレード・ルミナリウム」を展開したセンチュリオがその弾幕をものともせずに掻い潜り、ブリッツのコックピットを横薙ぎに両断しようとしたときだった。
「ウタイ流、壱の型」
きぃん、と鋭い金属音が響いたかと思えば、ブリッツに切り掛かっていたセンチュリオが展開したその刃ごと、逆に両断される。
三機での連携戦術を前提としてのAIが組み込まれていたのか、残り二機のセンチュリオは僚機の撃墜にどこか困惑した様子で、斬撃の主を観測していた。
そして、その隙を見逃すまいと大量のミサイルが、二機のセンチュリオンへと降り注ぐ。
『……!?』
『戦術ルーチン変更、ツーマンセルモード』
「そんなつーまんないことはさせませんよ。ふふっ……」
五点ぐらいのダジャレはさておき、あまりにも鋭い、鋭すぎるその斬撃は一種の芸術の域にも昇華している。
助けられた三人のプレイヤーは、研ぎ澄まされた刀を操るGN-XⅣをツインドライヴ化したカスタムモデル──「ムラマサ刃-X」と、それを操るプレイヤー「サイカ」の流麗な動きにただ呆然としていた。
その後ろでミサイルの雨を降らせていたモビルドール──ELダイバー、「ルミミ」の機動躯体は、あれだけのどこか物足りなさそうにしているのだから恐ろしい。
通信機器に頼らずとも連携はできるとばかりに、呆然としている三人組に再び襲いかかるセンチュリオを、蒼い炎を纏うライトニングゼータガンダムのカスタムモデル「ガンダムアシウン・エイノン」と、リボーンズガンダムのカスタムモデル「リヴァイヴガンダム」が相互に支援し合うことで瞬く間に撃墜する。
そこに言葉こそなかったものの、そのマニューバは確かに積み重ねられた絆を感じさせる阿吽の呼吸そのものだ。
しかし、まだまだ戦場を埋め尽くさんばかりにセンチュリオは存在している。
「せめて通信障害が解除されればいいんだけど……」
「接触回線が使えるのだけが救いだね、きーちゃん」
「うん、しーちゃんが背中を守ってくれるから……!」
戦闘中に接触回線など本来使っている余裕などないはずなのだが、二人の少女はセンチュリオをものともせずに屠りながら、背中合わせになりつつ言葉を交わした。
その実力の高さに、野良プレイヤー三人組はただただ圧倒される。
これが猛者の実力か、と。
「へー、メタバースにはまだまだやる人もいるんだね……っと!」
その様子を横目に見ながら、片手間にセンチュリオを処理していたミアが呟く。
通信を封じられたのは確かに痛手ではあったが、所詮は高レベルとはいえNPDだ。
どこを攻撃すれば効率よく破壊できるかは直観的に理解している。あとはそれを実行するだけの話でしかない。
これが運営のいうところの「クリア不可能!?」なる煽り文句の正体だとしたら陳腐極まりなく退屈だ。
SEEDファンの一人として、そして戦いに飢えるプレイヤーとして、少しは歯応えのある戦いができるのかと思ってエントリーしたのだが、これでは拍子抜けもいいところだった。
はぁ、と、ミアはコックピットで一人溜息をつく。
だが、その答えが早計に過ぎたということを、ミアはその直後に知ることとなった。
コックピットにコーションアラートが鳴り響く。
またセンチュリオンが来たのかと、迎撃のためにミアがリュミエール・ソードを振り翳したその瞬間だった。
激突した刃に触れた瞬間、リュミエール・ソードがまるで最初から存在しなかったかのように朽ちて消えていく。
「な……っ!?」
『……』
「わーお、随分な喧嘩の売り方してくれるじゃん、ね?」
その理不尽を極めた芸当と、気配も悟らせずにクロスレンジまで飛び込んできた腕前には驚かされたものの、ミアはその絡繰を一瞬で理解していた。
サイコ・シャード。
こともあろうにビームサーベルにそれを仕込むという発想には驚かされたが、逆にいってしまえばそれは「ビームサーベル」という武器にサイコ・シャードが「縛られている」というのとでもある。
つまるところ。
「当たらなければどうってことないよね!」
『……』
ビヨンドフリーダムは空力弾性翼を展開し、即座に接近してきたそのシナンジュのカスタムモデル──「デュランダル・シナンジュ」から距離をとりつつ、サブマシンガンモードに切り替えたビームライフルを撃ち放つ。
しかし、デュランダル・シナンジュを操るプレイヤー、「ユアーナ」は文字通りに眉一つ動かすことなくミアのマニューバに追随し、サイコシャード・サーベルでビームライフルを分解する。
そう、まるでミア自身にでもなったかのようなマニューバで、正確無比に──「ミアがもしこの戦局でビヨンドフリーダムを追いかけるのならこうしただろう」という軌道を描いて。
ぞくり、とミアは背筋が粟立つのを感じていた。
──なに、こいつは。
不気味だとかそういう次元の話じゃない。まるで自分を鏡で覗き込んでいるような、鏡が自分を覗き込んでいるような、強烈な違和感。
通信回線を開いて顔を確かめてやりたいところだったが、今はジャミングのせいでそれも叶わない。
「とにかく、あのビームサーベルに当たらなければ……!」
どれだけ撹乱するようなマニューバを選んだとしても、それを読み切ってぴたりと追従してくる以上、キリエ・フルバーストは使えない。
展開にラグがあるバラエーナも論外だ。
そうなれば、使える武装は。
脚部に装備されたビームシールドのエネルギーを圧縮する形で球体のように丸めて、ミアはデュランダル・シナンジュに向けて撃ち放つ。
どこをどう破壊すればいいかはわかっている。
あのサイコシャード・サーベルを使われないためにも、最優先で破壊すべきは腕だ。だから。
「……その心、折るね」
ユアーナが想定通りにエネルギー球を回避したことで、確実に撃ち落とすための時間は確保できた。
サテライトキャノンとバラエーナを同時展開したミアは、躊躇うことなく最大火力にして必殺技の「キリエ・フルバースト」を、確実に、避けようのないタイミングで発射していた。
しかし。
『心……?』
ジャミングが時間経過で晴れてきたのか、ノイズ混じりに、対面するユアーナの声がミアの耳朶に触れる。
ノイズがかかっていても不気味なほどに透き通っている、そしてどこまでも温度を感じさせない声に、ミアは単純に恐怖を感じていた。
──果たして自分が戦っているのは、人間なのか、それとも人間のフリをしているナニカなのか、まるでわからないからだ。
『私にそんなものがあるのでしょうか』
「なに、それ……? お人形さんごっこ? ちょっと強いからって調子乗ってない?」
『調子に乗る……? 貴女の言っていることは、よくわかりません』
そして、絶対に──なにがあったとしても回避しきれないタイミングで放ったはずの「キリエ・フルバースト」をもユアーナは回避してみせている。
まるで、理をねじ曲げたかのように。
それがミアを混乱させる。自分は一体、なにと戦っている。
自分自身と?
それともそれを真似た人形と?
あるいは──人形と呼ぶことすらも烏滸がましい、人ではないナニカと?
混乱は鈍りを呼び、鈍りは動きに直結する。
サイコシャード・サーベルの一撃が展開状態のサテライトキャノンを、バラエーナを無に帰し、蹴り飛ばされたビヨンドフリーダムは、ちょうど戦線付近を航行していた「トリニティ」に激突した。
翼がもげ、腕も破壊されたミアの惨状を見たキリカは、思わず動揺にティーカップの持ち手を割ってしまう。
「……ミア、さん?」
「……あ、はは……ごめん、キリカちゃん。私──」
『……任務完了』
ミアは撃墜を覚悟していたが、ユアーナはそれ以上追撃することはせずに、踵を返して戦線を離脱していく。
まるで、自分の役目はこれで終わりだとばかりに。
一体なんのつもりだと、ミアが怒りを通信回線にぶつけようとした、刹那。
「本艦直上から高熱原体接近! これは……ミサイルです!」
「なっ……!?」
突如として出現した、一発一発が駆逐艦の半分ほどもある巨大なミサイル。まるでどこかからワープアウトしてきたような、そうでなければ突然生えてきたとしか表しようがないそれは、確実に「トリニティ」のブリッジを破壊しようと降り注いでいた。
ユアーナが踵を返したのは、ミアならば次にどう出るかがわかっていたからだ。
ミアならば、その身を挺してでも「トリニティ」を守りにかかる。その結果、自分がどうなろうとも。
その意図は理解できなくとも、役割は理解できる。
心という心が削ぎ落とされた女は、そんな愚直なまでに純粋なミアに対して嘲笑を浮かべることもなく見下すこともなく、ただ淡々と次の任務に移っていく。
その最期を見届けようともせずに。
「く、っ……ぐううううっ……!」
「ミアさん、無茶です! いくらフェイズシフト装甲とビームシールドがあったとしても、これだけの爆撃に晒されれば!」
「無茶でもなんでもやるんだよ! キリカちゃんもセイナちゃんも、私が守るから!」
「ミア、しかし……!」
無茶は承知だ。
核動力を搭載していて尚フェイズシフトダウンを起こしかねないほどに苛烈な爆薬の炸裂は、フレームごとビヨンドフリーダムの手足を歪ませ、捻じ切らんとしていた。
ビームシールドを両手両足から展開することでなんとかコックピットへの直撃は免れていたものの、爆撃を防ぎ切ったミアの愛機は、もはや戦いなど望むべくもない無惨な姿に成り果てていた。
「……キリカ、ちゃ……やった、よ……」
「ミアさん……! 緊急着艦システム作動! ビヨンドフリーダムを収容してください!」
胴体しか残っていないビヨンドフリーダムを収容しようと、緊急着艦システムによって射出されたアンカーが機体を絡めとる。
なんとかこれで撃墜判定は免れたかと、キリカが安堵に胸を撫で下ろしたそのときだった。
「両舷に巡航ミサイルのワープアウトを確認した、これは……ダブルオークアンタの量子ワープか……!?」
「セイナさん、回避運動は!?」
「……無理だ、あの巡航ミサイルに積まれている推進装置はヴォアチュール・リュミエール……つまり」
「亜光速で……まさか、きゃあっ!」
対空機銃による迎撃も間に合わず、即弦に直撃した亜光速巡航ミサイルが大爆発を起こし、「トリニティ」の船体を揺さぶる。
念のためにあらかじめ対熱対衝撃結晶装甲を展開していたものの、それでも凄まじいダメージが「トリニティ」のブリッジにイエローコーションを明滅させる。
敵の罠に自分たちはまんまと陥った、そういうことになるのだろう。
とにもかくにも、このミサイル爆撃から逃れられるポイントを算出しなければいけない。
キリカはセンサー類を睨みつけ、どこにミサイルを発射した艦なり装置なりがあるのか、そしてどこにそれをワープアウトさせたダブルオークアンタが潜んでいるのかを解析する。
結果、それは案の定とでもいうべきか、WフィールドからNフィールドへと続くゲートに陣取っていた。
迎撃機を上げて即座に向かわせるべきなのだろうが、今は「トリニティ」をどうにか沈ませないことだけで思考リソースは精一杯だ。
それに、他の艦がどうなっているのか、部隊がどうなっているのかを考える余裕も、今のキリカには残されていなかった。
未熟。あまりにも、未熟。
自分の情けなさに、不甲斐なさに、キリカはただはらはらと涙をこぼす。
「泣いている場合じゃあないよ、キリカ。この艦が……『トリニティ』が沈めば、前線の士気は大きく低下する……きみが艦長の任を果たさなければ、この艦は間違いなく沈む」
「……あ、ああ……っ……!」
「……指示を出すんだ、キリカ。その結果どうなったとしても、最善を尽くさないよりは遥かにマシだ。このままただ黙って沈むよりは」
残酷だとわかっていても、セイナはあえてキリカへと現実を突きつけて選択を迫った。
セイナにも、そしてキリカにもわかっている。
この戦場にあからさまな「安全地帯」が存在していたとしたら、それは罠でしかないのだと。
だが、そこに飛び込むしか、今のところ「トリニティ」が一秒でも長く生き残る術はない。
どんな罠が待ち受けていようとも、虎穴に入らずんば虎子を得ずといったように、生存の可能性は掴み取れない。
だからこそ、キリカは涙を拭って立ち上がった。
「……『トリニティ』転進! 爆撃から逃れられる岩礁地帯に一時身を隠します!」
「よし……! きみを信じるぞ、キリカ……!」
セイナは操舵手として死力を尽くし、爆撃の雨霰を可能な限り回避して、岩礁地帯に「トリニティ」を滑り込ませる。
しかし、これで今のところは一安心だろうと、そう思うことすら許さないのが今のファウンデーション勢力だった。
岩礁を蹴り付けて、仕留め損なったことを認識したユアーナのデュランダル・シナンジュが「トリニティ」の艦橋を破壊せんと、背中に移植したデスティニーガンダムのバックパックから、高エネルギー長射程ビーム砲を構える。
『……終わりです』
「……くっ……!」
「コォォォォォ……!」
キリカが沈むのを覚悟した刹那、超高速で肉薄してきた「なにか」が、須臾の隙をも許さぬ鋭い太刀筋で、高エネルギー長射程ビーム砲を切り裂く。
鬼面の武者としか表現できないような、濃紺の装甲に暗い赤色のフレームをしたガンダムアストレイが、突如として戦場に割って入ってきたのだ。
しかし、ユアーナはそれにも狼狽することなくサイコシャード・サーベルを抜き放ち、新たな乱入者の思考をトレースしようと試みる。
「……なるほど」
『……』
「……来い」
『……貴方の命令を了承します。プレイヤー、ナガレ』
そこから先の打ち合いを、キリカはとても目で追うことはできなかった。
サイコシャード・サーベルが当たった武装を分解して塵に還すのならば、そもそも当たらなければいいし、なんなら武器ですらないものを用意すればいい。
滅茶苦茶で荒唐無稽な理論ではあるが、濃紺のアストレイ──「ガンダムアストレイブシドーフレーム」を操る青年、「ナガレ」にはそれを容易く実行できるだけの技量がある。
なに一つ無駄のない動きを取り、木製の盾でユアーナの攻撃を「逸らし」てみせ、パリィによって生まれた一瞬の間隙を、愛用している野太刀の一撃が縫う。
相手の思考をトレースすることができるほど、人形として自我を極端に薄めたユアーナに対して、思考そのものは煩雑極まっていたとしても、常に反射で最適解を導き出すナガレは、ある種の天敵のようなものだった。
思考をトレースできても、行動のトレースにラグが発生する。そしてそれをわかった上でナガレは攻撃を仕掛けてくる。
「……チェィアッ!!!」
『……!』
野太刀の一撃がついにデュランダル・シナンジュの右手首を斬り落とし、サイコシャード・サーベルが封じられる。
一応、左手の袖口にはもう一本ビームサーベルが収納されているが、今のナガレの前でその隙を晒すことは致命になると、ユアーナは本能的に理解していた。
そして本能という、自分の存在意義と相反する感覚の存在に、ユアーナは球体関節の指を軋ませながら小首を傾げる。
「……まだ、やるか」
『貴方の撃墜は私への命令に含まれていません。ですが、貴方は私に「来い」と命令しました』
「……命令? それは違う……いや……」
『……? 命令ではないのですか?』
コックピットにけたたましくアラートが響き渡ったのは、噛み合っているようで噛み合っていないシュールな会話を二人が繰り広げていた矢先のことだった。
凄まじい高エネルギー反応が、「トリニティ」の停泊している座標を中心に集約され、戦闘空域そのものを飲み込まんとしている。
それがなんであるかは、ナガレも、ユアーナも、この戦場にいる全員が理解していた。
『いけません! 敵軍に対してのダメージが少なすぎます! このままでは、レクイエムが……!』
NPDのラクスが「ドミニオン」のブリッジからそう叫ぶ。
だが、時既に遅しとはこのことだ。
要するに、DPSチェックに失敗した──ただそれだけの理由で、レクイエムの死の刃はプレイヤーたちに向けられようとしていた。
そして、キリカは悟る。
このWフィールドがなんのために存在していたのかを。
その答えは単純で、レクイエムの偏光リング──ミラージュコロイドによって隠蔽されたそれが浮かんでいる空域、それがWフィールドの正体だったのだ。
間に合わない。
回避も、迎撃も。
エネルギー反応からリングがある場所は特定できていたが、今の「トリニティ」は死に体だ。
陽電子砲によって制御艦を撃ち落とすこともできたのかもしれないが、それだけのエネルギーがもはや残されていない。
よもやこれまでか、と、キリカが涙をこぼし頽れ、セイナがきつく歯を食いしばった、その瞬間。
なにか、筒にブースターを生やしたような物体が高エネルギー反応地点に五つ、向かっていた。
なにをするつもりかは知らないが、無駄だ。
レクイエムが発射されてしまえば、それを阻止する術は自分たちに残されていない。
キリカが大粒の涙をこぼし、鼻水を垂らして泣いていたときだ。
「フハハハハハハ!!!!! 絶望するにはまだ早いぞ!!!!! さあ行くぞヒビキ、イシダ、ベルムラ、サアヤ、ウェストリバー!!!!!」
「ホッシーお前娘ができてもなんも変わってないのな」
「これ終わったら焼肉おごりっすからね」
「なんで私まで……」
「まあまあ、成功したらヒーローなんだ、気楽に行こうぜ?」
その筒が二つに割れて、中から姿を現したのは、全身が金色にコーティングされたズゴックとしか言い表しようがないほど珍妙な代物が五機。
なにをしにきたのかと、戦っていたはずの全員が一瞬その手を止めるほど、金ピカのズゴック軍団は明らかにこの場で異彩を放っていた。
そして、そのやけに気合が入った高笑いを知らないダイバーは少数派だ。
「ホッシーじゃねぇか……」
「えっ、あいつマジ?」
「やる気か、やる気なのか!?」
「バカだー! バカが出たぞー!」
ダイバーたちの期待を一身に背負う形で、高エネルギー反応が臨界を迎えたその地点で、五機の金ピカズゴックは思い思いのポーズを決めて、その瞬間を──レクイエムが放たれる瞬間を今か今かと待機していた。
──そして。
見えざる偏光リングを通過したレクイエムの砲撃が、ポーズを決めていた金ピカズゴック軍団へと直撃する。
「ぬぅあああああああ!?」
「あはは、パパおもしろーい」
「ふ、フハハハハハハ!!! このハイパースーパーシュペールスーペルスペリオルスペシャルマキシマムハイペリオンズゴックに防げぬものはなぁぁぁぁい!!!!!」
「お前そのネーミングセンスはもう少しなんとかならなかったの?」
「名前長くて覚えられないんすよ」
「もう好きにして……」
「体を夏にして! 過激に最高!」
プレイヤーたちは思い思いに溜息をついたり苦言を呈したり頭を抱えたりしていたものの、金ピカのズゴック……要するに、ヤタノカガミ加工が施された五機が整列したことで、レクイエムのエネルギーは見事に吸収、拡散され、ファウンデーション軍へと降り注ぐこととなった。
阿鼻叫喚の相手が変わっただけで最初から阿鼻叫喚の戦場ではあったものの、混沌の中に現れたホッシーの存在は、まさしく夜空に輝く一等星のようなものだった。
しかし、いかにヤタノカガミが最高クラスのビームに対する防護性能を誇っていたとしても、レクイエムを正面から受け止めては無事ではいられない。
ぴしり、とその装甲がひび割れ、そして。
「ヒビキ……あとは頼んだぞ……ぐふっ」
「うんわかったー!」
「なんでホッシーのやつからあんなに素直でいい娘が生まれたんだ……?」
「母親に似たんじゃないすか」
「同感ね……」
「金ピカ魅惑のマーメイドゥ!」
中から姿を現したのは、やはりというべきか金ピカのハイペリオンが一機と、金ピカのハイペリオンGが四機という構成だった。
あの感動をもう一度見せつけるかのようなホッシーの所業に地球連合・オーブ連合艦隊は大いに沸き立ち、Wフィールドの劣勢を一気に覆してみせた彼は英雄として崇められた。
一方で、キリカはただ生きた心地がせず、キリキリと万力で締め付けられているような痛みを訴える胃の辺りを押さえるので精一杯だった。
戦場のホット・リミット
【Tips:】
【パイロキネス(出典:「青いカンテラ」様)】
・ガンプラにおけるミサイルパーツを供給している「ファイロ・マルチロード社」の雇われダイバー。今回は「GHC」に雇われる形でレイドバトルに参戦していた。撃墜されたかに見えたが、実はきっちり生き残っていた。
【きーちゃん/しーちゃん/ルミミ/サイカ(出典:「二葉ベス」様)】
・かつてGBN時代にその名を馳せた新鋭だった四人組。壊れた絆を再び繋ぎ止めたことでより強固に繋がった戦場の蒼い星は、今日もどこかで瞬いているのかもしれない。
【ユアーナ(出典:「X2愛好家」様)】
まるで人形のような女性。それは比喩でもなんでもなく、文字通りに蒼白で表情の変わらない顔は時を経ても変わることはなく、不気味なまでに自我が薄いものの、ファイターとしては凄まじい腕を誇る。
【ナガレ(出典:「アルキメです。」様)】
かつてGBNでその名を馳せた大剣豪の一人。口数は少ないものの、裏では色々と複雑なことを考えており、その複雑な考えを即座に反射として出力できるほどの腕前の持ち主。彼を慕う者からは「アブソリュート・ジャスティス・ソード師匠」と呼ばれているが本人はその二つ名を微妙に思っているとか。