「……ハァ」
冷たい風が吹き荒れる十二月も半ば。喫茶店で一人、ドーナツセットを食べている俺―――才波英二は学校紹介のパンフレットを前にしてため息をついた。
片方はありふれた大学のパンフレット、そしてもう片方は日本に一校しか設立されていない超有名校にして超難関校のパンフレット。
「教師はこっち行けっていうけど親はこっち……うん、親を信じよう」
「お姉ちゃんはこっちだよ」
「…………なんでここに居るかは聞かないでおく」
「よろしい」
俺――才波 英二の横から手が伸び、ありふれた大学のパンフレットが床に落とされ、耳元で聞き覚えのある声が響く。
ついさっきまで俺の隣には誰も居なかったはず―――だが今、俺の隣には一人の女性が立っており、その女性はにこにこと笑っている。
その女性は笑みを浮かべながら俺の目の前に座ると超有名校のパンフレットをペラペラと捲り、あるページで止まると俺に見せつけてくる。
「ほら、このページにお姉ちゃんも載ってるよ? それに『来たれ! 優秀な霊装者!』って私も言っているしさ」
「俺以外とは会話すらしないくせに喋る訳ないだろ……どうせ、学園の誰かが勝手につけたんだろ」
「ねえ、コーラ頼んでよ」
「無視かよ……ていうか自分で頼めよ。もう24だろ」
「このタブレットで頼もうっと」
「最初からそうしろよ」
姉は机に設置されているタブレットを取ると慣れた手つきで画面に指を走らせ、一瞬で注文を終える。
この人こそ俺の姉であると同時に超有名校のパンフレットに載っている技術者であると同時に世界で知らない者は居ないとまで言われている有名人―――才波紗耶香だ。
「便利な時代になったよね。新型のウイルスが半世紀前に大流行してからどこの店も店員と接するのは良くないってことでタブレット端末での注文になったし」
「お待たせしました。コーラです」
「……あ、どうも」
姉は店員がコーラを持ってきたにもかかわらず振り向きもしないので俺が代わりに受け取る。
うちの姉は天才と変態は紙一重という言葉を体現している人だ。
どういう理由かはしらないが俺以外の人間とは一切、言葉を交わさないし、目を合わせることもしない。
それは両親でも例外ではなく、両親にすら目も合わせず、言葉も合わせず、応対は大体、俺が代理で行っていたりする。
「で、何の用だよ。世紀の大天才様がこんな外をうろついていいのか?」
「良いの良いの。他の奴らなんて興味ないし~」
「あ~そうですかい……で、何の用だよ」
「あ、そうそう。はい、これ」
そんな姉はスマホを床に滑らせながら俺のところに寄越して来たのでその画面を見てみるとPDFファイルが開かれている。
「霊装お披露目会?」
「そ。今後、災害なんかの非常事態に誰でも使える霊装を公開するの。まぁ、学園の生徒募集も兼ねてるみたいなんだけどね」
「へぇ~……行かねえぞ」
「あ、もう申し込みしてるから」
その一言に思わず頭を抱えてしまう。
昔からそうだった―――この姉は俺の事情なんか一切鑑みずに全て自分の望むように物事を立て、俺に押し付けて自分のお望み通りの行動を強制してくる。
「あのさぁ」
「あ、そろそろ時間だ。はい、手つないで」
「いや、だから…………っっ……っっっ……どえぇぇぇ!?」
徐に姉が俺の手を握りしめた―――かと思えば一瞬にして景色が一転する。
先程まで喫茶店だった場所はほんの一瞬にしてお披露目会が開催される会場へと変わっており、俺が座っていた木製の椅子もいつの間にかパイプ椅子に変わっている。
俺の素っ頓狂な声に周りからは不審者を見るような視線が送られるが俺はそんなもの気にもせずに周囲をすさまじい勢いでキョロキョロと見渡す。
「え? お、俺今まで喫茶店いたよな?」
「じゃ、また後で」
「おい待て!」
「痛っっ!」
「す、す、すみません!」
慌てて姉の腕を掴もうと伸ばした瞬間、掴んだのは全く別の女性の腕で慌てて離し、周囲を見渡してみるが周りには俺の姉はどこにもいない。
しいて言えば周りにいるのは俺を乱暴を働こうとしている不審者として認定しつつある警備担当の男性たちくらいだった。
「ぅぅ……覚えてろよ」
周囲の視線に耐え切れず、自分の座席に座った瞬間、前方のステージに一人のスーツ姿の女性が上がり、マイク台の前で立ち止まった。
そのマイク台の隣には布によって隠されている二つの何かがあった。
『皆さん、この度はお集まりいただきありがとうございます。今回、皆様にお披露目させていただく霊装は今後の災害現場で大いなる活躍を期待されている最新機でございます』
そう言い、女性がマイク台の近くにあった布を取り払うとそこには透明なケースに入れられているベルトのバックルの様な機械、そして一本の灰色の小刀が露わになる。
その姿を見た観客たちは一様に「おぉ!」と感嘆の声を上げる。
「あれが……霊装ドライバー」
『今、我らの地球は霊獣による侵略を受けています』
その一言の直後、女性の後方に設置されている大型モニターに今では見慣れたどす黒い体色の怪物の姿が映し出され、一瞬にして会場が沈黙に包まれる。
『この霊獣を討伐できる兵器こそ霊装。そして今まではこの霊装を使用するためには一定レベル以上の抗体が必要でした……しかし、今皆さんの目の前にあるこの霊装は全ての人間が使用可能な霊装です』
その一言の直後、周囲からは驚きの声があちこちから溢れ出る。
霊装を使えるのはほんの一握りの選ばれた人間のみ―――これが今までの世界の常識だった。
でもその常識が破られ、誰でも使えるようになったとなれば驚きだってする。
『まぁ、全員が使える分、出力が低いため今では前線を退き、災害救助用となりました。無論、戦えないわけではありません。弱い霊獣であれば少しの武装とこれがあれば殲滅も可能です。将来的には学園はこの霊装ドライバー:オールを大量生産し、全世界に配備、軍拡を実行する予定です。大切な人をその手で守ることが出来る時代が到来しつつあります』
高らかな宣言が会場内に響くと同時に会場内の雰囲気は一変した。
やれ、「霊獣を討伐できる」。やれ、「あの人を護れる」とか「お国のために」とか。
今まで抗体のレベルが足りずに入学試験を受けるどころか願書を出すことすら出来なかった人たちからすれば夢のような状況だろう。
自分の大切な人をその手で守ることが出来る。
『そしてもう一つ……』
女性がそこまで言うと突然、発言を止め、会場の壁へと視線を注ぎ続ける。
「ね、ねぇ……なんだか揺れてない?」
ボソッと聞こえた女性の一声は周囲へと一瞬で波及し、全員が小さく、そして等間隔で感じる小さな揺れに意識を集中させる。
徐々にその揺れは地響きへと変わり、間隔も徐々に狭まっていく―――同時にどこかからか誰かの悲鳴のような叫び声が聞こえてくる。
周囲の警備にあたっていた人たちが俺達観客を護る様に立ちはだかり、それぞれ小刀を握りしめ、壁を睨み続ける。
――――――そして
「っっっっ!?」
ドォォン! という凄まじい爆破音と共に壁が粉砕すると同時にどす黒い何かが会場内に飛び込み、それに遅れて灰色の人型をした物体が背中から床に落ちる。
突然の出来事に俺達観客は悲鳴の一つすら上げられず、ただ目の前の光景に呆気にとられている。
――――――グンォォォォォォォッォォッ!
どす黒い何かが思わず耳を塞いでしまうほどの爆音で叫びをあげる―――次の瞬間、どす黒い何かの後方でどす黒い液体が爆ぜ、周囲に飛び散る。
その液体は意思を持っているかのようにビクビクと震えたかと思えば大型犬に似た背格好へと変貌を遂げ、俺達をその目で捉えた。
「各員霊装を解放し、殲滅せよ!」
誰かがそう叫んだ瞬間、野太い叫びと同時に甲高い悲鳴が混ざり合い、会場内を支配する。
観客たちは我先にと椅子を突き飛ばし、行動が遅い連中を跳ね除けて一目散に出口目がけて走る―――同時に爆音とともに銃声が鳴り響く。
「ま、マジかマジか!」
俺もその場から逃げようと足を踏み出そうとした瞬間、大きな瓦礫が近くに着弾し、その爆風で体が軽く飛ばされてしまった。
「イッテェ……っっ!」
痛む個所を摩りながら顔を上げると目の前の光景に言葉を失ってしまった。
瓦礫だと思っていたものは瓦礫ではなく――――――霊装を身に纏った霊装者だった。
霊獣の一撃で意識を失っているのかピクリとも動かず、その人物の近くには霊獣用の武装であるサブマシンガンや剣が転がっている。
――――――グゥゥゥッ
「っっ!」
獣の唸り声が聞こえ、その方向を見ると倒れている霊装者に狙いを定めて姿勢を低くしている霊獣の姿が見えた。
周囲に居る霊装者は他の霊獣との戦闘で精一杯な様子で仲間の救護にまで意識を避けないでいる。
今、目の前の命を救えるのは俺だけ。
――――――グゥォォォッン!
「っっっ!」
霊獣が霊装者に向かって飛びかかった瞬間、俺はその場から駆け出し、落ちていた剣を拾い上げると駆け出した勢いのまま剣を大きく振り上げる。
「おぉぉらぁぁっ!」
叫びをあげながら無我夢中で剣を振り下ろした瞬間、霊獣の首の辺りに刃がめり込み、床に叩きつけると同時に首から先が切断され、どこかへと飛んでいく。
胴体だけになった霊獣は少しの間、ビクついた後、塵となって消失した。
「た、倒せた」
「お、俺も負けてられない!」
突然、そんな声が聞こえたかと思うと霊装を纏った人物が一人、ステージへと近づくと徐に霊装を解除し、もう一枚の布をひっぺがえした。
そこにはもう一本のバックルと灰色の小刀があった。
「止めておけ。お前では抗体レベルが足りない」
「だったらなんだ! 英雄になるのにそんなこと言ってられないだろ!」
先程までステージ上で演説をしていたスーツ姿の女性に止められるもそんなことお構いなしに男性はケースからバックルと小刀を取り出し、さっきまでつけていた装備をすべて捨て、バックルを腰の辺りに押し付ける。
するとバックルから腰の両側に向かって拘束具のようなものが射出され、バックルを固定する。
「この世界は……俺が守る!」
男性が叫びながら小刀の柄頭を押し込み、バックルの側面にある挿入口へと差し込んだ。
「……な、何故霊装が起動しないんだ」
男性は戸惑いながらもう一度、スイッチを押し、挿入口に差し込むが結果は何も変わらない。
徐々に男性の表情は戸惑いから絶望の色へと変貌していき、霊装を起動する動作も徐々に荒々しいものになっていく。
「くそ! なんでだよ! 動け! 動けよ! ――――――ぅぁっぁぁぁぁああああっ!?」
男性が叫びながら小刀を挿入した直後、バックルから一瞬、電流が迸ったかと思えば突然男性が苦痛に満ちた叫びをあげ、膝をつく。
叫びと共に男性の顔全体に黒い線が無数に走っていく―――そしてその線は皮膚を突き破って体外へと放出され、球体となって男性の傍で浮遊する。
「かっはっ! ハァッ! ハァッ!」
「ど、どうなってんだよ―――危ない!」
姿勢を低くしている霊獣の姿が見え、男性を突き飛ばすように横に飛びのく。
直後、俺達がいた場所を霊獣が通過していく。
「危なかった……食ってる?」
霊獣が通過した方向を振り向くと浮いている黒い球体を霊獣が近くの俺たちなど気にも留めずに一心不乱にかぶりついていた。
そして全てを食いつくし、満足そうにげっぷをした直後、霊獣の動きが止まる。
直後、霊獣の全身がブクブクと泡を吹くように振動し始めると膨れ上がっていき、小型の犬程度の大きさが凄まじい勢いで大きくなっていく。
「……おいおいおい……嘘だろ」
小型県のサイズだった霊獣は一気に体長3メートルほどの巨大な霊獣へと進化を遂げ、犬型の体形は二足歩行型へと変化し、眼下にいる俺達へと視線を向ける。
――――――ングォォォォッ!
「うぉぉぉっ!」
男性を突き飛ばすと同時に逆側へと飛び退いた瞬間、爆発が起きたかのような衝撃が施設全体を揺らし、床には大きな穴と無数の亀裂を走らせる。
その時、男性から飛んできたバックルと小刀が俺の足元に滑ってくる。
助けを求めようと周囲の霊装者を探すがどの人も最初の一匹の霊獣の相手をしており、とてもこちらを助ける余裕なんて見えない。
「そこの一般人!」
「お、俺!?」
「その霊装ドライバーを使え!」
女性からの突然の命令に動くことが出来なかった俺を無視して巨大な霊獣は床に倒れ、肩で息をしているさっきの男の人を視界に入れる。
「霊獣ごときが……俺は世界を救うんだよ……救うんだよぉぉぉ!」
男性は床に転がっていたサブマシンガンを手に取り、銃口を霊獣に向けて引き金を引く―――無数の弾丸が銃口から放たれ、霊獣の胴体にめり込んでいく。
「うぉぉぉぉぉぉっ!」
弾丸が胴体にめり込むたびに床にどす黒い体液がまき散らされる―――が、それとは打って変わって霊獣の表情は一切変わらない。
「私は諸事情があって霊装を使えない! 君が使うんだ!」
「ダメです理事長! そんな奴に新型の霊装ドライバーを使わせるなんて!」
――――――グォォォォォッ!
巨大霊獣の雄叫びが響き渡った瞬間、俺は意を決し、霊装ドライバーを手に取り、腰に装着する―――拘束具がバックルを腰に固定する。
直後、霊獣がその巨大な腕を振りかざす―――視界には倒れている男性。
「止めろぉぉぉぉぉぉ!」
俺は小型の柄部分にあるスイッチを押し、ドライバーの挿入口へと小刀を差し込み、駆け出して霊獣と男性の間に飛び込んだ。
「誰も―――死なせてたまるかぁぁぁ!」
直後、霊獣の巨大な拳が振り下ろされ、俺の視界は霊獣の拳で塗り潰された。