ワルウララ   作:負けヒロイン

2 / 2
さっさとスカウト編を終わらせたいという気持ちをコントロールできない


トレーナーは拗らせた自分の美学をコントロールできない

「……」

「おーい、おーい冬野くん。 ……だめだこりゃあ」

 

 模擬レースが行われた翌日、冬野は腑抜けていた。

 あてがわれているチームの部室内で、チーフの呼びかけを受けてもピクリとも反応しない姿は銅像の如し。

 頭の中で無限にループ再生されているのは当然昨日のハルウララの姿であった。

 

 他者を寄せ付けない圧倒的な速度。

 最後まで見事走り抜けるペース配分とスタミナ。

 教科書に載せたいほど素晴らしいスタートダッシュ。

 カメラでしっかり撮影してあった映像はチーフも思わず唸るほどのハルウララの走りをしっかりと映していた。

 

 が、それではなく。

 

(走り終えた後、辛そうだったな)

 

 そう、それだ。

 ハルウララは模擬レースを終えた後も、その後スカウトを受けた時も常に沈んだ表情をしていた。

 そのまま結局、じっくり考えたいのでまた後日、と逃げてしまったハルウララに周りは困惑した様子を見せていた。

 無理もない、有名どころのチームがいくつも声をかけていたのにそれら全部を袖にしたようなものなのだから。

 あの子のことが、わからない。

 冬野はそれがもやもやした。

 

「失礼します……あれ?」

「おお、北大路トレーナー。 ちょっと手を貸してくれ、また冬野くんが悪い癖を出しちゃってるよ」

「あぁ、そうでしたか。 ではちょっと強めに……とうっ!」

「ぐあっ!」

 

 そんな冬野を深い思考の海から引き上げたのは、見事な角度で突き刺さった手刀であった。

 

「な、なにをす……あれ? 北大路先輩……なんで、いつのまに部室に?」

「また悪い癖が出てたみたいだよ、冬野。 チーフさん困ってたじゃないか」

「え? え、あー……申し訳ありません、チーフ」

「二年の付き合いだ、もう慣れたよ。 しかし今回は随分拗らせているねえ」

「はぁ、まぁ……」

 

 いつの間にか部室の中に入ってきていた北大路と呼ばれた男とチーフに笑われて、冬野は少し赤面した。

 

「ところで北大路トレーナーは何をしに?」

「あぁ、昨日の模擬レースのことを少し話したくて。 遠野君お借りしていいですか? もうお昼時ですし」

「あぁもちろんいいとも。 さぁ冬野くん、こんなおじさんじゃなくて歳近い友達と交友を深めてきたまえよ」

「はぁ……」

 

 追い出されるような形で部室を後にした冬野は、並び立って歩く北大路トレーナーをチラと見た。

 今日も変わらず、見惚れるほどの二枚目っぷりである。

 

 北大路トレーナーは、冬野よりも一年早く中央に就職したトレーナーだ。

 180に届く身長に、烏の濡羽色とも言うべき艶やかな髪は綺麗に整えられている。

 細身ながらもしっかりと鍛えられた体に、テレビでもなかなか見かけないような整いすぎた顔立ちはいっそ鋭利なほどで、トレセンの生徒から職員までの多くを虜にする美貌を持った彼は、現シニアG1ウマ娘ライスシャワーの専属トレーナーだ。

 

(いっそ完璧すぎて人間とは思えんな)

 

 そんな人間と冬野は随分と仲が良い。

 きっかけは確か困っていたライスシャワーに声をかけた後のやりとりがきっかけで、それ以来手を貸したり逆に貸されたりとした交流を重ねて今ではそれなりに話す仲となった。

 

「今日は何を食べようか」

「俺はいつも通り日替わりにしますよ」

「相変わらずだなぁ。 じゃあ俺はチキン南蛮定食にしよう」

 

 食券を続けて購入して、席を確保する。

 ランチ時のカフェテリアはひどく混雑するのが通例であるが、トレーナーたちはその十数分手前に席を確保するのが暗黙のお約束、となっている。

 授業に拘束されるウマ娘たちよりも早めに席を確保し、早めに立ち去る。

 そうすることで(各方面への)負担を分散させるのだ。

 

 対面の席にかけて、程よい上がり具合のチキン南蛮(タルタルソースたっぷり)とちょっと目を疑う量の特盛ご飯に目を輝かせる北大路に、こう言う子供っぽさのギャップもウケるんだろうなぁと冬野はぼんやり考えた。

 

「それで、冬野君はいったい何に悩んでたのかな」

「え、あー」

 

 一口で白米の霊峰を大きく切り崩した北大路の問いかけに、冬野はごまかすように茶を啜った。

 お茶は、玄米茶に限る。

 

「うむ、あー……先輩は昨日の模擬レース見ましたか?」

「もちろん見たよ。 黄金世代の話題で持ちきりだったなぁ」

「黄金世代」

「うん。 一際目立ってた、スペシャルウィークやグラスワンダー、そして特に凄かったハルウララを含めた六人のことをそう呼ぶらしい」

 

 黄金世代、言い得て妙というべきか。

 一つの時代、一つの路線にあれだけの才能が集結するのは、一レースファンとしてはさぞ見応えのある三年間となるだろう。

 同世代のウマ娘たちからすればたまったものではないだろうが。

 どれだけ多くの才能が集おうと用意されるパイ(重賞)の数は増えやしない。

 凄絶極まる冠の奪い合いに巻き込まれる羽目になることを考えると、彼女たちとその担当となるものの気苦労は計り知れないだろう。

 

「彼女たちが気になるんだ」

「彼女たち、というかハルウララですね」

「お、冬野君はハルウララが狙いかい?」

「いや別にスカウトとかは考えてないんですけど」

「なんだ……ようやく君が本格的にトレーナーとして活動するかと思ったのに」

 

 この人も、チーフと同じくよくよく俺に独り立ちを促してくる一人だ。

 凡庸な俺のどこに注目してるのか、よくわからない。

 

「ただまぁ、なんというか……走り終えた後のあの子が、辛そうというか、しんどそうに見えて……それがどうにも忘れられなくて」

「あ〜……君の美学に反したわけだ」

「茶化さないでくださいよ」

「茶化してないよ」

 

 真剣な眼差しで見てくる北大路に冬野は少し怯んだ。

 

「各々のトレーナーが持つ美学、それは決して馬鹿にしていいものではないよ。 俺だって、担当となった子には絶対に幸せな競走バとしての生活を送らせてあげたいと思ってるし、そのために全力を尽くしてる」

「あーーー……ソウデスネ」

 

 ライスシャワーの担当への懐きっぷりはちょっと有名である。

 何もかもを支えて肯定してくれる超絶完璧人間に異性感を破壊し尽くされたともっぱらの評判だ。

 シニア期が終わる頃にまた彼が新しい子をスカウトするとなると一悶着起きるかもしれない、という程度には。

 そう考えると北大路の今の言葉の重みがなんかズシリと増した気がする。

 

「でもだからと言ってハルウララに注目したのは少し不思議かな。 君はほら、マルゼンスキーに焼き尽くされたタイプだから尚更」

「否定はしませんけど言い方……」

「君はあのウマ娘のように楽しそうに走る姿を間近で眺めない、守りたい、育てたいと思ってるわけなんだろう? 今既につまらなさそうに走る子は完全に守備範囲外じゃないのかな」

 

「昨日、一昨日、少し話をしたんです。 ハルウララと」

「ふむ」

「その時、少し励ましてあげたら、彼女は素敵な笑顔をこぼしました。 あんな綺麗に笑える子が、何故あんな顔をして走るのか……それが無性に気になるんです。 だから、まだスカウトとか考えてないのは本当ですよ」

「うーーーん……成程」

 

 結局のところ、自分の中でもまだ考えがまとまっていない。

 今注目の渦中にある彼女にそんなことを尋ねるためだけに会いに行くのも気がひける。

 ウジウジと情けないことだが、頭の中で疑問を転がすだけ転がして何もしないのが冬野の今の答えだった。

 

「まぁ君にも君の考えがあるだろうからあまりに急かすのもやめておくことにするよ。 ただ、トレーナーは時に積極性を求められるものだ。 それだけは、忘れずにね」

「はい……」

「うん、じゃあご馳走様」

 

 あれだけあった山盛りご飯をもう平らげたらしい。

 食べカス一つ残っていない綺麗な食器を乗せたトレイを持ち上げて、北大路はさっさと立ち去っていってしまった。

 悩みを聞くだけ聞いてアドバイスを済ませたら礼も受け取らない振る舞いはまさしく王子のそれだった。

 

「……積極性、か」

 

 自分に1番欠けているものだろう、自覚はある。

 冬野は少し冷めてしまった日替わりの肉じゃが定食に箸をつけることにした。

 

 ***

 

「それじゃあ今日もお疲れ様」

「はい、ではお先に失礼します」

 

 本日の業務も終えて、帰路につく。

 4月にもなるとトレーナーという業種は忙しくなる。

 先月大阪杯が終わったばかりだというのにもう春の天皇賞は目の前にある。

 チーフも自分も春天に参戦するチーム所属のウマ娘の調整にてんやわんやであり、今日も自主残業で時計の針が七時を回ってからの帰宅となった。

 やりがいがなければ普通にブラック認定を受けるレベルだ。

 

「……」

 

 すっかり暗くなった学園内の道。

 所々に照明が設けられているのだが、それでも足元に不安を覚えるほどだ。

 この二年ですっかり通い慣れた道だったが、今日は特に雲が分厚く、不安を感じる暗さだった。

 

 なんとも無しに、冬野の視線は模擬レース場の方へと向いた。

 一昨日ハルウララと会話を交わしたあの場所が、無性に気になったからだ。

 足先は自然と、何かに導かれるように模擬レース場へと向けられた。

 

 

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ……!!」

 

 果たして、そこに彼女はいた。

 他に誰もいない真っ暗なレース上で、一心不乱にターフを駆ける春一番。

 

「ッ……ハァ、ハァ」

 

 立ち止まった彼女は、震える膝に手をつきながらも深い呼吸で息を整えている。

 その姿を見てたまらず、冬野は声をかけていた。

 

「こんな時間に何をしてるんだ」

「! ……トレーナー、さん」

 

 わずかに体を震わせたハルウララは、こちらを見とめると少しだけ肩の力を抜いた。

 

「自主練を、してました」

「こんな遅くまでか。 見た感じかなり長時間走っていたようだが」

「みんな、私が走ることを望んでます。 だから……」

「論理的ではないな」

 

 少し休みなさい、それ以上は体に良くない。

 そう告げると、ハルウララも大人しくそれに従った。

 呼吸を整えながらクールダウンのストレッチを始める彼女を横目に、カバンの中からまだ使ってないタオルを取り出した。

 

「体を冷やすと良くない、使うといい」

「すみません……」

「謝るくらいなら、あまり無茶なトレーニングは控えてくれ」

 

 こう見えて二年間サブトレーナーとして経験を積んできた冬野だ、汗の量や呼吸の乱れ、体の揺れなどを見ればオーバーワークか否かの判断なら容易にできる。

 

「なぜこんな無茶な自主練を? 君の実力なら、そう焦ることもないだろうに」

「……私は、早く走ることを求められているから」

 

 要領を得ない解答に、冬野は少し首を傾げた。

 それを見たハルウララは、ポツポツと語り始める。

 

「皆……わたしに期待するんです。 スーパーホープとか、高知の星とか、そういうことを。 昔から走るのが好きで、それで好きなように走ってたらいろんな人がわたしに近づいてきて……もっと速くなるようにもっと勝てるようにって色々矯正されて……期待を裏切るのが怖くて、わたし頑張ったけど。 でも、中央(ここ)にくる少し前から、だんだん怖くなってきて、それで……」

 

 何を言ってるかわからないハルウララの言葉だったが、何が言いたいかはおおよそ冬野にも見当がついた。

 要約すれば、期待に押しつぶされそうなのだ、彼女は。

 尋常ならざる才能のせいで目をつけられ、成果を求められ、故にただ好きなように走ることができなくなり。

 しかしそれを断れないのは、優柔不断だからか、それとも優しさ故なのか。

 プレッシャーに苦しみながら、足掻くように、自身を傷つけるようなオーバーワークを課すことで自分は頑張っているという免罪符を得ようとしているのだろう。

 

 一人で背負うにはあまりにも辛いだろうに、弱音も吐かずに。

 冬野はなんだかたまらなくなった。

 

「ハルウララ、君は、走るのは好きかい?」

「……うん、走るのは、好き」

「レースは、楽しくない?」

「…………」

「正直に答えて欲しい、怒りやしないさ」

「……今は、楽しくない、かな」

「うん、そうか。 そうか」

 

「ハルウララ、君をスカウトさせて欲しい」

「え?」

 

「君が楽しく走れるようになるその手伝いを、俺にさせてもらえないか」




本作品には主人公の冬野以外にも何人かオリトレが登場しますがなるべくアプリ版の各ウマ娘の担当トレーナーをベースに仕上げることを目標にしています。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。